05 誰も気づかぬ 君のお手柄
「肝試し? どこで?」
「ぴよちゃんが好きって言ってた神社! 何人か誘って今夜行こうよっ」
「やだ」
「今日忙しい?」
「忙しくないけど肝試しはやだ」
「もしかしてぴよちゃん怖いの?」
「神社って神様のいるところでしょ。しめ縄の結界もあるんだから、幽霊がいるわけない。幽霊がいないんだから、肝試しする必要もない」
「別に本気で幽霊に会いたいわけじゃないもん! 雰囲気を味わいたいんだよー」
なんだかんだと押し切られて、20時に神社前へ行く事を約束させられてしまった。
「はぁ……ご馳走様でした」
「あら、あんまり食べなかったのね。頂き物の高いお肉だったのに。脂っこかった?」
「ううん。美味しかったよ。お母さん、私クラスで肝試しに行ってくる。そんなに遅くならないと思うけど」
「この辺に肝試しするとこなんてあった?」
「山のところの神社だって」
「神社って神様がいるんだから、悪霊なんか出るわけないじゃない。しめ縄もあるし。肝試しの意味あるの?」
「私も同じこと言ったよ」
「やだぁ、親子ね。それにひより、オバケ怖いくせに肝試しなんてして大丈夫なの?」
「……神社は大丈夫なんでしょ」
「そりゃそうだけど……帰り道とか」
帰り道は考えていなかった。
「やっぱり行きたくないなぁ……」
神社の石段の前には、7、8人のクラスメイトが集まっていた。
「ぴよちゃああん! 朝言ってたやつ、また言って!」
「朝言ってたやつってなに?」
「神社は幽霊いないってやつ、本当だよね? 見てよこれ! 石段の上の方、暗くて見えないんだけど! 超こわい!」
「怖いならやめよう」
「待って! でもやりたいから引き留めて!」
石段の頂上を見上げながら、深く溜息をつく。今まで夜に来た事がなかったけど、いかにも出そうな雰囲気があって怖い。
なんで馬鹿正直に来ちゃったんだろう、と落ち込む私の肩が誰かに叩かれて、びくっとした。
「ひより、丁度良い所に来たな」
「康太君。どうしたの?」
「いや、肝試しの前に話す怪談をどれにしようか迷ってて。アプリにいろいろと入ってるんだけど、エミに選ばせようとしたら怖がって話にならなくて」
「怪談……?」
「普通、肝試しの前は怪談だろ?」
そう言ってキラキラとした目で笑う康太君を見て、この肝試しを発案したのが誰なのか分かってしまった。私が今こんな所にいるのは康太君のせいか。
恨めしげに睨む私に全く気がつかないまま、康太君がスマホの画面を見せてくる。
「なあ、どれが良いと思う? 沢山あるけど、俺のおすすめは……」
「上から3番目のがいいと思う」
康太君が幽霊っぽい単語を出す前に、慌てて遮って適当に答える。
「あ、俺のイチオシだ! やっぱりこれが1番怖いよな。ていうか、ひより決めるのめっちゃ早いわ。ありがとー」
「……うん」
よりによって1番選んではいけないものを選んでしまったらしい。
頭を抱えた私の肩を、またしても誰かが叩いた。
「なに? なんでみんな肩を叩くの? 声かけてよ」
「ひよりさんなんで怒ってるの?」
「うるさい」
「わ、ほんとに怒ってる。うるさいとか言われちゃった」
「ごめん、八つ当たりした」
「許す! ひよりさんに幽霊が集まる呪いかけておいた」
「許してないじゃん」
「ふはは! 100年かけて償え!」
「割に合わない」
こんな夜にハル君と会うのは初めての事で。
それだけで肝試しも悪くないかもと思ってしまった私は、完全に恋する女の子だった。
全員が集まったところで、康太君が話し始める。
「神社は神聖な場所だから、悪霊なんかはまず入れない。でも、たまに神社から『あちら側』へ通ずる道が出来てしまうんだ。これは、そんな『あちら側』へ取り込まれそうになった人の体験談でーー」
肝試しや怪談が好きなだけあって、康太君の語り口は上手かった。聞き流そうにも、そうできないだけの迫力を持っていた。
ひたすら心頭滅却を試みたけど、話にどんどん引き込まれる。
怪談が終わって場が静まった途端に、誰かが『あちら側』でここを見ているんじゃないかと馬鹿な事を考えてしまい、つい周りを見渡してしまった。
