33 土の中からこんにちは
「ハア!」
先頭を歩く騎士が剣を振るい、立ちはだかる五匹のゴブリンのうち、一番手前にいたものを斬り殺す。
仲間を斬り殺された事で残りのゴブリンが怒りの鳴き声を上げ、仇を取らんとその手に握る錆びた短剣を振りかぶり、仲間を殺した騎士へと飛び掛るが――。
「せい!」
駆け寄ってきた別の騎士に横合いから斬りつけられ、無様に地面に転がった。
もともと数で負けている上に、一瞬で二匹の仲間を失ったことでゴブリンたちは戦意を喪失したのだろう。こちらに背中を向けて逃走を開始する。しかし。
「ウインドカッター!」
ポーラの唱えた、風の刃を発生させる魔法によってその体を切り刻まれ、残り三匹も息絶えた。
こちらへの被害はゼロな上に、体力や魔力すらロクに消耗させられなかったという、思わず「お前何しに出てきたの?」と言いたくなるような雑魚っぷりである。
「それにしても、さっきから何度もゴブリン出てきてるけど……懲りないのかな? 何度も負けてるってのに」
「いやいや、懲りるも何も全部殺しちゃってるじゃないですか。学習しようにもできないじゃないですか」
「あ」
俺のなんとなく呟いた台詞にヘンリーが突っ込みを入れてきた。
言われてみればそうだった。見つけ次第皆殺しにしてるから情報の伝達も何もないわ。でもなあ、だからといって見逃すってのもなあ。
「じゃあ、次は逃げた奴見逃してみる?」
「いや、見逃したところでこちらの思惑通り動いてくれるとは限らないし……ゴブリンは狡賢いからね。逃がして変な小細工されるより、さっさと仕留めておいた方がいいんじゃないかな?」
「はーい」
隣を歩くアレスに見逃すべきか聞いてみるが、別にその必要はないと返された。うんうん、やっぱ見逃すのはよくないよな。
アレスと意見が一致した事で今の俺は上機嫌だ。ルンルン気分で洞窟を歩く。
それにしても、けっこう歩いたと思うんだけど……土竜さんまだ? 出てくる気配を微塵も感じないんですけど。もうそろそろ出てきてくれていいのよ?
でも、アレスが言ってたけどこの依頼ってなんかアレスの記憶と時期が違うみたいだし……。もしかしたら本気で出てこないのかもしれないな。出てこなかったらがっかりなんだが。
「む。後ろ、小型の魔物がくるわよ!」
ポーラが振り返り、後方を警戒していた騎士たちに魔物の接近を告げる。騎士たちがポーラの警告を受けて剣を抜き、警戒態勢を取る。
しばらくすると、チューチューという鳴き声とともに子犬ぐらいの大きさのネズミの魔物が八匹現れた。
洞窟に入ってからポーラってば大活躍だな。
ネズミの魔物を処理している騎士とポーラを眺めながらぼんやりと考える。
光源確保に敵感知で不意打ちを回避し、仮に味方が怪我をしても回復魔法で即座に直す。そして攻撃魔法も苦手とか言いつつ、なんだかんだで一通り習得しているので攻撃にも参加可能という万能っぷり。なにこの便利キャラ。今回の探索のMVPはポーラだろうな。
まあ、敵感知はこういう洞窟みたいな周囲に他の生物が少ない状況でしか使えないみたいだけど、それでも十分だろう。暗かったり隠れる場所が大量にあって、一番奇襲されやすい洞窟やダンジョンでこそ輝く魔法なんだし。
ぶっちゃけ、外で大勢の敵味方に囲まれている状況で敵感知とかあんまり意味無いしね。普通に全員で警戒すればそれでいいんだし。
「あ、前方の天井になんか張り付いてるわね。一匹だけみたいだし、たぶんスライムじゃないかしら。アタシが魔法で撃ち落とすから、適当に処理ヨロシク!」
「了解しました!」
ポーラの台詞にアーノルドの両脇を固めている騎士が答える。
ほんと、ポーラってば大活躍。おかげで洞窟に入ってから俺とアレスがずっと暇なんですが。
両手を頭の後ろで組みながらアレスの方をちらりと見ると、アレスも同じ事を考えていたのか俺のほうを見ていた。俺とアレスの目線が交差する。
「ふふっ」
「ははっ」
それがなんだか面白く感じられ、思わずお互いに笑ってしまう俺とアレス。
ああ、やっぱりアレスも暇だったんだなあ。
その後も俺たちはアーノルドの先導に従いながら洞窟を歩いていた。洞窟の中には何個か分かれ道があったが、アーノルドは迷うことなく進んでいく。
アーノルドは地図を持っているみたいだけど、曲がり道に目印とか置いてかなくていいのかな?
