ユーリの意思
「ジン、こいつだけは倒すぞ。」
「ああ、わかってる。」
ニールさんとジンさんがゴブリンキングとの間合いをじりじりと詰める。その間にも奥の通路からは上位種のゴブリン達が集まってきている。時間は無い。
「グラァァァ!!」
沈黙を守っていたゴブリンキングが吠え、それに合わせてゴブリン達がこちらに向かって来る。そしてゴブリンキング自身もその長大な剣で2人を潰し斬ろうと力任せに振り下ろす。
「くっ。」
ニールさんが盾で受け流して剣の軌道をそらす。その隙にジンさんが斬りつけるが鎧と肉体に阻まれ致命傷にはなりえない。あと数秒でゴブリン達が合流する。もう無理だ。
「ジンさん、逃げてください。3人だけなら逃げ切れるはずです。」
「馬鹿野郎が!弟子を見捨てて逃げる師匠がどこにいるってんだ!!」
ジンさんは怪我をいとわずその場で立ち止まり剣を振るっていく。ゴブリンキングの剣が、こぶしがジンさんの鎧をかすり、皮膚に浅くない傷をつけていく。
「があああ!!」
ジンさんがさらに激しく剣を振るっていく。これはジンさんの戦い方ではない。ジンさんの本来の戦い方はヒットアンドアウェイ、怪我をせず相手の体力を奪っていく戦い方のはずだ。
今そうさせているのは私だ。力のない私のせいだ。
「ギィィィ!」
その時ジンさんがいくら斬っても体勢を崩さなかったゴブリンキングが急に片膝をつき悲鳴をあげる。その足元には砕かれた瓶と我が家の紋章が入った短剣をゴブリンキングの足へ突き刺したウーノがいた。
ゴブリンキングの足は赤黒く変色している。割られた瓶は敵に捕らわれた場合に自決するための猛毒、ウーノが忠誠の証として隠し持っていた物だ。
「があ!」
その隙を逃さず、ジンさんがゴブリンキングの首へ剣を突き刺す。首を半分斬られたゴブリンキングはその斬られた部分を手で押さえ、信じられないような顔をしたままウーノの上へ倒れていった。
「ウーノ・・・」
最後に見たウーノはこちらに向けていつもの笑顔で微笑んでいた。私がなにか馬鹿なことをして失敗した時にしっかりしてくださいと言う時のように。
「ウーノ、ウーノ!!」
必死に手を伸ばす。しかしニールさんに担ぎ上げられどんどん離れていってしまう。
「逃げるぞ、ジン。キングが倒されて混乱している今しかない!」
「ああ。」
ジンさんがこちらに向かって走ろうとし、一瞬だけウーノの方を見た。
「すまん、ウーノ。ありがとう。」
そのジンさんの言葉だけが耳に残った。
その後の事はほとんど覚えていない。だれかに手を引かれて走り回ったような気がするのだがまるで夢の中であったかのようにあいまいだ。記憶がはっきりして見えたのは見たことのない草原、あれから2日が過ぎていた。
「気がつかれましたか?」
「ここは?」
「メルリスの中級迷宮8階層です。勝手ながら今お連れ出来る場所でここが一番安全と考えここまでお連れしました。」
「そうですか。」
頭が働かない。無性にウーノの淹れてくれた紅茶が飲みたい。それがもうかなわない夢であることがわかっているからこそ。駄目だ。深く考えると何もできなくなりそうだ。
「ジンさんとリイナさんを呼んでください。これからの事を相談したいと思います。」
しばらくして全員が集まった。そこにウーノがいないことに悲しさを感じる。
「まずは助けていただきありがとうございました。情けない姿を見せてしまい申し訳ありません。」
「いえっ、あんなことがあれば・・・」
フォローしてくれようとしたリイナさんの言葉を手で制す。
「今回の事でわかったでしょうが私は狙われています。これは依頼した時に伝えていなかったことです。ここで契約を被棄されても仕方がありません。それでも無理を承知で頼みます。私を強くしてください。狙われても戦える力を、もう誰も死なせない力が私は欲しい!お金は、今はありませんが必ず支払います。だからお願いします!」
頭を地面につけるくらいに頭を下げる。ウーノは死んだ。私をかばって死んだ。その忠義に報いるためにも私はウーノに誇れるような生き方をしなくてはならない。
