第六話 港羽の告白
私の父は雷岬町の役場で働いていました。
母は私が中学に進学する前に突然倒れて、そのまま亡くなりました。
とても悲しかったですが、私以上に父はもっと悲しかったと思います。
母が亡くなってから、今まで以上に父はより一層働くようになりました。
家に帰ってくる時間が遅くなったことから、残業も自ら進んでやっているのだろうと、幼いながらに思いました。
父と一緒にいられるのは、朝ごはんのときだけでした。
「沙奈子、ただいま」
だから、たまに聞ける、父の帰宅を告げる一言がいつも嬉しかったんです。
いなくなってしまった母の代わりに私は家事全てをやるようになりました。
当然、中学では部活に入る余裕などありません。
それでも、アルバイトでお金をいくらか稼ぐことはできます。
父にそのことを相談すると、父は烈火のごとく怒りました。
それまで、怒っているところを見たことがなかったので、私はびっくりしました。
「沙奈子にそんな苦労をさせたら、母さんに申し訳ないだろ」
母に対して申し訳ない。
確かにその通りかもしれません。
母が死んだために父は毎日残業をして、私は部活や友達との遊びにもほとんど行けてない。
だから、これ以上の苦労をかけさせたくないと父が考えるのも一理あります。
少なくともこのときの私はそう思いました。
高望みをしなければ、今の生活は幸せとも言えるでしょう。
こういう例えは好きじゃないけど、外国では両親を亡くした幼子などいくらでもいます。
そんな哀れな子供に比べれば、父もいて、家もある私は全然幸せな方だと思います。
そして、私が中学三年生のときにある事件が起こったのです。
雷岬町には実は中学校がないので、私は別の町に自転車で十五分ほどかけて通学していました。
その中学と同じ町にある高校に、卒業したら私は進学しても良いかと思っていました。
だけど、問題が一つありました。
その高校の進学率が極めて低かったんです。
通う人の多くが漁業の跡取り息子や農家の子供たち、つまり最低限の学だけでも身に着けておこうと思う人が通う学校でした。
今の時代、高卒の、それも女性では就職口は決して広くありません。
だから、私は少なくとも短大に進学したいと思っていました。
そうすれば、とりあえず中小企業に就職する可能性は出てきます。
就職できれば、父を楽にさせてあげられる。
だけど、そんな考えは捕らぬタヌキの皮算用にすぎませんでした。
まずは進学率が低くない高校へ進学できなければ、意味のない想像です。
しかし、進学を視野に入れた高校となると、一番近いところでも雷岬町からバスで一時間はかかる都市へと行かなければなりません。
一時間も通学に時間をかけるのは経済的にももったいない話です。
だから、私は全寮制の高校へと進学を希望していました。
全寮制であれば通学の負担がなくなります。
しかし、それでもお金はかかるのは事実です。
間が悪いことに、ここ最近は父の体調も優れませんでした。
原因は間違いなく母が亡くなった直後の無理のしすぎが、今頃になって表面化したのでしょう。
それでも父は働きました。
私にアルバイトなんて決してさせませんでした。
そうして、日に日に父は疲れていきました。
私が就職してお金を稼げるようになるのを待っていたら、父は体を壊してしまう。
そんな父は見たくなんてありません。
そう考えると、高校もお金のかからないところでいいのかもしれない。
父が倒れることに比べれば、それでいいと思いました。
相談すると、やっぱり父はそんな私を叱り言いました。
「沙奈子は自分の幸せだけを考えていればいいんだ」
優しくそういう父の声に力はありません。
父も分かっていたのでしょう。
ようするに家が貧乏だから、娘の幸せすらも叶えさせてあげられないのだと。
それから父の帰ってこない日が多くなりました。
一週間ずっと帰ってこない日も珍しくなくなりました。
残業をする日、深夜でも必ず家に帰ってきていたあの父が、です。
私は悪い予感を覚えて、眠れなくなるときもありました。
そういうときは、父の無事だけを祈って目を閉じていたのです。
だけど祈りは裏切られ、悪い予感は現実となりました。
そんな生活が一か月程度続いた頃でした。
あの日――父が帰ってこなくなってから四日ほど経った日。
一本の電話がありました。
……警察からでした。
私は話を聞いてめまいを覚えたことを今でも覚えています。
どうやら、父が違法薬物の取引を行っていたというのです。
その現場をおさえようとしたが、肝心の父を取り逃がしたとも言ってました。
つまり、私に父が帰ってきたら警察に連絡するようにと警告してきたのです。
私は電話を切った後、どうしたらいいのか途方に暮れました。
その結論がでることはありませんでしたが、結局父が帰ってくることはありませんでした。
狭い町では噂が広まるのもあっという間です。
私の父が犯罪を犯したという話だけはどこに行っても言われます。
学校の机には違法薬物の隠語が書かれるようになって。
上履きの中には葉っぱや雑草が入れられるようになって。
そんなイジメに私があっていても、友達や教師は黙殺していて。
私もそんな人たちに頼ろうなどと思わなくなりました。
そうして、月日だけはあっという間に過ぎました。
気づけば警察から電話をもらってから三週間が過ぎていたでしょうか。
父が帰ってくることはおろか連絡の一つさえしてくることはありませんでした。
でも、私は父が生きていると信じていました。
何も根拠はありませんでしたが。
私が信じなかったら、父が本当に死んでしまうと思っていたから。
