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第三話 相談

 悩んでいても仕方ない、気になるのならばもう一度会ってみよう。

 次の日になってぼくはそう思うと、すぐに雷岬(らいみさき)へと向かった。

 しかし、岬のどこにも彼女の姿はなかった。

 もちろん、道中ですれ違ったわけじゃない。

 昨日と同じ時間だったのだが、今日は来ないのか時間が違うのか。

 地元の人ならば毎日来ない可能性の方が高いのは確かではあるが……。

 日差しがきついここで彼女を待つのもきつかったので、一旦駐車場まで戻り、すぐそばにあるファミレスに入ることにした。

 ここなら冷房も効いているし、窓際に座れば彼女が岬に来るかどうかが分かるので一石二鳥である。

 やっていることは、ストーカー以外の何者でもないけれど。

 しかし、闇雲に探すよりも待った方が効率が良いのも事実だ。

 ぼくは案内された窓際のテーブル席に座り紅茶を頼むと、窓の外を眺め始めた。

 岬へと続く坂道を幾人かが上り下りをしている。

 ここへ観光しに来る人は何を思いながら雷岬(らいみさき)へと向かうのだろうか。

 ぼくのようにただ心の平安を求めているとは思えないが、そういう人もいないことはないだろう。

 だが、大多数の人は何を目的にしているのだろうか。

 やはり、日常から離れた何かを求めているのだろうか。

 人が旅行をする理由というのはいくつかあると本で読んだことがある。

 その中でも最も一般的な理由は、普段の生活から離れて非日常を経験するためらしい。

 日々を多忙に過ごす現代の人々にとって、楽しむための旅行はストレス発散には有効である。

 普段来ることのない土地で味わう解放感と程よい緊張感が現代の人には必要だと、その本には書かれていた。

 あの雷岬(らいみさき)の風景は確かに都会にいたら一生出会うことはないものだ。

 現に昨日来たぼくも心の中が良くなっているように感じたじゃないか。

「紅茶のお代わりはいかがですか?」

 不意にかけられた声にぼくは窓から視線を外す。

「あ、お願いしま――」

 しかし、返答は途中で止まってしまった。

 目の前にいたウェイトレスが、ぼくの探していた少女に他ならなかったからだ。

 まさか、ここで働いているなんて思いもしなかった。

 少女の方も昨日のことを覚えていたのだろう、ぼくの顔を見て驚いているように見えた。

 その隙にと言うと変だが、ぼくはさりげなく彼女の胸につけられているネームプレートを見てみる。

 そこにはご丁寧にも振り仮名付きで“港羽(みなとば)”と書かれていた。

 間違いない、彼女が昨日原さんの話に出てきた港羽さんの娘であろう。

「それではお代わりをお注ぎします」

 少女――港羽さんは動揺を隠すと、すぐに元の店員に戻った。

 手に持っていたポットから紅茶がカップへと注がれる。

「えっと、昨日はどうも。ぼくのこと、覚えていますか?」

 ぼくはなんと言っていいか分からなかったので、そんなことを口にした。

「ええ、覚えてます。岬で私の後ろにいた不審者ですよね?」

 冗談のつもりで言ったのだと思うが、全然笑えないことを言われた。

「長く引き留めては仕事に差し支えるでしょうから、仕事の後に時間もらえませんか?」

 ぼくは断られるだろうと思いつつ、一応聞いてみる。

 駄目だったら、また明日出直すつもりだった。

「……構いません」

 だが、驚くほどあっさりと彼女はぼくの無茶を受けてくれた。

 これは一体どういうことだろうか。

 きっと頭に疑問符が浮かんでいるであろうぼくに対して、彼女はテーブルから去る際、一言だけ言った。

「今日の夜八時に、このレストランの前で待っていてください」

 そう言って離れていく彼女の姿を見ながら、ぼくは入れてくれた紅茶に口をつける。

 淹れたてなのだろうか、少し熱めの紅茶は香り良く少し渋みがあった。


 ファミレスから出ると、太陽が待ってましたと言わんばかりにぼくを照らし始める。

 さすがに正午の太陽は都会でなくても暑かった。

 風は涼しいのは昨日と変わらないのに、日射だけで汗がじわりと噴き出してくる。

 さて、これからどうしようか。

 約束の時間――夜八時までまだずいぶんと時間がある。

 今は昼を少し過ぎたぐらいだ。

 レストランで適当に昼食を摂ったので、これから大分長い時間暇になってしまった。

 とりあえず原さんの家に戻ろうかと思い帰路につくと、ポケットに入っているぼくのスマートフォンが震えた。

 震え方からして着信だと分かる。

 急いでスマートフォンを取り出し画面を見ると、そこには“入辺準”と表示されていた。

 ぼくは彼の声を聴くために耳にスマートフォンを当てる。

『調子はどうだ?』

 彼の低い声はまだここに来てから三日しか経っていないのに、ずいぶんと久しぶりな気がした。

 ぼくはそのことはあえて言わないことにした。

 言ったところで向こうも同じようなことを言うに決まっているのだから。

「ああ、この町に来て良かったと思うよ」

『そうか、叔父さんからも少し連絡をもらってな。上垣のこと、全然想像と違ったって笑ってたぞ』

 原さんの中ではぼくはどんな人物だったのだろうか。

 少し気にはなったが、ぼくはいい機会だから港羽さんのことをしゃべっておこうと思った。

「入辺、今から少し時間とれるかな? ちょっと聞いてもらいたいことがあるんだけど」

『……やけに真剣な声色だな、分かった。けど、今外出中でな。あと一、二時間後なら腰を据えて話を聴けると思うから、またこっちからかけ直すわ』

「忙しいのに、ごめん」

『気にするな。それにそういうときに謝られても反応に困る』

 本当に困ってそうな声を出すものだから、ぼくは少し笑いながら言い直す。

「じゃあ、ありがとう」

『“じゃあ”って何だよ。まぁいい、それじゃあ、また後で』

 そう言うと彼の声は聞こえなくなり、代わりに不通音が流れる。

 ぼくはスマートフォンをしまうと、再び歩き始める。

 さて、彼からもう一度電話が来る前に話す内容を整理しておかないと……。

 

