反乱(3)
「何を言っているのですか。フランは裏切ったのですよ!」
珍しくニールさんが語気を強める。その言葉には憎しみとも取れる感情がこもっていた。しかし私はそれを鎮めるように静かに答える。
「フランは裏切っていないよ。少なくとも彼女自身としてはね。」
「どういうことだ?」
「私達が彼女に望んだことは、隠れ家、情報、アポイントの3つだけだ。まあ彼女も私達の存在が周囲に洩れないように気を使ってはくれていたけれどね。」
指を1,2,3と立てながら説明する。
「彼女の家に匿ってもらったんだ。彼女以外にも私達のことに気づくものは当然いる。そしてその者がどう判断するかは契約の範囲外だ。その者が私を突き出したほうが商会にとって有利になると判断したんだろうね。だからあんなことになった。」
「しかし、フランが裏切ってないということにはならないんじゃない?」
「いえ、彼女は私にちゃんと遠まわしに忠告をしていました。今になって気づいては遅いのですが、それが彼女なりの精一杯だったのでしょう。」
別れの挨拶の時の言葉を思い出す。自分は駒として動くと言った彼女らしくない発言を。なぜあの時気がつかなかったのだろうか。
「商人の行持として契約である王子のアポイントを取ってあることは本当でしょう。なにより私は彼女のことを信じていますから。」
「本当にそれでいいの?」
「はい、彼女とは友人ですから。」
にっこりと微笑む。3人が3人とも額に手を当ててかぶりを振っている。笑いが苦笑に変わる。
「わかった。俺はフランは信じられねえが、お前は信じるぜ。」
「はい。では明日デリク様に会うために、今日は逃げ切りましょう。」
私たちは夜の街に紛れるように逃げ続けた。
翌朝、城門前。
いつ見てもこの城門には圧倒される。敵を寄せ付けぬ圧倒的な高さ、そして何があっても崩れないと言う威圧感。ここが王都であることを否が応でも認識させるものだ。
「では、行きましょうか。」
「「はい。」」
「ああ。」
私達の姿はすこし煤けており、この門をくぐるのにふさわしいとは言えないだろう。しかし今はそれよりも大切なことがある。
「止まれ!」
全身鎧にハルバードを持った門番の兵士がきつい口調で呼び止める。おそらくこの格好を見て不審者と間違われたのかもしれない。しかし今はその誰何する時間さえ惜しい。
「港湾都市テンタクル、トンプソン伯爵家次期当主、ユーリ・トンプソンだ。フレデリック様との面会の約束のため登城した。疾く取次ぎをお願いしたい。」
我が家の家門の入った短剣を差し出し、背筋を伸ばし、相手を威圧するような凛とした声で告げる。そしてお前に用は無いと言わんかのように目線を外し門を見る。あまり好きではないが貴族とわからせるためにはこのくらいしないといけない。
「はっ!申し訳ありません。少々お待ちください。」
「いい。それよりも早く確認しろ。」
門番の1人が待機場所へと入って行く。ここで短剣の真贋や面会の約束の確認を行うのだろう。なかなか出てこない門番をジリジリとしながら待っていた。
「おお、なんか貴族っぽいな。」
「そりゃあ貴族なんだから当たり前でしょ。」
「そうだな。」
「俺はやっぱり普段の方が好きだけどな。」
後ろでジンさん達が門番には聞こえないくらいの小さい声で話している内容にちょっと緊張が解けた。そうですね、私も好きではありませんと言いたい。
しばらくして、門番が戻ってくる。
「お待たせしました。お入りください。ただしこちらで武器やマジックバッグの類は預からせていただきますのでなにとぞご容赦ください。」
「わかっている。」
4人とも武器とマジックバッグを預ける。そして門をくぐると4、50代のメイドが1人立っていた。メイドが優雅にこちらに礼をする。
「お待ちしておりました。フレデリック殿下がお待ちです。こちらへどうぞ。」
