イーリスの異変(3)
サイクロプスの口からヨダレが垂れる。その口はだらしなく開いており、その顔は笑っていた。完全に舐めきっていた。
「慢心は後悔しか産まんぞ。」
かつての自分はそうであった。それはもう取り返しのつかないことだ。しかしだからこそ・・・。
斧を持ちサイクロプスへと駆けていく。サイクロプスは先ほどと同じように棍棒を打ち下ろしてくる。頭が良くなくて助かるが、相変わらずその一撃でもくらえばたちまち致命傷になる威力だ。
それを避け、先ほどと同じように足元で斧を振り上げる。
「せいっ!」
振り下ろされた斧はサイクロプスの足の指を切り落とした。
「グガアアアア!!」
サイクロプスの顔が苦痛に歪む。
傷が回復してしまうのなら寸刻みに切り崩していけばいい。切り飛ばされた部位までは回復はしない。
先程よりも激しい踏みつけを余裕を持って回避する。
再び少しの距離が離れる。サイクロプスの目には今までで初めて怒りの感情がこもっていた。
「ふん、やっと本気になりおったか。」
ケイルは再び駆け出した。
その後30分ほど同じような攻防が続く。ケイルの攻撃は致命傷を与えることはできずしかし少しずつサイクロプスの肉体を切り崩していった。しかし相変わらずサイクロプスの一撃はそれだけで戦況を一変させる威力を誇っていた。
「ふぅ、ふぅ。年だな。」
息を整えつつサイクロプスを見据える。怪我をものともせず、相変わらずの動きをしている。それに引き換えこちらは体力の消耗が激しい。このままいけば一撃をくらいやられるのは時間の問題だ。
しかし布石は打った。次で決める!
「あああああー!!」
雄叫びをあげ足元へと走り込む。それを潰そうと棍棒が振り下ろされる。
「馬鹿が!!」
地面をずりながら走るのを止め、そして棍棒が目前に振り下ろされる。棍棒により地面が弾け飛んでくるがそれに構わず突っ込む。
視界が赤く染まる。まぶたを切ったか?
「うおぉぉぉー!!」
棍棒の上を走る。サイクロプスの弱点である目を攻撃するにはこれしかない。斧に気を込めていく。持てる力全てをこの一撃に。
「竜破断!!」
普通なら見えない黄色い気が斧を包み、巨大な斧を形作る。
それは自身が編み出した最強の技。今度こそ仲間を死なせないために血の滲むような努力の末に作り出した、竜をも断ち破るという願いを込めた一撃。
その黄金に輝く刃がケイルの狙い通りサイクロプスの頭を一刀両断にしようとしていた。
ドゴォ!!
サイクロプスの体が地面に倒れ伏す。それと同時にケイルの体も宙を飛び、激しく地面に叩きつけられその勢いのまま転がっていった。
「グッ、ゲフッ・・・。」
口から血が溢れる。肋骨と右手、右足が折れている。おそらく肋骨が内臓に刺さっている。
「くっそ・・・」
竜破断は確かに当たった。しかしその瞬間サイクロプスに左手で思い切り殴られたのだ。技にすべての神経を集中し、そして空中では避けようがなかった。
サイクロプスを見る。今はまだ倒れているがピクピクと動いており、生きているようだ。早くポーションで回復せねば。
なんとか首を動かしマジックバッグを探す。3メートルほどのところに折れた斧と一緒に落ちている。折れていない左手でなんとか進もうとするが体が動かない。遠い、遠すぎる。
自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。
「サーラ、おじいちゃんはちょっと帰れそうにない。ばーさん、あとは頼むぞ・・・。」
自分の愛する天真爛漫な妻の姿とその影響を大いに受けた孫の笑顔を思い浮かべる。いろいろあったが、いい人生だったのではないか。
「待たせたな、ゲフッゲフッ・・・数十年ごしの謝罪だが許してくれよ。」
その目にはかつての仲間たちが見えていた。
「うわあああ!!」
生きることを諦めていたケイルの意識を呼び戻したのは聞き慣れた声の雄叫びだった。一人前の証として贈った斧を手に持ち、恐怖に震える体を奮い立たせながらサイクロプスに向かっていくカイの姿が見えた。
「死ね、死ね、死ねー!!」
カイがまだ動けないサイクロプスの目に向かって何度も斧を振り下ろしていく。カイの体はサイクロプスの血で染まっていった。それはサイクロプスがピクリとも動かなくなってからも新人の2人に止められるまで続いた。
そして3人がこちらへ走ってくる。
「「「おやっさん!!」」」
「・・・馬鹿野郎共が。」
ポーションを振りかけられ、口からも飲まされながら毒づく。
「カイ、儂は逃げろといったはずだ。今回はたまたまうまくいったが下手をすれば全員が殺されていた。わかっているのか!!」
「はい・・・」
「違うんです、おやっさん。カイだけじゃなくて俺達も戻ろうって言ったんです。」
「それは関係ねぇ。儂はカイを信頼してお前たちのことを託した。今回の行動はそれを裏切る行為だ。そんな弟子はいらねぇ!!」
カイの目が潤む。しかし涙は流さなかった。
「すみません、おやっさん。おやっさんの信頼を裏切りました。」
「「カイ!」」
「いいんだ。でも、俺にとっておやっさんはきこりの師匠ってだけの存在じゃないんです。俺にとって一番大切な家族なんです。孤児の俺を引き取ってここまで育ててくれた大切な父さんなんです。それは俺だけじゃない、こいつらも一緒です。」
2人が頷く。
「確かに俺の決めた行動で、もしかしたら全員が死んでいたかもしれない。それでも俺はおやっさんの助けになりたかった。だって大切な家族だから。」
3人の目から涙がこぼれ落ちる。なぜか視界が歪み、よく見えなくなってくる。
「おやっさんに死んで欲しくなかった。おやっさんを犠牲にして俺たちが生き残っても、きっと俺たちはこれから笑えなくなる。一生後悔する、そう思ったんだ。」
いつの間にか血でまみれていた自分の顔が一筋だけきれいに洗い流されていた。
「そうか、そう思っていてくれたのか。」
自ら首をはねたあの時から自問自答していたその答えがもらえたような気がした。
「いいか、絶対に生きて家族の元へ帰るぞ。」
「「「はい!」」」
ポーションによる回復はしたが体調はまだ万全ではない。しかしサイクロプスの死骸があるこの場所に留まるのは危険だ。
刃の部分から砕けてしまった斧を見つめる。
「じいさん、じいさんの斧のおかげで俺は家族を守れた。ありがとう。」
自分の生涯ほとんどを一緒に過ごしてきたじいさんの遺品である斧は壊れてしまった。だがその代わりに絶対に壊れない家族を作ることが出来た。俺の人生はじいさんに守られてきた。
「じゃあ行くぞ!!」
斧をマジックバッグに入れ進む。俺ではなく、儂が帰るべき場所へ帰るために。
サイクロプスって腰に布みたいなものを巻いているイメージなんですが下から見たらどうなっているんでしょう?意外にボクサータイプかもしれません。
読んでくださりありがとうございます。




