後日談
「ああ、これは米ではないですか!それに味噌や醤油もある!てっきりこの国にはないものだとばかり思っていました。」
王都での反乱から1か月が経過し、やっと落ち着きを取り戻したので私とヒナそれにジンさん達はイーリスのアンさんの屋敷へ戻ってきた。イーリスもいろいろあったらしく知っている店が火事になっていて再建中だったりしていたが幸いにも私の知り合いには人的な被害は出ていなさそうだった。
アンさんに「おかえりなさい。」といつものように迎えられ、リイナさんだけでなくジンさんも泣いていたのが印象に残った。
約束通りジンさん達がパーティの費用を全額持ってくれるという話だったのでここぞとばかりにアンさんにも手伝ってもらって高級食材から珍味まで買い込んできた。食材だけで金貨数枚かかっているのだがジンさん達は余裕の表情だった。きっと報酬が良かったんだろう。
私は個人的に米が欲しかったので勝手にアイテムボックスから取り出したのだがそれを見てアンさんが今まで聞いたことのないような声で喜びだしたのだ。
「えっと、アンさん。好きなんですか?」
「うーん。私が好きというよりは思い出深いと言ったほうがいいのかしら。私のご主人様が好きでこれを探すために海を渡ったのよ。」
アンさんが昔を懐かしむように遠くを見ている。
そういえばアンさんのご主人様の話って全く聞いたことがないな。なんとなく1人でここに住んでいるんだからもう亡くなってしまったのかなと思って聞きづらくて聞いていないのだが。
「どうします。私が料理しますか?」
「いいわ、久しぶりに作ってみたいから私にやらせて。」
「じゃあお手伝いします。料理のスキルも覚えましたし、それなりに手伝えますから。ヒナはどうする?」
「うーん、邪魔になりそうだからジンとニールと訓練しているニャ。」
「おい、俺らに確認は無しかよ。」
「ジンとニールの料理は美味しくないから一緒に訓練するニャ。」
「じゃあ、私は料理を手伝うわ。」
ということで3人と3人に分かれて料理の準備が出来るまで過ごすことになった。アンさんが基本的に味付けや料理を担当してくれるので私とリイナさんがするのは野菜の皮むきやカット、肉を叩いて伸ばしたり、筋を切って縮まないようにしたりする下処理の段階だけだ。久しぶりにアンさんの料理を楽しみたいので自分で作っては意味がないし。多分その思いはリイナさんも一緒なのだろう。時々アンさんの顔を見ながら嬉しそうに手伝っている。
時折、ギャーとかウワーとかジンさんのような声が聞こえるが気にしては駄目だ。まあ私とリイナさんという回復魔法が使える人が2人いるからよっぽどの重症でない限り大丈夫だ。頑張って欲しい。
「あの子はだいぶたるんでいるようですね。あとで修行でもつけてあげましょう。」
ジンさん、逃げてください!死んだほうがましな訓練が待っていそうです。
「それでは、今日皆と食事できることに感謝を。そして改めてただいま、アンさん。」
「はい、お帰りなさい。」
リイナさんのいつもの言葉とともに食事が始まる。
「うっめー、やっぱり訓練の後の食事はうめぇぜ。」
「食べながらしゃべるな、飯が飛ぶ。」
ジンさんが本当に美味しそうにむしゃぶりつくように食べ、それを隣のニールさんが注意しながら黙々と食べている。
「タイチ、この魚美味しいニャ。こっちと交換しないかニャ。」
「えっと、一口ぐらいは食べてもいいかな?」
さんまの甘露煮を食べたヒナに私の分を狙われる。あげる、あげるからその獲物を狙うような目で見るのをやめてください。
「いやー、タイチは尻に敷かれているわね。」
「そうね、でもいい相棒だと思うわよ。」
女性陣はそんな私たちを見ながらゆっくりと味わって食事を食べている。材料をたくさん買いすぎて今回だけではとても使いきれる量ではないのでこの宴会のような料理が数日続くはずだ。私も味わって食べよう。
「それで、ジンさん達はユーリさんの騎士になってほしいっていうお願いを断っちゃったんですよね。」
「そうだな。」
「俺は騎士なんてガラじゃねえしな。」
「私も気楽な冒険者稼業が好きだしね。」
「ふーん、てっきり騎士になるかと思ったニャ。」
ヒナはビスケットに一口サイズのチーズを載せてむしゃむしゃと食べている。一応それはお酒のアテとして用意したのだがお酒を飲んでいるジンさん達よりも食べるペースが速い。
今度また作ってあげよう。
それにしても私もてっきりユーリさんの騎士とはいかなくても護衛になるかと思っていたのだが。
「それにユーリは正式にフレデリック様の親衛騎士になったからな。それにテンタクル家が取り潰されて、今、テンタクルの街はユーリのトンプソン家が領主になっているらしいから俺たちがいなくても大丈夫だろう。」
「そうだったんですか、おめでとうございます。」
まあ実質あの街はキリク様が取り仕切っていたような気がしないでもないから街に変化はないだろう。海産物を買い付けるのにはあの街が1番いいし、ルージュの釣り仲間になったおじさんたちもいるので変なことにならなくて一安心だ。
「ああ、俺たちがいなくてもユーリ様とフレデリック様ならこの国をより良くしていってくれるだろう。」
「それに、縁が切れたわけじゃないしね。」
「それよりタイチ達はこれからどうするんだ?」
最上級のエールを飲み干し、美味そうにグラスを置いたジンさんのために樽の栓を抜いてそこからエールを追加で注いでいると私たちの方に話が向いた。
