嵐の前
ルージュの釣竿の先が揺れる。ルージュがぐんっと引っ張るとしっかりと針がかかったようで竿が大きくしなり、糸が左右に走る。しばらくして魚影が海面から見える。50センチほどのチヌだ。これは刺身に決定だな。
「はい、タイチ。釣れたよ。」
「了解。とりあえず水球に入れておいて。もう少ししたらお昼だからその時にさばこう。お昼は刺身ね。」
「わーい。」
私はと言えば土魔法で作った簡易的な窯でおやつ用のピザを焼いている。この前市場でカツオを手に入れたので午後からはカツオのたたきも作るつもりだ。
「はい、ルージュ焼けたよ。」
「いえーい。」
ルージュがすかさずピザを半分に折りたたんで食べ始める。かぶりついた口とピザの間にチーズがうにょーんと伸び、ルージュの口からは白い息がやかんのように立ち昇っている。
「おひひーい。」
「うん、食べ終わってからでいいから。」
作ったのはべたにシーフードピザだ。市場で買った海老と岩場で採ってきた貝をメインにトマトソース、チーズ、アスパラ、玉ねぎスライスを載せ焼いてみた。盛り付けも結構きれいにしたんだがまあルージュだし、見て楽しむとかしないよね。
「おっ、またやってるな。」
「ああ、こんにちは。食べますか?」
「もちろん。兄ちゃんの料理は美味いからな。お礼は後で持ってくるわ。」
「期待してます。」
この辺りは潮がいいため魚の集まるスポットになっており、地元の釣り好きの人たちの絶好のポイントだ。私とルージュも週に2回はここで釣りをしているので顔見知りが結構増えている。まあ釣りをしているのはルージュだけで私はもっぱら料理を作ったり、貝や海草を採りに行ったりしているのだが。
ルージュの釣り上げる量が多いので、料理しつつ他の釣り人にふるまっていたのだが、それが釣り人の間で広がったのかお昼の時間は魚をお土産に持った釣り人達が並ぶようになってしまった。気分は海の家って感じだ。冬だから寒いけどね。
この前はフィッシュアンドチップスだったし今日の振る舞いはつみれ汁でいいかな。私とルージュは刺身だけど。おにぎりも作ってあるし米なら刺身だろ。
そういえば料理を作り続けたおかげかやっと料理スキルが手に入った。しかもいきなりLv4だった。いろいろと可能性は考えられるがとりあえずは保留だ。ちなみにLv4はちょっと料理のうまい奥さんぐらいらしい。誇ればいいのか微妙なラインだ。
ジンさん達と別れてはや1か月。音沙汰は無く、噂にもなっていない。表面上は今までと何も変わりが無い日々が続いている。まあ裏ではテンタクルに入ってくる武器や防具の量が増えていたり、領主の館に100人以上の人が増えていたりするが。
「ルージュ、ヒナから特に連絡は?」
「なーい。」
ヒナとは半月前に分かれて今頃は猫人族の里にいるはずだ。ルージュを分離しているのでルージュを介して連絡は取ることが出来る。
「このまま何もないといいんだけどな。」
かなわないであろう希望であったがつぶやかずにはいられなかった。
ジンさん達と別れしばらくしてテンタクルに1人戻り、前と同じようにトンプソン邸に不法侵入してユーリさんの手紙を渡した。その手紙を読んだ時、キリク様が落胆した表情を表に出したことに驚いた。すぐに元の鉄仮面に戻ってしまったが。
その後、キリク様に現状とこれから起こり得る予測を聞いた。その中には下手をすればキリク様自身が殺されることも想定されていた。しかもそれが些末なことにすぎないと思えてしまう最悪の事態だ。
その場で協力することを伝え、連絡方法を打ち合わせその場を去った。
すぐにメルリスに戻り、ヒナと相談し2週間ほど泊まり込みつつ20階層のボスを周回して出来うる限りのLv上げを行った。20階層のボスはジャイアントサンドワーム1匹だった。
普通の冒険者なら、固くそして柔軟性のある外皮になかなか傷を負わせることが出来ず、また攻撃時にしか出てこないので長期戦になるのだが、私とルージュの2人がかりの土魔法で空中に打ち上げ、ヒナが両断すると言うコンボであっさりと倒せた。再出現までの時間は21階層で薬秘草を採取したり訓練したりして時間を潰した。
そしてキリク様の予測の第1段階が始まった。ユーリさんの捜索依頼が取り消されたのだ。モヒカン3人組も解放されたと喜んでいたのでおそらくすべての冒険者へ依頼が取り消されたはずだ。
私とヒナは最悪の事態に備えるため、いくつかの下準備をした後、それぞれ旅立った。まあ旅立つ前にヒナに大量の料理を作るように強制されたのはちょっと大変だったが。
テンタクルではいつの間にか8級冒険者になっていたルージュが私と同じ7級になりたいと言ったので週に5日は依頼を受け、休日はこうして釣りに来ている。もちろん料理するときも常に魔法を使っているので遊んでいるように見えるが一応修行だ。
まあ魔法のLvよりも料理のLvが上がりそうな気配ではあるが。
あと1時間もすれば昼だ。そろそろ準備を始めるか。
ルージュが釣り上げたいわしの頭を落とし、手開きして皮をむく。このとき小骨はそのままのほうがいい。食べた時にちょっとしたアクセントになるし刺さることもない。
小口切りにしたネギとすりおろし生姜そしていわしをまな板の上でリズミカルに叩いていく。いい感じに細かくなってきたら片栗粉を加え更に叩いていく。
生姜を入れるか入れないか迷うところだが、個人的には生姜を入れたほうが独特の臭みもなくなるので好きだ。
両手で包丁を持って叩いていると、釣竿と浦島太郎が持っているような魚籠を持った老人がやってきた。
「やあ、やっとるかね。」
「ああ、こんにちは。おじいさん。あともう一時間くらいで出来ますよ。」
「そうかい。楽しみだねえ。」
「おじいさんはおかわりありませんか?」
「ああ、ちょっと調子が悪くてねえ。そろそろぽっくり逝っちまいそうだよ。」
「ははっ、それだけ元気なら大丈夫ですよ。」
「そうだといいんだけどねえ。またお昼頃に来るよ。」
「はい。ありがとうございます。」
そうか、ついにか。
「ルージュ。そろそろ準備するってヒナに伝えておいて。」
「わかったー。お昼食べたらでいい?」
「ああ。」
止まっていた手を動かす。これが最後の振る舞いになるだろう。精一杯心を込めて作ろう。
ジンさん、ニールさん、リイナさん。出来る限り時間は稼ぎます。だから死なないでくださいね。
これから章の名前どおり視点がいろいろ変わります。
お試し的なところが大きいので意見、感想をいただけるとありがたいです。
読んでくださってありがとうございます。




