26 詰め所にて
「アレス、ポーラ、おはよー」
着替えて一階に下り、今のソファーに座ってくつろいでいたアレスとポーラの二人に、少々遅い朝の挨拶をする。
軽く見たところ、二人とも既に出かける準備はできているようだ。ふむ、少々くつろぎすぎたか。ティアちゃんしっぱーい。てへぺろ。
「おはよう、ティア。ティアにしてはずいぶんと遅かったけど……何かあっ――」
「もー、遅いじゃないのティア! 準備はできてるの? できてるわね? さあしゅっぱーつ!」
アレスの台詞を聞いたポーラが慌ててソファーから立ち上がり、その台詞を遮るように声を張り上げた。
そうしてそのまま俺の両肩を持ち、ぐいぐいと押して部屋の入り口に向かう。
「何かありました。疑ってください」と言わんばかりの態度だが……俺としても詮索されたくない事柄なのでポーラに乗って部屋から逃げ出す。
言えない、言える訳がない。他の相手ならともかく、アレスにだけは絶対言えない……!
「……怪しいね」
部屋から出る際にアレスの呟きが聞こえたが、別に怪しくないので気にしないで欲しい。アレスに知られたら恥ずかしすぎて死んでしまうので、絶対に気にしないで欲しい。
胸を揉まれただけで終わった風呂場のときと違って、今度はポーラに……! うぅ、絶対言えるわけないだろこんなん!
「おはようございますアレス様! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ああ、おはよう。ポーラが暇をもてあましていてね。せっかくだから手伝おうかと。討伐系で何かいい依頼着てないかな?」
屋敷を出て、俺とアレスとポーラの三人は騎士団の詰め所である石造りの建物にやってきた。
詰め所の中には依頼や相談に対する受付と、それ以外の――移住や家の建築の許可に商売許可証、通行証などその他もろもろ――手続きに対する二つの受付がそれぞれ二つづつあり、依頼・相談の受付には既に人が数人並んでいた。
センテは結構広くて、人も相応に多いから依頼も沢山あって大変だと、トロール退治のときに同行した騎士、コリンがそう言っていたのを思い出す。
アレスは依頼・相談の受付ではなく、一般手続きの受付のほうへ向かい、事務員の男と話す。俺とポーラはアレスの後ろ、少し離れたところでその内容を聞いている。いや、俺には聞こえてるけどポーラには聞こえてないのかな?
「いつもご協力ありがとうございます。しかしですね、今はアレス様やポーラ様が満足できるような高難度の依頼はちょっと……」
「ははは、喜ばしい事じゃないか。本来なら、討伐の依頼なんてないのが一番いいんだから」
申し訳なさそうにする受付の男に、アレスが笑いながら返す。
「むぅ……」
確かにアレスの言うとおりなのだが……兵器であり、戦うことが存在意義である俺としてはちょっとだけ複雑な気持ちだ。俺や妹は世界征服が終わって、その役目を果たしてしまったので封印されたようなものだし。
アレスには悪いけど、できれば戦乱の耐えない世の中であってもらいたいんだけどなぁ。ゲームみたいに定期的に魔王が現れて、人間を襲うような世界なら言う事なしだ。それなら俺たちは常に必要とされるし。
「ふふ……大丈夫よ。アタシやアレスはティアを見捨てたりなんかしないから。ね?」
ほんのちょっぴり不安を感じた俺の内心を察したのだろう。ポーラが俺を抱きしめ、耳元でささやいた。
……ほんと、ずるいよな。普段はただの変態の癖に、俺が不安を抱いたりしたら、こうやってその不安を解消してくれるのだ。
こういうことをされると、ますます離れられなくなっちゃうじゃないか。
「……うん。ありがと、ポーラ」
「ふふっ」
俺の返事を聞いたポーラが嬉しそうな声を出し、そのまま俺の頭を撫でてくる。
普段なら子供扱いするなと怒るところだが……今はまあ、いっか。
体から力を抜き、ポーラに身を預け、目を閉じて撫でられる感触を楽しむ。
そうして、俺はしばらくの間ポーラに撫でられていたが……新しく詰め所に入ってきた男にポーラが話しかけられた事で至福の時間は終わりを告げた。
「おお! ポーラ様ではございませんか。相変わらずお美しい! そちらのお嬢さん……も……」
人がいい気分に浸ってるってのになんだいきなり。まったく、空気を読んで遠慮しろっての。
