18 お誘い
「ハハハハハ! そいつは大変だったねえ」
「うう……笑い事じゃないんだよなあ……」
夕食が終わった後の歓談タイムにて、風呂場で起きた騒動を聞いてハインツさんが爆笑する。
まったく、他人事だと思って……。誰も助けに来てくれなかったのはハインツさんのせいなのに……。
そう、あれだけ俺が悲鳴を上げていたのに誰も助けに来なかったのは、俺とポーラが風呂場でよろしく やってると勘違いしたハインツさんが気を利かせて防音のマジックアイテムを使ったからだったのだ。
食堂に入ったらハインツさんがいきなり「先ほどはお楽しみだったね」とか言い出すもんだから驚いたわ。
「いやー、だってティアがアタシの胸をちっちゃいとか馬鹿にするからさー、つい」
テヘヘと頭を手にやりながらそうのたまうポーラ。可愛く言っても許さないぞ?
俺は危うく大切なものを失うところだったんだからな。こう、誇りとか尊厳とかそんな感じの。
……ぶっちゃけちゃうともう完全に破壊されちゃったんだけどさ。
うう、できれば今すぐにでも風呂場での記憶削除してやりたい!
でもこんなんでもポーラがくれた思い出だし、簡単に消しちゃうってのもな……。
「そんなつもり無かったのに……っていうかちゃんと謝ったじゃん……」
「だから気絶したところで開放してあげたじゃない。アタシが本気ならティアとかもう今頃ヌルヌルのグチョグチョよ?」
気絶するまで開放してくれないのはどうかと思うんだけど。あと女の子が平然と下ネタ言うのやめなさい。はしたないから。
それに、あれは気絶みたいなもんだけど正確には気絶じゃない。ただ、感情が危険域にまで高ぶったので精神を守る為に強制的に再起動がかけられただけだ。
……はい、完全にただの気絶ですね。本当にありがとうございました。
恨みを篭めた視線をポーラに送るも、ポーラは動じない。余裕の笑みを浮かべたままだ。
ぐぬぬ、なんだその余裕面は。あ、コイツ鼻で笑いやがった!
「ポーラ」
これまで俺とポーラとハインツさんが話している間、ずっと黙っていたアレスが唐突に口を開いた。
お、もしかして俺のためにポーラを叱ってくれるのか? いいぞいいぞ、ガツンと言ってやれ!
「な、何かしら?」
ポーラもアレスの真剣な表情を前にして焦り出す。ふふふ、いい気味だ。
「真面目に答えて欲しいんだけど……ティアのおっぱい、どうだった?」
は? え? ちょっと何言ってるんですかアレスさん。 ポーラを怒るんじゃないの?
まさかのアレスの裏切りに愕然とする俺に対し、ポーラはその目を輝かせながらアレスへとサムズアップする。
やべえ。めっちゃ殴りたい、この笑顔。殴らなかった俺はとてもえらいとおもう。
「……! ええ、最高だったわ!」
「そっか……」
そしてアレスもポーラへとサムズアップを返し、二人で不敵な笑みを浮かべ合う。
ああ、アレスが……アレスが壊れてしまった……。
「アタシ、自分ではノーマルだと思ってたし、今でもそのつもりなんだけど……。うん、ティアが相手なら余裕でイケるわ! ねえアレス。ティア、うちにくれない? ちゃんと幸せにするからさ!」
「ふふ、却下」
頭が沸いた発言をするポーラを一刀両断するアレス。にこやかな笑顔を浮かべてお茶をずずーっと啜るその姿が頼もしい。
「ちぇー」
あまり本気ではなかったのだろう、あっさりとポーラも引く。……なんだ、冗談か。てっきり本気の発言かと。風呂場での前科的にさ。
まあ冗談を言うのはいいが、俺をネタにするのはやめてくれ。俺って見ての通り素直だからね! 冗談とか割とと真に受けちゃうタイプなのだ!