「しばらくはこの街に滞在してヒナと一緒に修行をつけてもらうつもりです。それが終わったら今度は世界を見て回りたいなと思っています。幸いお金には余裕がありますし。」
「武者修行も兼ねて一緒に回るニャ。美味しいご飯もあるし、移動も速いし、訓練もできるし一石三鳥ニャ。」
買い物途中にワクコとネロさんに会ったのだが、その時に私の取り分の金額を伝えられたのだが、ちょっとおかしな金額になっていたのでそのまま預かってもらうようにした。一生遊んで暮らせるくらいの金額なんて持ち歩いて旅をしたくない。とりあえずワクコの研究に使っていいと伝えておいた。
それはそうとヒナ、一緒についてくるのはご飯目当てじゃないよね。なんか便利な道具扱いな気がしてならない。
「タイチはもう5級冒険者になったのですか?」
珍しくワインを飲んでいるアンさんが聞いてくる。結構な本数の空き瓶があるのだが全く酔ったような様子は見えない。ザル以上だな。
「いえ、今は7級ですが。えっ、5級以上じゃないと国外に出られないとかそういうオチですか?」
「そんなことはない。」
「まあ、いろいろと手続きが面倒ではあるのよね。申請したり、書類を揃えたりとか。」
「5級以上なら簡単な審査だけで行けるからな。」
しまったな。最近忙しかったから国外に出る方法の確認なんてしていなかった。しかしまあまだ国内でさえ回りきっていないのだからその間に5級くらいなら行けるだろう。
「とりあえず明日にでも6級に昇格してきます。」
「おう。それと内緒だがしばらくは東へは行かないほうがいいぞ。今ちょっとゴタゴタしているらしいからな。」
「ああ、フレデリック様が言っていたわね。なんだっけ?領主が反乱に関わっていたことがわかって斬首、後継関係で実子と養子が争っているんでしょ。」
「そうだな、フレデリック様は養子の方になって欲しいらしいが。」
「ウワ、ソレハタイヘンダニャ。」
「なんでカタコトなの、ヒナ?」
その後もこの1年半以上の空白を埋めるようにいろいろな話をした。皆が酒を飲み、食べ、笑い、そして次第に撃沈していった。最後に残ったのは私とアンさんだけだった。
「良かったですね。皆が帰ってきて。」
「そうね、それより彼女はいいの?」
彼女と言われてヒナの方を見たがヒナは片手にジャーキーを持ったまま机に突っ伏して眠ってしまっている。
「ヒナじゃないわよ、あの子よ。ルージュでしょ?」
アンさんの視線を追うと扉の隙間に目があってこちらを覗いている。仕方がないので手招きすると人化したルージュがおずおずとこちらにやってきた。
「ひどいよ、タイチ。僕だけ除け者にして。」
「いや、だってジンさん達に説明できないし。というよりなんでわかったんですか?」
「だってルージュとは念話で前にお話したでしょ。前の時は女の子だとはわからなかったけれど。」
「そうそう。あっ、それじゃあ改めましてルージュです。」
「ご丁寧にどうも。」
ルージュとアンさんが頭を下げて挨拶しているのを横目で見ながら食器の片付けをしていく。2人は楽しそうに何かを話している。
「あー!!僕の分は!?」
「ちゃんとアイテムボックスに収納してあります。」
「それなら良し!!」
うん、絶対にへそを曲げると思ったからもう準備の段階で一人分の料理を確保しておいたのだ。ちょっとリイナさんに変に思われたけれど。
「それじゃあ、明日から僕も普通に食べるからね。」
「いやいや、どうしてそうなったの?」
「アンさんがいいって。」
「いいんですか?」
「1人だけ食べられないのは可愛そうよ。」
いつの間にやらそういうことになったらしい。まあアンさんが良いと言っているなら私が何か言うべきでは無いし、近所の子供だとかどうにでも誤魔化しようはあるからな。
「それで、タイチ。どうでしたか?この世界は。」
「そうですね。私のいた世界とは全然違いますが面白いです。それなりに危険もありますし、故郷が懐かしくなることもありますけれど、ヒナやルージュのような相棒も出来ましたし、アンさんやジンさん達、他にもいろいろな人と出会えました。そして自転車に乗って今まで見たことのなかった光景を見て感動したり、今までは出来なかったトリックが出来たりとても充実しています。」
「そう、それは良かったわね。」
「はい。」
この世界に来て、どうなるかと思ったがいろいろな人に助けてもらって生きていくことが出来るようになった。趣味の自転車も十分に楽しめるし本当に充実した日々を送っている。
しかもこの世界にはまだまだ私が想像もできないようなことが待っている気がするのだ。それを自転車で見に行ってみたい。
「とりあえず、この酔っ払い達を部屋に運ぶのを手伝ってちょうだい。」
「はい、メイド長。」
食卓で残り物をもぐもぐと食べているルージュを残して酔いつぶれたみんなを部屋へ送っていくのだった。
一応これにて一区切りです。
何とか毎日投稿を欠かさずに書ききることが出来ました。
読んでくださった皆さん本当にありがとうございました。
一応完結扱いですがまだまだ自転車の魅力を書き足らないので次の話を書き終えるか、その話が長くなりそうならぽつぽつと続きを書いていこうと思います。
次の話はこのRINの外伝であるキャラクターの物語です。閑話に出来ませんでした。誰かは読んでのお楽しみということで。ちなみに題名は
「お仕事ですよ、メイド様!!」
うん、我ながら酷いネタバレ具合だ。お許しください、〇〇〇博士!
下の「目次」とかの下にあるリンクから飛べるようにしています。
それでは区切りなので久しぶりに「自転車始めませんか?」