03 私も彼も 未だ知らない
一緒に帰ったあの日から、笹木君と学校で話すようになった。梅干しは要らないかなとも思ったけれど、聞いてみたら喜んで欲しがったので、少しホッとした。
「ぴーよーちゃーん! ねぇ、ハル君のことどう思ってるの? 連絡先交換した?」
「してない。なんで最近エミちゃんは笹木君のことばっかり聞くの?」
「だって、ぴよちゃんが梅干し渡したりするから! エミでさえ貰ってないのに、あれー? って思うじゃん!」
「え、欲しかったの? 明日持ってこようか」
「ちがーう! もう! ハル君のこと、気になってるんじゃないの? 恋愛的に!」
エミちゃんの大声が、昼休みの教室中に響き渡った。康太君が慌ててやってくる。
「エミ! お前、声がでかい! ひより、本当にごめんな。こいつのアホにいつも付き合わされて大変だよな」
「むう〜! 康太、うるさい! ぴよちゃんと秘密の女子トークしてるんだから、入ってくるなっ」
「バカエミ! 教室中に聞こえたっつーの! どこが秘密の女子トークだよ!」
エミちゃんと康太君カップルの喧嘩は日常茶飯事なので、特に止める必要はない。
問題は……と周りを見渡すと、なんだかワクワクしているようなクラスメイトたちと笹木君が見えた。めんどくさい……
「こほん。記者会見にやって参りました、リポーターの笹木でーす! ぴよちゃんさん、ハル君との熱愛の噂もありますが、真相は!?」
「そのような事実は一切ありません」
「熱愛はデタラメだと? では、ハル君との関係を教えてください!」
「はい。ハル君は友人の一人です。あとは事務所を通してください」
「あっ待ってください! ぴよちゃんさんがハル君の好物を差し入れしたとの情報もありますが!?」
「ただの友人です。会見を終了します」
くだらないやり取りが終わり、集まっていたクラスメイトたちが笑いながら散って行く。
笹木君と目を合わせると、お疲れさまと小さく労られた。
「梅干し渡しただけで好きと思われるとか! 本田さんの好きな人へのアプローチって梅干し渡すことじゃないだろ」
含み笑いをして言う笹木君に、首を傾げた。
「アプローチとか分からない。好きな人いたことないし」
「え、ほんとに?」
「ほんとに。笹木君はいい人いるの?」
転入して1ヶ月も経っていないけど、笹木君ってかっこいいよね、という女の子たちの声は何回も聞いた。もしかしたら、前住んでいたところに彼女とかいるのかもしれないな、となんとなく考えた。
「いないんですよねー。俺も好きな人できたことないの」
「同じだね」
「うん。俺は恋してないのに、周りにカップルが増えると羨ましくてうざいって思う。それも一緒?」
イタズラっぽくにやりと笑った笹木君に、私もにやりと笑い返した。
「いっしょ」
ふふ、と2人で笑いあう。
笹木君はそんなに綺麗な顔で笑うのに、内心ではカップルうざい、とか考えているんだと思ったら、どうしようもなくおかしかった。
「ねえ、さっきみたいにハルって呼んでよ。笹木君って慣れない」
「さっき? ああ、記者会見の。わかった、ハル君」
「ん、いいね。俺もぴよちゃんって呼ぼうかな」
「絶対いや。エミちゃんしか呼んでないし」
「えー。じゃあ、ひよりさん」
「なんでさん付け」
くだらない話をして、馬鹿馬鹿しいことで笑って。ハル君といると退屈しないな、と思った。
帰り道、いつもの神社に寄る。石段に沿って植えられた紫陽花が、雨に濡れて青く輝く。
こんなに綺麗な花なのに、よく知られる花言葉は『移り気』や『あなたは冷たい人』などマイナスなイメージで、初めて知った時には驚いた。
咲いてから色が変わることって、そんなに悪いことかな? 私は素敵だと思うのだけど……
美しい花を咲かせながらも冷たい言葉を持つ紫陽花を眺めていたら、なんとなく昼間のやり取りを思い出した。
そういえば、ハル君も綺麗な顔して意外と毒舌だったなぁ。
「ーー紫陽花や 冷たい人と 言わないで」
今度、笹木君に校内一の仲良しカップルを紹介してあげようかな。そしたらやっぱり、綺麗な顔してうざいって思うのだろうか。
ひよりさん、と呼びかける声が聞こえた気がして、ゆっくりと目をつむった。