ユーリの邂逅
ユーリ・トンプソンこと私はトンプソン家の二男として生まれた。母は出産時の疲労と出血のためそのまま亡くなってしまったが、厳格な父、優しい兄、にぎやかな乳母や執事、メイドに囲まれ寂しくは無かった。義母もいたが義母は自分の娘達の教育に忙しいらしくあまり接触は無かった。
私は自由奔放に子供時代を過ごした。普通の貴族ならありえないだろうが屋敷を抜け出して街の子供達と遊んだり、走り回ったり、時には普通の家で食事を食べることさえあった。一応貴族としての教育は受けていたが自分には合わないと思っていたので熱心ではなかった。こんな風に出来たのは理由がある。兄が非常に優秀だったのだ。
兄はトンプソン家初代当主の再来と言われるほどの天才だった。11歳にして父の仕事を手伝い、街の新たな活性案を提出し、剣術についても騎士たちに肩を並べるほどだった。兄に任せておけばトンプソン家は安泰だと誰もが思っていた。父もそう期待していたし私もそう思っていた。
兄はよく私を連れて街を歩いた。皆が兄に笑顔で挨拶をしていた。女の子がキャーキャーと歓声を上げていた。私は友達と買い食いをしたり、おばちゃんにクッキーをもらったりしていた。
「ユーリはすごいな。」
「ふぁにが?にーさまのほうがすごいよ。」
「いや、お前は皆と同じ視線に立てる。それは素晴らしい才能だ。」
「?」
その時の私には何を言っているのかわからなかったが、兄がとても寂しそうな顔をしていたことがとても印象に残っている。
運命が変わったのは私が10歳の時。兄は王都の学園に通っていた。帰ってくるのは長期の休みの時くらいで過ごせる時間はあまりなかった。でも帰ってきたときに王都や学園の話を聞くのが楽しみだった。
それは急だった。
「兄が死んだ。」その知らせが我が家に届いた。暑い夏の日だった。
私は使者が何を言っているのかがわからなかった。あの兄が死ぬはずがない。つい3か月前に帰ってきて今度の夏休みには王都で話題のお菓子を買ってきてくれると約束したのだ。
死ぬはずがない!!
父は即座に王都へ向かった。私は呆然としたままただ父と兄が帰ってくるのを待っていた。そして父が帰ってきた。兄はいなかった。
私は兄を待ち続けた、しかしその間にも状況は動いていた。次期当主が兄から私に変わったのだ。兄が受けていたような教育を私も受けることになり、12歳になると行く予定のなかった王都の学園へと入学させられた。
そのころになってもなぜか兄がまだ生きているのではないかと思っていた。学園に行ったら兄がひょこっと顔を出してきて街へ行こうとあの笑顔で言ってくれるのではないかと。
学園は変な場所だった。いろいろな派閥があり、対立し、お互いに足を引っ張り合うのが普通だった。兄に聞いていた楽しそうな学園はどこにもなかった。いや、あの兄ならこの状況でも楽しく過ごせるように出来たのかもしれない。
学園は基本的に寮生活であり、貴族が買い物したいときは専門の業者が来るため外に出る必要もないようでほとんどの貴族は学園の外には出なかった。私にとってはつまらない生活だ。
だから私はほとんどの貴族とは関わらず、もっぱら大商人の子供や勉強ができるため特待生として入ってきた一般の生徒と友達になり、よく街へ繰り出していた。おそらく貴族でどこの派閥にも入らず過ごしていたのは私だけだっただろう。
今ならここで貴族同士の繋がりを持つことも必要だったとわかるが、その時はただ退屈だった。
そんな時、私はあの方に出会った。
友達が用事で誰もおらず、暇なので花壇近くの木の下で寝っころがっていた。風がそよそよと吹いて気持ちよくうとうとしていたと思う。
「やあ、ここいいかな?」
不意に頭上から声をかけられた。目を開けるとそこに金髪をなびかせた少年がいた。慌てて姿勢を正し、平伏しようとした。
「あっ、別にいいよ。今の私は一学園の生徒だ。君の友達にいつもしているようにしてくれ。」
「しかし・・・」
「いいんだよ。私自身がそう望んでいるんだから。」
今となっては汗顔ものだが、その時の私はその言葉を言葉通りに受け取り、再び寝転がった。するとあの方も私の横に同じように寝転がった。
「君は面白いね。」
「そうですか?」
「ああ、ここはいい場所だね。風に花の匂いが乗ってやってくる。素敵な場所だ。」
「そうですね。私のお気に入りの場所です。」
しばらく2人で何も言わず、ただ時が過ぎて行った。
「そろそろ時間だ。またここに来てもいいかな。」
「別に私だけの場所じゃないですから。歓迎します。」
「ははっ、やっぱり面白いよ。じゃあね、ユーリ。また来るよ。」
そう言ってあの方は去って行った。その時思ったことは名前を名乗ってないのに知っていたなということだけだった。
その後もあの方はたびたびここに来てはただ寝転んで帰って行った。私を引き込みに来たのではなく、本当にただ休みに来ただけのように。しだいに私の方があの方に興味を持つようになった。
私が言うことではないかもしれないがあの方は変わっていた。身分に関係なく分け隔てなく接し、平民に対して高圧的な態度をとる貴族の子供を叱責することもあった。それゆえ一部の貴族からは毛虫のごとく嫌われていた。もちろん裏でのことだが。
ある時、いつもと同じように寝転びながらあの方は言った。
「なあ、ユーリ。君はこの国をどう思う?」
「この国をですか?」
「ああ、南は竜の住む山脈に接し、西は海に、北と東はそれぞれ大国に接している。現在は友好的だが何かあれば一気に飲み込まれかねない。そう思わないか?」
「わかりません。」
私自身はテンタクルとこの王都以外を知らない。周辺の状況をこの目で見たことは無い。もちろん周辺地域については学園で習っているがそれをそのまま信じて良いとは思わなかった。実際テンタクルについても学園で習ったことと実際は違うと感じることが多かった。
「私はテンタクルと王都しか本当の意味で知りません。だから答えようがないですね。」
「ははっ、そうか。大体の貴族は追従するか、賢しらに真っ向から否定してくるんだがな。」
「その可能性があるってことですか?」
「私にもわからない。ただ・・・」
「ただ?」
「どこにでも馬鹿者はいるってことさ。」
そしてあの方は疲れたように息を吐いた。まるで急に年を取ってしまったかのように老けこんで見えた。
「なあ、ユーリ。」
「なんですか?」
「私の仲間になってくれないか?私はこの国が好きだ。この平和を乱したくない。だから絶対に裏切らない仲間が必要なんだ。」
あの方は立ち上がり、私を見下ろすとすっと手を差し出してきた。
「私の、いや俺の仲間になってくれ。」
その時、その方の目を見て兄に似ているなと思った。賢く、信念があり、自分に自信を持っている力強い目だった。そしてたまに兄が私に向けていた寂しさを含んだ目だった。
その目を見て決めた。私はこの人が治める国を共に作っていきたいと。
「はい、殿下。」
王族に対する礼をとる。この日私はこの国の第二王子フレデリック・キルシュ様の仲間となった。
しばらくユーリさん視点の話です。
ユーリさんは最初は嫌なやつ設定だったのですが180度変わった珍しいキャラです。
読んでくださってありがとうございます。




