閑話:とある聖女のお話
こぼれ落ちる、こぼれ落ちる。
どれだけ手を伸ばしても、どれだけ努力しようとも。
それは水のように私の手から溢れこぼれ落ちてしまう。
才能があった私は神を信じ、教会へ入った。良く学び、血のにじむような努力をし、その教会で10指に入る実力になった。
それでも足らなかった。私がどれだけ努力しても救えない者はたくさんいた。
「死にたくない。」と涙を流しながら泣く少年を。
「私はいいからあの子を!」と叫び、娘を託して倒れていった母親を。
「もういいんだよ。」と優しく私の涙をぬぐってくれたおじいさんを。
私は 救 え な か っ た。
街の人々は私を聖女様と呼んでいた。こんな力のない私を。
縁談も頻繁に持ち込まれた。貴族や大商人、教会の幹部もいた。角が立たないように一度は必ず会いすべてを断った。まともな人も多かったが、私の体に舐めるような視線を向けるものも多く、実際に数回襲われかけた。護衛の騎士の機転のおかげでなんとか難を逃れることが出来た。
しだいに私の心は壊れていった。神を信じられなくなり、病人や怪我人を癒すためだけの道具になっていった。顔に偽りの笑顔をたたえたまま、何も考えられなくなっていった。
眠れない日々が続き、ある時私は倒れた。
私は夢を見ていた。
いままで救えなかった人々が楽しそうに過ごしていた。私は彼らに必死に声をかけたが全く届かなかった。彼らにとって私は必要ないのだと言うかのように。彼らが次第に遠ざかっていくのを必死に追いかけた。どれだけ懸命に走ってもどんどん遠ざかり、ついには見えなくなってしまった。暗闇に私は1人取り残された。
はっと目が覚めるとそこは自室のベッドの上だった。日はもう落ち、辺りは真っ暗だった。夢の続きを見ているようだと思った。この現実こそが悪夢なのだと。
私は着の身着のまま教会を飛び出すと、防壁の崩れた隙間を通って街を抜け出した。ここにはもう居たくなかった。どこかに消えてしまいたかった。
ふらふらと街の外の草原を歩く。前日の雨の雫を乗せた草々は月の光を反射し、草原はほのかな光の海のようであった。人気は無く、ただ虫の声と私の足音だけが響いていた。
「あっ。」
ぬるっとした物に足を取られ転ぶ。服が泥で汚れ、雫がしみこみその冷たさを感じる。足を動かし立ち上がろうとして気づく。自分が踏んでしまったものがスライムだったと言う事に。
「いやっ!」
スライムとは戦ったことがあった。でもそれは護衛の騎士がしっかりと守ってくれている安全な所からライトアローを撃つだけだった。自分の足をぐじゅぐじゅしたものが這いずり回り、次第にこちらに覆いかぶさろうとしてはいなかった。
更に運が悪いことに私の目の草むらから同じようなスライムがずるずると近寄ってきた。
「いやっ、いや。助けて。」
自分の言葉が信じられなかった。彼らを助けられなかった自分がそんなことを言う権利があるのか。信仰を捨て逃げたくせに、それでも生きたいと思ってしまった自分がとてつもなく汚いものに思えた。
そして思ってしまった。これは信仰を捨てた私への神罰ではないのかと。
抵抗していた力がすとんっと抜ける。スライムが私の足を、手を、胸を、顔を覆っていく。
薄れゆく意識の中で、神へ祈った。
どうか私を救えなかった彼らの元にお連れ下さい。彼らにもう一度謝らせてくださいと。
意識が戻った時、私は彼らの元にはいなかった。獣の匂いがする敷物の上に寝かされ、体の上には毛皮の毛布が掛けられていた。ぱちぱちと爆ぜるたき火の音、そして私を心配そうに見つめるエルフの青年の姿があった。
「おっ、大丈夫だったか?」
言葉使いは粗野であったがその声はとても優しかった。
「はい、助けていただいたようでありがとうございます。」
体を起こし男性に対して頭を下げる。なぜか男性が視線を外し空の方を見はじめた。
「あー、なんだ。いいってことよ。あととりあえず自分の状況を確認しろ。」
