2 出会い(前編)
一話から前編後編に分かれた上になんかクソ長くなっちゃったぞ。
一応一話あたり3000字目指してるんだけどなあ
「君が、私の封印を解いてくれたのかな?」
目の前に目を閉じて立っている、白銀の鎧を着た金髪の少年――年は十五、十六あたりだろうか――に話しかける。
俺の後ろには扉のあたりが壊れたシリンダーがあり、周りにはその破片が散らばっている。そして周囲には彼以外の人影無し。
状況から推測するに、彼が俺の封印をといてくれたらしい。
それにしても、この少年以外に人がいないということはどういうことなのだろう。人の話し声や動く音もまったくしないし。
こんな子供が一人でここまで乗り込んだということから考えると、これはやはりガルムは滅んだとみるべきか。ガルムが健在ならそんなヘマはしないだろうしな。
時代が進んだ結果、旧式兵器として俺が見捨てられたのだという可能性もなくはいだろうが……それはないと信じたい。うん。
考えてみても分からんなー。まあいい、この少年に聞いてみるか。……言葉が通じるといいんだが。
「感謝するよ、ありがとう」
「…………」
「ところで、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「…………」
「……あのー、返事、してくれると嬉しいなーって」
ニコニコと笑顔を作りながら何度か話しかけるも反応無し。言葉が通じてないのか? いや、通じてないのならそういう反応が返ってくるか。
ぐぬぬ。助け出しておいて無視するとはどういう了見だこの少年は。無視は地味にショックなんだが。俺泣いちゃうぞ。
それにしても困ったな。どこか出かけようにも、あの忌々しい封印から解き放ってくれた恩人を放置するのは躊躇われるし。さてさて、どうしたもんか。
次の手を考えようとした瞬間。ようやく少年が目を開いた。緑色の瞳が綺麗な子だ。お顔の方もかなりのイケメン。
俺が女の子だったらドキッと来ていたかもな。……おっと今の俺は女の子でした。言い直そう、俺が純粋な女の子だったら、だな。
そうやってどうでもいいことを考えていると少年が俺に話しかけてくる。ふむ、言葉は一緒みたいだな。安心安心。
「すまない、少し考え事をしていて。はじめまして、僕はアレス。アレス・グランヴィルだ。よろしく頼むよ、ティアマト」
「……そうか、よろしくね。ところでアレス君、私の名前、どこで知ったのかな?」
こいつ、どこで俺の名前を知った? こっちはまだ名乗ってないってのに。ガルムの関係者か? にしては封印の解きかたが荒っぽいからそれはないか。
まあ、わざわざ封印を解いてくれたあたり俺を破壊しにきたってわけじゃないと信じたいが。
念のためにいつでも戦闘に移れるよう、心構えだけでも準備しておく。恩人相手に少々心苦しいが、返答次第では戦闘もやむなしだ。
「笑わないで聞いてほしいんだけど、僕には未来の知識があってね。君の名前を知っているのはそれでさ」
「はぁ?」
なんだこいつ。電波マンかよ。
いきなり変な奴に出会っちまったな……。というかこんなのが俺の恩人かよ。なーんかやる気が一気に消し飛んだぞ。
あんまりな返答に笑顔を作るのを忘れて呆れた眼差しを向けてしまう。いやいや、これは仕方ないだろう。いきなり未来人とかねーわ。
ため息をはきながら頭を振る俺を見て、アレスと名乗った少年が困ったように頭を掻く。
「あはは。まあ、正直信じられないよね。僕が同じ立場だったら信じないだろうし。でも本当のことでね。未来で君と出会って、仲良くなって……そこで聞いたんだ。そう、君の名前も、君の目的も。……ああ、あと君が男性人格だってこともそうだし、君がこの世界ではなく、別の世界からの迷い人だって事もだね」
「…………」
ちょっと待て。今、こいつは俺のことを男の人格だと言い当てた上に、さらに「別の世界からの迷い人」と言ったな。……どこでその情報を仕入れた。
俺の精神が男のそれであるということを知っている、というのはまだいい。一応、ガルムでもほとんど知られてはいないことだが……知っている奴が一人もいないというわけではないしな。誰かから聞いたか、あるいは書類でも盗み見たかで話はつく。
しかし、俺が元地球人であるということは誰にも話していないのだ。研究所の仲間たちはおろか、最も信頼する妹たちにすら話していない。
下手に話せば異星人、あるいは異世界人のサンプルとして実験台にされていたかもしれないから。いや、間違いなくされてたな。ガルムはそういう国だし。
誰も知らないはずの、俺しか知らないはずの事実を知っている。……もしかして未来人ってマジなのか?
