3 出会い(後編)
「そういえばさー、未来では俺が人類滅ぼしたって言うけど、そんなに強くなったの? 俺は確かに強いけど、それでも所詮は個人だろ」
話が終わり、とりあえず研究所を出ようということになったので幅三メートル、高さ二メートルほどの広さの通路をアレスと雑談しながら歩く。
天井には照明器具として、長方形の箱の形をしたマジックアイテムが等間隔に設置されている。
にしてもこのアイテムすげえな。アレスの話じゃ俺が封印されてから数千年は経ってるらしいが、まだ動いてるよ。
俺がいた頃のやつとは形が違うから、あれから開発されたんだろう。まあ、ガルムは永遠とかそういうテーマが大好きだったしな。
「改造というか、巨大な兵器の一部になったというか。外見は頭が複数ある鋼鉄のドラゴンで……胴体の部分に核として君が取り込まれてた、そんな感じかな。戦闘能力に関しては……あれは強いというか理不尽だったなあ。魔法は完全に無効な上に防御力も馬鹿みたいに高いし、ダメージ与えてもすぐ再生するし。というか速いからそもそも攻撃が当たらないし」
「ああ、巨大ロボを操縦する感じか。なんか強そうだ。そうそう、それと俺の名前だけどティアでいいよ。みんなそう呼んでたし」
「じゃあ遠慮なく。未来ではずっとティアって呼んでたから君って呼ぶのに違和感があって困っててね」
照れくさそうに頭を掻くアレスを見ていると、ふと疑問が湧いてきた。
何故アレスは自分に仲良くしてくれるのだろう。アレスの話を聞く限り、未来の自分は人類を滅ぼして最終的にアレスすら殺した超問題児だ。
アレスの話を信じるのなら、未来における俺とアレスは親友関係だったらしいが……。
「未来の俺ってさ、結構ヤバいことやらかしたんだろ? でも、アレスはなんでそんな俺のことを気にしてくれるんだ?」
「あー、まあ、そこらへんは色々と。まあ、あれだよ。僕とティアは成り行きで敵対せざるを得ない状況になっただけであって、最初から憎みあってた訳じゃないから。できればやり直したかったんだ」
「……そっか。悪かったな、変なこと聞いて。あと……悪いな。未来の俺がやらかして」
「別に、今ここにいるティアが問題を起こしたわけじゃないんだしさ。気にすることはないよ。それよりさ、ティアの名前に関してなんだけど……」
アレスは気にしてないかのように明るく振舞うので、俺もそれに習い明るい声を出す。
重い空気は嫌いなのでアレスの心遣いが本当にありがたい。
「なになに? もしかして俺ってば有名人になっちゃってる系?」
「まあ、だいたいそんな感じかな。一般の人には知られてないけど、ガルム帝国について研究している学者とかになると知っている人がちらほらと。そういうわけで、できれば偽名を名乗って貰えたらなって」
「まあ、別にいいよ。なーんて名乗ろうかね……」
今の名前からかけ離れた名前にすると使い勝手悪そうだしな。できれば似たような名前が……ああ、愛称をそのまま名前にしちゃえばいいか。
我ながらナイスアイデアだ。というかぶっちゃけティアマトと呼ばれるよりティアって呼ばれるほうが好きなのでこれはちょうどいい。実にちょうどいい。
「よし、じゃあティアで。下手にひねっていざというときに反応できなかったりすると困るしな!」
それっぽい理屈を説明しながらアレスに提案する。
それにしてもこの提案はかなりイイ線行ってるんじゃなかろうか。湧き出る自信のあまり、ついドヤ顔になってしまうが仕方ない。
アレスがそんな俺を見て苦笑する。
「まあ、ティアがいいならそれでいいんじゃないかな?」
「むふー。じゃあ決定な! いやあ、個人的にティアマトって硬い感じがしてな。実はそう呼ばれるのあんまり好きじゃなかったんだよね。ティアの方が柔らかいし、何よりカッコイイし。こっちで呼ばれるほうが好きだったんだよなあ」
腕組みをした状態から人差し指を立て、上機嫌に俺が笑っていると、アレスの手が俺の頭に伸びてきてわしゃわしゃと撫で回してきた。
「お、おい。ちょ、こらっ、撫でるな! これでも心は男だからな。男に撫でられたって嬉しくないんだぞ」
「あはは、ごめんごめん。ついね」
慌てて抗議するとアレスはすぐにやめてくれた。まったく、油断も隙もありゃしない。
ああ、でもなんか所長を思い出すなこれ。所長もことあるごとにわしゃわしゃと撫でてきたからなあ。
まあ所長にとっちゃ俺は娘……いや息子か? みたいなもんだから別にいいけどさ。
隠し扉を開け、俺とアレスは研究所の地下部分から地上部分へと出る。地上へ出て真っ先に目に入ったのは、うっそうと生い茂る木々の群れであった。
そう、かつては荒野だったこの研究所の周囲は、長い年月を経たことで生命の満ちる森へと変化していたのだ。
青々とした葉に上のほうは覆われてはいるものの、木漏れ日のおかげで周囲は明るい。
「うおお、すっげー。あの荒野が森になっちゃってるよ。すっごー!」
