閑話:手紙の行方
閑話こそ本番です。
ふわぁー、腹減ったー。
ただ今の時間は 午前 0時 13分 20秒です。
時報風に言ってみたけど全然面白くない。起きて2時間経過したが食事を作る気もないのでネットを見ながらダラダラしていたのだがそろそろ限界だ。
今日、いっちー早く帰ってくるって言ってたはずだけどな。
冷蔵庫には朝に準備していた下ごしらえした肉があったから楽しみにしてたのに。
自分で作ると美味しくないんだよなー。なぜだろう。
そうだ、きっと神様が商売道具の手を怪我しないように料理がまずくなる呪いをかけたのだ。
うん、それなら仕方ないな。
馬鹿なことばかり考えていてもお腹は満たされないのでもう一度いっちーに電話を掛ける。
「お掛けになった電話は電波の届かないところか電源が・・・」
3回目の自動メッセージにいらつき途中でぶち切る。
今までの経験上、これは山にいるな。こんなに遅い時間まで帰ってこないことは初めてだけど。
もう無理だ。とりあえずラーメンでも食べよう。お湯を注いで3分でおいしいご飯が誰でもできるなんて技術大国日本最高だね。
美味しい香りに我慢できずに2分くらいから食べ始める。多少芯は残っているがこれがアルデンテってやつよ。
そうだ、いっちー明日というか今日か、は休みだから肉は夜食として一緒に食べよう。
これだけ待たせたんだからそれぐらいは許されるはずだ。
コーラ片手に食べていると部屋の中がまぶしく光る。
うわぁ、目がっ、目がーー。ってお約束をやってる場合じゃない。
しばらくして光が落ち着くと机の上に1枚の紙と天井に光の玉のようなものが浮かんでいる。
宇宙人か、やばいウィルに知らせなきゃ。いや、今ならコーヒーの人の方が近いのか。
妄想していると光が早く見ろっとばかりに手紙へと急降下してきた。
わかってるよ、見るよ、見ればいいんだろ。
あれっ、このちょっと右肩上がりの字はいっちーの字だ。いっちーいつの間に超能力に目覚めたのか、うらやましい。
「さすがにこの時間なら起きていると思うが、大丈夫か。腹減ったーとか言ってないでご飯食べたか。冷蔵庫にある肉は下味がついているからそのまま焼けば美味しいはずだ。腐らすなよ」
おかんかっ。お前はおかんなのかっ。手紙の最初に書くことじゃないだろ。もっとこの光の玉とかについて書いておけ。
「まず一番重要なことを伝える。私は神隠しにあった。」
なに、その私は神に会ったみたいなの。私もネットでたまに会うよ。
「詳しい場所は言えないが山でこの世界ではない所に迷い込んだらしい。元の世界には戻れないそうだ。前に話してもらった異世界転生のような状況だと考えてくれ。」
誰その主人公。いっちーイケメンじゃないんだからダメだよー。どっちかというと戦士Aって感じのごつめの顔だし。いや、昨今のブームを考えるとそれもありなのか。
「まず頼みたいのが失踪届を警察に届けてくれ。あとは会社と役所の住民課にも失踪したと伝えてくれ。連絡が遅れると仕事が滞るし、無駄な金を払う可能性がある。次に父親にも連絡を頼む。失踪理由は適当に考えてくれ。春子さんにも頼む。」
えー、めっちゃ面倒くさい。しかも昼間に行動しないとダメだし。というか母親を春子さんって言うな。
「どうせめっちゃ面倒とか思っているんだろうがそれなりの対価は用意している。共有の口座に500万ほどあるから家賃として使え。無計画には使うなよ。あと転生するときの能力をお前にもつけられたからつけておいた。「幸運」だ。ちょっと運が良くなるらしいぞ。」
「幸運」ってしょぼいな。魔法とか使えればよかったのに。特に時空魔法。時を止められたら締切を気にせず遊べるのに。
「どうせ魔法がよかったとか思っていると思うがその世界では使えないらしいぞ。」
うげっ、相変わらず鋭いな。30歳の魔法使い説はやはり嘘だったか。
「いろいろと頼んだが死んだわけではない。お前の事だけがかなり心配だから何かあったら父親か春子さんを頼れ。特にごはん関係。あといい加減家事を覚えろ。私はもういないんだから。
お前の漫画おもしろかったぞ。遊びすぎて締切破るなよ。お前の仕事だろ。誇りを持て。
漫画の結末が見れずに残念だ。もし次の世界で会えたら教えてくれ。
こんな別れ方になってしまってすまん。3年前に突然おまえの兄になったときは驚いたが、今まで通り接してくれて嬉しかった。もうすこし兄貴らしいことができたらよかったんだがな。
天寿を全うしたら次の世界で会おう。待っている。
おまえの親友で兄貴 永山 太一」
ははっ、馬鹿だないっちー。最後まで心配ばっかり。自分の人生があるだろ。次の世界では知り合いもいない中、最初からなんだろ。自分を大事にしろよ。
「幸運」なんてつけなくていいよ。自分が生き延びるように考えろよ。
一番の読者を失って幸運なわけがないだろ。
なんで置いていくんだよ。連れて行ってくれよ。
またご飯作って、一緒に食べてくれよ。
掃除しない私を叱ってくれよ。
「いちにい・・・。」
思わず小さいころの呼び方が出る。
器用なのに変な所で不器用で、いつも一緒にいてくれて、いつも優しく見守ってくれていた。大好きだった。
涙があふれる。手紙が見えなくなる寸前にいちばん下に書かれた「(裏へ)」の文字を見つける。
「p.s この手紙は裏面を見た3秒後に爆発します。」
えっ、なにその仕様。ボンドかよ。時間よ止まれー。
ポンっというかわいい音とともに手紙は消えた。その煙から星が流れた。
不意に昔一緒に流星群を見たときのことを思い出す。
「流れ星ってなにもなければただの石なんだよ。大気圏に突入して燃え尽きるときに輝いてみんなを感動させるんだ。夢があるなら燃え尽きるまで頑張ってみろよ。」
私が漫画家になる夢をあきらめようか迷っていた時に山に連れて行かれてこの話をされた。寒くて鼻水がだばだばで見せられるような顔じゃなかったのにさらに見せられない顔にされた。
たぶんこの流れ星はいち兄からのエールだ。がんばれよ、しっかり生きろよっていう。
私はこの世界で生きよう。生き抜こう。次にいち兄に会った時にたくさん話ができるように。
「あなたに幸運が訪れますようにー。」
女性の優しい声が聞こえた気がした。
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