ユーリの迷宮
「フッ!」
ゴブリンナイトの心臓を狙った突きを剣で弾く。そしてそのまま滑らせて右手首を斬りつける。
「ギャ!」
剣を取り落としたゴブリンナイトと一気に距離を詰め、すれ違いざまに首筋を剣で切り払う。ぐにゅっとした鈍い何とも言えない感触の後、ゴブリンナイトは血を吹き上げながら倒れていった。
「ふうー。」
ほっと一息つく。やはり何度戦ってもこの感触には慣れないな。
「よし。ゴブリンナイトくらいなら1対1でも大丈夫そうだな。」
「はい、まだ慣れませんけど。」
「最初に比べたら雲泥の差だ。あれはひどかったからなー。」
「ちょっと、ジン!」
ジンさんがリイナさんに怒られそうになっているのを気にしていないからと止める。自分で思い出してみてもあれはひどかった。
最初に1人で戦ったのはゴブリンだった。ジンさん達と複数人で戦っていた時は動いていた体が全く動かなかった。明確な殺意を持った相手と1人で立ち向かったことが初めてだったことに気づいた。
ぎくしゃくとした動きでゴブリンに何度も叩かれながらなんとか倒したのだがその時にジンさんに言われた言葉は忘れない。
「お前、弱いなー。」
素直な言葉だからこそ心に突き刺さる言葉だった。それを言ったジンさんは即座にリイナさんに殴り飛ばされ、ニールさんが初めてなら当たり前ですとフォローしてくれたが自分でもわかっていた。
私は弱い。剣の技量うんぬんの前に目の前の自分を殺そうとする相手を自分が殺すという心構えが出来ていなかった。そんな自分を恥じた。そして変わらなければと決意した。デリク様の力となるためにはこのままではいけないと。
それから今まで習っていた騎士たちに加え、ジンさんに剣の指導をしてもらえるように頼んだ。騎士達の剣術がきれいに相手に勝つものだとするなら、ジンさんの剣術はどうやってでも相手を倒すものだった。もちろん騎士たちの剣術が劣っているわけではない。長年それを続けていけばそれが経験となり圧倒できるようになるものだ。しかし私にはその基礎が無い。地道に訓練は続けるとして強くなる手段が欲しかった。ジンさんは気軽にその役を引き受けてくれた。
「じゃあゴブリンナイトも倒せるようになったし16階層に進むか。16階層はコボルトリーダーが出てくるから集団の素早い相手への戦闘訓練になるぞ。」
「はい、よろしくお願いします。」
ニールさんを先頭に、リイナさん、ウーノそして私に最後はジンさんの隊列で階段を降りていく。歩きながらジンさんに先ほどの戦闘の反省点を話し、私が気付いていない悪い点が無かったか確認する。前はそれさえ気づけなかったので成長していると思いたい。
一緒に探索していた騎士2人には食料とポーションが心もとなくなっていたので補給をしに戻ってもらった。これまでの旅と探索で騎士とジンさん達の信頼関係も出来ていたし、何より魔物の対応に関してはジンさん達の方が慣れていた。本当なら全員で戻るべきなのだが早く強くなりたいと私がわがままを言った結果だ。
16階層も順調に進んでいった。コボルトリーダーに統率された集団は今までに比べ強敵と言ってもよかったが、ニールさんに止められ、ジンさんに切り裂かれ、それを逃れたコボルトもリイナさんに杖で潰されていった。私もジンさん達の戦いを見て勉強し、戦いに加わっていった。コボルトリーダーとの1対1も経験させてもらったがスピードにさえ気をつければゴブリンナイトと大差はなく、勝つことが出来た。
「よし、しばらく休憩するぞ。」
私が戦い始めて5戦ほどした後、入り口が2つある部屋で休憩を取ることになった。休憩と言われてほっと気が緩む。気を張っていて気づかなかったが足にちょっと違和感がある。先ほどの戦闘でひねったところだ。
「ユーリ様、大丈夫ですか?」
