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4 グランヴィルの屋敷へ

 研究所を出た俺とアレスは、アレスの用意した二頭立ての小さな馬車で土を踏み固めた街道を走っている。行き先はアレスの屋敷だ。


 ちなみに御者はアレスで、俺は幌のかけられた座席部分に座っている。

 貴族なんだから御者は使用人に任せないのかと聞いたら、なんでもあまり目立ちたくないからとの返事が返ってきた。


 ああそうか、ガルムはそれなりに有名なんだっけ。研究所跡から俺を連れ出したことがバレたら不味いのか。


 森を抜けて草原に出たところで、アレスが俺に話しかけてきた。


「そうそう、椅子のところにローブがあるよね? 一応、人目のあるところではそれを被ってくれないかな? ほら、ガルムの紋章とか見られたら不味いから」


「これだな。わかった」


 椅子の背もたれにかけられた黒いローブを取り、そこで重大な事実に気づく。

 ……待てよ。ってことはこの服で外を出歩くのは駄目ってことか。マジかよ、この服超お気に入りなのに。


 紋章の部分を改修すればいいかもしれないが、それは気分的にやりたくない。一着しかない思い出の品を傷つけるとか流石にね。

 仕立て屋で似たような服を仕上げてもらうしかないか。くそう、こんなことなら武器だけじゃなくて服装の予備も持ち込むべきだったな。



 気分転換に周囲の景色を見る。時刻はわからないが、太陽の位置的に昼ちょいすぎぐらいだろうか。周りが草原なのでそよ風が心地よい。


 遠くのほうに魔物がうろついているのが見える。見知った魔物に混じって見たことも無い魔物がうろついていて面白い。

 街道の方に魔物がよってこないのは、きっと魔物除けでも置いてあるのだろう。まあ基本だな。俺の時代でもそうだったし。


 牛や馬のような魔物に……水辺にいるあれはスライムか? 色々な種類がいるが、全部大したことなさそうだ。

 あの程度なら指一本で殺せる。ドラゴンすら虫ケラ扱いするガルムの兵器様を相手にするには全然足りないなフハハ。


 適当に魔物を評価して遊んでいると、緑色の肌の小人のような魔物の姿が目に映る。おそらくゴブリンだろう。

 あいつらまだ生きていたのか。しぶといな。いや、もしかしたら新しく発生した固体なのかもしれない。



「それにしても、何度も調査しときながら隠し扉を見つけられないとか……なんというか、抜けてるよね」


「いやあ、あれは事前に知ってないと見つけられないと思うよ。むしろヒント無しでこれから見つけるカークスは優秀だと思うけどなあ」


 そう、俺が封印されていた研究所は何度か国の調査を受けているらしいのだが、メインである地下エリアへ入る為の隠し扉が見つけられなかったのだとか。


 まあ何もない遺跡と思われて放置されたおかげでアレスと出会えたんだからいい事か。国の調査団に見つけられてたら面倒くさいことになりそうだし。


「カークスって誰?」


「ああ、この国、ルドラ王国の第二王子さ。本来の歴史でティアを封印から解き放つ男で……一応、僕の友人さ。頭もいいし剣の腕も立つ上に民からの人望もあるいい奴なんだけど……僕のいた未来ではティアに一目惚れしちゃって、その隙をティアに突かれて操り人形さ」


「未来の俺がえげつなさ過ぎる件について」


 馬車の中で談笑する俺たち。ついでにアレスから少しばかり現代の事情について聞いみた。


 ルドラ王国は隣国のウルカ帝国と仲が悪くしょっちゅう戦争しており、現在は停戦中だけどいつ戦争状態になってもいいようにと若手騎士の育成に力を入れていること。


 ガルム帝国はかつて栄えた古代文明としてそれなりに知られており、製紙技術や上下水道などガルムの文明を参考にした技術も多いらしい。


 あと、他には風呂事情とかも聞いてみた。一般市民は蒸し風呂がメインで、湯を沸かすタイプの風呂は裕福な商人や貴族のみだとか。


 まあ、俺はアンドロイドなので濡らした布で体を拭けばそれでピカピカになるんだが、やっぱ前世日本人として気になるというかなんというかね。風呂好きなアンドロイドとか少しおかしいとは思うが仕方ない。


