例の訓練
「あっ、ちょっと大きいニャ。」
ヒナが大きな竿を持ち、その先端からは糸が引いている。
「んっ、そんなに暴れちゃダメニャ。」
暴れる竿をヒナが笑いながら両手で持ち、その先端を物欲しそうに見つめている。竿はビクビクっと動き、今にも糸が切れて暴発してしまいそうだ。
「んっ、タイチ。そろそろかニャ?」
「そうだね、準備はいいよ。」
ヒナの真剣な表情に、私も若干の緊張と嬉しさがこみ上げる。ここまで来るまで2人でいろいろと試行錯誤しながら頑張ったのだ。
「いくニャ、タイチ。」
「こい、ヒナ。」
ヒナが大きく竿を振りあげ、70センチ越えの大きな鯛が宙を舞う。その鯛を布で受け止め、ビチビチ跳ねるのを抑えつつ素早く針をはずし水魔法で作った水球の中に入れる。
「おめでとう、初めてでこれだけ大きな鯛が釣れたのはすごいと思うよ。」
「ありがとうニャ。でもニャー・・・。」
隣で同じく竿を垂らしている人化したルージュを見る。ルージュが自分で作った水球には10匹以上の魚が泳いでいる。
「んっ、何?」
「どうしてルージュはそんなに釣れるニャ?」
「才能?」
同じ竿、同じ餌、同じ場所であるにもかかわらずこの差。確かにその通りかもしれない。
「納得いかないニャ。」
ヒナは不満げだ。まあでも一匹大物が釣れたんだからいいじゃないか。私なんて釣り上げた魚を魔法の訓練を兼ねて料理しているだけだぞ。
「まあまあ、それぐらいにして料理が完成したからひとまず休憩にしよう。」
「りょーかーい。」
「わかったニャ。」
作ったのは、なめろう、刺身、姿焼きの素材の新鮮さを十分に生かした料理だ。油を使うのが面倒くさかったからではない。
ほかほかの白米と合わされば何杯もおかわりが出来てしまうと自信を持って言える渾身の作だ。残念なことといえばわさびが無いことだな。あのつんっとした後、すっと抜けていく魚と相性がばっちりの調味料はまだ発見していない。山か、山の清流を探せばいいのか?
ちなみにヒナは焼き魚、ルージュはなめろう、私は刺身が一番好きだ。好みがみごとにばらばらなので良かったのか、作る手間が増えて面倒なのか微妙な所だ。ルージュの人化した子供の姿でなめろうを美味しそうに食べているのは違和感がバリバリだが。
ぱしゃ。
あっ、ヒナが釣った鯛が飛び出した。うーんやはり他の事をしながら魔法を維持しようとするのは難しいな。
地面に落ちてしまってぴちぴちと跳ねている鯛を掴んで水球の中に放りこむ。鯛は嬉しそうに水球の中を泳ぎ始めた。
「なかなか難しいな。」
食事中の飲み物がてら中級MPポーションを飲んでMPを回復させていく。
「そう?」
ルージュのそばには直径1メートルくらいの水球があり、魚がゆうゆうと泳いでいる。気のせいかもしれないが私の水球を泳いでいる鯛より気持ちが良さそうだ。海水を使って水魔法で保持しているだけなのでじりじりとしかMPは使わないのだが、油断すると水球が崩れてしまったり、一番外側の回転させている層をさっきの鯛みたいに突き破って出てきてしまう。はた目にはただ水球を維持しているだけに見えるだろうが結構神経を使っているのだ。
「魔法制御に関してはルージュに一生かなわない気がするよ。」
「僕としては変な魔法に関してはタイチにはかなわないと思うよ。」
ひどい言われようだ。まあ言われるようなことをしている自覚はあるが。
水魔法に関しては定番のウォーターカッターでも出来ないかなと水にその辺りの砂を混ぜたりして試してみたのだが発動箇所から離れるごとに威力が減衰していくため対魔物用には使えないという結論になった。まあ金属加工用に使えそうな気がするので混ぜるものも含めて研究は続けていこうかと思っているが。
