弁当箱を洗いに
放課後。HRが終わると、俺は調理室へ向かった。
何故って?そりゃ弁当箱を洗うためだ。
家で洗うと家族に詮索されかねないからな。まあ知り合いもいることだし、問題なかろう。
「邪魔するぜ」
そう言いながら、調理室へ這入る。勝手知ったるなんとやら、いつも通りだ。
「せ、先輩!何で調理室にいるんですか!」
声が掛けられたのでそちらを向けば、案の定笹井が立っていた。制服にエプロンという出で立ちだ。
「おう。笹井こそこんなところで何してる?料理部のコスプレか?本家の活動中を狙うとは、やるな!」
「違うわ!私は料理部よ!今日は活動日なんだから!というか、コスプレ言うな!」
「まあまあ、落ち着けカンディンスキー」
「誰がカンディンスキーよ!抽象画家呼ばわりしないで!」
と、そこで第三者の介入が入る。
「あれ〜ひこ君どうしたの〜」
声に釣られて見てみれば、いたのは同級生女子が一名。料理部の知り合いだ。
「おう頼子じゃないか。奇遇だな、こんなところで」
「ひこ君、私は料理部だよ〜。で、ひこ君どうしたの〜?」
「そんなの頼子に会いにきたに決まってるじゃないか」
「えへへ、嬉しい〜」
そんなことを言っていると、笹井が口を開いた。顔が真っ赤だ。
「せ、先輩!よりちゃんと知り合いなんですか?ていうか、よりちゃんに会いにきたって本当ですか?むしろよりちゃんとどういう関係ですか!」
「どうしたマニエル、落ち着けよ」
「私は落ち着いています!ていうか何でヤクルト初優勝時の主砲なんですか!?」
ふむ、どうやら笹井はスイッチが入ってしまったようだ。さてどうしたものかと思っていると、頼子が口を開いた。
「夏紀ちゃん、どうしたの〜落ち着いて〜。ひこ君は私のお向いさん、幼馴染みなの〜」
ナイス頼子。ど天然の頼子に毒気を抜かれたようで、笹井が少し気勢を削がれた。
「頼子に会いにきたのも本当だ」
俺の一言に笹井の顔が歪む。そんなにショックか、ならば…
「笹井が作ってくれた弁当、洗って返そうと思ってな。場所を借りようと思って訪ねた次第だ」
「なっ、何でそれをここで言うんですか先輩!」
すると、俺らの成り行きを見ていた料理部女子二人が、笹井の両腕をガッチリホールドした。
「なーつーきー、ちょっといいかしら?」
「今の話、特に冬木先輩との関係をじっくり聞かせてもらいますからね〜」
「ちょ、ちょっと綾香、優希!や、やめて!引きずらないで!いやぁぁぁぁ!」
笹井の叫びと共に、彼女らは消えていった。南無…
「ところでひこ君」
「うん?どうした頼子?」
「最近ね、夏紀ちゃんが言ってたの。私を助けてくれた先輩がいたって」
「…」
「今年度始まってから、トラブルに巻き込まれてたみたいなの。その間夏紀ちゃん、すごく沈んだ顔してた。でもね、ここしばらくは笑顔でいることが多かったの。その先輩ってひこ君のことだったんだね」
「……」
「ひこ君、優しいもんね。さすがひこ君」
「俺は別に何も…」
「そんなことないよ。ひこ君が夏紀ちゃんの支えになっていたんだよ。ありがとう、夏紀ちゃんの支えになてくれて」
…ジーザズ
*
それから数日後の休日。俺は頼子の家にいた。
昼飯を一緒に食べないか、と頼子から誘われた。二つ返事で承諾した結果、俺は頼子の家で待っているという構図だ。
そこで、玄関のチャイムが鳴った。
「ごめんひこ君、今手が離せないから代わりに出てくれない〜?」
「仕方ないな」
うまい昼飯にありつくためだ。面倒だが、俺が対応する。
「どちらさん?」
ドアを開けた瞬間、固まった。何故なら、そこにいたのは笹井だった。
「あ……」
笹井も俺の顔を見て固まった。静かにドアを閉じて、鍵を掛けた。
「最近疲れてるせいか、幻覚を見たようだ…頼子のうまい昼飯を食って昼寝しよ」
そんなことを独り言ちていると、外が騒がしくなった。
『先輩、何で閉めるの!開けてよ!』
仕方ないな。解錠してドアを開ける。
やはりそこにいたのは笹井だった。ブラウスにスカート、カーディガンというシンプルな服装だ。
しかし笹井の私服は初めて見るな。ちょっと可愛い…気がする。
「せ、先輩こんにちは。でも、先輩がどうしてよりちゃん家に?」
「おう。それは恐らく笹井と同じ理由だ。昼飯に招待された」
「やっぱり…」
そこで誰かが俺らの会話に割って入る。
「よう笹井。まあ立ち話もなんだし上がれよ」
「大西君?なんでここに?」
「なんでって、ここ俺ん家。頼子は俺の姉だ」
闖入者は頼子の弟、健介だった。こいつは知ってたな…
「健介、お前知ってたな、笹井が来ること」
「ま、待てひこ兄!口止めされていたんだ、頼子と朱里に!だ、だから!」
「問答無用」
俺は素早く健介に近付き、ポジションをとる。
「こ、コブラツイスト!?い、痛ぇ!ギブ!これはヤバい!マジヤバい!」
聞く耳など持たぬわ。反省しろ健介。
「ふふっ、先輩は大西君と仲がいいんですね。すごく楽しそう」
「そうか?照れるな」
「笹井、ひこ兄を止めてくれ!マジで洒落にならん!」
俺と笹井の会話に割って入る健介。ふむ、どうしたものか。
「先輩、大西君がこう言ってますよ?」
「知るか。教育的指導に労力を惜しんではならない」
「それはそうかも知れないけど…ね、先輩。そろそろ許してあげようよ?」
「…」
くそ、笹井が笑顔で説得にかかってきた。これはヤバいな、この笑顔には弱いんだ。
「なら笹井。あとで膝枕してくれるか?なら止めても構わん」
「え!?」
笹井が固まる。ついでに健介も固まる。
その上、笹井は顔を真っ赤にしている。分かり易い奴め。
「せ、せ、せ、先輩!な、何を言ってるんですか!」
「え?膝枕」
さらに顔を赤くして、『あの』『その』を繰り返す笹井。見ていて飽きないな。
「わ、わかったわ。お、お昼食べ終わったら、膝枕、してあげる」
「なら交渉成立だな」
健介を解放してやる。
「ひこ兄やるな!さすがだぜ!」
「まあな。いやぁ昼飯後が楽しみだ」
「「ははははは」」
笑いあう男二人。肩を組んでリビングへ這入る。
「先輩のバカ〜!」
笹井の叫びが、玄関に空しく響くのだった。