きりたんぽ後編 「糸こんにゃくだけど?」
「チャララッチャッチャ~、チャララッチャッチャ~♪」
「さぁっ、今夜はきりたんぽ鍋のご紹介です。材料はきりたんぽ、鶏肉、ごぼう、マイタケ、水菜、しらたきでーす!」
「先生、ずいぶん盛り沢山ですね!」
「さぁ、材料を切っていきます」
「はい、すでに切ったモノがこちらに」
「手際が良いですねー、さすが○分クッキング!」
「うるっさーいっ!」
陸奥が振りかぶったおたまが、相模とオレの頭にヒットする。痛い。
そう。料理中の人の横で、料理番組のマネしだすバカはオレ達しかいない。
「邪魔だよパンツマンども! 用がないならあっち行ってな!」
「パンツマンは引退しましたっ」
「オレはもともとパンツマンじゃないし」
口ごたえすると、陸奥がぎろりと睨んでくる。
念のために言っておくと、相模はロンTに赤いスウェットパンツ、オレはパーカーとカーゴパンツに着替え済みだ。パンツはパンツでもちゃんとしたパンツに。
「そもそもさぁ、さっき言ってた材料からして違うし」
陸奥は切った材料を鍋に投入するべく、バットから掴みだす。
「え? どこが違うんだ?」
首を捻るオレ達の前で、陸奥は一品ずつ手にとって見せる。
「これは?」
「鶏肉」
相模と異口同音に答えると、
「ブー、比内地鶏」
おぉ、有名な秋田の地鶏か……って、ンなもん見た目で分かるか!
「じゃ、これは?」
「マイタケ」
「これは?」
「水菜」
「ブー、せりだよ。水菜と全然違うでしょ」
呆れたように陸奥がため息をつく。
「せりって、こっちのスーパーじゃあんま見かけることねぇもんよ」
相模が口を尖らせると、陸奥は残念そうに肩を落とす。
「そうなんだよね。だからきりたんぽと一緒に、他の材料も一式送ってもらったんだよ。じゃあ次、これは?」
「ごぼう」
「ブー、ごンぼ」
それは秋田弁で言っただけだろ……
「これは?」
「しらたき」
「ブー、糸こんにゃく」
「えええぇ?」
今まさに陸奥が鍋に放り込んだそれを、相模と一緒になって身を乗りだし確認する。
白くて細長い、ぷるぷるしたソレはどう見ても……
「いやいや、これはしらたきだよな?」
「ふー、危うく陸奥の冗談にひっかかるトコだったぜ」
頷き合っていると、陸奥が珍しくきょとんとした顔をする。
「え? 糸こんにゃくだけど?」
「またまたぁ!」
「本当だってば」
陸奥はごそごそとビニール袋を漁り、しらたきが入っていた容器を取り出す。
そこに印字されていたのは、紛れもなく「糸こんにゃく」の文字。
「え、ウソだろ?」
今度はこっちがきょとんとして、パッケージの裏を見る。裏には製造元である秋田の工場名と住所が書かれていた。
「え、だって……糸こんにゃくっつったら、なぁ?」
「うん、普通のこんにゃくの細長いヤツだよな?」
「えー、秋田じゃこれが糸こんにゃくだよ」
確かに秋田では、消費者ばかりか製造者までもが、神奈川で言うしらたきを糸こんにゃくと呼んでいるようだ。
「じゃあ、糸みてぇに細いこんにゃくはなんつーの?」
「こっちの人は、こんにゃく自分で切らないの?」
「そういうわけじゃないけど……」
言い淀み、相模と顔を見合わせる。
こんにゃくはこんにゃくで呼び方が同じなのに、その加工品の呼び方が違うとは思わなかった。
「じゃあ最後、これは?」
陸奥が手にした白い棒状のそれは、まさしく今夜のメイン!