頬をポリポリとかいている男性から視線を外し、改めて自分を見る。スライムに溶かされ服はボロボロになってしまい、不必要に大きくなってしまった胸が隙間から見えていた。毛布でそれを隠しつつ、汚い自分なんかの体を見せてしまったことに申し訳なくなる。
「お目汚ししてしまいすみません。」
「いや、まあ男としては眼福だったぞ。違うぞ、見ようと思って見たわけじゃないぞ。」
急にわたわたしだした男性を見てくすっと笑いが漏れる。
いつ振りだろう。本当に笑えたのは。
「すみません、笑ってしまって。改めて助けていただきありがとうございました。私の名前はセイナ。セイナ・ロ・・・、いえセイナです。」
信仰を捨て逃げた私にその名を名乗る資格は無い。
「俺の名前はロンソだ。助けたのは偶然だし気にするな。あー、それと夜はまだまだ冷えるからこれでも着てろ。」
冒険者の方が着るような動きやすい上下の服を渡される。
「俺の替えのつもりで街でこの前買ったやつだからきれいなはずだぞ。サイズは、まあ我慢しろ。」
「本当にありがとうございます。」
服を受け取り、ボロボロになった服を脱ぎ、早速着替えようとする。
「バッ・・、俺が後ろを向いてからやれ!」
顔を真っ赤にして後ろを向いたロンソさんの反応がおかしくて笑いがこみあげてくる。
「ふふっ。ごめんなさい。」
「たくっ。」
悪態をつきながらもロンソさんは私が着替えるまで後ろを向いたまま待ってくれていた。
「それでどうしてこんな時間にセイナはこんな場所にいたんだ?」
着替え終えた私に甘い香りのするお茶をいれてくれながらロンソさんは聞いてきた。
教会と関係のない人と話すことが久しぶりだったせいかもしれない。私は今までしてきたこと、救えなかったこと、そして考えてきたことをすべてロンソさんに話してしまった。途中から涙を流し、聞きにくかっただろうに最後まで何も言わず、こちらの目を見て聞いていてくれた。
そして言った。
「お前、馬鹿だろ。」
衝撃だった。教会で人生の大半を生きてきてそんなことを言われたことが無かった。
「人は死ぬ。俺はエルフで普通の人族よりは長生きだがいつか死ぬ。それは誰にも変えられない。当たり前だろ。」
「でも、私に力があれば救えたかも・・・」
「それがおかしいんだよ。お前は神じゃない。救えない者は当然いる。自然には逆らえん。すべては自然へってやつだ。」
「なんですかそれ?」
「あー、まあ先達からの教えみたいなもんだ。すべては自然から生まれ、自然へと帰っていく。だから自然に自由に生きろって感じだな。まあ俺の解釈だけどな。」
自然に自由に生きる?人々に望まれるまま生きてきた私にはわからない。人を救うことはその自然を壊すと言う事なの?わからない。私のしてきたことは・・・
「・・・」
「おっと、言っておくが救うなってことじゃねえぞ。それなら俺も薬士なんてやってねえし。」
ロンソさんを見る。
「まあ、なにが言いたいかって言うとあんまり背負い込むなってことだ。セイナがやってきたことは凄いことだぞ。お前に救われた命がいくつもあったはずだ。ただお前は神じゃない。救えない命は必ずある。それは自然なことだと考えろってことだ。」
「でも・・・」
言っていることは理解できる、でも納得は出来ない。
「まあこれ以上は自分で考えろ。でも1つだけ言っておく。夢に救えなかった奴らが出てきたって言っていたよな。そいつらは笑っていたんだろ。」
「はい。」
「じゃあ大丈夫だ。」
それきり会話は途切れた。たき火のゆらゆらと揺れる炎を見ながら夜通し考えたが答えは出なかった。ただ自然に自由に生きると言う事を確かめてみたいと思った。
「本当に来るのか?街は大騒ぎだと思うぞ。」
「はい。大丈夫です。司祭様もいらっしゃいますから。」
「うー、あー。まあいいや。じゃあ行くぞ。」
「はい。」
弓を背負ったエルフの青年の後ろをついて歩く。いつか私も彼のように自然に自由に生きることが出来るだろうか。
いつか・・・。
この二人の閑話の構想は実は初めてメルリスに来た段階で出来ていました。
なんだかんだで伸びてしまい今出さないとお蔵入りになると書いてみました。
読んでくださってありがとうございます。




