イーリスの異変(5)
「おやおや、まあまあ。予想通りに事態が進むのは楽でいいんですがつまらないですね。」
メルリスへの街道上で1人佇むメイド服の老婆の目線の先には馬に乗った騎士たちが土煙をあげながらこちらに向かって走ってくる様子が見えていた。
「屋敷が多少気がかりですが、まああの子もいますし大丈夫でしょう。」
昔、突っかかってきたので少々お仕置きをしてあげた今は領主となっている騎士のことを思い出す。
この第五分団の反乱はあの子の予想のうちなのかしら?もし予想もしていなかったなら今度もう一度お仕置きをしに行くべきかもしれないと少し考える。
「まあ弟子のお願いですから。ちょっとだけ本気を出しましょうか。」
そういうとアンは楽しげに笑った。
「隊長、冒険者どもは置いてきてよかったんですか。」
「冒険者などいらん。馬も食料も限られている。足手まといなど待つ必要は無い!」
副隊長の言葉を第五分団長であるダミアン・ミラーは即座に否定する。そもそも冒険者どもと共同戦線をはること自体が嫌でしかたなかった。名門たるミラー家の現当主である自分がなぜ下賤な冒険者の仲間にならなければならないのかと。協力者の要望だったのでしぶしぶ従ったがその場の状況で判断が変わるのは現場の常だ。問題ない。
本来ならば火をつけた冒険者たちと北門で合流し王都を目指す手はずになっていたがその北門の橋はダミアン達が出た段階で落としてある。火をつけた裏切り者どもはほどなくして第一分団の騎士達に打ち取られるだろう。そう考えダミアンは笑った。
「行くぞ、われらの正当な地位のため愚鈍な王を追い落とす。」
「「「おー!!」」」
騎士達は進む。この道の先が自分たちの栄光へと続いていると信じて。この先に何があるのかも知らないまま。
それは突然だった。
戦闘を走っていた馬が次々と倒れ、後続の馬を巻き込み20頭ほどの馬が骨折などで動けなくなりそれに乗っていた騎士達が放り出され地面に叩きつけられた。
「止まれ!何が起こった!?」
「わかりません!」
「そんな返答はいらん!!原因を探せ!!」
倒れ怪我した者を治療する者、馬から降り周辺を探す者、最初に倒れた馬を調べる者ときびきびとした動きでそれぞれが動いていた。
「隊長、馬の目が潰れています!」
「なんだと!!」
ダミアンが報告した騎士のもとへ行く。そこには両目が潰れ、他の馬に跳ねられ息も絶え絶えな馬が横たわっていた。
「くそっ、この駄馬が。」
ダミアンは今回の被害による遅れを計算する。馬に2人乗せるとその分行軍は遅くなる。当たり前だが一刻も早く王都へと着いておきたかった。
「使えん馬は打ち捨てろ。馬が無いものは途中の村で奪ってでも調達し追ってこい。本隊は先を急ぐぞ!!」
「はっ!」
騎士達が隊列を整え進軍を開始しようとした時、いつの間にかメイド服の女性が街道上に立っていた。
「どけっ、進軍の邪魔だ!!」
1人の騎士が馬から降り、そのメイドに詰め寄っていく。その距離があと3メートルほどになった時、突然騎士が倒れた。メイドは動かない。
「おい、どうした!?」
仲間の騎士が倒れた騎士を助けに行くが近づいた瞬間同じように倒れる。
意味不明な状況に動揺が広がる中、その声が響く。
「こんにちは。いいお天気ですね。」
「何をした!ババア!!」
「あら、下品だこと。」
その瞬間、ババア言った騎士が落馬する。
「騎士とは誇り高く紳士なものですよ。あなたは地面を這いずる虫けら程度ですから乗られる馬がかわいそうです。そうやって地面を這いずっているのがお似合いですよ。」
騎士達の間に戦慄が走る。そのメイドが何をしたのか誰もわからなかったからだ。話した瞬間に倒れたようにしか見えなかった。イーリスでも最強と自負する自分たちでさえ何もわからないという恐怖が動きを止めた。そして唯一、このメイドが敵だということだけを全員が理解した。
「行軍には良い天気ですが、あいにくとあなた達の道はここで終わっていますよ。引き返すならそれで良し。進むと言うなら、まあどうなっても知りませんよ。」