ウーノがマジックバッグから水と軽食の用意をしながら聞いてくる。あまり表には出していなかったつもりだがばれているようだ。
「ああ、そこまでひどくはないよ。一応リイナさんに見てもらうつもりだから安心して。」
「かしこまりました。しかしあまり無茶はなさいませんよう。」
「わかってはいるけど、それが必要だからね。」
「ユーリ様・・・」
ウーノの咎めるような視線から逃れるようにリイナさんの方へ進もうとした時だった。
「ユーリ様、危ない!!」
振り返った私が見たのは腹を剣で貫かれ、口から血を流しているウーノが私の目の前に立っている姿だった。
「お逃げ・・く・・」
剣が引かれウーノの体がどさっと地面に倒れる。そして赤い液体が床に広がっていく。ウーノは動かない。私の貴族らしくない行動を咎めつつも笑ってくれたあの優しい顔はうつ伏せになっていて見えない。
その奥には緑の生き物がいた。2メートル以上はあろうかという身長に立派な鎧と血にまみれた剣を携え私を見ていた。圧倒的だった。それが何かと考える以前に本能で悟った。
死ぬと。
「なぜここにゴブリンキングが!」
「ユーリ様。逃げて!!」
ニールさんとリイナさんの声が聞こえた気がした。でも動けなかった。私はただその剣が振り下ろされるのをじっと見ているだけしかできなかった。
「うおおおおお!!」
キィンという甲高い音と共に剣は私の肩を浅く切り裂いて止まった。
「てめぇ、俺の弟子なら最後まであきらめるんじゃ・・・ねえ!!」
いつの間にか目の前にジンさんの背中があった。ジンさんによって弾かれたその剣は地面に突き刺さり小さくない穴を地面に開けた。
ジンさんのおかげで命が助かったのはわかった。でもなぜか体が動かなかった。
「チッ、ニール、リイナ。フォローしてくれ。さすがに1人だとつらい。」
「おう。」
「はい。」
ニールさんとリイナさんがやってくる。リイナさんに治療され肩の傷は治った。しかし立ち上がることは出来なかった。
その時、この場に似つかわしくない甲高い声が響いた。
「キャハハハハ。失敗、失敗。キングとは言ってもしょせんゴブリンね。あったまわる~い。」
そこには少女がいた。レースのふんだんについた漆黒のドレスを着て。黄金に輝く瞳を細め、赤い唇を三日月のようににんまりと開けながら笑っていた。
「てめえ、なにもんだ!?」
ジンさんがゴブリンキングから目を離さないようにしながら怒鳴りつける。ゴブリンキングはその少女の命令を待つかのように動かない。
「うっわ~、お口わる~い。あんまり舐めた口きいてると、こ・ろ・す・ぞ。」
その瞬間、ビリビリとした圧が伝わり、汗が止まらなくなる。だめだ、あれは違う。生き物としての格が違いすぎる。さすがのジンさん達も金縛りにあったように止まってしまっている。
「は~い。静かになったね。私が殺したかったのはその子なんだけどね~。ちょっとむかついちゃったから絶望を、あ・げ・る。」
通路からゴブリンナイトやボブゴブリン、杖や弓を持ったゴブリンが出てくる。
「さあ、楽しい楽しいデスゲームの時間だよ。ベットするのはもちろん君たちの命。彼というハンデを背負って君たちは生き残れるのか~。もちろん私は直接手を出さないから安心していいよ。」
そう言っている間にもゴブリンたちはどんどん増えていく。
「彼を見捨ててもいいしね。別に主の命令じゃないし彼が死のうが生き残ろうが私にとってはどうでもいいしね~。やっかいなのは潰せそうだし。じゃあ、がんばって~。」
少女がゴブリンたちの出てきた通路へと消えていく。
目の前に広がるのはゴブリンの王とその軍団。希望の光さえ見えない戦いが始まろうとしていた。
なんか書いているうちにユーリの方が主人公っぽいなと思ったり。
まあそれはともかく例の事件です。
読んでくださってありがとうございます。




