異世界人と相棒と
相棒って大事ですよね。
バチッ、バチッ、とたき火のはぜる音に目を覚ます。
体を動かそうとするが全く動かない。仕方がないので目だけを動かすと、たき火のそばに男性が座っているのが見える。30代後半くらいの短髪の男性だ。
「あ、う・・・」
声をかけようとするがうまくしゃべることができない。
「気が付いたか。ちょっと待ってろ。」
男性は奥にあるテントの中に入ると、しばらくしてお椀のようなものを持ってきた。
「動けるか?」
目を左右に動かし、否定の意思を表していると納得したのか私の体を起こしてお椀に入った緑の液体を飲ませてくれる。
にがい、青汁のような味だ。顔をしかめている私を見て男性がフフッと笑う。
「薬草をすりつぶしたポーションもどきだ。体にはいい。味はまずいがな。」
一瞬毒かもと思ったが、そんなことをするなら助けないだろうと考え直し、ゆっくりとだがすべて飲み干す。
「とりあえず今日は寝るといい。詳しい話は明日だ。」
「あ、りがと、ござい、ます。」
なんとかお礼だけ言い、再度意識を手放した。
朝日が昇るのを感じ、目を覚ます。
視線を動かすとたき火の炎は小さくなっており、そのそばに短髪の男性ではなく坊主頭の男性が座っていた。全身が筋肉痛のようだがなんとか体を起こす。
「おはようございます。」
「おっ、目が覚めたか。おーい、リイナ、ニール。坊主の目が覚めたぞ。」
いや、あなたの頭がぼうずですってつっこみたい。地雷かもしれないから口にはしないけど。テントの中から「ちょっと待って―。」という女性の声が聞こえる。
しばらくして女性と昨日の短髪の男性が出てきた。
「おはようございます。昨日は助けていただき、ありが・・」
お腹がぐーっと鳴った。ぼうずの男性がお腹を抱えて笑い出した。
「ははっ、ありがとぐー だって。はっはっはっ」
笑いのツボがわからないが、人前で笑われるのは恥ずかしいし嫌だ。しかし恩人であるため止めることもできない。
どうしようかと迷っていると女性が持っていた杖を男の頭に、こつんっと当てる。
「ジン、やめなさい。失礼よ。」
「とりあえずは飯にしよう。話はその時だ。」
短髪の男性が助け船を出してくれ、朝食を食べることになった。準備を手伝おうかと思ったが手で制された。
フランスパンのような硬いパンと干し肉を切ったもの、野菜のスープが朝食だった。
失った栄養を取り戻すようにゆっくりと噛んで食べる。味は決して美味しいとは言えないが、これまでにないほど満足した。食事も一息ついたところで
「とりあえず自己紹介だ。俺はジン。冒険者で剣士をやっている。で、こっちのでかいのがニール。さっき俺を殴ったのがリイナだ。」
「ニールだ。盾と槍を使う。」
「リイナです。辺境都市イーリスの冒険者でヒーラーをやっています。」
ジンさんはやせマッチョで20代後半に見える。日に焼けた小麦色の肌に白い歯が映える愛嬌のある顔だ。
ニールさんは茶色の短髪に白い肌だがマッチョだ。昨日は気が付かなかったがこめかみや体に傷跡が多く残っている。
紅一点のリイナさんは肩まである赤い髪をポニーテールにしている。20代前半位でローブを着ており、おとなしそうな印象だ。
「タイチです。昨日は助けていただきありがとうございました。」
あっ、今になって気が付いたが普通に会話出来ているな、よかった。
「いいってことよ。俺たちもフォレストウルフ狩りに来たところだったし、手間が省けたしな。」
ジンさんが笑って答える。基本話すのはジンさんの役割のようだ。
「それでなんで坊主はあんな所にいたんだ。恰好からして冒険者ってわけでもないんだろう。妙な格好はしているが。」
改めて自分の格好を見る。サイクルジャージ上下にヘルメット。確かに防御力は無さそうだし、普段着とは言い難い。
とりあえず昨日走っている間に考えた設定を話す。
「故郷の町の山を走っていたんですが、突然あの森の向こうに飛ばされまして。なんとか森を抜けようとしたのですが、フォレストウルフに追いかけられ逃げていたんです。」
すべてが真実ではないが嘘でもない設定だ。この世界に嘘を発見する才能がないとは限らないし、下手に嘘をつくと矛盾点が多くなる。それならなるべく真実に近い設定の方がいいだろう。
「へー、おまえ・・ついてないな。転移の罠でもあったのか。というかよく生きて森を抜けられたな。坊主Lvいくつだ?」
「Lv1です。」
三人が息をのむ。
「奇跡ですね。」
「運がいいとみるべきか?」
「運っていうよりも悪運じゃね。」
好き勝手言われているがそれだけ無謀だったのだろう。ちょっと先輩、後輩コンビを呼び出したい気分だ。
「それで今後のあてはあるのか?というより坊主、ここがどこだかわかっているか?」
「さっき言われた「イーリス」という街があるんですよね。」
「そうだ、キルシュ王国の辺境都市イーリスだ。どこかわかるか?」