メイドから殺気が吹き上がる。その殺気に反応し馬が逃げ出そうとするのを必死に騎士が留める。この時、本能に従って逃げれば良かったのだ。ただ1対500と言う数的な優位が彼らに判断を誤らせた。
ダミアンが叫ぶ。
「何をしている!敵は1人だ。押しつぶせ!!」
騎士達がメイドに殺到する。
「あらあら、指揮官が無能なら、部下も無能ね。状況判断さえ出来ないなんて。」
メイドは冷めた目で殺到してくる騎士を見ながら軽く歩き出した。
「何者なのだ・・・貴様は。」
まだ馬上で1人佇むダミアンが呆然とした声で問いかける。ダミアンの周囲を守る騎士は既にいない。すべての騎士は地に倒れ伏しており、ダミアンには彼らが生きているのかさえわからなかった。
「あらあら、ご紹介が遅れましたね。私の名前はアン。イーリスの街でメイド長をしております。」
「エルラドの狗か!!」
ダミアンが激高するのをアンは淡々とした表情で見ていた。
「いえ、私は領主のメイドではありません。仕えるべき方は遠い地に行っておりまして、たまたまイーリスでお待ちしているだけですよ。」
「なら、なぜ我々の邪魔をする!!」
ダミアンが剣を抜く。
「私の弟子からお願いされたから、ですね。それ以外の理由はありません。」
「それだけか、それだけのことで我らの大義を邪魔したと言うのか!!」
ダミアンの乗った白馬が駆けてくる。そしてアンに届くことなくダミアンは意識を失った。
「あなたにとっては大義かもしれませんが、私からしたら瑣末に過ぎませんから。」
アンは興味を無くしたかのように街道から外れたある一点に向かって歩き出す。
「それで、そこのあなたはどうされるんですか?」
その言葉に反応したかのように地面が動きだし緑のローブで全身を包んだ女性がゆっくりと立ち上がる。抵抗する意思はないと表現するかのように両手を上にあげている。
「さすがですね。こちらに抵抗する意思はありません。」
「あら、あなたはエルラドの所のメイドね。」
ギクリとする。彼女自身がアンに面会したことはなく、数度遠くから監視しただけであったからだ。しかしそれを表情には出さないように続ける。
「はい、はじめまして。私の名前は・・・」
「いえ、名前はいいわ。あなたにとっては大した意味を持たない物でしょう。」
「そうですね、あの、1つお聞きしても?」
「何かしら?年齢のこと以外なら大概教えてあげるわよ。」
アンがメイドにウインクする。メイドは表情を変えずそのまま続ける。
「いえ、なぜ殺さなかったのかと。」
メイドにはわかっていた。ここにいる騎士のほとんどが生きていることが。死んでしまったものにしても運悪く馬の下敷きになったり、落馬時に当たり所が悪かった者くらいだ。
無差別に攻撃すればもっと簡単だっただろう、それがメイドの予想だった。
「そうね。殺す必要さえない程度の者だったからかしらね。」
「そうですか、私にはわかりかねます。」
「そう、残念ね。」
アンがメイドを残しイーリスの方面へ歩いていこうとし、そして止まった。
「あっ、そうそう。あなたがここにいると言うことはエルラドの想定の範囲内と言うことよね。」
アンから突然出た威圧感に、メイドは思わず戦闘態勢に入ろうとし、そしてやめた。意味がないからだ。
「はい、しばらくすれば第三、第四分団の精鋭が追ってくるはずです。」
「そう。じゃあエルラドに伝言をお願いできるかしら?」
「はい。」
「60点。」
「えっ?」
「かろうじて及第点と言うことよ。」
メイドに答えアンは去って行った。1人になったメイドは考える。勝てる可能性を。
針だけを使って500人もの騎士を戦闘不能にした化け物に。
しばらく考え、そしてメイドは思考を放棄し、騎士団の到着をただ待つことにした。
アンさんの戦闘描写を書こうと思ったのですが一方的過ぎて飽きるのでやめました。
微妙に強すぎると書きづらいです。
読んでくださってありがとうございます。




