7 模擬戦を終えて
「いやー、話には聞いていたが強いねえ。私が完全武装しても勝てる気がしないよハッハッハ!」
「凄腕とは聞いていましたが、まさかこれほどとは……信じられませんな……」
模擬戦が終わったのでハインツさんと執事さんが俺の方に歩み寄ってくる。
アレスから俺の強さについて話を聞いていたハインツさんは全くショックを受けていないが、執事さんの方は相当の衝撃を受けたようだ。
「まあ、これでも戦いに関しては自信あるしね!」
胸を張ってドヤ顔で返す俺に、ハインツさんが頷いて同意を示す。
「うん、頼りにしているよ。……まあ、とりあえずこうして実力の証明も終わったわけだし、ティア君はアレスの護衛って事で当家が迎え入れる。クレイもそれで構わないな?」
ハインツさんの台詞に頭を下げ、了承の意を示す執事さん。それにしてもあの執事さんはクレイって名前なのか。覚えておこう。
「それにしても、アレス様は一体どこでこれほどのお方と?」
「あはは、細かいことはナイショって事で。まあでも、一言で言うなら……偶然、かな」
「はあ……」
クレイさんの質問に曖昧な表現で答えるアレス。まあ、未来の知識ですなんて言えないよな。言ったところで信じてもらえるか微妙だし。冗談で誤魔化されてると思われかねない。
納得はしてなさそうだが、アレスには話す気がないということを理解したクレイさんが別の話題を口にする。
「ところで、彼女は私物の類をお持ちでなさそうですが……これから持ってこられるので?」
む。確かにクレイさんの言うとおり、身の着身のままってのは不自然だな。でも俺は封印されてたから私物なんて何も持ってないしな……。
なんかいい言い訳ないかなーと俺が考えていると、ハインツさんが代わりに答えてくれた。
「ちょっと事情があってね。彼女には悪いけど、身一つで来てもらったのさ。身の回りのものはこっちで用意するって話になってるから、そこらへんは頼んだ。……そうだねえ、とりあえず衣服なんかは急いで用意してあげなきゃ不味いかな?」
「了解しました。……おーい、ちょっと来てくれー!」
「じゃあ私は執務室にでも戻るから、後は頼んだよー」
メイドを呼んで彼女たちに指示を出すクレイさんを見て満足げに頷き、ひらひらと手を振りながら屋敷に戻るハインツさん。
「じゃあ僕も部屋に戻るかな。ティア、あとでちょっと話があるからお邪魔させてもらうよ」
「ではティア様。服のサイズ等を測りたいので、彼女たちの指示に従ってくださいますようお願いします。その間にお部屋の準備もさせていただきますので……」
俺はクレイさんが呼んだメイドの指示に従い、移動する。
この案内役のメイド、背が高くて目付きもキツくて、出来る女ですみたいなオーラを纏っていて……なんていうかメイド長、って感じがするな。
メイド長(仮)の案内で先ほどまでいた客室とは別の空き部屋に案内された。そこには別のメイド二人が待機しており、どうやら彼女たちが採寸をしてくれるらしい。彼女たちの指示に従い、メイド長(仮)にローブと服を脱いで渡す。
あ、やべ。右胸のガルムの紋章隠すの忘れてた。思いっきり見られちゃったよ。
……でも特に反応ないし、大丈夫か?
「うわあ……」
「いいなぁ……」
下着姿の俺のボディを見てそう呟くメイドたち。
ふふふ、どうだ? まるで作り物のような美しさだろう? 作り物なんだぜ。
フリーズしたメイド二人を見てメイド長(仮)がゴホン、と咳払いをし、それを受けて再起動したメイド二人組はてきぱきと採寸を済ませていく。
ちなみに、俺には体温調節機能があるから「冷たっ……えっ……?」みたいな人外バレはない。
所長はこの機能は人間に偽装する為のうんたらかんたらで必要不可欠なのだとか言ってたが、多分嘘だろうなと思う。
どうせ触ったときに柔らかくてあったかいほうがいいじゃんとかその程度のふざけた理由だろうが、人間社会に紛れ込む必要がある今はそのおふざけに感謝だ。
そんなことを考えている間に採寸が終わり、服を返される。
俺が着替えている間、メイド二人組にメイド長(仮)が「あなたたち、あとでお話が」とか笑顔で話しかけてた。
こえー、笑顔なのにこえー。メイド二人組も冷や汗かいてたし。
「お部屋の準備がそろそろ整うので、ご案内させていただきますね」
「え、もう? 早くない?」
着替え終わった俺に、にこりと笑いながらそう言うメイド長(仮)。俺の台詞をお世辞と受け取ったか、ありがとうございますと返してくる。
まあ、よく考えれば俺がここの世話になる事はアレスとハインツさんの話し合いで決まってたみたいだし、あらかじめ準備しておいたのだろう。
それはそうとローブどうしよう。着といたほうがいいのかな? ……もう見られちゃったし、別に着なくてもいいか。
