01 恋を知るには まだ青すぎる
「えぇ? お昼は彼氏と食べたい? エミちゃん、いつの間に付き合ったの」
「ごめん、ぴよちゃん! 昨日みんなで遊んだ帰り、エミと康太だけ方向一緒だったでしょ? そこで告白されたの。昨日のうちに、ぴよちゃんに電話すれば良かったよー! これから週に2日くらいは康太とお昼食べたいんだけど、いい?」
「別にいいけど……じゃあ、今日は康太君と楽しんできて」
朝、教室に入った途端にお付き合い報告をされた私、ぴよちゃんこと本田ひよりは、高校に入ってから2ヶ月弱で5組目のカップル誕生に、拍手を送りながらも溜息を吐いたのだった。
「エミちゃん……いま、幸せですか」
「ちょっと、怪しげな宗教の勧誘みたいなこと言うのやめてっ! 笑っちゃうから!」
そう言いつつも既に爆笑しているエミちゃんは笑いのツボが浅い。
「ていうか康太君のこと好きだったんだ」
「今さら!? エミ、好きな人分かりやすいってよく言われるのに! ぴよちゃんさぁ、ほんと恋愛方面に疎いよね。好きな人とかいないでしょ?」
「いないし、いたことないです」
「ふっ……! ぴよちゃんって見た目は普通の女子高生なのに、中身ほんとに枯れてるっ! いや逆に、枯れてるんじゃなくてお子ちゃまなのかも」
「失礼な」
ずっと笑われて、ちょっとカチンときた。枯れてもいないし、お子ちゃまでもない!
「じゃあ、ぴよちゃんが年相応か調べてみよう! 質問するから、真剣に答えてね。気になる人がいたことはありますかー?」
「ないです」
「好きな食べ物はー?」
「みょうがの入ったいなり寿司」
「好きなテレビ番組はー?」
「『きょうの料理』と『俳句王国がゆく』」
「最近聴いた曲はー?」
「『太陽がくれた季節』を今朝聴いた」
「……それっていつの曲?」
「70年代かな」
「……今一番したいことはー?」
「したいこと……あ、スーパーに梅が出てきたから、そろそろ梅干しを漬けたい」
あと梅シロップと赤紫蘇ジュースも作らないと。
「ぴよちゃん、やばいって! おばあちゃんだよ!」
「はぁ? どこが」
「どこが? 全部! 枯れてるなぁとは思ってたけど、想像以上だった……俳句って何? 梅干しとか、うちのおばあちゃんでも作らないんだけど」
俳句って何? ときたか。
「5・7・5の17音からなる詩だよ。はみ出ることもあるけど、まあ、基本は17音で季語も入れる」
「ぴよちゃんのお馬鹿っ。それは知ってる! 柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺でしょ」
「うん、よく出来ました」
「よく出来ました、じゃないっての! どこの女子高生が俳句番組を見て、梅干しを漬けるんだって聞いてんの!」
「えー」
エミちゃんが怒っている。これ、私がなんとかしないといけないの? 康太君、早く来てくれないかなぁ。
「うーん……これ見て」
「何これ? おもしろ俳句集?」
「うん、結構テキトーなの多いでしょ。若い人も意外と詠んでるよ、きっと」
スマホで適当に検索したおもしろ俳句を見せてみる。17音で季語が入っていれば、難しい言葉なんて使わなくてもいい。なんなら、17音じゃなくてもいいし、季語が入っていなくてもいい。このユルさが生活に密着している感じがして、何とも言えず好き。
もちろん、俳人の素晴らしい作品も好きだけれど。
例えイマドキの女子高生らしからぬ趣味でも、聞かれなきゃ答えないし、気にしない。
「それで良いの? 現役女子高生のぴよちゃん……」
「いいんですー」
学校の帰りに、少し道を外れて神社へと向かった。山の麓にある神社の長い石段を上ると、そこから町がよく見える。
エミちゃんは蚊に刺されるから嫌いと言っていたけど、私は雰囲気が好きでつい通ってしまう。そして、だいたい蚊に刺される。
石段の途中まで来たところで、止まって深呼吸をする。暑い、今日は日差しが強すぎる。ふと横を見ると、すぐ側にある葉っぱが風でサワサワと揺れていた。
こんなに風が吹いているのに、何で私の方には来ないわけ? 恨んで、いいですか。
「ーー風薫る 届かず消えて 恨みけり」
なにさ、みんな恋だの彼氏だの。2ヶ月で5カップルって多すぎない?
どうせ、私には好きな人もいませんよーだ。
恋をしている人たちは、キラキラとしたパワーみたいなものを手当たり次第に放っていると思う。
周りから枯れているとか安定しているとか言われる私は、その不安定なキラキラに、誰かのために一喜一憂するその様子に、非常に疲れさせられて、でも最後には羨ましくなる。
この歳で初恋がまだって、そんなにおかしい事なんだろうか。
頂上まで一気に駆け上がって、苦しすぎて座り込んだ。なにこれ、ただの自滅ですか。
こんなに暑いのに、周りの木々は揺れているのに、やっぱり私のもとに風は届かなかった。
「風、恨みますよー……」
私が恋を知るまで、あともう少し。