01
城下町コランドで、比較的裕福な者達が邸宅を構える一の廓ファイール街。
その中でも、特に豪奢な事で有名なヴァッケンベルガー将軍邸。
将軍の末娘の部屋では、若い娘達のはしゃぐ声が聞こえていた。
「リーヴィ、よく似合っている」
「そ、そうかな?」
優しく微笑む銀髪の友人に少し照れながら、リーヴィは鏡の前の自分の女性らしい姿にビックリしていた。
普段の自分の姿は男の子のように短く切られた髪に、緑の騎士の象徴である、深緑色の団服を来ているので、どう見ても男の子といったような風体だった。
……けれど今、鏡に映った自分の姿。
自毛と同色の栗色のカツラと、友人の侍女たちのメイク力。
そして友人の貸してくれた、過度の装飾はなくぱっと見、あっさりしているが高級なドレスと少しヒールの高い靴で、どうみても普通の女性に見える。
「リーヴィ様になら、きっとこの淡いグリーンのドレスお似合いだと思ったんです」
「えぇ、本当に肌もすべすべで化粧の乗りもばっちりですわ……普段からなされば宜しいのに。さ、次はフレデリカ様の番ですね♪」
「い、いや私は遠慮する」
「何をおっしゃいますかお嬢様!」
侍女三人はリーヴィの出来に大満足した後に、それでもまだ振るい足りない腕前を、この部屋の主である銀の髪の女性に向けた。
三人に見つめられているフレデリカの姿はというと。
まっすぐな銀の髪をシンプルに結い上げ、化粧もせず。着ている服と言えば、飾り気のない青色の蒼の騎士団服に無骨なブーツ。
リーヴィと同じように少年にも見える姿だが、凛とした表情と気品、スラリとした立ち姿。そして印象的なつり気味の青い瞳で、リーヴィよりも凄く魅力的でかっこいい少年だ。
この三人の侍女達の腕の振るい甲斐は、リーヴィよりもよほどある事は明白。
というよりも、こちらがメインであろう。
リーヴィにメイク力をふるうついでにお嬢様もしてくださればいいというのが望みだったようだ。気のないフレデリカに引く様子が全くない。
侍女達の気迫にたじろいだフレデリカをみて、リーヴィは助け舟を出した。
「今日はフレデリカは、午前中は騎士団の見回りがあるんですよ」
「そ、そうなんだよ……それに、もしリーヴィに何かあった時に、動きやすい服装の方がいいからな」
「そういうことなら、仕方ありませんわね」
侍女三人は、本当に残念、諦めきれないといった表情をしていた。
フレデリカは助かったというような表情を、リーヴィに向ける。
気にしないで、と笑った。
「さぁ、お前達もそろそろ仕度を始めないと、祭りに間に合わなくなるんじゃないか?」
「あぁ、本当にもうこんな時間」
「あの人に怒られちゃうっ!」
「もうここはいいから、行っていい」
「皆さん、ありがとうございました」
「いいえ、リーヴィ様こちらこそ楽しかったですわ」
フレデリカの許しがでると、慌てて後片付けをして嵐のように去っていく三人の侍女達。
今日は一年に一度の収穫祭。
他の国からの出店もあるほど大きなお祭りで、通常でも城下町という場所柄賑やかな町が、更に騒々しくなり、祭りの装飾を施され、そこは普段とは同じ場所ではないような錯覚さえ起こすほど、町は様々な国の衣装をまとった人々で溢れかえっていた。
本来なら、治安維持の為に街中の警備をするはずである騎士団員であるリーヴィとフレデリカは、祭りを楽しむ余裕などはないと思うのだが、今日は幸運にも非番の日だったのである。
普通の若い娘達なら、恋人と……。
そうなる所だが。首都コランドから、馬車で最低五日は掛かる田舎町カヒューから緑の騎士団に入団して数ヶ月のリーヴィには、恋人はどころか友達も少ない。
