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本番間近3 「バカにするなよ!」


 舞台の音が聞こえる袖に比べると、通路は静かなものだった。袖に搬入しきれないうちの演目の道具達が並んでいる。その間を、振り向きもせず控え室に向かう。

 前にオレ。後ろに阿呆。

 いくら阿呆でも、流石についてきてると思いたい。振り返って確認するのも嫌だった。まだむくれてるだろうその顔を見たくない。声をかけるのだって言わずもがなだ。

 ところが、阿呆の方から喋りかけてきた。


「なぁ、知ってたか?」


 知るか阿呆。

 ってかまず詫びろ阿呆。

 どつくぞ阿呆。

 っつーかお前さっきオレのことどついたよな? なんでなんもなかったかのように話しかけとんじゃ。

 無視を決め込み、インカムのマイクをオンにする。


「ブタカンでーす。アホ……じゃなかった、鞍干富樫確保ー」


『よかったぁ!』


『早く控え室に連れてきてえぇ!』


 が、阿呆もそんなオレを無視して話し続ける。


「アンタら必死こいて追試受けてたけどよぉ。おれら推薦組は、ないんだぜ」


 は? いきなりなんの話?

 マイクをオフにして思わず振り向く。視界に飛び込む仏頂面。あー振り返っちゃったよなんて苦々しく思いつつ訊いてみる。


「ないってなんだよ、お前だって追試受けてたじゃん。寝てたらしいけど」


 仏頂面した阿呆は、いつもなら堂々とオレの目を見て見下してくるのに、何故か喉元辺りを見つめていた。


「あってないようなモンなんだよ。アンタら一般組は追試でコケたら留年モンだろうけどな。おれら推薦組は追試でやらかしても、そのあとレポートやワーク一冊でも提出すりゃ留年なんかしねぇんだ。それも最後に答えのついたワークな」


「…………」


 なんだそりゃ。

 思わず足を止めると、阿呆はすぐには止まらず、目の前までやって来た。

 相変わらずオレの喉のあたりを見ている。微妙に視線が合わないのってなんだか不気味だ。面接だと面接官の目を見ずネクタイ辺りを見るといいって聞くけど、実際やられた側はこんな妙な気分になるもんだろうかなんて、どうでもいいことが頭の隅を過ぎる。


「だからないも同然なんだ。この意味が分かるか?」


「……推薦組がそんだけ優遇されてるってこと?」


 答えると、阿呆は自嘲気味に薄く笑った。


「優遇か。そう言えば聞こえはいいかもな。でも実際のところは、学校に飼われてんのさ。三年間。三年間だけな。

 学校は、おれら推薦組を留年なんかさせらンねぇのさ。きっかり三年囲ったらとっとと放り出して、進路先開拓してくんなきゃ困ンだよ。そのために成績ムシして採ったのが推薦組なんだからな。

『赤点とろうが授業態度が悪かろうが目を瞑ってやるから、死んでもいい進路先見つけろよ』ってこった。そうやって常にプレッシャーかけてきやがンだよ。推薦組はいつどんな時もそれを感じながら過ごしてる。

 いっつもヘラヘラして、球技大会なんかの遊びに本気かましちまうアンタらに、その気持ちが分かるか? 分かるはずないよな。所詮アンタらとおれとじゃ、舞台にかける必死さが違うんだよ」


「……で?」


 心のまま率直な疑問を返すと、阿呆はぴたっと笑みを引っ込める。


「で、だと?」


「うん。で? なんでそれをオレに話すんだよ。一般組のオレに」


 オレなんかには想像できないほどのプレッシャーがかけられてるんだろうなってことは分かる。だって、天野に推薦組を優先して配役するよう指示したり、上演順決めのクジ引き大会で小細工かましてくれるような学校なんだから。当の推薦組にはどれだけの重圧がかけられていたことか。

 でも、どういう反応を期待していたのか素で分からない。

 だってさ。


「推薦受けた時に、ある程度そういうの分かってたはずじゃねーの? 成績度外視なら尚更、なんらか期待されてんだなってのはさ。それをどうして今言うんだよ?