目を開けて無粋な乱入者を確認してみると、それは青みがかったグレーの髪をポニーテールにした長身の男だった。無駄に美形なのが腹立たしい。その綺麗な顔をフッ飛ばしてやろうか。
「貴方は確か……アルフォード家の騎士、ダニエルですっけ?」
「…………」
ポーラが話しかけるも、男は呆然とした様子で反応を示さない。なんだこいつは。自分から話しかけてきておいて本当に失礼な奴だな。人目がなければ即座に殺していたところだぞ。
「……あ、はい! そうです! 私はアルフォード家に仕える騎士、ダニエル・ケアードです。まさかポーラ様に名を覚えていただけていたとは恐縮です。ところで、その……ポーラ様? そちらのお嬢さんは一体……?」
ダニエルと名乗った男が、ちらちらと俺を見ながらポーラへと話しかける。ポーラはそれを受けて一瞬だけ疑問の表情を浮かべるものの、すぐに笑顔に変わった。
……いや、これはただの笑顔じゃないな。ポーラが悪戯を思いついたときに浮かべる嫌らしい笑顔だ。
「……ふーん。そっかー。そっかそっかー」
「あの……ポーラ様?」
「ああ、ごめんなさいね? 紹介するわ、この子はティア! 新しくグランヴィル家の食客として迎え入れられた凄腕の傭兵よ。可愛いでしょー?」
「ふふん!」
ポーラが俺をダニエルの前に押し出しながら紹介するので、俺も背筋を伸ばし、腕組みをして堂々とした態度を取る。
うむ、決まった。今のはすごく決まった。いいぞいいぞ、強者の威厳的なナニカが全身からあふれ出るのを感じる。フハハハハ、恐れおののき跪くがいい虫けら!
「ティア様……ですか。ああ、いい名前です……」
ダニエルが俺の名を褒め称えると同時に、俺の前に跪いた。
うむ。なんだ貴様、ただの無粋な輩かと思えば、わかってるじゃないか。よしよし、その態度に免じて先ほどの無礼は手打ちにしてやろう。
「ティア様。出会ったばかりの貴女にこのようなことをお願いするのは自分でもどうかと思いますが……それを承知で申し上げます。どうか、どうか私の……妻になっていただけないでしょうか?」
「え?」
え、いや、これって……求婚? プロポーズ? いやいやいや、え? え?
あまりにも予想外の事態に混乱してしまう俺。いやまあ確かに俺ってば超ウルトラ級の美少女ですし? まあ惚れちゃうのも仕方ないよな。
いやいや、でも出会ったばかりで求婚とかないわ。こういうのは徐々にお付き合いして、仲良くなってからするものであって……。
「ふふ、ふふふふ、ふふふ……さすがねー、ティア」
ポーラが俺の後ろで心底楽しそうな笑い声を上げる。いや、笑ってないで助けて欲しいんですけど。割と本気で困ってるんですけど。
「美しく輝く銀色の髪に、穢れ一つなく透き通る湖のような青い瞳。そして、まるでシルクのように輝かんばかりの白い肌。愛らしさと凛々しさを同時に備えた貴女は、まさに美の化身と言っても過言ではないでしょう」
ダニエルが跪いたまま、物凄い勢いで俺を褒め称える。
いやあ、褒められるのは嬉しいんですけどね? とっても嬉しいんですけどね? 流石の俺もそこまで褒められるのは、ちょーっと恥ずかしいなぁーって……。
「え、えーっと。褒められるのは嬉しいんだけど……ちょっと褒めすぎな気が……」
「いえいえ、褒めすぎも何も事実です。私はこれまで、様々な女性を見てきましたが……。ティア様、貴女は私が見てきた数々の女性の中でも完全に別格です」
真剣な顔で恥ずかしいこと言うんじゃない! 嬉しいけど! 嬉しいけど!
「やあやあ、久しぶりですねダニエルさん。いきなりで悪いですけど、このあたりで勘弁して貰えませんかね? ほら、ティアが困っています」
いつの間にか受付での話を終えたらしいアレスが俺をダニエルから引き離して自分の背中に俺を隠す。ああ、来てくれたのかアレス。よかった。
それにしても本当に頼もしいなアレスは。あたふたする俺を観察するのがそんなに楽しいのか、ニヤニヤしたまま動かないポーラなんかの何百倍も頼もしい。
「これはこれはアレス様。お久しぶりです。"若き獅子"の活躍はこちらまで届いていますよ。我が主もアレス様の活躍を聞いて」
「ははは、ありがとうございます。それにしても、ダニエルさんは相変わらずですね」
……む? なんだかアレスの声がいつもと違うな。なんというか、硬いというか、これは……怒ってる?