ある夜、私は夢を見ました。
久しぶりに父が帰ってきて、私に向かって何かを語っていました。
「沙奈子、ごめんな。父さん、お前を幸せにしようと頑張ったけど逆に今苦しめているよな。本当にごめんよ」
夢の中の父は最後に会ったときよりもさらに老け込んでいました。
いや、疲れ切っていたのでしょう。
「今更こんなことを言っても意味はないが、父さんな、騙されたんだ」
父は言いいました。
金儲けの話があると言った男の話にまんまと乗っかり、知らない内に悪事に手を染めていたのだと。
気づいたときにはもう後戻りはできない状況だったため、そのまま続けてしまったこと。
そして、警察だけでなく悪事をそそのかした連中にも追われているのだと言いました。
ドラマか漫画の世界でしか聞いたことのないような話でしたが、父がそう言うのだからきっと本当のことなのでしょう。
「沙奈子、お前の人生にもう父さんは邪魔なだけなんだよな」
父の言葉に私は反論したかったのですが、言葉がなぜか喉から出てきません。
「もう父さんはお前の前には現れないよ」
父さん、私の話を聞いてと叫びたかったのに、私は言葉を忘れたようにしゃべれませんでした。
じょじょに、目の前にいるはずの父の姿がだんだんぼやけてきました。
「沙奈子、幸せにな」
そして、父はいなくなりました。
「お父さん!!」
叫びととともに私は起きました。
夢にしては生々しい父の声でした。
夏を迎える前でしたが、炎天下の中マラソンをしたように汗をかき、布団はぐっしょりしていました。
不愉快な汗を流そうと、シャワーを浴びるために布団から出たときです。
勉強机の上に一枚の便箋が置かれていました。
気になった私は便箋を手に取り、一番下に書かれた名前を見てぎょっとしました。
それは父の名前だったのです。
私はシャワーを浴びることも忘れて、その便箋を上から読んでいきました。
そして、そこに書かれていることがさっきまでの夢の内容に一致していたことから、あれは夢ではなかったのだと理解しました。
きっと手紙ではなく、例え寝ていても私にちゃんと言いたかったのでしょう。
ただ、夢と違うのは貯金のことでした。
これまで父が働いてきた分を合わせれば、全寮制の高校に通うことが可能なぐらいありました。
だけど、私が望んだ幸せはこんなことだったのでしょうか。
貧乏でもいい、部活ができなくてもいい。
辛くても好きに暮らし自由に生きて……。
「大切な何かを犠牲にして、裕福になっても……幸せになんてなれないよ。お父さん」
呼んでも、返事は返ってきません。
もう父はいないのだと、その時悟りました。
そして、私の生活は変わりました。
父が残してくれた貯金を簡単に使うわけにはいきません。
家計を守るために父に止められていたアルバイトを始めました。
場所は雷岬近くのファミレスにしました。
町中では私のことを犯罪者の娘として色眼鏡をかける人が多く、とても仕事ができるとは思えなかったからです。
ここなら観光客を相手にするのだから、そういう影響は少ないだろうと思いました。
幸いなことに店長は私の境遇に理解を示し、すぐに働けるようにシフトを組んでくれました。
贅沢なんて一切しなくなりました。
買い物に行けば周りの主婦からささやき声が聞こえきます。
だけど、私はそれでも懸命に生きることを選びました。
高校はバス通学で一時間の場所へ進学することにしました。
漁業の高校は私を犯罪者の娘だからというだけで入学を拒否したのです。
馬鹿げた話でしたが、そんな冗談のような村八分はまだ残っているというだけの話。
そして、入学させてくださいと訴えるような無駄なことに時間を使っている余裕が私にはありません。
全寮制の高校は家を空けてしまうことになるため、やめることにしました。
しかし、その家も維持費やら何やらでお金がかかることを、父の財産を受け継いだときに知りました。
とにもかくにもお金ない私には、選択の余地はありませんでした。
想い出のつまった家を手放したくはありませんが、高校を卒業したら家を手放す決意をしました。
高校に入ってからもアルバイトは続けました。
相変わらず犯罪者の子供として周りは私を見るので、友達の一人もいませんでした。
ファミレス内では同年代のアルバイトの人と仲良くはなれましたが、ファミレスの外で会うようなことは一度もありませんでした。
学校に高いお金を払っているのだから、勉強も手を抜けません。
私はとにかく一所懸命でした。
自分が生きるために、必死でした。
ときどき泣きたくなり、心を折れそうにもなりました。
そういう時は雷岬へ行って、父を想うことにしました。
この岬の伝承は昔、母から聞いていました。
伝承が本当ならば、きっと死者の魂はここに一度はやってくる。
その中にはきっと父もいるに違いないと思いました。
結局、私は大学へ進学しませんでした。
代わりに働いていたファミレスに正式に雇ってもらえました。
都市に出て働こうとは思わなくなりました。
父が生きて死んだであろうこの町から離れたくありません。
家は卒業と同時に引き払い、家賃の安いアパートに引っ越ししました。
父が遺してくれた貯金は、あれだけ気をつけていたのに気づけば三分の一ほどしか残っていませんでした。
それでも、私がファミレスで稼いでいくお金と合わせれば一人で生きていくのに何も問題はありません。
そうして、私はこの町で生きていくのだと、ただ思いました。
幸せになりたい。
けれど、幸せは私のところへはやってこない。
そんな人生しか残っていないと思っています。