 そりゃオレだって、推薦組がそんな待遇されてるとは思わなかったけど、でもオレら一般組から見れば『優遇』だよ。毎日こんだけ芝居漬けになってんのに、そこらの進学校並みの学力求められてんだぞ? ハードさの種類は違うけど、オレら一般組だって一般組なりにハードだよ。

 でもこの学校の偏差値を知った上で入ったんだから、両立させるしんどさは当然織り込み済み、承知の上でここゲキ高に来たんだ。

 むしろ羨ましいよ。だってそれって言い換えれば、『成績なんて気にせず技能向上に励め』ってことじゃん」


 オレらはみ出し組には劣等生としての自覚や緊張感が足りなかったかもしれない。

 けれど鞍干には特待生としての覚悟が足りなかったんじゃないのか。

 阿呆は目を見開くと視線を床に落とした。身体の横に垂らした腕の先で、握り締めた拳が小刻みに震えだす。


「……なにが分かンだよ」


「あぁ、分っかんねーよ? ちっとも分かんねー。お前にだって分かんねーだろ。はみ出し組だなんて呼ばれて、これっぽっちも期待されない側の気持ちなんて。おんなじだよ、お互いに分かりっこないんだ。それを言い合ってもしょうがねーだろ!」


 この期に及んで駄々こねる阿呆に言葉を叩きつける。すると阿呆も顔を上げ、いつものようにキッと真っ向から睨みつけてきた。


「あぁ分かンねぇよ! 期待されてもねぇクセに、鬼才に取り入って担ぎ上げられて、周りにちやほやされてるアンタの気持ちなんかなぁ!」


「バカ言え、誰が取り入ったって? 正直オレぁブタカンやるより端役でもいいから舞台に立ちたかったっつーの!」


「バカはアンタだ! 推薦組は皆アンタの噂してるぜ、『ブタカンやって気に入られたから、天野は来年アイツに主役級の役を宛がうだろう』、『うまくやりやがった』ってな。裏方の連中には好かれてるかもしれねぇが、推薦組は正直アンタのこと疎んでるんだぜ」


 なんだと。

 天野がまだ独裁者然としてた頃、オレにどうにかしろって泣きついてきた中には推薦組の役者陣もいたはず……いや。そんなことはどうでもいい。どうだっていい。

 腹の底から激しい怒りが突き上げる。


「天野をバカにするなよ! 風の音一つ、役者の一挙手一投足にまで拘るヤツだぞ。それだけ芝居を大事にしてるんだっ。お前と違って私情挟んで台無しにしたりするもんか! 天野を、天野耕助をバカにするなよッ!」


 口惜しい。口惜しい。口惜しい――!

 オレのことはいい。どんだけ捻くれた噂されようと、決して耳を貸すことはないだろうアイツらがいてくれる。だから恐くもなんともない。言いたい奴には言わせておけばいい。

 だけどあの天野の微に入り細に入る指導を直に受けてきたのに、それでも天野の芝居にかける想いが通じてないヤツがいるなんて、ただただ口惜しかった。鼻の奥がツンとする。


「そんな天野の芝居を、自分勝手な理由で捻じ曲げようだなんて許さない!」


「誰もアンタの許しなんて請うちゃいない。退けよ!」


 進路に立ち塞がる形で立つオレの横を、鞍干は強引に通り抜けようとする。その時背後から声がした。


「あ、いたいたー! こんな所にいたのブタカン達ぃ」


「んもー、どこ行ってたのよぉ!」


「遅いから探しに来ましたよ」


 栗沢姉妹と天野だ。振り向いたオレの顔を見て、三人ははたと立ち止まる。


「ヤダっ、ブタカン泣いてる!?」


「どーしたのぉ、ケンカ?」


 やけに鼻が痛いと思ったら涙目になっていたらしい。慌てて目許を拭い、


「いや、なんでもないんだよっ。それよりホラっ、鞍干見つかったよ! 急いで着付けを……」


「そうだよな。ホラ退けよ、()()()()


 言うなり、鞍干に力づくで押しやられた。後ろを向いていて完全に無防備だったオレは、傍らに積んであったダンボールの山に頭から突っ込んでしまう。そっくり同じ顔で「あっ」と息を飲む栗沢姉妹。

