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第五話 快晴の下で

 天気予報通り、今日は快晴となった。

 昨日の雨の跡はとっくになく、地面は乾いていた。

 スーパーの前へ約束の時間十分前ぐらいに到着したが、彼女はまだいなかった。

 ぼくは手元にあるスマートフォンのとあるアプリで入辺と会話でもしようかと悩んでいると、港羽さんがこちらに向かってくるのが見えた。

 最初に会ったときと同じ麦わら帽子をかぶっている。

 服はデートらしく少しおしゃれを意識している雰囲気だった。

「おはよう」

「おはようございます」

 ぼくらはそうして合流して、ぼくは昨日原さんに言われたように帆呂又(ぽろまた)町へ行くことを提案した。

 彼女はぼくの提案に賛成してくれた。

 バスを待っている間に聞いてみると、ぼくが町へ行くことを提案しなかった場合、彼女から提案するつもりだったらしい。

 ぼくらはやってきたバスに乗り、三十分ほどかけて帆呂又(ぽろまた)町へ向かった。

 帆呂又(ぽろまた)町はこの半島で一番大きな町と言うだけあって、まず雷岬(らいみさき)町よりも建物の数が多かった。

 だが、これでも首都圏の街に比べれば田舎と感じてしまうのは、ぼくが首都圏で生きてきた人間だからだ。

 実際、隣を歩く港羽さんは目が輝いているように見えた。

 彼女は雷岬(らいみさき)町で暮らし生きてきた人間なのだろうから、この大きな町に来ることはめったにないのかもしれない。

 年齢を考えればこの町に来て買い物とかを楽しんでいそうなのだが……。

 時間はちょうど正午を過ぎたころだ。

 ぼくらは適当なお店で食事をすることになった。

 その後、水中展望船に乗ろうということになった。

 町の港へと向かうと、漁船に混じりその展望船が遊覧しているのが見えた。

 船の上には人が二、三十人は乗っているように見えたが、それでもまだ余裕があるぐらい船は大きかった。

「結構大きいんですね」

 港羽さんも同じことを思ったのだろう、関心を示すようにそう言った。

 ぼくらは展望船の受付に行き、チケットを買う。

 もちろん、これはデートなのだからぼくのおごりだ。

 昼ごはんのときは彼女は自分の分は自分で出すと頑なだったのでおごれなかったが、ここでは彼女は雰囲気を察してぼくが支払をしているときに何も言わなかった。

 それから間もなく次の展望船が出航する時間になったので、ぼくらはワクワクしながら乗り込んだ。

 この船のコースは自然豊かな帆呂又(ぽろまた)の景色を船上から見た後に、船底へと降りて海底を見て、カモメにえさをあげることになっている。 

 ぼくらは船が出航すると、船上から離れていく港を眺めた。

 港で作業をしている人たちがみるみる内に小さくなっていく。

 そして、この半島の絶景が見えた。

 そり立つ岸壁が巨人のように立ちはだかっている。

 そして、ぼくらの周りを覆い尽くす青。

 雑誌にも書いてあった“帆呂又(ぽろまた)ブルー”と呼ばれるぐらい澄み切った青色が溜息が出るくらい美しかった。

 じっと見ていれば海底まで見えてしまうのではと思うぐらいだ。

 それは港羽さんも同じらしく、見ていて分かるほどに感動していた。

「私、この半島で二十年育ってきましたけど、こんなにすごい青色は初めて見ました」

 彼女の年齢が二十歳であることをさりげなくチェックしつつ、思った疑問を口にした。

「子供のころに乗らなかったの?」

「ええ……乗らなかったです」

 妙な間があった。

 だけど、彼女にも言いたくないことの一つや二つはあるのだとぼくは気にしなかった。

 今日は港羽さんに楽しんでもらいたいのだから。

「カモメがたくさん飛んでいるなぁ」

 ぼくは次に空を見る。

 空は相変わらずの青色だったが、雷岬(らいみさき)で見たときよりもたくさんのカモメが飛んでいた。

「こっちの方ではカモメがたくさんいるんですね」

雷岬(らいみさき)ではあまりいなかったのに」

「きっと、えさになるものが少ないんだと思います」

 そんなとりとめのない話をぼくらはたくさんした。

 それは船底で海底を見ながらだったり、カモメにパンの耳を与えながらだったり。

 話をすればするほど港羽さんのことが分かってくる。

 彼女はこの半島で生まれ、そして育った。

 高校を出た後はもともとバイトで働いていたあのファミレスに就職したのだそうだ。

 そして、少女趣味なのだという。

 部屋にあがったときからそうなのかもと思っていたことだっただけに、その話を聞いてやはりと思うだけだった。

「ぬいぐるみとかあったけど、ああいうものが好きなの?」

「ええ、ぬいぐるみを抱きしめていると、心があったかくなるんです」

 目を細めながら彼女はそう言った。

 やがて水上展望船は再び港へと近づき、遊覧は終わりとなった。

 ぼくらは次に砂浜へと向かった。

 この旅行で泳ぐつもりは毛頭なかったので、ぼくは水着を持ってきていない。

 そしてそれは港羽さんも同じようだった。

「上垣さんだけでも泳いでいいんですよ」

「いや、ぼくも水着持ってきていないんだ」

 じゃあどうしようという話の途中で砂浜にたどり着いた。

 町から歩いて十分ほどの場所にあるこの海水浴場は、シーズンだというのに人はあまりいなかった。

 この半島はもともと北海道の片田舎だからなのかもしれない。

 ぼくが旅行先をここにした理由の一つとして人とあまり関わりたくないからというものだったことを思い出す。