そんな事を思いながらも洞窟を歩いていると、洞窟がほんの少しだけ揺れたことに気付いた。……これは、いるな。
とても小さな揺れだ。あらかじめ、ここに“いる”と言う事を聞いていなければ気付けないだろうし、気付けたとしても気のせいだと思ってしまうに違いない。
……実際、今の揺れに気付いたのは、事前情報ありの俺とアレスの二人だけみたいだし。
「アレス」
「うん」
さり気なくアレスのそばに近づいて小声で確認を取ってみると、アレスも頷きながら小声で返事をしてくれた。どうやら正解らしい。
洞窟の横幅もどんどん広くなっていってるし、この調子だと広い場所で戦えそうだ。実に良い。
ふふふ、楽しみだなあ。
この時代に目覚めて、ようやく戦闘らしい戦闘ができるかと思うと、気持ちが昂ぶってくる。
いやいや、落ち着け俺。他の奴らと比べれば少しはマシかもしれないが、所詮は土竜だ。機体は禁物。あまり期待しすぎるとがっかりするからな。
「ティアさん、どうかされましたか?」
急にそわそわしだした俺を見て疑問に思ったのか、近くを歩いていたヘンリーが話しかけてきた。どうやら、非戦闘員であるヘンリーに気付かれるほど今の俺は浮かれていたらしい。気をつけないと。
「ん? 急にどうしたの? 別になんでもないけど……。ああ、それよりさ、ヘンリーさんって学者さんなんでしょ? 何について研究しているの?」
なんでもない風を装って誤魔化し、さらに自然に話題転換をする。……ふふふ、完璧だ。我ながら惚れ惚れするような見事な回避だ。
ヘンリーは一瞬だけ腑に落ちないような表情をするが、すぐにそれは消えて笑顔になった。そうして俺の思惑通り、俺の振った話題に食いついてきてくれた。フッ、チョロいぜ。
「ええ、私は古のガルム帝国について研究していましてね! いやあー、いいですよねえガルム帝国。古にこの世の全てを支配した最強の国家。上下水道や製紙、建築など現代よりも高度な文明に、今では考えられないほど高性能で、大昔に作られたのにもかかわらず、いまだ普通に動作するという恐るべき耐久性を持つマジックアイテム各種。そして! ガルム帝国の真骨頂、魔科学によって生み出された強力な兵器に、それを装備した高性能なゴーレムの数々! ああ、本当に素晴らしいですよガルム帝国は!」
目を輝かせ、早口でそれはもう楽しそうに語りだすヘンリー。そんなヘンリーを見て周りのみんなは「あー、やっちまったな」と言う顔をして目を逸らすが……。
ふふふ、ふふふふふ。なんだこいつ。なんだこいつ……! ああ、わかってる! 実に! わかってるじゃないか!
そうだよそうだよ、ガルムはすごいんだ! 素晴らしいんだ!
ああ、まさかこの時代の連中にもガルムの良さがわかってくれる奴がいたとはな。うんうん、現代人も捨てたもんじゃないな。
それにしても誰だ、こんな素晴らしい学者さんの手足を切り落とそうとしていたお馬鹿さんは! まったく、親の顔が見てみたいね!
「そっか。ガルム帝国が好きなんだ。そっかそっか。……ふふふ、ならそんなヘンリーさんに一ついいことを教えてあげよう。さっき、ヘンリーさんはガルム帝国のゴーレムって言ってたけどね? ガルム帝国では、野蛮な未開人どもの使うゴーレムと、俺たちの作り上げた素晴らしいこの兵器を一緒くたにされるのは御免だってことで、無人兵器って呼んでいたんだ」
笑顔でヘンリーさんの間違いを訂正してあげると、ヘンリーさんはきょとんとした顔になるも、その意味を理解した瞬間、先ほどより目をさらに輝かせた。
「ほお、そうなのですか! 興味深いですねえ! ところで、そんな事を知っているとはもしかして貴女も……?」
興奮した様子でヘンリーさんが俺に聞いてきた。
ふふふ、俺は学者どころか、当時生きてたガルム帝国の兵器様なんだよなあ! 生物じゃないから生きてたって言っていいのかはわからんけどな!
「ま、まあ、とりあえずここらへんで。ティアもほら、護衛任務の最中なんだから集中しないと! ね?」
慌てた様子のアレスが俺とヘンリーさんの会話を止めに入る。
ああ、しまった。調子に乗ってついガルムについて語るところだった。俺は元傭兵って設定なの忘れてた。
ただの傭兵が古代文明について学者以上に詳しいってのは不自然だしな。ごめんねアレス。
「む、むう、しかしですねぇ……」
「ティアもガルム帝国のファンですけど、そこまで専門的なことは知りませんよ? ただ、ちょくちょく文献を読んでるから、ああいう細かい名称については詳しいだけで。ね、ティア?」
「ああ、うん! 流石に学者さんと語り合えるほど詳しくはないかなぁーって。期待させちゃったのならゴメンね?」
渋るヘンリーさんをアレスと二人がかりで宥め、誤魔化す。
ああもう、なんで調子に乗ってあんなこと言っちゃったかな! 起これ! 何かうやむやにできるような事件でも起これ!
俺がそう心の底から願った瞬間、洞窟の地面がガタガタと大きく揺れた。
おお、ナイスタイミングだ! ありがとう、土竜さん本当にありがとう! お礼にさっくり殺してあげるよ!
「な、なんだ! 一体何が……!」
「ア、アレス、何これ……!? 大丈夫なの?」
アーノルドとその配下である騎士たちがざわめき、不安に震えるポーラがアレスの傍に駆け寄って服の袖をつまむ。
そうだった。アレスが未来の記憶を持つってことはポーラは知らないんだっけ。
そう、未来の知識に関しては俺とアレス……とハインツさんだけの秘密なのだ。
ポーラも知らないアレスの秘密を知っている事に優越感を抱く俺。でも、できれば俺とアレス二人っきりの秘密がよかったんだけどなあ。
俺たちが動けないでいる間も揺れはどんどん大きくなり、そして……。
「わああっ!」
「ど、土竜だとぉ!?」
「これは……! 総員、退避ィー! 逃げろォー!」
まるで地上への逃げ道をふさぐように、俺たちのいた背後の地面を突き破り……土竜が姿を現した。
あれ? 君、ちょっとデカくない?
無人兵器のところにかっちょいいルビ振ってやろうと思ったけど何も思いつかなかったでござる。