「分かりません。」
「坊主、その髪と目からしてヤマト国の出身だろ。ヤマト国は大陸の東のはずれの島国でかなり離れているから知らんかもしれんな。ここは大陸の南西の辺りだ。」
場所が確認できたことより重要な情報があった。ヤマト国か、400年以上前にも転移した人がいるらしいからその人の子孫が住んでいるのかな。国まで作るなんて英雄みたいだ。
「とりあえずイーリスに戻るか。それから坊主の身の振り方を考えよう。」
てきぱきと3人が片づけをしていく。テントをたたみ、リュックサックにしまっていく。
明らかに入る大きさではないテントがリュックに入っていくのは不思議な光景だ。
「あの、そのリュックって?」
「ああ、これか。これは「収納」の魔法が付与されたマジックバッグだな。冒険者にとっては必需品だ。まあ高いのがネックだがな。」
確かに三人いるのにリュックは1つだけしかない。持ち運びの簡単そうな軽いものはそのまま持っている。
「魔石と討伐証明の牙はとったし、大丈夫だな。毛皮がもったいないが持って帰れないしな。」
ニールさんが残念そうにつぶやく。
「あの毛皮って売れるんですか?」
「売れるぞ。防具に貼ったり、ローブにしたりな。13匹も狩れるとは思わなかったから8匹は焼くしかないな。アンデットにでもなったら大変だ。」
放置するとアンデットになるのか。それなら焼くのも仕方がないが、売れるなら持って帰ってせめてもの恩返しがしたい。
「あの、私が持って帰りましょうか?」
「どうやってだ。マジックバッグでも持っているのか?」
「ええっと、こうやって。」
アイテムボックスを意識し、フォレストウルフに触り「収納」と考えると1.5メートルほどのフォレストウルフが消える。
「何をしたんだ?」
「アイテムボックスのスキルがあるんです。」
続いて2体目を収納していく。
「めずらしいな。でもタイチ、あまりおおっぴらに使うな。Lvの低いアイテムボックス持ちなんて奴隷として狙われるだけだ。せめてマジックバッグに偽装した方がいい。」
そうか、この世界には奴隷なんているのか。アイテムボックスのスキルはポイント的にあまり高くなかったから、もっとありふれていると思ったが人気がないのかもしれない。
「ご忠告ありがとうございます。そうさせてもらいます。それなら持って帰ってもいいですか?」
「そうしてくれるならありがたい。手間賃は出そう。」
「いいですよ、命を助けてもらったお礼です。」
「しかし、・・・」
二人で譲り合っていると、そこに杖が差し込まれた。
「ストーップ。ニール、悪い癖ですよ。義理堅いのはいいですが好意を受け取らないのも失礼です。」
「すまん。」
「そしてタイチくん。あなた、お金はあるの?これから生活していくならお金はいるでしょ。」
「その通りですね、すみません。」
「ということでとりあえず街についてから考えましょ。買い取り金額からいくら渡すかはそのとき話し合えばいいでしょ。」
杖を肩にかつぎ、ニパッとリイナさんが笑う。かなわないなと思っていると同じような表情をしているニールさんと目があい共に苦笑する。
8匹すべてを収納し終えると、ジンさん達もちょうど出発の準備ができたようだ。
「じゃあ街へ帰るか。そういえば坊主、昨日乗ってたあれはなんだ?」
ジンさんが指さした先には私とともに転移してきた通勤用クロスバイクが倒れていた。
慌ててクロスバイクを起こし、フレーム、ホイール、ブレーキ等を点検していく。よかった。特に異常はないようだ。
「これは自転車と言って移動するための乗り物です。私の大切な相棒ですね。」
「ジテンシャね。この辺では見ないがヤマト国では普通なのかね。」
たぶん無いと思うが、藪蛇になりそうなので黙っておく。
「そんなに大切にしている相棒なら名前とかないのか?」
名前か、考えたこともなかったな。でもこれからこの異世界でこの相棒とともに生きていくんだよな。
「ジン、剣に名前付けて喜んでるのはあなたぐらいよ。」
「いいじゃねえか。愛着がわくから手入れもしっかりするし。命を預けているんだしよ。」
愛おしそうに剣に頬ずりしている。ちょっと危ない人みたいだ。
「そうですね、この子は「ルージュ」です。」
マイヨ・ブラン・ア・ボア・ルージュ。世界で最も過酷なレースと言われるツール・ド・フランスにおいて山岳ステージの最優秀クライマーに与えられる水玉模様のジャージ。山を登りすぎて異世界まで来てしまった相棒にふさわしい名前ではないか。
「おっ、いい名前じゃねえか。これで坊主も仲間だな。」
私の肩に腕を回し嬉しそうにしているジンさんとそれを呆れて見ている二人。
「じゃあ帰るぜ。ちゃんとした飯も食いてえしな。」
肩を組まれたままルージュを押し、この世界で初めての街に向かうのだった。
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