「はは、そんなに驚かなくても」
この時代を生きるアレスにとっては当然の光景かもしれないが、封印されていた俺からすれば一瞬で荒野が森に変わったようなものだ。そりゃ驚くさ。
俺は感嘆の声を上げながら周囲を見渡す。隣でアレスがそんな俺を微笑ましいものを見るかのような目で見てくるが、今は機嫌がいいので見逃してやろう。
「ふう、満足した。それにしても……」
周囲を一通り見渡して満足した俺は目線を周囲の、今まで自分たちがいた研究所へと向ける。
いや、今までも見えてはいたが、認めたくなくて目を逸らしていたというべきか。
無理やり上げていたテンションが一気に下がるのを自覚する。
「ボロッボロだね……。もう原形ないじゃん……」
研究所の地上部分はほぼ崩壊していた。屋根や二階部分は完全に無くなっており、所々に壁の残骸などが残っているのみだ。
その残骸のおかげで、かろうじてここに何かの施設があったことだけはわかるが……せいぜいその程度。
かつて、世界のすべてを支配したガルム帝国の研究所がここにあったとはとてもではないが思えない。
つい先日までここで過ごしていた俺にはショックな光景だ。
肩を落として落ち込む俺の背中をアレスがポンポンと叩いて気遣う様子を見せてくれる。やめろよな、優しくされると泣きたくなっちゃうだろ。
無理やり笑顔を作ってアレスに向けるが、自分でもぎこちない笑みだというのがわかる。
「ま、まあ肝心な地下部分は無事に残ってるんだし? 気にするこたないよな、うん」
「さて、じゃあ用事も終わったし帰ろうか? 僕の家に招待するよ」
「家? ……ああ、そうだ。ガルムが滅んだから、今の俺は住所不定無職か。……どうしよう。アレス、なんかいい仕事知らない?」
ちょっと必死にアレスを頼る俺。だってほかに頼れそうなやついないし。
アレスの話を聞く限り、魔物とかはまだいるらしい。なら魔物退治とかで金稼げないかな? 傭兵ギルドとか冒険者ギルドみたいなのあればいいんだけど。
でも登録料とか仕事のあっせん料取られるようなら文無しだからアウトか、と考えているとアレスが救いの手を差し伸べてくれた。
「ああ、そこらへんはティアを目覚めさせた僕が責任もって面倒見るから心配しなくていいよ」
こう見えても貴族だからねとアレス。天使だ、大天使様がここにおられるぞ。
いや待て、貴族といってもこの年ならまだ親の庇護下、何をするにも親頼りな筈。親に駄目だと言われればアウトだ、期待するのはまだ早い。
「俺としてはありがたいけど……いいのか? ほら、家族の許可とか、そんな感じのアレ的に」
「父さんから許可はもらってるから大丈夫。未来の情報について話したらあっさり許してくれたよ。……ああ、勝手にティアの話をしたのは悪いとは思うけど、父さんの許可を得る為なんだし勘弁してくれないかな?」
「大丈夫。別に大した情報じゃないし、話してもらって全然大丈夫だからさ」
それで面倒を見てもらえるのなら安いもんだ。
「よかった。それじゃあティア、お願いだ。僕にティアの面倒を見させて欲しいんだけど、いいかな?」
にこやかに微笑みながらアレスが手を差し伸べてくる。そこは俺がお願いする場面であり、普通逆だろう。
やめてくれ、すごく申し訳なくなるから。
「う、いや、是非ともお願いしますと言うか、むしろこっちがお願いしますと頭を下げるべきなのにごめんと言うか……」
「はは、なら交渉成立だね。別にそんなに気にしなくていいのに。ティアの能力なら一人でも余裕で生きていけるだろうしね。むしろティアみたいな圧倒的強者を味方に引き込めるんなら安いもんさ」
うむ、自分で言うのもなんだが戦闘に関しては自信がある。だって俺ってば兵器だし? 戦闘のために造られた訳だし?
魔物だろうが異国民だろうがお任せあれ。いっぱい働くからじゃんじゃん仕事よこしてくれ。
なにせこの体にはスタミナ切れとかそういうものがないからな。人間じゃ出来ないハードワークもお手の物。二十四時間働けます!
いやまあ、でも精神的にはキツイから、できれば休みは欲しいけど。
アレスがフォローしてくれたおかげで普段の調子を取り戻せた。それにしても……あれから少し話しただけなのにもうアレスを全面的に信頼しているな、俺。 我ながら少しチョロいような気もするが……まあ、もともと自分は人を疑ったりすることは得意じゃないし好きでもないのだ。疑う気持ちが長続きしないのも当然か。
だからこれは別に自分がチョロいとかそういうわけではなくてだな……。
そんな調子で一人で脳内言い訳会議を開催しているとアレスが話しかけてきたので会議は中断。たぶん二度と再開されないだろう。
「じゃあ、ティアはこれからうちの一員ってことで。改めて名乗るよ。僕はアレス・グランヴィル。よろしく頼むよ、ティア」
「俺はティアマ……じゃなくてティアだったな。こちらこそよろしく」