レーザーと言いウォーターカッターと言い、魔法なんてファンタジーなものなのになぜか物理的な影響を受けてしまう。これは私が物理的な知識を持っているせいなのかとも思うが確かめようがない。
攻撃に使えそうな魔術は今制御している水球だ。まあこれもぶつけてダメージを与えるのが一般的らしいのだが、なんとなく威力が弱そうだったのでちょっと違う方法を使ってみることにした。
道中、グリーンラビットを見かけたのでその顔の周りに水球を常に展開し続けたのだ。
グリーンラビットは逃れようと跳ねたり、走ったり、潜ろうとしたりしていたが次第に動きが遅くなりそして倒れた。
相手の動きを見ながら水球を制御しなければいけないのでちょっと面倒だが、地上で生活していて水中で呼吸できない魔物に関しては必殺の魔法が出来たと自負している。
食事も食べ終わり、片づけを私がしている間に2人は釣りをしに戻っていった。ちょっとは手伝おうと思わないものかね。まあ、いいけど。
ついでなので水魔法で食器洗いが出来ないかやってみよう。
普通に流すだけだとダメだな。簡単な汚れは取れるけどこびりついたのは残ってしまう。やはり回転かな。
食器を回転させた水球の渦の中に入れてしばらくしたら取り出していく。うーん汚れは落ちるようになったが魚の油があんまり落ちていないな。まあ水だけだとこれが限界かな。大まかな汚れをすべて落としたので後でクリーンでもかけておこう。二度手間な気もするが気にしたら負けだ。
あと試すことは水以外の液体を操作できるかと状態変化くらいか。
アイテムボックスからあまり使わないが、素材はたくさんあるのでちょっと余り気味の毒薬を取り出す。それを水に混ぜてシェイクし、毒液を作った後、水魔法で水球を作ってみる。うん、普通に出来るな。でもこれは水だからできるのか液体だから出来るのかわからない。今度金属を溶かす機会が有ったら確かめてみよう。というより海水で出来ていたんだからこれはやる必要が無かったな。
それにしてもこの毒液どうしようかな。捨てるのももったいないし、環境被壊になりそうだ。よし、困ったときのアイテムボックスだな。毒液を瓶に入れて封をしてアイテムボックスに入れておくことにした。ポーション系と間違わないようにしないと。
次は凝固と蒸発だ。
水球を作りだしそれが冷え、水分子の動きが鈍り、凍っていく様をイメージする。
「凍れ!」
水球が氷の弾に変化した。よし、成功だ。と思ったらしばらくしたら氷の弾が制御できなくなり落っこちてしまった。どういうことだ?何度か同じように試してみたがどうしても氷に変化させてしばらくすると制御できなくなってしまう。
もしかして・・・。
同様に蒸発の方もしばらくは水蒸気を操作できるがそのうち制御できなくなってしまった。
「ルージュ、水魔法はなんていうか液体魔法って感じみたいだ。」
「へー、大変だね。」
ルージュは興味無さそうに釣りを続けている。反応が薄くてちょっと寂しい。
それにしても氷や水蒸気を操作できないのはちょっと痛いな。つららを飛ばしたり、麻療薬を溶かした水を蒸発させて霧にして盗賊のアジトに突っ込んだりできないかなと思っていたのだが。
もしするなら風向きとかを考えながらするしかないな。成分が変わって効果があるかはわからないが。
まあ氷が出来るのはわかったし、次の夏はかき氷でも作ろうとおもいつつ、MPポーションを飲みながら一日中水魔法の訓練を続けた。なぜか水魔法がLv3になった。なぜこんなに上がったのかは不明だ。
本日の釣果
ヒナ 5匹(大物の鯛を含む) ルージュ 43匹 私 0匹(そもそも釣ってない)
釣り、いいですよね。
ちなみに釣竿を背負ったまま自転車に乗って電車のケーブルに引っかかった事故が本当にあります。
自転車に乗りながら長物を持つのは危険です。
読んでくださってありがとうございます。