 ちなみに温泉はルドラ王国にはないが、南のほうにあるナルザ共和国とやらにはあるらしい。こっちは別にルドラとは敵対してるわけじゃないので行こうと思えば行けるらしいが……流石に養ってもらう身分で温泉旅行に行きたいとか図々しいにもほどがあるので遠慮しておいた。


 それに、わざわざ遠出してまで入りたいってほど好きなわけでもないしな。



 そうしてしばらくアレスと話していると、先ほどまでとは別の疑問がわいてきた。


 アレスがあまりにも普通に接してくれていたので忘れていたが、俺は女の子の体に男の精神をぶち込んだ存在であり、普通の人から見るとかなり異質なはずだ。


 ぶっちゃけ、所長みたいな特殊性癖の持ち主ならともかく、そうじゃない普通の人には気持ち悪がられても仕方ないと思っている。

 だから普段は男言葉を使わなかったり、下品な行動をとらないよう気をつけているわけだし。


 しかしアレスはそんな普通じゃない存在である俺にも気軽に接してくれている。俺としては非常にありがたいのだが、アレスは気にならないのだろうか。

 せっかくなのでアレスに聞いてみるかね。


「そういえばさ。アレスは俺に普通に接してくれるけど……いいのか?」


「何が?」


 きょとんとした顔でアレスが返す。しまったな、この質問は藪蛇だったかも。今は気にしてないみたいだし、これで逆に意識されるかもしれない。


 やっぱ今の無し、と言って打ち切るべきか? ……でも、どうせならやはり本音を聞いておきたいしな。

 拒絶されたらと不安になるが、それを押し込める。俺は目を閉じて、平静を装いながら口を開く。何故だか、風の音が大きく聞こえる気がする。


「俺ってほら、女のボディに男の精神だろ。しかも前世の記憶持ちときたもんだ、普通じゃないだろ? 何でお前は、そんな俺に普通に接してくれるんだ?」


「ハハハ、なんだ。そんなこと気にしてたのか」


 アレスが笑いながら口を開く。こっちは真面目に悩んでるってのに、予想以上に軽い返事が返ってきた。


 俺の心配は杞憂だとわかり、内心ホッとするが……なんか悔しいので表には出さない。

 内心を悟られないようにと誤魔化しがてら、ジト目で見てやるとアレスが俺の方に向き直り、俺の目を見て真面目な調子で語りだした。


「まあ、そりゃ最初は驚いたよ。でも、すぐに慣れたかな。別に男らしい女の子とか探せば普通にいるんだし。僕の方から言わせてもらうと、ティアはそういうのを気にしすぎかな? 前世に関してもそう、誰にだって前世はあるんだし。たとえば高潔な騎士だって、もしかしたら前世では暴虐の限りを尽くす魔物だったかもしれないだろう? 美しい女性だって前世では家畜だったかもしれない。そんなのをいちいち気にしてたら誰とも仲良くなれないよ」


 気にしすぎ、か。確かに言われてみるとそんな感じな気ががしてくるな。

 それにこんな風にあっさりと言われると、本当に大したことじゃないことで悩んでいた気にもなってくる。


 うん。なんというか、アレスの回答を聞いて心が軽くなった。話す前は不安だったが、アレスに話してよかった。


 そうだな、未来では俺が迷惑かけたみたいだし……今度は俺がアレスのことを助けてやろう。

 でもアレス、危ないから運転中は前を見ような。


「僕なんて前世はドラゴンだよ? 二度続けて人間……人間? なティアの方が僕なんかよりずっと上等さ」


「前世がドラゴンとか格好良すぎだろお前。ていうか前世とかどこで調べたんだよ」


 前世がドラゴンで今世は金髪のイケメンとかお前どこの主人公だよ。本人的にはフォローのつもりなんだろうがフォローになってねえ!