そのメイドに私達は城の中庭に案内された。中庭はこの冬の季節だと言うのに花々が咲き、そして暖かかった。花壇の真ん中に傘のついた机と椅子が何脚かあり、そこに1人の金髪の男性が座りその後ろに1人の執事が立っていた。
「やあ、ニール久しぶりだね。」
金髪の男性が立ち上がり、ようっとばかりに手を上げる。
「お久しぶりです。デリク様。」
敬愛すべきこの国の次期国王に私は頭を垂れた。
挨拶もそこそこに、今までの経緯をデリク様に報告する。座っているのは私とデリク様だけでジンさん達は後ろに控えて立っている。
「そうか、危険な目にあわせてしまったようだ。すまない。」
「いえ、自分から言い出したことです。」
「しかし、私と会ったことで状況が変わる可能性もあるが、現状ユーリ達が狙われているのにこのまま帰すのはまずいな。」
デリク様が腕を組みしばし考える。
「兄上にしては今回の動きが見えなさすぎる。ユーリの情報と併せて考えてみると相当な力を持った協力者がいると見た方がいいだろう。迷宮で会ったという少女のような特殊なスキルを持った者もいそうだ。」
「そうですね。」
あの少女のことを思い出し、少し体が震える。自分があたかも虫になってしまったかのような威圧感だった。
「そうなると・・・そうだな。」
デリク様が後ろに控えていた執事に何事かを確認するといきなりこちらを見て叫んだ。
「無礼者め!!私を誰だと心得る。貴様らのような奴は私が直々に処罰してくれるわ!!おい、こいつらを地下牢へ連れていけ!」
「はい、フレデリック様。」
怒りの表情のまま口元をにやけさせるという器用なことをしているデリク様にあっけにとられていると後ろにいた執事に腕に縄をかけられてしまった。どこから取り出したんだ!?執事の動きがあまりに自然すぎて振りほどこうと言う気さえ起きなかった。
「えっ?」
「まあ、と言うわけですのでお三方もご同行願います。」
執事がジンさん達の分も縄で輪を作っている。デリク様の方を見るとウインクをしている。そういうことか。
「ジンさん達もすみませんがお願いします。」
「はいよ。」
「まあ、仕方ないわね。」
「よろしく頼む。」
3人が素直に手を輪に差し入れ、4人連なって執事の後について行き地下牢へ閉じ込められた。地下牢と言っても案内された牢屋は出入り口が扉と牢になっているだけの普通の宿屋のような部屋だ。昨日までいたフランの使用人部屋より豪勢かもしれない。
「フレデリック様が直々に処分されると言うことですので、これから毎日3食必ず私が食事をお持ちします。脱走しようなどとは考えませんように。」
そう言って縄をほどいて執事は牢を出て行った。
「ふむ、あれが次期国王様か。」
「いいんじゃねえか。あいつならこの国はもっと良くなるような気がする。」
「だからジンはもうちょっと言葉遣いに気をつけなさい。本当に不敬罪になるわよ。」
ジンさん達は、部屋の備え付けの家具の中を見たりベッドの感触を確かめたりしている。この順応力の高さが一流の冒険者と言うことか。
「はい、あれがデリク様です。私が一生をかけて仕えると決めた方です。」
ジンさん達がデリク様の良さを気に入ってくれたことが嬉しかった。そしてこうやって私達を気遣って安全な休息の場を作ってくださったデリク様の優しさとそれについて何も言わずにいきなり叫んだイタズラ心にあの頃と変わらないなと懐かしく思う。
「とりあえず城内の安全な場所が確保できました。食事もあの執事が持ってきたものなら安心できるはずです。装備やマジックバッグが無いのは少し不安ですがおそらく何かしらの手段で渡されるでしょう。今はゆっくり休んで、いざと言う時のために爪を砥ぎましょう。」
「おう!」
「「はい。」」
こうして我々の牢屋生活が始まった。
一般的な牢屋は別の場所にあります。
まあ城の中に普通の犯罪者を入れる牢がある必要がないですからね。
読んでくださりありがとうございます。