「きりたんぽ!」
元気よく声を揃えると、
「ブー」
無情な判定が降ってきた。いやいやいやと、また陸奥に詰め寄る。
「どう見てもきりたんぽだろ、これ」
陸奥はふるふると首を振る。
「たんぽ」
「んん?」
「だから、た・ん・ぽ!」
そう言うと、陸奥はきりたんぽに見える『たんぽ』なるものを、まな板に置いて斜めに切った。そして切り分けた一つを指で摘まむ。
「はい、これがきりたんぽ」
「ど、どゆこと?」
陸奥は反対の手でまだ切ってない物を持ち、
「この一本まんまのはたんぽっていうんだよ。たんぽを切ったものがきりたんぽ」
「へえぇ! きりたんぽって、切ったたんぽってことだったのか!」
「たんぽって初めて聞いた!」
別のたんぽを手に取って、しげしげ眺めてみる。
竹串が中に通っている。
なるほど、これを外して切るから、きりたんぽにはちくわみたいな穴が開いているんだな。ちくわと違うのは、竹串がつき出しているのが片方だけなところ。アイスキャンディのような形だ。
「うん、けっこう他県民で勘違いしてる人多いみたい。きりたんぽにして鍋に入れるだけじゃなくて、このまま味噌や醤油を塗って焼いても美味しいよ」
「焼おにぎりみたいだな」
「ま、原料は米だからね」
鍋が煮立ってくると、醤油と鶏のいい匂いが部屋いっぱいに広がる。ぐつぐつあぶくが沸き立つ音が、唾液腺を刺激する。ごくりと唾を飲み込むと、相模の腹が元気よく鳴った。
「よし、そろそろいいかな。三河ぁ、ガスコンロの準備はいいー?」
カウンター越しに陸奥が呼びかけると、リビングから三河と伊達が顔を出す。
「バッチリだよー! あ~、いい匂い!」
「……取り皿や箸、並べ終わった」
「よぉし。いざ、きりたんぽ!」
「やったー!」
ミトンを二重にはめた相模の手で、具材満載の鍋がうやうやしくテーブルへ運ばれた。
◇ ◇ ◇
テーブルの真ん中に鍋を据え、囲む五人でバチンと手を合わせる。
「いっただきまーす!」
挨拶せざる者食うべからず。
これは日本全国共通だろう。
まずは陸奥が一人一人に、バランス良く取り分けてくれた。
「きりたんぽは、おかわりする三分前に言ってね。その都度お鍋に足すから」
「なんでいっぺんに入れないの~?」
「煮込みすぎると、崩れておじやみたいにグズグズになるんだよ。それが好きな人もいるけど、僕の理想は三分半だね」
なるほど。秋田県民の中でも、それぞれ好みの煮込み時間は違うらしい。それも並々ならぬコダワリがあるようだ。
よく汁が染みて、黄金色に色づいたきりたんぽにかじりつく。
「あっつ! ……ん~染みうま~!」
「鶏肉おいし~い! 鶏肉とごぼうから出たお出汁、サイコーだね~っ」
「……さすが、秋田が誇る地鶏だな……」
「うまっ、これめっちゃ旨いな! 俺のおかわり分入れてくれ!」
「早っ!」
陸奥が忙しなく鍋にきりたんぽを入れていく。
すっかり暖かくなってきたとはいえ、まだ夜は冷える。アツアツの鍋に舌鼓をうっていると、三河があれっと声をあげる。
「陸奥センセー! せりの根っこが入ってます!」
「……自分のにも」
眼鏡を外した伊達もうっそりと頷く。湯気でレンズが曇ってしまうからだ。
「え?」
思わず手元の椀をのぞき込む。こっちには入っていないようだ。
陸奥はあぁと笑って、
「せりはね、根っこのあたりがおいしいんだよ。他県民の人はびっくりするかもしれないけど、秋田ではおもてなししたい人に優先して取り分けるんだよ」
「そうなんだ~」
三河は箸でせりの根を摘まむと、ひょいっと口に入れる。
「う~ん、いい香りー!」
「でしょ」
そんなやりとりの横で、相模がこっそり脇をつついてくる。
「なぁ、俺のに根っこ入ってなかったんだけど……」
「……オレも」
それを耳敏く聞きつけて、陸奥が満面の笑みを浮かべる。
「パンツマンどもがおもてなし対象なワケないじゃない」
「あっ……」
「そ、そっすよね……」
だから怖ぇって、その笑顔!
ガクブルしていると、陸奥は追加具材を乗せたバットをひょいっと掲げて見せる。
「……なーんてね。まだ沢山あるから、おかわりの時に取りなよ」
「うおぉ! 陸奥様あぁ!」
相模と二人して土下座せんばかりに陸奥を崇め奉る。
おっかないけど、実はイイヤツなんだよなぁ……
芳しい湯気に包まれて、男五人の夜は更けていった。