いやいや、決め付けるにはまだ早い。続きだ、続きを聞いてからだ。判断を下すのはそれからでも遅くはない。
俺の反応に手ごたえを感じたのだろう。アレスが困ったような表情から真剣な表情に変わる。
「まず、先に話しておくとガルム帝国はもうないんだ。二千年から三千年ぐらい前に滅んだとされている。今あるのは現在僕たちがいるこの国、ルドラ王国。そして軍事国家のウルカ帝国。冒険者の国であるナルザ共和国。あと宗教国家の聖王国セレネリスに、高名な魔法使いを多く輩出したことで有名な魔法王国ヘルヴァラ。……まあ、目ぼしい大国はこれくらいかな。とりあえず、君の知る時代とは別物だって事だけは理解して欲しい」
やっぱ滅んでたか、ガルム。安心したような、残念なような複雑な気持ちだ。確かに俺を封印した相手ではあるが、同時に恩義もあるわけで。
なにより、もう研究所のメンバーには会えないんだなってのが辛い。せめてガルムが健在ならその子孫と会う選択肢もあったのだが。
「ふーん。種族はどんな感じ? 亜人……人間とはちょっと違う人間みたいな種族ってまだいる? 例えばエルフとかドワーフとか」
「君たちが滅ぼしてからそれっきりさ。一応、ガルム時代の書物からそういう種族がいたって事だけは知られてるけど……。というか、二つとも君の滅ぼした種族じゃないか」
「へえ、知ってたんだ。それも未来のわた……俺から聞いたのか? いやまあ、根絶やしにしたと思ってたのに実は生きてましたー! とかなったら恥ずかしいじゃん? それで勲章貰ったことあるんだしさ」
男だと知られている以上女の子の演技を続けても意味は無いよな。演技は取りやめだ。
俺は腕組みをしつつ男口調で話すも、アレスにそれを気にする様子は無い。こいつ、気にならないのか? 外見美少女が男口調で話してるってのに。違和感あるだろ普通。
まあ別に反応がほしかったわけじゃないけどさ。なんか負けた気分だな。
「ちなみに、もし生きてるって言ったら?」
「もちろん殺す。ガルムの誇りにかけて今度こそ滅ぼす」
アレスの問いに微笑みながら答えてやる。当たり前だろう。命令はきちんと守らなくては。
まあ、既にガルムが滅んでいる以上、ただの自己満足だというのは理解している。別に滅ぼせといわれたわけでもないし、滅ぼしたところで誰が褒めてくれるわけでもない。
……ただ、俺がかつて異種族を滅ぼしたとき。みんなは笑顔で俺を褒めてくれた。あの暖かかった光景を嘘にはしたくない。
目を閉じてかつての栄光に思いを馳せる。そんな俺を見てアレスは困ったような表情をしつつ、話を再開する。
おっと、悪かったな。話の最中だってのにいきなり過去に浸っちゃって。
「ごめん、話を戻すよ。封印から解き放たれ、現代に蘇った君はレヴィアタンとフェルニゲシュという二人の妹を探すんだ。でも、どこに封印されているのか分からない。他の国に厳重に管理されていて捜索できない土地もある。そんな感じで、なかなか成果が出せなくて君は焦る。焦った結果、君はルドラ王国を裏から支配して世界征服を行おうとした。それでまあ、クーデターやら戦争やらいろいろあった結果、僕と君は敵対することになってしまったのさ」
「ちょっと待った。突っ込みたいとこはいろいろあるけどさ、敵対してたのに仲良くなるってどういうことなのさ。未来で仲良くなった俺から、俺の情報を聞いたんだろ?」
敵は殺すもの。これはどれだけ時代が変わろうが全世界共通のルールのはず。なんで敵と仲良くするんだよ。
なんとなくお人よしオーラを漂わせてるアレスならともかく、兵器である俺はそういうとこは厳しく仕込まれたからな。
仮に向こうから擦り寄ってきても跳ね除けるはずだ。
「……戦争のどさくさに紛れて泥棒とか略奪とか、悪事を働く盗賊団があってね。その討伐で共闘したことがあったのさ。もちろん、お互いに正体を隠してる状態でね。その時に意気投合したんだ。反乱軍が休みの時に一緒に町で遊んだり、祭りに出たり……何度かそうしているうちに、まあ、親友とも言える関係になってね」
当時を懐かしむように遠い目をするアレス。
むう。話の続きが気になるが、だからといって思い出に浸っているアレスの邪魔をするのも気が引けるしな。
少しだけ、ほんの少しだけそわそわするような動きをして「話の続きまだー?」とアピールしてみるもアレスは気づいてくれない。
駄目か。しかし、これ以上アピールするのは格好悪いしな。仕方ない、大人しく待つか。
そのまましばらくの間、アレスが復帰するまでぼーっと待機する俺であった。
