10 トロール退治(前編)
「いやー、いい天気だねえ。絶好の討伐日和だ」
あれから三日後、屋敷では特に問題もなく過ごせ、待ちに待ったトロール退治の日がやってきた。
さわやかな風、雲ひとつない青空、そして耳に心地よい鐘の音。テンション上がるねこれは!
町の入り口に集合した俺とアレス。いつものガルムの軍服とコート姿の俺に対し、アレスは黒い服の上に赤いコートを着ている。
鎧じゃなくていいのかと聞いたら、対トロールということで動きやすい格好の方がいいからだと教えてくれた。確かに棍棒とかが相手なら鎧もあまり意味ないしな。
ちなみに、今来ている服は俺が最初から着ていたものではなく、こっちでそっくりに仕立ててもらったものだ。
当然、ガルムの紋章はついていないのでローブを着て隠す必要もない。
なんでも、俺の服装を覚えていたアレスがあらかじめ、こういう服が欲しいから材料を用意しといてくれと仕立て屋に予約っぽい物を入れていたらしい。
いやあ、細かい気配りが出来ててすげえわ。ホント頭が上がらない。
俺がそんなことを考えていると、鎧を着た三人の騎士が馬を四頭引き連れてやってきた。
「お嬢は元気ですねえ。トロール退治と言ったら、普通はそれなりに緊張したりするもんなんですが」
「坊ちゃんより強い、凄腕の傭兵ですしね。トロールなんてただの獲物でしかないんでしょう」
「お待たせしました! 賑やかし三人組、ただいま到着でーす」
他の連中と比べて、縦にも横にもかなり大きい大男がカルロだ。アレスより頭一個分は大きい。ごつい顔に似合わず、几帳面で細かい性格をしている男だ。
残りの二人は普通の体格のダニオとコリン。ダニオはこれと言った特徴がない良くも悪くも普通の騎士で、コリンは軽口が特徴のムードメーカー的存在。
同じ任務の仲間だということで、前日に騎士団の詰め所に出向いて顔合わせと簡単な手合わせは済ませてある。
最初は任務にこんな女の子が……と渋っていたカルロとダニオだが、手合わせ後はあっさり認めてくれた。
試合開始と同時にダッシュ突きで木剣へし折ってやったのが効いたらしい。
ちなみに、この顔合わせもアレスがセッティングしてくれたものだったり。何もかも任せっぱなしで申し訳なさMAXである。
「よし、全員揃ったね。それじゃあ任務の再確認だ。僕らはこれからウェルデ村に向かい、近くの森に住み着いたとされるトロールの退治に向かう」
ここまで言い切るとアレスが全員の顔を見渡し、頷いたのを確認する。
「ぶっちゃけてしまうと、今回はティアの箔付けだ。だから、戦闘は僕とティアの二人に任せて欲しい」
騎士三人がそれぞれ返事をし、それを聞いてアレスも頷く。それにしても、アレスも参加するのか。トロール程度なら俺一人でも十分なんだけどな。
と、そう考えていたらアレスが急に俺のほうを向いたのでちょっとドキッとする。
「ティアなら余裕だろうけど、流石に女の子一人に戦わせて自分たちは何もしないってのは落ち着かなくてね。僕にも出番をくれると嬉しい」
「わ、わかった。それじゃあアレスにもお願いするよ」
考えもろばれじゃん。というか声にも顔にも出してないのに何故分かった。
そして動揺する俺を見て何を勘違いしたのか、コリンが「青春っすねー」とかほざき、残りの二人も生暖かい目で見てくる。
ああ、俺の内心を見透かされた動揺をアレスのイケメン発言にときめいたと勘違いか、なるほどね。
……違う、断じて違うぞ節穴共。でもここで否定すると逆効果っぽいし、抗議の目線を送る程度にとどめておこうか。
「さて、じゃあ出発しようか。今出れば昼過ぎにはウェルデ村に着くだろう。そのままトロールの討伐を行い、向こうで一泊して翌朝にこちらに帰る」
他の三人が口々に「了解です!」と返事をするので俺も返事をする。
「よし、じゃあ行くか! 先導はカルロに頼む。ティアは僕の後ろに」
ガルム時代は普通に走ってたんだけど、正体を隠してる今それをやったら怪しすぎるにも程があるし仕方ないよな。
いや、マジで乗り物や馬に乗るより普通に走るほうが速いから出来れば走りたいんだが、そうすると目立つしね。色々と。
アレスが馬に乗ったので、俺もその後ろに横向きで座りアレスの腰に手を回す。かなり恥ずかしい体勢が、馬に乗ったことがないので仕方ない。
「アレス様いいなあ」
「ハハハ、役得ってね」
軽口を叩き合うコリンとアレスを見て羨ましいなと思う。
でもまあ今のところ友人を増やす気はないが。俺にはアレスがいれば十分だ。
「では行くぞ!」
「了解!」
おっと、出発か。
町から出て西の方へ街道を進む。カルロが先頭で二番目にダニオ、その次にアレスと俺、最後尾にコリンの順だ。
馬同士の距離はそれなりに離れているので会話は特にない。いちいち大きな声出して喋るのも疲れるだろうし当然か。
まあ、俺とアレスは距離が近いから普通に喋っているが。
「私も馬の練習しようかな。でもぶっちゃけ走ったほうが速いし、面倒って気持ちが大きいんだよねー。手入れとかもしてあげなきゃいけないんでしょ?」