 そういえば、ぼくは旅行に来る前と比べれば、いくぶん心の正常さは戻ってきたような気がした。

 食事だって美味しく摂れるし、港羽さんとだってこうして一緒に出かけることもできる。

 なんだか本当に久しぶりに人間らしくなれたような気がする。

 ぼくらは道路から砂浜へと下りると、港羽さんは早速砂浜を駆け出していく。

「上垣さん、何しているんですかー?」

 ぼくがついてこないので、彼女は海にほど近いところでぼくに呼びかけた。

「ああ、今いくよ!」

 ぼくも彼女に負けじと駆け出した。

 波打ち際まで来ると、ぼくらは履いている靴や靴下をその場に置き、海へと足を下ろす。

 冷たい、けれど気持ちいい。

 そのまま、ズボンが濡れない程度まで足を進めていく。

 港羽さんの方もスカートの裾を持って濡れないように海へと入ってくる。

 長めのスカートに隠れていた素足が現れ、ぼくはドギマギした。

「気持ちいいですね」

 そんなぼくの内心を知らないで彼女はそう言葉を漏らした。

 ぼくは動揺を知られないように慎重に言葉を選んだ。

「そうだね」

 先ほどの“帆呂又(ぽろまた)ブルー”ほどではないが、それでも鮮やかな青色をした海が目の前にある。

 これでぼくらが水着だったら、水の掛け合いとかでもして遊ぶこともできたのだが……。

「ここでじっとしているのも何だし、海の家でかき氷でも食べない?」

「いいですね」

 だから、ぼくらは砂浜を散歩することにした。

 展望船のときのように会話は尽きないことはなかった。

 時々沈黙が降って湧くこともある。

 だけど、そのときはさざ波が立てる音やカモメの鳴き声、風がもたらす香りといったものに五感を傾けるだけだ。

 港羽さんと二人歩くだけでも退屈なんてしなかった。


 いつしか、日が落ち始めていた。

 まだまだ明るいが、時刻は五時前ぐらいだ。

「そろそろ、雷岬(らいみさき)町へ戻ろうか?」

 名残惜しいがデートももうすぐ終わる。

 そうしたら、港羽さん次第ではあるが、彼女との縁も終わりになるのだろう。

 港羽さんは少し悩んだ後、ぼくの提案に対して返事をした。

「あの、町へ戻ったらある場所に行きたいんですが、いいですか?」

 ぼくはその言葉に是非も知らずに喜んだ。

「もちろん!」

 まだ彼女と一緒にいたかった。

 だから、バスから降りて雷岬(らいみさき)がある方角へと足を延ばしていることに気づいても何も言わなかった。


 そして、再びこの雷岬(らいみさき)の大地に立った。

 砂浜にいたときよりも太陽はさらに沈んでいるので、空も海も真っ赤に染まっている。

 前に見たときとは表情を変えたこの岬の素晴らしさにただただ息をのむばかりだった。

 ぼくら以外の周りにいる数名の観光客もきっと同じように思っているに違いない。

 しかし、隣に立つ港羽さんにとっては見慣れた光景なのだろう。

 帆呂又(ぽろまた)町にいたときと違い、景色を眺めていてもずっと無表情だった。

「あの、ですね」

 そう言って、彼女は黙った。

 ぼくはそこでようやく何か話があるから、彼女はここにぼくを連れてきたのだと気づいた。

 しかし、港羽さんはそれからしばらく口を開かなかった。

 目にはあの暗い光が鈍くきらめている。

「えっと、この岬の由来について、知っていますか?」

「んー、知らないなぁ」

 雑誌にはそういう類の話は書いてなかった。

 注意深く見ていなかったから、石碑とかが岬のどこかにあったのかもしれない。

 だけど、その返答を予想済みだったようで、彼女は構わず続けた。

「この岬につけられた“ライ”というのは、この地方の原住民の言葉では“死”を意味するんです」

「“死”?」

「ええ、昔この付近に住んでいた者は死者をこの岬から海へと投げ入れていたそうです」

 港羽さんはぼくの方を見ず、海とも空とも言えないどこかをまっすぐに見ている。

「そうすると死者の魂は天の神様が天国へと連れてってくれます。その神様の象徴が“(かみなり)”だったから、岬の名前として“(ライ)”という字が当てられたという伝承があります」

「どこの地域でもそういう神話は残っているものなんだな」

 だけど、そんなことを伝えたくてぼくをここに連れてきたわけじゃないことは分かっていた。

 話の本番はこれからだ。

「だから、ここに来れば死んだ人に会えるような気がするんです……」

 その声はぼくは昨日聞いている。

『上垣さんは今も大切な人を想い続けているんですね。私も……』

 ぼくの話を聞き終えた彼女の第一声と同じ響きがあった。

 ということは、つまり。

 ぼくは彼女が言いにくいことを口にする決心をした。

「その死んだ人って、もしかして港羽さんのお父さんのこと?」

「……知っていたんですか?」

「ぼく、今この町に住んでいる人の家にお邪魔していてね。その人から少しだけ話を聞いたんだ」

「そう、ですか。なら、私の父が犯罪を犯したという話も?」

「具体的には何も知らないけどね」

 港羽さんの口から漏れ出た言葉なのだから、きっと犯罪に手を染めてしまったのは事実なのだろう。

 だけど、原さんは死んだと一言も言っていなかったから、ぼくは少し驚いていた。

「上垣さんは昔好きだった人のことについて聞かせてくれましたね」

 聞かせてくれたというと語弊があると思うのだが、ぼくは口を挟まなかった。

「私も父のことについてお話しようと思います」

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