とうとう石段を上り始める。康太君は先頭を歩き、エミちゃんも横に並ぶ。私は最後尾を歩いていた。先頭を歩いて、振り返って誰も居なかったらと思うと怖すぎる。
みんな、なんとなく声を潜めながら隣の人と囁きあっていた。
どうして大きい声で話さないんだろう。なんでみんなして、それっぽい雰囲気を醸し出しちゃってるの。もう、怖すぎる。
視界がにじんできた所で、ハル君が私の方に振り返って、目を見開いた。
「え、大丈夫? そんなに怖い? 今の所なにもないけど」
「ここ、神社だから。悪いものは入ってこられないから、さっきの話みたいにはならない」
「うん。怖い?」
「だから、神社は大丈夫。しめ縄あるし」
「でもさっきの話は、悪い霊が出てくる話じゃなかったよ? 気がつくと自分から『あちら側』を望んでしまうっていう」
「そもそも『あちら側』ってなに? 意味が分からない。なに。わけ分からない」
「うん、ごめんね。よしよし」
「な、なに」
「俺いまキュンとした」
「はぁ」
怖いのに強がるひよりさん可愛い、なんて言って笑うハル君が、私の頭に手を乗せた。そのままかき混ぜられてぐしゃぐしゃにされる。
予想外の接触に、胸が波打つ。怖いけど、もう少し頑張ろうと思った。
「大丈夫だよ、ひよりさんに幽霊が集まる呪いは解除したから」
「そもそも呪いをかけないでほしい」
ちょっと落ち着いてきた所で、エミちゃんの悲鳴が響いた。一気に背筋が寒くなる。
「なに。エミちゃんどうしたの。なにか見たの」
「落ち着いて。どうせ康太が驚かしたんだろ」
「康太君はろくでもない男だね」
「ひよりさんは怖いと毒舌になるの? ウケる」
そこからはもう怖すぎて、とにかく早く終わることを願いながら足を進める。
いつの間にか私の手と、ハル君の手が重なっていて。見上げた先のハル君は、楽しそうに笑った。
「なあに?」
「ハル君、手……」
「うん。ダメだった?」
ダメとも嬉しいとも言えなくて、ただ手を解かれないようにぎゅっと握りしめる。
楽しそうな表情に見惚れ、繋いだ手の温かさに心が沸き立ち、幽霊なんてどうでも良いような気分になる。本当に出てきたらきっと怖いけど、その時も隣にハル君が居てくれる。
私が怖がっていたから、ハル君が手を繋いでくれたんだ。そう考えると、幽霊を恋心で利用した気もする。
(ーー幽霊も 心ひとつで 有難く)
一句詠むほどに落ち着いた私に気がついたのか、ハル君が意地悪な顔をした。
「良かったね、優しいハル君が付いててくれて」
「うん、ありがとう」
「素直か。ひよりさんのキャラが掴めない」
きまり悪いような顔をして頭を掻くハル君に向かって、思いっきり笑ってやった。
肝試しを終えて、解散する。エミちゃんは私より怯えて半泣きで、それをにやにやと眺めている康太君は本当にろくでもない男だと思った。
「ひよりさん、帰ろ。今日は特別に家の前まで送ってあげる」
「え、いいの」
「うん。行こー」
ハル君と並んで帰りながら、肝試し後なのに全然怖くないなと考える。恋心って凄い。
「肝試しとか初めてしたけど、面白かった」
「そういえばハル君、余裕そうだったね」
「オバケ信じてないし。でも康太の怪談は凄かったな」
「康太君があんな人だとは思わなかった」
「それを言うならひよりさんもだよ。普段は落ち着いているのに、意外と怖がりっていう」
「大丈夫、今日克服した」
「まじか。弱点なくなったわ」
「ハル君のおかげ」
「なに、さっきから。ちょくちょく素直になるのやめてくれない? 照れるんですけど」
「恥ずかしがり屋なの?」
「いや、別に、違うけど。ふつーに照れるでしょ、そんなん言われたら」
「へぇ」
「もう俺ひよりさんのキャラが分かんないわ……」
分かんないって言われても。
ただ、君の事が好きなだけですが。
そこまで考えて、一気に恥ずかしくなった。ハル君に会うまで、こんな気持ちは知らなかったのに。今は、誰かのせいで一喜一憂する気持ちがよく分かる。
「え、何? なんで急に赤くなるの」
「うるさい」
「ひよりさんの八つ当たりきたー」
どうやったら、両思いになれるんだろう。