 次の瞬間、ダンボール箱が降り注いだ。通路中にドシャッと大きな音が鳴り渡る。


「ジャン君!」


「ブ、ブタカーンッ!」


 珍しく取り乱したような天野と、栗沢姉妹の悲鳴。


「ぐぁっ……」


 けれど痛みに呻いたのはオレじゃなかった。

 オレの頭より高く積まれていた箱達は、勢いかはずみか、突っ込んでいったオレを飛び越し、真横にいた鞍干を直撃していたんだ。

 衝撃と驚きで一瞬呆けてしまったけど、慌てて立ち上がり鞍干を振り返る。しりもちをつき、投げ出された両足の上に箱が乗っている。箱の口が開き、ヤツの周りに刀類が散らばっていた。


「おい、大丈夫か!」


 急いでその足の上の箱をどかす。その様子でオレに怪我はないと察した三人も、鞍干の周りに駆け寄ってきた。


「怪我はありませんか?」


「どうしてブタカン突き飛ばしたりしたのよー!」


「しかもこんなに荷物がたくさんあるところでーっ、酷いじゃないのぉ!」


 けれど鞍干は誰の問いかけにも答えず、左足首を押さえ低く呻いた。天野はいつになく機敏な動きでしゃがみ込むと、その手をどかせ、ズボンの裾をめくり上げる。箱で打ったのか、避けようとして捻ったのか、足首は見る見る間に赤く腫れ上がっていく。

 天野はまだ文句を言いたげな栗沢姉妹をサッと仰いだ。


「インカムでスタッフに連絡を。手の空いている誰か、大至急斉藤先生を呼ぶよう言ってください」


 斉藤センセはこの学校の養護教諭だ。二人はその名前に事態を察して青ざめると、


「わ、分かった! もしもーし!」


「もしもーし! 誰か! お手すきの人なんていないの分かってるけどお願ぁい、誰か保健室にダッシュしてぇ!」


 交互にインカムに向かって呼びかけ始めた。けれどそれを鞍干が遮る。


「止せよ、大袈裟にすんな。大したことねぇ」


 そう言って立ち上がろうとするも、左足に力が入らないのかうまく立ち上がることができずにいる。なんとか壁に手をつき立ってみるものの、一歩足を踏み出した途端、再び呻いてその場に膝を折った。


「バカ、無理すんな! ちょっと待てって、すぐに斉藤センセ来るから!」


「大丈夫だ、これくらいっ……」


 平静を装ってまた立ち上がるも、額には脂汗が浮いている。どう見たって大丈夫なワケないじゃないか!

 痛みをおして動こうとする鞍干を四人がかりで止めていると、ほどなくしてSE班の男子達が斉藤センセを連れ駆けてきた。恰幅のいい斉藤センセはふぅふぅ言いつつも、鞍干の足を一目見るや血相を変える。


「あれま、これ一体どうしたの? 酷いじゃないの、もう腫れてきてる! 寒気はしない? 大丈夫? 担任の先生は誰? 演目の監督教員は? すぐ病院へ連れて行かないと!」


 こちらが答える間もなく矢継ぎ早に繰り出される言葉に、今度は鞍干が青ざめる。


「そんな大した怪我じゃない! コイツらがちょっと大袈裟にしただけで……先生、おれは役者なんです。このあとのゲネに出なきゃならないんです!」


「馬鹿言いなさんな、骨イッてるかもしんないよこりゃあ。ゲネどころか本番だって……」


「大丈夫、大丈夫ですから……っ」


 けれど言葉に反して鞍干は立ち上がることさえままならずにいる。

 斉藤センセは鞍干の申告をマルっと無視して、自分を連れに来た男子達へ機敏に指示を飛ばすと、嫌がる鞍干を運び出しにかかる。


「ヤメロ、離せ! 大したことねぇって言ってんだろ、離せよ!」


 喉を痛めるのも構わない勢いで叫び続け、最後まで抵抗していた鞍干だったが、講堂の外へ連れ出されると斉藤の車で病院へ運ばれていった。

 それを見送ったところで、言いようのない焦燥感に駆られ天野の顔を見やる。天野はアゴに手を当て、じっと虚空の一点を見据えていた。



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