街道での戦い(3)
「あー!!部隊を半分に分けたよ。」
「まあ、そうするだろうニャ。」
ヒナとルージュにとって一番のネックは人手が2人と1匹しかいないことだ。単純に部隊を分けられると手が足らなくなる。一番危惧していたのは部隊をばらばらにしてレオノールを避けてどこかの地点で再集合することだ。その場合はあまりやりたくはないが騎士達を殲滅させなければならなくなってしまう。敵もそのことを予想しているのかもしれない。だからあえて2つに分けた。こちらの動きを確認するため、そして生存確率が一番高くなる方法として。
「敵の指揮官はなかなか優秀そうだニャ。」
「そうだねー。じゃあ作戦B、発動する?」
「よし、発動ニャ。」
「オッケー、レオノール、ゴー!!」
(はーい。)
レオノールが2人を乗せて飛び上がり、森を迂回して進もうとしていた部隊の前で制止する。先頭の歩兵が槍を向けてくるが遠すぎて当たるはずもない。
(じゃあ、さっきの反省点を生かしていってみよう。)
「GRUU、GRU!(ファイヤーサークル!)」
先ほどよりも大きい10メートルほどの炎の輪が放たれ、地面にぶち当たるとドゴーンという漫画のような音を立てた後、火柱が20秒ほど立ちのぼる。離れているのにその熱気が感じられるほどだ。
(じゃあ、作戦B行くニャ。)
先ほどとは違うマジックバッグから再び紙を取り出し、レオノールが部隊の上を飛びながら2人でまいていく。今回は100枚くらいしか作っていないので1往復で終わった。まき終えたら元の場所へ戻ってまた待機だ。
書いてある言葉は、
「これは警告。2度目は無い。部隊を分ければ殲滅する。」
これでも動くようなら本当に殲滅するしかない。この警告文の本当の意味に気付かないようならこちらが何度警告したとしても進軍しようとするだろう。無能な指揮官が御する部隊はどうしようもない。
「さて、どうするかニャ?」
ヒナは面倒くさそうにしかしちょっと楽しそうに笑った。
部隊の士気は最悪だった。
部隊を2つに分け進軍しようとして5分と経っていないのに、ドラゴンによる攻撃で部隊の先頭にいた歩兵数十人が火傷を負い、うち数人がポーションを数本使うような重度の火傷だった。そして先ほどと同じように紙がまかれ、その内容を報告するために別働隊は帰ってきた。
兵士たちに休息を取らせ、テントにまた首脳陣が集まる。皆一様に表情は暗く、誰も話そうとはしない。先ほどの攻撃でわかってしまったのだ。圧倒的なまでの実力差に。
「今回の手紙でわかったことがある。」
沈黙を破ったのは隊長だった。
「良いこととしては相手の人数は多くは無い事。おそらく10人に満たないだろう。そして悪いことはドラゴンの相手をすればおそらく我々は1時間もしないうちに敗れ去るだろうということだ。」
「そうですな、われわれはあくまで通常の装備で進軍しております。対ドラゴン用の装備ではありませんからな。」
他の3人も頷く。
「そしてわかったことで1番悪いのは、我々の行動がすべて読まれているということだ。」
「どういうことですか?」
「我々が別れて5分もしないうちにドラゴンによる攻撃、そしてこの紙が配られた。」
隊長は空から飛んできた紙を机の上に置きながら続ける。
「かなりの枚数がまかれた。これは事前にこの状況を想定して作ってあったということだ。我々はただ敵の想定通りの動きをしたに過ぎない。」
「たしかに・・・」
老齢の白髪の騎士が自分の持っていたその紙をくしゃっと潰す。
「そして、この相手はどうあっても我々を先へ進めたくないらしいが、なぜか1番簡単な我々を殺す方法を取らない。」
「確かにあのドラゴンがいれば我々にはなすすべがないでしょうな。」
