反乱(7)
「ハラ、ヘッタ。」
第一王子は4人の騎士たちの体を引きちぎるとそのままむしゃむしゃと食べ始めた。既に心臓が止まっているため血が飛び散るようなことはなかったがバリボリという音と流れ出る血の匂いに気持ちが悪くなる。
「兄貴・・・」
「いけません、フレデリック様。お兄様はもう人ではありません。」
ふらふらと近づこうとしたデリク様を執事が止める。確かにデリク様は第一王子を捕らえ最後には処刑することになると覚悟していたはずだ。ただこんな終わり方は想像していないはずだ。
第一王子が騎士達を食べている隙に王の影武者の人がこちらに来て、リイナさんが治療をしている。他の全員が第一王子の動きに注意し、いつでも反応できるように備えていた。そこにはこの惨状さえ終わってしまえば少しは元に戻るのではないかという微かな希望があった。
第一王子の食事が終わる。四つん這いで食べていた体勢のまま首だけをぐるんとこちらに向ける。
「ハラ、ヘッタ。」
希望などなかった。もはやそれは第一王子ではなくオーガだった。
「チッ、まずいぞ。ここで俺たちが逃げると城で倒れている騎士達が餌食になる。」
「ジン、まずは止めるぞ!リイナはフォローを頼む。」
「はい。」
オーガは四つん這いのまま熊のようにこちらに向かってきた。
速い!!
ゴン!!鈍い音が響く。
「ぐ、ぐぅ!!」
ニールさんが盾を斜めにして突進を受け止めるが1メートルほどそのまま押し込まれる。絨毯にニールさんのずった足跡が一直線に残る。
「これでも食らえ!」
ニールさんの後ろからジンさんが飛び出し、オーガの肩を斬りつける。ジンさんが万全の体勢で放ったその一撃はオーガの肩を浅く傷つけるに留まった。
警戒したのかオーガが後ろに向かって飛び、壁際まで離れる。
「ちっ、普通のオーガとダンチだぜ。」
「ああ、あとは薬が効くといいのだが・・・」
オーガが肩の傷を自分の舌で舐めるとジュっという音を残して傷口が消えた。
「そうそう上手くは行きそうにないな。」
「盾はもちそうか?」
「しばらくはな。だが長くは無理だ。」
攻撃を加えられたオーガは2人を警戒して動こうとしない。しかし隙があればすぐにでも飛びかかろうと両手両足をジリジリと動かしながら少しずつ移動している。
このままではまずい。今必要なのは・・・。
「デリク様、ご判断を。このままではこちらがいつか押し負けます。第一王子を、いえあのオーガを殺す許可を。」
「殺す・・・」
肉親が化物に変化した異常な事態に虚ろになっていたデリク様の目に少しずつ元の光が戻ってくる。今必要なのはデリク様の判断。兄を、第一王子を殺してでも止めるという王族としての号令。ジンさん達も殺すつもりでなければあいつは止められない。しかしそれはジンさん達の判断ではなく、デリク様の命令でなければならない。それが貴族の、王族の、上に立つものとしての責務なのだから。
「・・・殺す。・・・ユーリ、ありがとう。私は王族としての責務を果たす。」
「はい、デリク様。」
「ステフ。第一王子を、いやあの化物を殺せ。我が民を、我が配下をこれ以上殺させるわけにはいかん!」
「はい、フレデリック様。」
執事はデリク様に一礼するとすたすたとオーガに向かって歩いていく。まるでそこには強敵などおらず、ティーセットを取りに行くかのように。
「どいていただけますかな。」
執事がジンさんとニールさんに向かって声をかける。ジンさんとニールさんはオーガから視線を外さない。
「おいおい、執事さんには荷が重いぜ。」
「そうです、フレデリック様の護衛を・・・」
一瞬だけ執事の方を見たニールさんがはっとした顔をする。
「ジン、下がるぞ。」
「なんでだよ。俺たちが目を離せばあいつがどんな動きをしてくるか・・・」
「いいから下がれ。ここにいては邪魔になる。」
文句を言いたそうにしながらもジンさんはニールさんと一緒にジリジリとこちらに戻ってきた。
「ありがとうございます。」