「まあ、ティアで遊ぶのもいいけど程ほどにね? 本気でティアが嫌がるような事はやっちゃだめだよ?」
「む。そこらへんはアタシだってわかってるわよ。風呂場でだって、ちゃんとティアの反応を確かめて、まんざらでもなさそうなのを確認してからやったんだし? 流石にティアが本気で嫌がる事はしないわよ」
え。何それ。その節穴アイ交換しろよ。思いっきり嫌がってたでしょ俺。
ポーラの妄言に心の中で反論する俺。なんか口に出したら言い負けそうな気がするので口にはしないが。
「まあ、わかってるならいいよ」
いやいや、全然よくないんですけど。
「それじゃあ私は部屋に戻るねー」
「アタシもそうしよっかなあ。ご馳走様でしたー」
「じゃあ僕も……」
「ああ、アレス。明日は外出、控えとけよー。ロバーツ商会の人がやってくる予定だからな」
話すネタも無くなったので俺とアレスとポーラの三人がそれぞれ部屋に戻ろうとしたところ、ハインツさんがアレスを呼び止めた。
ロバーツ商会? なんんだかよくわからないけど、何か大きな買い物でもするのかね。
「ねえポーラ。ロバーツ商会って何を売ってるの?」
とりあえず、そのロバーツ商会とやらが何を取り扱っている店なのか隣にいたポーラに聞いてみる。
「ロバーツ商会は製紙業、つまり紙を作って売っているいるところね。でもなんでアレスに用が……?」
へー、製紙か。確かガルムの技術をパクったんだっけ。まあ別に文句を言うわけじゃないけど。
でも確かにポーラの言うとおり、アレスと製紙業の結びつきがわからないな。これが武器防具ならわかるんだけど。
「ふふふ、まあ明日のお楽しみってことで」
首をかしげる俺とポーラを見てアレスが小さく笑う。どうやら教えてくれるつもりは無いようだ。ケチ。
「じゃあ明日は自由時間ね。アタシとティアだけで依頼受けるわけにもいかないし。うーん、何しようかしら。……ようし、決めた!」
アレスの話を聞いてしばらく唸っていたポーラだったが、唐突にポンと手を叩いてそう言ったかと思うと俺へと笑顔を向ける。
「ティア、明日はアタシとデートしましょ?」
「えっ? いや、まあ、いいけど?」
いきなりデートとか言うから驚いてしまったが、ようは一緒に遊ぼうと言うお誘いだろう。喜んで受ける事に。
ふふふふふ、それにしても友達と一緒に遊びに行くとか物凄い久々だなあ。なにせガルム時代は友人とかいなかったし! ああ、なんか今からワクワクしてきた。
「あ、ポーラずるいぞ」
「ふふん、留守番アレスはお家で一人寂しく待ってる事ね。それじゃあね~」
手をひらひらと振りながら上機嫌でポーラが部屋を出て行く。さて、それじゃ俺も部屋に戻るか。
「ティア様」
自室の扉に手をかけたところで、二冊の本を抱えたメイド長(仮)改めメイド長(真)が俺に声をかけてきた。
そう、 屋敷を案内してくれたときからそうじゃないかとは思っていたが、実際に彼女はメイドのまとめ役だったのだ。
うむ、俺の目に狂いはなかったと言う事だな。
「どうかしたの?」
「はい、ティア様のお探しになられていた本を見つけたのでお持ちいたしました。こちらが、ルドラ王国の歴史についての本と、オーランドの歴史についての本になります」
「おお、ありがとね」
「お役に立てて光栄です」
部屋の中に入り、メイド長にお礼を言いつつ本を受け取った。
うん、最低限の知識ぐらいはないとまずいよなと思ってメイド長に頼んどいたんだよね。
俺に本を渡したあと、メイド長は一礼したあと部屋を出て行き、再び一礼しながら扉を閉める。
よーし、早速読んでみますかね。お勉強タイムだ。