「まあ、未来でいろいろあってね。それより、横から見る分にはドラゴンは格好いいかもしれないけどそんなにいいものじゃないよ? プライドばかり高くてすぐ頭に血が上る。気まぐれで人間を襲って財宝を奪って……やってることは強盗じゃないか。外見だってたまに見るから格好良く見えるだけで、自分の体としていつも見てると所詮は魔物だなって感じがするし。やっぱ人間が一番だよ」


 なんか本気で嫌そうに愚痴るアレス。確かに別種族の記憶とか価値観の差もあって大変そうだな。


 そう考えると人間からアンドロイドへ転生した俺はマシなのかもしれない。価値観や肉体の差によるズレなどを感じないのだから。


 性別が変わって感じる違和感と種族が変わって感じる違和感、多分だが後者の方が大きいだろう。


「確かに、アレスの言うとおりだな。でもそうするとあれだな。俺は前世なんて引きずらず、女の子として生きていくのが正しいってことになるのか」


 今の俺はアンドロイドだから、やろうと思えば前世の記憶を全部削除とかもできるけど……さすがにそこまでする勇気はないな。

 既に人格が確立している以上、別に記憶がなくなっても俺は変わらないと思う。俺が俺でなくなるってことはないだろう。


 余分な男としての記憶が消えて、女として悩むことなく生きていけるので選択としては最良なのだろうが……なんとなく怖いと言うか、嫌なのだ。


「アレス君ありがとう。ティア感激☆」


 軽く舌を出しウインク。両手は軽く握り胸の前へ。かつて研究所のメンバーに仕込まれた媚び演技だ。

 まあふざけてはいるが、感謝の気持ちは本当だ。おかげで気がかなり楽になった訳だし。

 ……でもまあ、素直に感謝するのはちょっと恥ずかしいのでこれで勘弁して欲しい。


「いやあ、別に無理して体に合わせなくても。女の人でも男みたいな性格してるのもいるんだし、ティアはそのままでいいと思うよ」


 顔を赤くしてあわてて前へ向き直るアレス。あらやだ可愛い。こう露骨に反応してくれるとからかいがいがあるな。


 今後もちょくちょく媚びをかまして遊んでやろうか。

 素直で優しいという人柄もあるのだろうが、こいつ相手なら美少女演技も悪くないと言うか、あまり恥ずかしくない。


「まあ、俺俺言うのはアレスの前だけにしとくよ。この美少女ボディで俺とか言ったら違和感感じられるだろうしね」


「自分で美少女言っちゃううか」


 ハハハと笑いあう俺とアレス。なんていうか、距離が縮まったというかそんな感じがする。

 そういえば、ガルム時代は周りは年上の研究者ばかりで気軽に話せる友人とかそういうのはいなかったな。


 妹の前では格好つけたいし、所長は……なんだろうな、アレは。親しいと言えば親しいし、気軽と言えば気軽なんだが……友人というにはなんか違うな、うん。



 そのまま草原を走り続け、何度か丘を越えると石の壁に囲まれた都市が見えた。パっと見、家は木造が多い感じで、石造りやレンガ造りの家もあるが少なさげだ。


 大きさは……まあ俺がこの時代のほかの都市を知らないのでなんとも言えないが、そこそこの規模はあると思う。まあ少なくとも小さくはないだろう。


 その中でも一際大きな屋敷を指差してアレスが口を開く。


「あれがセンテの町で、あれがグランヴィル家の屋敷さ。まあ、大した大きさじゃないけど」


 外観から見るに三階建てかな? 結構な大きさだと思うが。屋敷の部分だけでも普通の家が十戸ぐらいは入りそうだ。

 いい返し方が思いつかないので、とりあえずいいお屋敷だねと褒めておく。


 これからアレスの父親、つまりお貴族様と対面か。緊張してきたなあ。

 変な奴じゃなきゃいいんだけど。

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