「まっ、契約の時点で重要事項を秘匿した場合は契約を一方的に破棄できるしな。」
「ジン!!」
「リイナは黙ってろ!」
自分で言っておいて何だが改めて言われると自分の言い分の身勝手さがわかる。しかし、それでも。
「ユーリ、お前は何者だ?」
「・・・トンプソン伯爵家次期当主ユーリ・トンプソンです。」
「違うだろ、この俺、ジンの弟子だろ!弟子の真剣な頼みを断るような師匠じゃねえぞ!」
ジンさんに頭をくしゃくしゃにされる。剣ダコのあるごつごつした手だったがとても温かかった。
「ありがとうございます。」
「おう。」
涙が流れる。強くなるって決めたのに弱いな、私は。
「ジンはそれでいいとして問題は私達よね。」
「えっ?」
「マジかよ。」
リイナさんの突然の一言に固まるジンさんと私。
「冗談よ、冗談。でも狙われている理由くらいは教えて欲しいわね。」
「はい。でも理由を聞けばリイナさん達も巻き込んでしまいますよ。」
「もう十分巻き込まれているし、別にいいわよ。」
リイナさんがウインクする。同じくらいの年齢のはずだが敵わないな。
「では、話しますね。まず・・・」
それからデリク様との出会い、父からの情報、その後の旅について話した。話し終えた私に開口一番ジンさんは言った。
「良く今まで生きてたな。」
「騎士とウーノが優秀だったおかげです。」
「ああ、確かに優秀な男だった。」
ジンさんが空を見つめる。
「確認したいのだが事が起こるのは1年以上後でいいのですね。」
「はい、不自然でない範囲で動くとしたら少なくとも2年はかかると思います。」
ニールさんが腕を組み考え込む。私もジンさんもリイナさんもそれをじっと待つ。
「とりあえずユーリ様は死んだと思わせておいた方がいい。誰かに連絡を取るにしても半年以上後にする。それでも捜索に来る可能性があるから準備ができ次第11階層以降の砂漠に行くぞ。」
「準備ってどうするんですか?」
「クーちゃんに頼む。」
クーチャン、クーチャンって誰だ。その名前を聞いた途端、ジンさんがものすごく微妙な顔をした。
「マジでか?いや、まああいつなら確かに信頼できるし頼りにはなるけどよう。」
「えー、いいじゃない。クーちゃん。私は好きよ。」
「それはお前が女だからだ!」
なんだろう、よくわからないが頼りにはなるけれど報酬が高かったりするんだろうか?
「あの、報酬が必要なら後になってしまいますが出来る限り払いますよ。」
「報酬か・・・確かにユーリ様なら奴は喜びそうではあるが。」
「ユーリ様。ユーリ様は知らなくてもいいことがあるんですよ。」
ニールさんとリイナさんが生暖かい視線を私に向けてくる。なぜか知らないが背筋をぞわぞわっとしたものが走る。
「ジン、師匠なんでしょ。多少のおさわりぐらい我慢しなさい。」
「わかったよ!でもぜってえこれは師匠の役目じゃねえだろ!!」
やけっぱちな感じで叫んだジンさんを見てちょっと心が軽くなった気がした。
その後迷宮の魔物を倒し、ジンさん達と訓練する日々を過ごした。Lvは目に見えて上がりスキルもそれに伴い伸びた。体つきも程よく筋肉がついたがジンさんやニールさんのようになるのはまだまだかかりそうだ。
10か月ほど経ち、ジンさんが手紙を送るというのでデリク様と父に手紙を送った。偽装はしたが見つかる可能性はある。しかし情報が必要だった。いつまでもここにいるわけにはいけない。
約1年半が経過した。クーちゃんさんから最近ここを探索している怪しい冒険者がいるという情報をジンさんが仕入れてきた。内容を聞く限り十中八九私達を探しているのだろう。ジンさん達と相談し準備が整った段階でこの迷宮を脱出することに決めた。脱出後はテンタクルの屋敷に密かに戻り父に状況を確認して動く予定だ。
準備を整えていたそんなある日、私は変な乗り物に乗った少年と猫人族の少女に出会った。それは私の運命を決定づける出会いだった。
いったんここでユーリ編は終了です。
場面がころころ変わりますのでご注意ください。
読んでくださってありがとうございます。