このガダル国では騎士になる入団資格に性別や年齢は関係ないが、やはり体力的に劣る女性の入団数は絶対的に少なかった。
フレデリカは蒼の騎士団。
リーヴィは緑の騎士団。
従士時代。団の違いはあれど、同じ年頃の女同士の新人という事で仲良くなった。しかし蒼の騎士団は貴族や、社会的身分が高いものが入団する事と、フレデリカ自身のまとう空気からいい所のお嬢様だとは推測していたが……まさかこの国の戦の要で、騎士団とは別の武力の指令系統の頂点に立つ、ヴァッケンベルガー将軍の末娘だったとは驚きだった。
しかし、フレデリカはそれを鼻にかけるどころか。
父は父、私は私。
我関せずのスタンスを、将軍の娘としての義務と公的な場以外では表している。
今日の収穫祭の事で色めきたっている女性達を見ると、リーヴィも「少し着飾ってみたいな」なんて、年頃の娘らしい事をポツリともらしたら、フレデリカが自分の衣装を貸そうと言ってくれたのだ。
しかし着飾る事に頓着しないフレデリカが、満足にご友人――リーヴィの事である――を着飾ってあげることなんてできるわけがない! と、気遣ったように手伝いを申し出てくれた侍女達は、いつもお嬢様に腕を振るうことが出来ない鬱憤パワーを、思い切りリーヴィに向けてきた。
「本当にありがとうね、フレデリカ」
「いいや別に気にすることではない。どうせ私はあまり着る機会もないのだから、リーヴィに着て貰って服も喜ぶだろう」
リーヴィが動くたびに、ひらひらとスカートの端が揺れる。
驚く程手触りのいい薄緑の布地で作られたドレスは、着心地がよく心が浮き足立ってくる。
「勿体無い、フレデリカも着ればいいのに」
「私は騎士団服が一番落ち着く」
「うん、そうだよね」
「だろう、私のような者が着飾ったって無駄なだけだ。リーヴィのように可愛らしければいいのだが」
着飾ったらフレデリカは十二分に美しくなると思う。
けれど騎士服に身を包み、剣を振る姿が一番彼女らしい美しさを持っている。
そういう意味でリーヴィは同意したのだが、フレデリカには全く伝わらなかったようだ。
「それに今日は、非番だが何が起こるとも限らない。もしなにかあった時の為に、動ける服がいい」
先ほど、侍女達の追及を逃れる為に「午前中は見回り」とリーヴィは言ったが、あながち間違いではない。祭りどころかこの町の地理初心者リーヴィを、フレデリカは案内がてら自主的に見回りしようとしている。
「私も、やっぱり……騎士服で行こうかな?」
「リーヴィは、今年初めてだろう? なら楽しんだほうがいい、来年も運よく休暇になるかは分からない」
私は、この町出身だから何度も行った事がある……。
そう微笑むフレデリカにリーヴィはちょっと納得したように呟いた。
「ああ、だからヴェイン様の申し出を断ったんだね」
「…………何でここでアイツの名前が出てくる」
ヴェインというのはフレデリカの幼馴染で、蒼の神殿の神官長だ。
稀代の癒し手と呼ばれる程の回復魔法の使い手で、今まであったことは少ないが、姿はその性格が表れたようにとても穏やかな人だとリーヴィは思っていた。
そんなヴェイン様の申し出を、「先約がある」という理由ですげなく断っている姿を見た時は、ヴェイン様に申し訳ない気持ちでリーヴィはいっぱいだったのだが……。
「何度も一緒に行った事があるから、私の方を優先してくれたのかなぁって……」
「まぁ、それもあるな。アイツは一人でも祭りに行ける。でも私はリーヴィと一緒に行きたかったから」
「う、うん」
友達としては嬉しい言葉……だけど。
ヴェイン様……む、報われないよ。
人の良い笑顔を浮かべた、青黒の髪の青年の姿を思い浮かべながら。
そんないらない同情を、向けてしまうのだった。