『――それで、戸倉舞と何となく似ている、と』

「うん、不思議なことにね」

 二時間後、原さんの家で電話をもらったぼくは入辺に昨日のことを全て話した。

 雷岬(らいみさき)が写真以上に綺麗な場所であったこと。

 そこで人の少女が気になったこと。

 その少女――港羽さんと初めて会ったときの、あの無音の空間のこと。

 彼女の父親のことは詳しくは何も知らないので入辺には話さなかったが、ぼくが感じたことや考えたことは大体語ることができたはずだ。

「それで、今日の夜にもう一度会うことになっているんだ」

『へぇ、お前って案外行動力あるんだな』

「今回は気になるからね」

 そうだ、これまでしっかり考えてなかったが、ぼくはどうして港羽さんのことが気になるのだろうか。

 戸倉さんと同じような雰囲気を体験したという理由だけでは説明がつかないような気がした。

『でも、その港羽、だっけか? 彼女に会ってどうするんだ?』

「考えてない。まだ自分でもこの気持ちが何なのか分かってないんだと思う」

 正直な意見を述べると、彼は悩みながらも答えてくれる。

『戸倉舞の代わりとして彼女のことが気になるってだけじゃ駄目なのか?』

 それはあると思う。

 けれど、心のどこかでは違うと警鐘を鳴らしている気がした。

『それとも、そういうのと関係なく一目惚れをしたのか?』

「……かもしれないけど」

 入辺の言葉はどれも間違っていないと思う。

 けれど、それ以上にやはり彼女には何かを感じるのだ。

 あの瞳の奥に渦巻く“モノ”。

 その正体が知りたいという気持ちが強かった。

『どちらにしても、彼女と関わらないという選択はないんだろう?』

「そうだね」

『なら、決まりだな。心の赴くままに、思った通りに行動すればいいんじゃないか?』

 ものすごくキッパリとした声だった。

 男らしい思考をもつ入辺と会話していると、どちらかと言うと悩んでばかりのぼくは羨ましく感じてくる。

「ありがとう」

『上垣、頑張れよ』

 電話が切れる直前の、その言葉はひどく優しげだったのが印象に残った。



 約束の時間になった。

 ぼくは再びあのファミレスへと訪れていた。

 雷岬(らいみさき)の観光客をメインの客層としているからなのか、店はすでに閉まっていた。

 彼女がバイトなのか正社員なのか分からないが、店自体が閉まるというのならこの時間に約束したのも納得がいく。

 仕事の後ならばいくらでも自由がきくということなのだろう。

 そんなことを考えていると、店の中から彼女が出てきた。

 当たり前なのだが普通の私服だった。

 ぼくはなぜか昼間のウェイトレスの恰好を想像していたので、不思議な気分になった。

「どうかしましたか?」

「いや、何でもない」

 ぼくと彼女は一緒に雷岬(らいみさき)町へと向かうことになった。

 これからどうするのか聞いた後、彼女は「家に帰るので話があるならその間にして欲しい」と言ったからだ。

「ぼく、上垣星希って言うんだけど……えーっと、港羽、さんで良かったよね?」

 こうして女性と二人きりで歩くことなんて、戸倉さん以来ほとんどなかったので、そういう意味で緊張していた。

港羽沙奈子(みなとば さなこ)です」

 その声には名乗りたくなかったけれど仕方なくといった雰囲気を感じた。