階段を上り、廊下を歩き、部屋の前まで案内される。メイド長(仮)が扉を開け、どうぞ、と部屋に入るよう促す。
さあて、どんな部屋なんだろうな。住みやすい部屋だといいんだけど。期待半分、不安半分で扉をくぐると、そこは――。
「……ちょっと豪華すぎない?」
三人くらいは横に並んで寝れそうな無駄に多きなベッド。いかにも高級そうな渋い木目の物書き机と椅子のセットに、来客用か丸机と椅子のセットまで。
そして壁際には大きな木製のチェストと姿見。流石の俺でも豪華すぎて気が引けてくる。
「ティア様の実力を鑑みるに、これでも足りないぐらいです。王国最強とも言われる蒼の剣聖をも圧倒するその力、それこそ、領地を分け与えてでも自陣営に引き込みたいという貴族は後をたたないでしょう」
なんか予想以上に俺の評価が高い件について。まあ、俺の実力、つまりはガルムがそれだけ評価されたということは嬉しい。
しかし、たかが模擬戦一回でここまでの待遇を受けると悪い気が……。
他に必要なものがあれば教えてくれと言い、一礼してから部屋を出て行くメイド長(仮)。
うーむ、ここまでの待遇を受けたままってのもあれだしな、手伝えることがあれば手伝うか。魔物の討伐とか討伐とか討伐とか。
いやあ、ホント戦うことしかできねえな俺! まあ、戦闘用として造られたんだから当たり前なんだけどさ。
なんで前世の俺は現代の農法とか建築とか、そういう異世界で役に立つ知識を詰め込まなかったのかねー。うむ、当然か。
「アレスが来るまで、暇だな……」
そうひとりごち、ベッドに腰掛ける。困ったな、することがない。
初日からいきなり屋敷をうろつく勇気はないし、そもそもアレスと入れ違いになったら困るし。
それにしても、なんかアレだ。今のところ何もかもうまくいっているというのに、困ってないはずなのに胸がモヤモヤする。さっきまでは気にならなかったのに。
何故なのか考えると、答えはすぐに思い浮かんできた。
「寂しいのか、俺は」
前世では家族もいたし、パソコンがあり、ネットがあった。
ガルム時代は遊べるようなネットはなかったけど、妹たちや所長たちが……家族と呼べる人たちがいた。
特に妹たちはずっと俺にべったりだったし。暇なときは妹たちと同じ部屋で漫画やら小説を読んでいたものだ。だから、寂しいと思うことは一度もなかった。
だけど今は俺一人。しかも暇つぶしになるようなものも持っていないので、誤魔化しきれない寂しさが押し寄せてきた、ってところだろう。
……いや、寂しいのもあるが、それ以上に、怖いな。
ああ、未来の俺が妹の解放を焦るわけだ。こんなの、毎日味わってたら頭がおかしくなる。
しかもこの寂しさに加えて周りは自分たちよりも、ガルムよりも遥かに劣る文明しか持たないときたら……そりゃ暴れるわな。
腰掛けた状態からベッドに仰向けに倒れこみ、変な方向にそれた思考を戻す。
変なことは考えるな。折角できた友人の、アレスの期待を裏切るな。今の俺は誇り高きガルムの兵器、それに相応しい行動をとれ。
……ガルム的にはガルムの民以外皆殺しにしろが正解だったわ。これだと未来の俺正解じゃん、やっぱ今のなし。
そのような感じで俺が負の感情のスパイラルに陥っているとコンコンコン、と部屋の扉がノックされる。
「ティア、今いいかい?」
「いいよ!」
助かった、今までの暗い気持ちが吹き飛んでいく。こうしてアレスの、友人の声を聞くと安心する。
それにしてもこいつは本当にタイミングがいいな。こう、来て欲しいときに来てくれて、まるで……。
いかんいかん、何ときめいてるんだよ。俺は男だっての。落ち着け俺。
頭を左右にブンブン振って思考をリセットする。
やっぱ一人でぼけーっとしてたら変なこと考え出して駄目だわ。
丁度いいからアレスに頼んで、本でもパズルでも何でもいいから暇つぶしアイテムを用意してもらおう。
「ん?」
本? ……ああ! そうじゃん! 字だ! 言葉は通じたけど字まで同じとは限らないじゃないか!
いけないいけない、なんか話せたんだから読み書きもできるもんだと勝手に思い込んでいたわ。
というか読み書きができないくせに学校へ潜入しようとしてたとか間抜けすぎて笑えてくるな。
うむ、まず最初に読み書きについてアレスから教えてもらわないとな。
学習に関しては問題ないだろう。何せこの体は一度見たものは決して忘れず、さらに不要な情報は削除して完全に忘れ去ることができるという、誰もが羨むであろうパーフェクトな頭脳を持っているのだから。
フハハ、文字の学習など一瞬よ! なんなら今晩のうちに完璧にマスターしてみせようではないか。
俺はそう考えつつ、部屋に入ってくるアレスを笑顔で出迎えた。
夏はひんやり、冬はあったか。
抱き枕にぴったしな主人公ちゃん