「そうだね。餌やりもそうだけど、走った後はマッサージしてあげたり、蹄が割れてないか確認してあげたり……。うちにいる間は世話役の人に任せればいいけど、念のために覚えておいたほうがいいかもね」
マッサージもしてあげなきゃいけないのか、うーん面倒。生き物なんだし仕方ないんだろうけどさ。
回復魔法があるんだし疲労を取るリフレッシュ魔法とかないのかね。
まあ、怪我しても魔法で、餌や水はマジックアイテムやら魔法やら、で解決できるこっちの世界のほうが地球より恵まれてるか。
「どっかに気弱で、こっちのいうこと何でも聞いてくれるドラゴンとか落ちてないかなー」
ちなみに、俺はガルム時代にドラゴンをペットとして飼っていた事があったりする。名前はランドだ。
昔、ドラゴンの巣を襲撃した際。当事子ドラゴンだったランドが命乞いをしてきたので、気まぐれで受け入れてみたのだ。
いくら子供とはいえドラゴンだし、研究所に連れ帰ったところで殺処分だろうなと思っていたのだが、意外な事にランドは受け入れられた。契約の術式で所長と契約を結んだランドは、俺のペット兼研究所の番犬ならぬ番竜となった。
そういえば、俺が封印されてからあいつはどうなったんだろうな。契約は所長がしてたわけだし、殺処分はないと思いたいが。
過去に思いを馳せていた俺だが、アレスの声で現実へと引き戻される。
「いたとしても、馬よりもっと世話とか大変だと思うんだけど。特に食料とか。維持費が凄いことになりそうだ」
あー、確かにランドもすげえ食ってたしな。移動手段としてみるのなら、明らかに馬のほうが安上がりだ。
「……忠誠心が高くて燃費がよくて頑丈な生き物、落ちてないかなー」
「いやあ、そんな便利な生き物がいたらみんな乗ってるんじゃないかなあ」
やはり走るのが一番楽だな。そうだな、馬とか使って偽装するより、走っている姿を見られないようにする方向で考えるか?
いや、でもそれじゃあこういう集団行動で困るしな、結局馬しかないか。今のところは。
「まあ、心配しなくても僕が後ろに乗せてあげるから大丈夫だよ」
振り返って微笑みながらそう発言するアレス。いや、それだと俺が恥ずかしいから悩んでるんじゃないか。
というかよく考えれば馬の乗り方とか世話とかは騎士学校で習うよな。向こうで恥をかかない為にも、やはり練習しなければ。
その後、俺たちは道中で何度か休憩を挟み移動を続けた。魔物の襲撃とかそういうイベントも特になく、俺たちは無事にウェルデ村に着いたのであった。
村に入り、入り口で見張りらしきものをしていた男に伝言を頼み、村長を呼んでもらう。
待っている間に村を観察する。当然だが家の数はセンテより圧倒的に少なく、ほとんどの家が木で造られている。石造りの建物は見える範囲では二つだけだ。
伝言を頼んだ男がそのうちのひとつ、小さいほうの建物――それでも周囲の家より大きいのだが――に駆けていくのを見るに、あそこが村長の家なのだろう。
なら残りの一つは倉庫か公民館のような集合場所かとあたりをつける。
ちなみに、グランヴィルの屋敷はその公民館(仮)よりもさらに大きい。まあ、貴族の屋敷だし当然か。
少し待つと伝言役の男が、もう一人男を連れてこちらに向かって駆けてきた。確認が取れたので村長の家まで案内するらしい。
馬は調査や魔物討伐のためにやってくる騎士や役人用の馬小屋があるらしく、新しく連れてこられたほうの男がそこに連れて行ってくれるのだとか。
その男に馬を預け、村長宅に案内される俺たち。それにしても、連絡役の人は走り続けたからかゼエゼエ息を切らしてて大変そうだ。アレスも苦笑していた。
「私がこのヴェルデ村の村長です。まさかアレス様直々に出向いてもらえるとは……ありがとうございます。今すぐ歓迎の宴の準備をさせますので――」
「いや、気を遣ってもらわなくてもいいですよ。事前の連絡どおり、泊まる場所と食料さえ用意してもらえればそれでかまいません」
村長というからヨボヨボの爺さんを想像していたのだが、出てきたのは高齢ではあるがガッシリした体格の爺さんだった。身長はアレスと同じぐらいか。
歓迎の提案をあっさり断るアレスを見て、お気遣いありがとうございますと頭を下げる村長。
まあ、気遣いもそうだが、こっちとしても宴とかは困るってこともあるんだけどね。主に飲食できない俺の存在的な意味で。
「トロールはこの村の北側にある森の遺跡に住み着いたとのことですが……」
「はい、朝に村の者を偵察に出してみましたが、特に移動などはしておりませんでした」
遺跡、か。ガルム関連だったりしないかな? いや、アレスが何も言わないってことは関係ないんだろうけど、それでも、もしかしたらと期待してしまう。
「よし、ならさっさと片付けてしまおうか。みんなもそれでいいかな?」
アレスの台詞に全員で頷き、同意を示す。それを見て村長がまた頭を下げる。
「では村の者に案内をさせますので、よろしくお願いいたします」