執事はそのままオーガのもとへ歩いていく。オーガもなんの警戒もなしに近づいてくる執事に戸惑っているのか襲いかかろうとしない。しかしそれも時間の問題だろう。オーガの口からは涎が垂れ、明らかに執事を食おうとしている。
「デリク様!いいのですか?あのままでは食べられてしまいます。」
「いいんだ、ユーリ。すべてステフに任せておけ。」
デリク様はいつもの自信満々の表情のまま執事を見つめている。
「おう、俺も聞きてえ。なんで下がらせた、ニール。」
「ああ、ジンは知らないかもしれないな。俺が駆け出しの頃の話だしな。この国には1級の冒険者は現在1人しかいない。だが数十年前にはもう1人いた。その名はステファン。目の前に立ち塞がる者をすべて殴り焼き尽くすという化物、火炎闘士のステファン。私も一度だけ見たことがあるだけだったがあの目を見て思い出したよ。炎のようなあの真っ赤な目を。」
「ほっほっほ。また懐かしい名前ですな。今はただのフレデリック様の執事です。それよりも少し皆さん離れてください。私の術は少々危険でしてな。」
ステファンの金属製の篭手の部分から炎が吹き上がる。部屋の温度が一気に上がる。しかしステファン自身は何も感じていないかのようにそのまま歩を進めている。
「さて私としましてはあなたに対していい印象はないのですが、それでもフレデリック様のお兄様です。苦しませないように葬って差し上げましょう。」
「ガ、ガア!」
オーガがステファンに向かって飛びかかる。オーガの表情に先程までの余裕はなかった。追い詰められた獣のような顔をしていた。
ステファンはただ右手を引き、左手をオーガに突き出した姿勢からその手を入れ替えるようにしてオーガに向かって拳を放つ!
「炎正突き!」
その言葉とともに巨大な炎の拳がオーガを飲み込み壁へと吹き飛ばした。ステファンは拳を突き出した姿勢のまま一歩も動いていない。オーガは黒焦げの姿で壁に大の字に張り付き、しばらくしてずるずると床へと落ちていった。
全身ほとんどが墨のようになってしまった。そして部屋の中にあったベッドや家具もすべて黒焦げになっている。炎が残って火事にならずに良かった。
「フレデリック様、終わりました。」
服にシワさえ残っていないステファンがデリク様のところへ戻ってくる。
「ああ、ご苦労。すまんがこれから忙しくなる。ステフは事態を防衛に回した騎士団に連絡してヒーラーや薬師を探すように伝えてくれ。お前が一番早いだろう。」
「はい、それでは行ってまいります。」
ステファンが今までからは考えられないような速度でこの部屋から消えていく。
「ユーリ達は私の護衛兼倒れている騎士達を一箇所に集める手伝いをしてくれ。あとお前は騎士達を運ぶ用の荷車でもないか探してきてくれ。」
「はっ!」
王の影武者が部屋を出ていく。それにしても王様によく似ている。その人に向かってデリク様が命令しているのに違和感を覚えるほどだ。
「とりあえず、終わりましたね。」
「ああ、本当にとりあえずだがな。あの女が何者なのか、兄貴が何を思ってこんなことをしたのか全くわかっていない。それに兄貴を化物に変えた矢のこともな!」
私が叩き落とした矢は既に無い。あの少女が持っていったのかそれとも時間で消えるような仕掛けをしていたのかさえわからない。
「しかし今は立ち止まっている時ではない。明日には魔物の襲撃もある予定なのだ。急いで城の体制を整えなくては。いくぞ、ユーリ。」
「はい、デリク様。」
ジンさんたちが先導し、部屋を出ていく。私も続こうとしたが、ユーリ様がある一点を見つめて立ち止まったのを見て止まる。
「もし、もっと事情を話してくれていたら、こんな結末じゃなかったかもしれないよ。兄さん。」
デリク様の後悔とも嘆きとも言えるようなそんなつぶやきを、私は聞かなかったことにして部屋を後にした。
一週間くらい寝ていると体がくらげになったみたいです。
そう、ぶよぶよ。ぶよぶよなんですよ!!
読んでくださってありがとうございます。