「ごめんごめん。どこまで話したっけな……」
「俺とお前が意気投合したってところだな」
「ああそうだ。それで仲良くなって、君の情報を教えてもらったのさ」
ん? これで終わり? いやいや、まだ過去に戻った理由を教えてもらってないんだけど。
話の続きを待ってみるが、アレスはこれで終わりとばかりに口を開こうとしない。仕方ないので催促を行なってみることにした。
「それで終わり?」
「まあ、うん」
怪しい。明らかに何かを隠している。
だが残念だったな、俺はこの程度で誤魔化されるほどチョロくはないのだ。
「確かにお前が俺の情報を握っている理由は分かった。じゃあ、未来から戻ってきた理由は? 何か事件があって、それが原因で戻ってきたんだろう?」
「……言わなきゃダメかい?」
「どうしても言いたくない、もしくは言ってはいけない理由があるってのなら別にいい。でも、そうじゃないのなら知りたい」
俺の台詞を受けてアレスがため息を吐く。アレスはそのまましばらくの間、俺に未来の歴史を教えるべきか教えないべきか迷っているようだったが、やがて覚悟を決めたのか姿勢を正して俺に向き直る。
「……わかった。じゃあ簡単に流れだけ説明するよ。全部話すと長くなるからね」
アレスの言葉に頷き、アレスはそれを確認してから話の続きを語り始める。
「君と仲良くなった後の話だ。偶然、僕たちの仲間がガルム帝国の遺跡を見つけて、君の妹と出会った……らしい。曖昧な表現で悪いけど、僕はその時、その場所にいなかったから勘弁してほしい。それで、理由は分からないけど戦闘になって、どうやら相打ちになったらしいんだ。妹の死を知った君は怒り狂い、自分に無茶な改造を施して、圧倒的な強さを手に入れた。そして、復讐として人間を皆殺しにしようとした。それでまあ、色々あって……最終的に人類は滅亡。僕と君は相打ち。そして気がついたら僕は過去に戻っていた。すごく大雑把に話したけど、だいたいこんな感じかな」
「……そうか」
本当に思い切り端折りやがったなこいつ。話が一気に進みすぎだ。内容にいろいろ言いたいことはあるが……まあいい。とりあえずスルーしよう。
軽く目を閉じ、腕組みをしながら考えを巡らせる。考えの内容はアレスの話を信じるべきか信じないべきかだ。
信じる場合の根拠は自分の正体についての情報だ。これは自分から聞き出す以外に知る方法がないので、未来で意気投合したという話の根拠になるだろう。
では、逆に信じない場合の根拠は? ……駄目だな、特に思いつかない。時間旅行とか胡散臭いとかそのぐらいか。いや、その胡散臭いというのが現在進行形で迷ってる原因なんだが。
しかし、冷静に考えてみれば自分を騙すのなら時間旅行なんて胡散臭いネタを使う必要はないのでは? 自分はガルム帝国について研究していて~とか、普通にそれっぽいネタを使えばいいのだから。
わざわざ疑われるような話を自分から進んでするあたり、やはり本当なのかも。いや、逆にあえてそう思わせることで俺の信頼を引き出す作戦なのかもしれないし……。
まあいい。考えてもわからんし、ここはとりあえずアレスの話を信じるということでいくか。騙されてたら騙されてたで、そのときになってから考えればいい。
「わかった、信じる。お前は未来から過去に戻ってきた。了解、そこまではわかった。だけど、何でそれを俺に話した? わざわざ変な話をして疑われるより、封印から開放してやったんだからオレ様に従えーとかそんな感じでいいじゃないか」
「信じてくれるのかい? こんな世迷言を?」
アレスが俺を見て驚いたような表情をする。自分でも胡散臭いと思ってたのかよ。なら適当にそれっぽい嘘でもついときゃよかったのに。
内心で苦笑しつつアレスに話しかける。
「……まあ、ぶっちゃけ信じられないけど、とりあえずは。さっきお前が俺について言ってたことだけどさ、俺が別の世界からやってきたって事は誰にも言ってないんだ。仲間や妹たちにすら教えてない。本当に、俺しか知らないはずの情報なんだ。でも、お前はそれを知っていた。とりあえず、それでな。ちょっと信じてみようかなって……。それより、もう一度聞くけど俺にそんな話をしたのはなんでだ?」
アレスに詰め寄りながら質問を浴びせかける。アレスは「まあまあ」とそんな俺を宥めつつ、困ったような笑顔を浮かべる。
「そりゃもちろん、君に自重してもらう為さ。君は放っておくと、とんでもないことをやらかす可能性が非常に高いからね」