辺境都市イーリス
(街に)きちゃった。
「でっかいですねー。」
「おぉ、そうだろ。辺境だからな。魔物の侵入を防ぐために必要なんだ。」
目の前には10メートル近くある防壁がそびえたっている。防壁の手前は5メートルほどの堀になっており水が溜まっている。確かに侵入することは難しそうだ。
しかも防壁には石を積み重ねたような境目が見えない。ニールさんによると王宮魔術師が魔法で建築したらしい。魔法万能だな。
門の前の堀には跳ね橋がかかっており、夜間は通れなくなるらしい。見たところ門から出てくる人はいるが入っていく人はいない。なぜだろうか。
「よお、ジン。帰ってくるの早かったな。」
「当たりめえだろ。こんな簡単な依頼に日数かけられるかよ。」
門番の男が気軽に話しかけてくる。どうやら知り合いのようだ。
「ニールさんとリイナちゃんもお帰り。で、そこの坊主はどうした?」
「んーと、拾った?」
「俺に聞かれても知らねえよ。というかまたかよ。」
門番は顔をきりっと引き締め、姿勢を正す。
「辺境都市イーリスへようこそ。身分証明できるものをご提示ください。」
「うわっ、似合わねえー。辺境都市イーリスへようこそ だって。はっはっはっ・・」
「うるせえ、ちゃかすんじゃねえ。」
相変わらずジンさんの笑いのツボはわからないが、身分証明か。免許証とかは使えないしな。
「すみません。証明できるものがありません。」
「そうですか。では判定の水晶を使って仮市民証を発行します。」
なんだ、判定の水晶って。えーっと「知識」
<判定の水晶>
使用した人の犯罪歴を判定する水晶。「名前」「年齢」「職業」を表示する。入国の際などに使用される。
へぇー、便利な道具だな。そういえば「知識」についてわかったことがある。言葉などは自動でわかるようになったが、その他の事については知りたいと思わないとわからない。自分の知識ではなくヘルプ機能のような感じだ。微妙に扱いずらいが、普通はないスキルらしいから仕方がないか。
門番についていき、詰所で四角い水晶に手を置く。水晶がほんのりと白い光を放つ。
「はい、犯罪歴はなしですね。「タイチ」さん、「15歳」「職業:なし」ですね。それでは仮市民証を発行してきますので少々お待ちください。」
「えっ、15歳ですか?」
「おっ、そういえばヤマト国は年齢の数え方が違うって聞いたことがあるが、やっぱり違うのか?」
ジンさんが聞いてくるがそれどころではない。私は32歳で決して10代などではない。しかもその年齢に対して誰も疑問に思ってはいないようだ。いくら日本人が若く見られると言ってもあり得ないだろう。
自分の姿を確認するため鏡を探したがどこにもない。あっ、判定の水晶なら写るかも。
判定の水晶には見慣れた30代の自分の顔ではなく、中学生のころの自分の顔がある。なんだこれは?というか若返ったならいったいいつだ。この世界にいると若返ってしまうなら服のサイズが合わなくなるはずだが、そんなことはないからこの世界では変化はしていないはずだ。
体に何か違和感があったときかー・・・。あの、山の道を登っていた時か!!普段なら体力がもたないはずなのに、異様に調子が良かった原因がこれか。後輩さん絶対に説明忘れただろ。今度会ったらジャーマンスープレックスだな。
思考に没頭していると、一枚の書類が差し出された。
「こちらが仮市民証です。一か月間犯罪等をすることなく過ごすと正式な市民証に交換できます。交換は中央の役所でお願いします。発行手数料、銀貨5枚、入市料、大銅貨1枚お願いします。」
「ほいよっ。」
「なんでジンが払うんだ?」
「だって拾ったし。貸しだよ、貸し。」
お金のないことは事前に話してあったのでジンさんが代わりに払ってくれる。都市に入るだけでもお金がかかるのを聞いたときは驚いた。どんどん借りが多くなっていくな。
「それでは改めて、イーリスへようこそ、タイチさん。」
「うわっ、やっぱり似合わねえ。」
「うっせえ、ハゲ。」
「ハゲじゃねえ、ファッションハゲだ。」
「どっちにしろハゲじゃねえか。」
そんな仲のいいやり取りを聞きながら門をくぐった。
門の中は石造りと木製の家が混在し、商店や宿屋が並んでいた。道は真っ直ぐに伸びており、かなり遠くまで見える。宿屋の呼び込みに捕まっている人や商店を見ている人もいる。ただし、犬耳としっぽがついていたり、トカゲのような鱗がある人もいるが。とてもファンタジーらしい光景だ。
私があっけにとられていると
「大きい街に来たのは初めてか?」
とニールさんが心配してくれた。うなずくと、この街の歴史を教えてくれた。