 つまりぼくのことを嫌う雰囲気を乗せているのが分かったのだ。

 ぼくは沙奈子と名乗った少女を改めて見てみる。

 この夜の闇に溶け込みそうな黒い髪。

 鼻筋がしっかりとしている。

 目元からは賢そうな印象が見受けられる。

 ぼくと同い年か少し下の印象を受けるが、だとしたら父親が原さんの言ってたような人であるにも関わらず、しっかりと自立している立派な人だと思う。

「それで、何か用ですか?」

 そうだ、彼女と話をしたいために無理やり約束したようなものだ。

 危うく目的を忘れそうになっていたぼくは、心の中で苦笑いするしかない。

「うん……正直、変なこと言うけども」

 自分に自信がないので、ぼくは前置きを入れておく。

「港羽さんのことが最初に会ったときから気になるんだ」

「気になる……?」

「なんと言うか、君に会ったときに不思議なものを感じたんだ」

 あの戸倉さんのときと同じような体験をしたと、彼女に説明をしてもきっと分かってもらえない。

 なぜなら、あの経験はぼくだけのものなのだから、人にいくら説明したところで理解できるとは思えなかった。

「不思議……ですか? それは説明しずらいことなんですか?」

 しかし、ぼくのそんな思いとは裏腹に港羽さんはぼくの言葉に裏側を感じ取ったようだ。

「ああ、そうだ」

「ナンパにしては変な人ですね、上垣さんは」

「そういうつもりじゃないんだけどね、一応」

「でも、そういうの私は嫌いです。気持ちは嬉しいですけど」

 ぼくはこういうとき、なんと言えばいいんだろうか。

 正解なんて分からないけど、思ったことを言うことにした。

「確かにそういう気持ちがないと言えば嘘になると思う。けど、港羽さんのことが心配なんだ」

「心配? どうしてですか?」

「え、えーっと……どうしてだろう」

 口にしてみて初めて分かることがある。

 ぼくは彼女の瞳の奥に存在する“何か”が気になって、彼女のことを心配をしているんだ。

 それも戸倉さんに似ているかもと期待を抱く以上に、だ。

 だけど、そのことを伝える前に港羽さんは強い口調で言った。

「心配してくださるのはありがたいですが、私に付きまとうのは止めてもらえませんか?」

「そ、それは……」

「今回こうして会ったのも二度とこういう行為をしてほしくないからなんです。分かってもらえませんか?」

 ぼくのことをじっと見る彼女からは、強い警戒心と不快感を感じる。

 当然のことだろう。

 彼女からしてみれば、ぼくはナンパにしか見えないのだろうから。

 返事をする前に、彼女はぼくを置いてさっさと去ってしまった。

 電灯の薄明かりに照らされていた彼女の背中はやがて見えなくなる。

 ぼくは追いかけることもできず、その場で茫然とするしかなかった。

 傍から見れば、彼女の言っていることは当たり前のことだったはずだ。

 だというのに、ぼくは今もなお港羽さんのことを心配していた。

 その理由は分からない。

 だけど、きっとまた彼女に会えるだろうという予感はあった。

 空を仰ぎ見ると、そこには都会では決して見れないであろう満天の星空が広がっている。

 原さんの家に着くまで、ぼくはそうして星空を見ながら帰った。

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