「そうだな。そして相手は限界も知っている。人数が少ない相手にとっては我々がバラバラになるのが1番面倒くさい。それを先んじて押さえている。我々の命はあくまで言うことに従っている間だけ守られている物であり、先に行かせないと言う目的のためには命を奪うと言うことでな。」
「「「「・・・」」」」
全員が静かになる。隊長の推測を自分の経験に照らし、そしてそれが正しいだろうと判断した。
「どうされるおつもりですか?」
「そうだな・・・」
老齢の騎士の問いかけに隊長が答える。
「私が1人で敵の元へ向かう。」
「無茶です!」
「お考え直しを!!」
「若!!」
老齢の騎士の若と言う呼びかけに隊長の顔がほころぶ。
「お前に若と呼ばれるのは何年ぶりだろうな。」
「若、いえ隊長。それはあまりに危険です。せめて私だけでもお連れください。」
老齢の騎士が隊長の前に跪く。しかし隊長は首を横に振ると彼の肩にポンッと手を置いた。
「いや、お前には私がいない間のこの部隊の指揮を任せたい。もし私が死ぬようなことがあれば即刻引き返せ。くれぐれも追ってくるなよ。」
「若・・・」
「部下を頼む。」
そう言い残すとそっと肩から手を離し、隊長はテントから出ていった。老齢の騎士は立ち上がることもできず、ただ自分の不甲斐なさに涙を流していた。
隊長は1人進む。ドラゴンの元へ。
確信があった。敵は敵であって敵でない。まあそうだろう。実際に反乱を起こしているのはこちらなのだ。それでもこちらに被害が出ないようにしている。おそらく1人ならば殺されることはない。
「さあ、どうなる?」
隊長は剣どころか鎧も装備していない。無駄だからだ。そして抵抗する意思がないと示すために堂々と街道を歩いていく。
変化があったのはドラゴンまであと500メートルのところだった。ドラゴンが首を持ち上げ、その手前を黒いフード付きのローブをかぶった二人組が歩いてくる。顔は全く見えない。身長からして1人は女子供、もしくはドワーフ族や小人族か。
「トマレ。」
抑揚のない妙な発音で黒ローブの大きいほうが話す。声は高く、若く感じる。おそらく女だ。
「ナニヲシニキタ。」
「話し合いを。」
「コチラノヨウボウハ、カミニカイタトオリダ。コウショウニオウジルツモリハ、ナイ。」
黒ローブ達は話は終わりだとばかりに身を翻し帰ろうとする。
「ちょっと待って欲しい。あなた達は何なんだ?国の騎士というわけではないだろう。なぜそこまでする?」
その問い掛けに黒ローブの小さいほうが答える。
「うーん、命の恩人のお手伝いかな?」
その答えに隊長は唖然とする。この国のためでもなく、利益のためでもなく、ただ恩に報いるために二千を越える自分の騎士団と相対するのか。それはまるで・・・
「そうか、私もそちらの立場であれば良かったのだがな。」
私のようではないか。
領主の第3婦人として私を連れて結婚し、その後すぐに病没してしまった母の代わりに、損得の勘定があったとしても、ここまで育ててくれた恩に報いるため国に対して謀反を起こした私と、立場が違うだけで同じだ。
そう思った瞬間、力が抜け膝をついた。目からはなぜか涙が流れていた。
「ヒトツ、イッテオク。」
黒ローブの大きいほうと目があった。とても綺麗な目をしていた。
「ハンランハ、ホドナクオワル。ワタシノオンジンガ、オワラセル。オマエハココデマツトイイ。コチラハテダシヲシナイ。」
そう言い残すと2人はドラゴンの元へ帰っていった。
隊長は考える。2人が言った意味を。自分が取るべき最良の一手を。それは当初の王都への侵攻とは全く別の一手だった。
ヒナ編はここで一旦終わりです。
次はいよいよ主人公ですね。
読んでくださりありがとうございます。