普通なら人が集まりそれが自然と村や町になっていくが、イーリスは魔物からの防衛という理由で先に砦ができ、その周辺に街が作られたそうだ。
その街も設計されて作られており、大通りは碁盤目に整備されているらしい。
「だからあれを見ればまず迷子になることはないな。」
大通りの交差する角の家に書いてある数字を指さし教えてくれる。縦横の通りの番号を示しているらしい。
「ありがとうございます、助かります。」
あまりしゃべる印象のないニールさんが楽しそうに長々と説明してくれたことにちょっと驚きながらお礼を言う。優しいのか、この街が好きなのか、歴史好きなのか、全部かもしれないな。
「ニールの説明が終わったところで、ギルドへ依頼の報告と買い取りしてもらいに行きましょう。」
「えー、俺腹減った。坊主も腹減ってるよな。」
「いえ、大丈夫です。」
「てめぇ、この裏切り者!」
不平を言うジンさんを無視してギルドへ向かう。このパーティで逆らっては駄目な人は実はリイナさんだ。なんだかんだ言ってジンさんも従うし。
ギルドは大通りが交差する一等地にあり、2階建てで西部劇で出てくる酒場のような外観だ。吊るし看板に「冒険者ギルド」という文字と盾をバックに剣と杖が交差したマークが描かれている。
扉をくぐると正面に受付カウンターがあり、6人の職員が受付業務をしている。右奥の方には軽食のとれる飲食スペースが存在し、数人の男たちが昼間から酒盛りをしている。
「ハーイ、キナさん。報告と買い取りをお願いするわ。」
リイナさんが猫耳のお姉さんに声をかける。スレンダーでぱっちりした目が特徴のきれいな女性だ。胸元の空いている制服がたぶついてちょっと残念な感じはするが・・・、美人だ。
「おかえりニャ、リイナ。ずいぶん早かったニャ。」
「まあ、運が良かったというか、悪い人がいたというか。」
「ふーん、そうかニャ。とりあえず討伐証明出すニャ。」
「はい、これ。」
「ずいぶん多いニャ。じゃあ処理しておくニャ。報酬は買い取り代金と一緒に渡すようにするから買取カウンターに行っておいてニャ。」
キナさんはそう言うと奥の扉へ入っていった。尻尾がふわふわと揺れている。というか「ニャ」っていうのが普通なのか?いや、知識の翻訳的に猫人族の方言をニャとして理解しているのか?まあ考えてもわからないから放置だな、放置。
そんなことを考えながらリイナさんの後ろについて、隣の買取カウンターに並んでいると順番が来たようだ。
「買い取りは何をいくつだい?」
「フォレストウルフの魔石13個と毛皮13頭分ね。解体込みで。」
「解体込みな。じゃあ奥の倉庫に行ってくれ。」
職員について行くと、縦横5メートルほどの金属製の解体台がある部屋に案内された。
「ここに出してくれ。」
ニールさんの注意に従い、手持ちのバッグを使いマジックバッグから出しているように偽装しながらフォレストウルフの死体を置いていく。
私が出し終えるとちょうどリイナさんも魔石と死体を出し終えたようだ。
「それじゃあ、鑑定するから15分くらい外で待っていてくれ。」
そう言われ買取カウンターの外へ出る。そこには串焼きの肉をほおばっているジンさんがいた。
「よぉ、終わったのか。いいだろー。うまいぞ。腹が減ってねえ奴にはやらねえけどな。」
串焼きをほーれ、ほーれっと見せつけるジンさん。子供かっ!!
「そういえば坊主、仕事はどうするつもりだ。仮市民証だと仕事あんまりねえぞ。」
「えっ、どうしてですか?」
「あー、そういえばそうだったわね。仮市民証ってまだ身分が不安定って思われるの。人を雇うにしても身元がはっきりしている人の方がいいでしょ。」
確かに自分が雇う側だったらそんなリスクは犯さないな。給金が安いとか、容姿が優れているとかメリットがないと。
「でだ、坊主も冒険者登録すればいいんじゃねえか。1か月は仮のギルド証だが仕事は受けられるし報酬が変わることも無いしな。」
「でも、魔物の討伐とか出来ないですよ。」
「大丈夫だ、街の中の仕事もあるから。あんまり人気がないから競争率も低いんじゃね。」
1か月お金が入らないのは厳しい。しかも現在、お金がないだけでなく借金している状況だ。命を救われたのも含めるとものすごく恩がある。選択肢はあまりないようだな。
「わかりました。冒険者登録してみます。」
「よしっ、そうこなくっちゃな。」
ジンさんについて受付に戻る。提案に心の中で感謝しながら。でも串焼き肉をもぐもぐしているので感謝の度合いは3割減だけどね。
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