もしかして嫉妬してくれてるのかな? なら嬉しいんだけれど、まあないよな。
「ふ、当然ですよ。美しい女性を見かけたら、声をかけるのが男としての礼儀というものです」
「いつか刺されても知りませんよ? まあそれよりもティアはうちの食客なので、そういうのは控えてもらえたらと」
「いえ、アレス様。今回は、今回だけは違うのです。今回だけはこのダニエル、本気です。本気でティア様に惚れてしまいました」
しつこいなこいつ。アレスがやめろと言ったんだ、なら大人しく退散するのが礼儀だろうに。ちょっとばかし顔がいいからと調子に乗っているんじゃなかろうか。
過剰なまでに褒められていて盛り上がっていた気持ちが一瞬で冷めていく。
まったく。少しアレスを見習って欲しいものだ。アレスはイケメンな上に強くて家柄にも恵まれながら、優しくて礼儀正しくて、さらに他者への心配りも忘れないと、とにかくもう凄いのだ。自分勝手なダニエルとは月とすっぽんである。いや、それじゃアレスに失礼だな。例えるなら――
「それよりもアレス様。彼女のような美しい女性を魔物退治に連れ歩くなど、貴方はいったい何を考えているのですか? 彼女が怪我をしたらどうするつもりですか?」
虫ケラ風情が何アレスに文句付けてるんだ。死ね。
ダニエルの台詞を聞いた瞬間、怒りの感情が一瞬で振り切れた。
俺にはリミッターがあるので一定レベル以上の怒りは感じない。なので、怒りに我を忘れるような事はない。
しかし、リミッターが働いたというのは自分でも理解できる。
「やめなさい、ティア」
ダニエルを殺そうと俺が戦闘モードを起動して背中の剣に手を伸ばそうとした瞬間、ポーラが抱きついてきた。
ポーラはそのまま、周りに聞かれないようにと俺の耳元に口を近づけ、小声ながらも強い口調で俺をたしなめてきた。
「貴女、今何をしようとしたかわかっているの?」
「ポーラ、離れて。あいつ殺せない」
「駄目。それだけは駄目よティア」
うるさい。いいから離れろ。邪魔をするな。
ポーラを引き離そうとするが、ポーラは必死にしがみついたまま離れない。無理矢理引っぺがすのは簡単だが、ポーラに怪我をさせるのは論外だし困ったな。
「駄目だって、言ってるでしょ……! いい、から……聞きな、さいっての……!」
ふむ、結構疲れてきてるようだ。ならこのままもう少しもがいてやればすぐに引き剥がせるだろう。
「アレスに、迷惑が、かかるわよ……? それでも、いい、の……? 嫌われ、ちゃうかも、よ……?」
「え……?」
そこまで聞いた瞬間、一気に血の気が引いた……気がする。俺には血が流れていないので、そんな気分がしたというだけだが。
そうだ、アレスは優しいんだ。優しいアレスなら多少の暴言は笑って見逃すだろう。優しいアレスは、ここで俺が天罰を下す事を絶対によしとしないだろう。
でも、あの男はアレスに暴言を……。許せるわけないし……。でもアレスは許すだろうから、殺したら嫌われちゃうかもしれないし……。
俺の頭の中で、殺すべきだという意見と、殺さないべきだという意見がぶつかり合う。
「ふぅ……落ち着いた? よしよし、いい子だからじっとしてなさい」
俺からその気がなくなったのを理解したのだろう。さっきまできつく抱きついてきていたポーラがその力を緩め、今は俺の頭を撫でている。
そうだ、相手はアレスやポーラの知り合いみたいだし、騎士とか言ってたからそれなりの地位にいて、殺したらアレスに迷惑がかかる相手なんだ。ただでさえ俺はアレスに迷惑をかけているのだから、これ以上迷惑をかけるのは論外だ。
やるのなら、こっそりと。そうだ、犯人が俺だと絶対にわからないよう、アレスに迷惑がかからないよう、こっそりとやればいいんだ!
落ち着け俺。今はまだ殺すべきときじゃない。機会をうかがうんだ。そうだ、とりあえず今はポーラを説得して、アレスに嫌われないようにしないと。
「あ、あの……ポーラ……? アレスにはこの事……」
「言わないわよ。言ったでしょ? アタシはティアの味方だってさ」
俺の自信なさげな説得に、優しい声で返してくれるポーラ。……いかん、嬉しくて涙が出そうだ。
「ありがとう……」
「はいはい。だからティアも落ち着きなさい? 簡単に人を殺しちゃ駄目よ?」
「うん……」
わかってる。こっそりとやればいいんだろ? 魔物や盗賊のしわざに見せかけて、さ。
残業祭りだわっしょいわっしょい
書く時間がめっちゃ減ってきついでおじゃる
なんかヤンデレっぽくなっちゃったけどタグつけといたほうがいいのかなあ




