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本番間近2 「なんのために、誰のために」



 大道具さん達が支度をしている間、壁に身体をぴたりと寄せる。

 壁際には小道具が入っていると思しき木箱が積まれていた。大掛かりなセットといい小道具といい、随分手間も予算もかけているらしい。

 最高学年の先輩方にとっては、ゲキ高で学んだ三年間の集大成となる演目だから、そりゃあ気合いが入ってるんだろう。のぞき見したくなる鞍干の気持ちも分からないじゃない。

 鞍干は今も諦め悪く、少しでも舞台を見ようと爪先立ちになって足掻いている。その必死さは観ているというより、喰らいついていると言った方がぴったりだ。先輩方の芝居から技術を盗もうとしているんだろうか。


 いや、でもさ。

 熱心なのはいいけどさ、フツーここまでするか? 控え室抜け出して、立ち入り禁止の袖に入り込んで、自分の演目のスタッフだけじゃなく前演目のスタッフにも迷惑かけて……


「なんなんだよ」


 ぽつりぼやくと、聞きとがめた鞍干はほんの一瞬だけ目線を寄越す。


「知らねぇの? 相変わらずウトいねぇ。この演目の……ホラ、今上手(かみて)でしゃがんだセンパイいるだろ? あのセンパイの演技、学年一って評判なんだ。次に劇高祭でスカウトされるヤツがいるとしたらあの人だって言われてる」


 視線の熱さをそのまま込めたような熱っぽい説明。

 釣られて舞台をのぞこうとするけれど、目の前に立ちふさがったセットで見えやしない。そう、口惜しいことに鞍干はオレより背が高いんだ。顔もよくて芝居もできて背も高いとかぐぬぬナニ様。

 って、いやいや、そうじゃないっ。


「いや、あのさ。それほどの人の演技を見てみたいって気持ちは分かるよ? でも……」


 その小言は、鞍干の独白にあっさりと遮られる。


「……でも、おれだって負けやしない。いや絶対ェ負けちゃいない。役の作り込みならおれのが上だ。スカウトされんのはおれだ」


 おい。


 おい。

 ……ってことはなんだ?

 コイツ、先輩の演技から学ぼうとここに忍び込んだワケじゃなくて、どっちかっつーと敵情視察しに来たのか? あっちこっちに迷惑かけて?

 目の前がくらりと歪んだ気がした。

 いや、いやいやいや。

 いいんだよ? 自分に自信を持つことは。自分を魅せる役者にとっては、ある程度必要なことだろうしね? オレはそれがなさすぎて相模に怒られたしね? うん。いいんだよ? それもいいんだけど、さ。

 嫌な予感がぐるぐる渦巻きだした頭を、堪らず片手で支える。


「え、と。鞍干は随分自分の役作りに自信があんだね」


「ったり前だろ」


 鞍干はもうオレを見もせず即答する。その目に映るのは件の先輩ただ一人。瞳の奥で、尊敬の念ではなしに明らかな対抗心が燃えている。


「でもって、劇高祭でのスカウトを狙っていると」


「俳優科の人間なら誰だってそうだろ」


「アピールポイントは役の作り込みの深さ?」


「それだけじゃないけどな」


 それだけじゃないってことは、それも大いにあるってことじゃないか。

 密かに深く息を吸う。

 正直これを尋ねたくない。

 尋ねて、万が一予想通りの答えが返ってきてしまったら、冷静でいられる自信がない。

 いや、でも、だけど……

 胸に吸った息を吐ききってから、改めてその横顔に問う。


「じゃあ……鞍干が頑なに泣かないのって、スカウトの人の目に留まるためなのか? 自分の役作りをアピールするために?」


「悪いか」


 短い答えに、揺らぎはなかった。


「おい……おいっ」


 その肩に手をかけ、強引に振り向かせる。驚いたように目を丸くする阿呆の胸倉を両手で掴み、揺さぶった。

 怒りのあまり唇も声も震えてしまう。


「そんな……そんなんないだろっ。オレ達の芝居は……『鬼弁慶』は、お前のオーディション会場じゃないんだぞ? お前の演技力見せびらかすための場じゃねーんだっ!」


「おい、静かにしないか!」


 ブタカンさんの声が飛んでくる。でももう止まれなかった。


「一本の()()なんだよ! そんな手前勝手な都合で、芝居の筋曲げていいと思ってんのか!?」


 オレ達ここンとこ、なんでこんなに悩んでたんだよ。

 なにを悩んでたんだよ、コイツは自分のことしか考えちゃいなかったのに。

 なんで相模は怪我しなきゃなんなかったんだよ。

 なんでソレ黙っててくれたと思ってんだよ。


「照明は全て自分を照らすためにあるとでも思ってんのか? 効果音は全部お前を引き立たせるためにあるとでも!?」


 大道具班が、なんで真夏の中庭であんなに汗だくになってたと?

 照明班が、どうして月一つにあれだけたくさんの種類を用意したと?

 演奏班がオリジナルにこだわって、曲作りから演奏まで手がけてると?

 SE班が折角作った効果音を没にされても、めげずに頑張ってると?

 衣装班が夏休み中に合宿して、皆が驚くほどの衣装を作ったと?

 小道具班がノコ片手に山に分け入ってまで、素材を調達してきたと?


「勘違いすんなよ。オレら裏方は役者を盛り立てるための舞台装置かもしれない。でも役者のためにやってんじゃねぇ!

 全ては()()()()()、ひいてはお客さんのためだ! いるかいないかもわかんねースカウトの人間のためなんかじゃ絶対ねーぞ!」


 がなり散らしている間、鞍干は感情の失せた瞳をただ見開いて、揺さぶられるがままになっていた。オレ達の横を大掛かりなセットがゆっくりと通り過ぎていく。それを運ぶ先輩達の好奇交じりの視線が刺さる。

 荒くなったオレの息が収まるのを待って、鞍干はフンと鼻を鳴らした。


「ご立派なこって」


 なんだと?

 すかさず睨むと、鞍干は例によって小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「言ったってまぁ、実際本番で泣くか泣かないかはおれが決めるこった。アンタらは粛々と役者を照らしてるしかねぇ。だろ?」


「なっ!」


 身体中の血液が沸騰して逆流してんじゃないかと思うほど、一気に頭に血が駆け上る。けれどそんなオレに鞍干は冷ややかに尋ねた。


「アンタ、富樫役のオーディション受けてたんだって?」


「……それが、なんだよ」


 事実を言われただけなのにたじろぐ。

 受けたのにその役じゃないってことは、つまり、そういうことだから。それに、元から裏方希望でもなかったクセにって言われたようで。

 隠したつもりのオレの怯みを見破った鞍干は、唇の端を吊り上げる。


「でも富樫役になったのはおれだ。富樫のオーディション受けてすらいないおれだ。分かるか? アンタはおれに負けたんだ、り比べるまでもなくな。それくらいおれよりヘタなんだよ。そんなアンタがおれにどこから目線で説教だ?」


「…………っ!」


「テメェが正しいと思う芝居にしてぇなら、まずは巧くなんなきゃダメってことだねぇ。成り上がってからじゃなきゃ、望む芝居なんか作れっこねぇンだよ」


 そう言い切ると、鞍干は再び舞台に視線を放る。もう話は終わったとばかりに。


 ――なんて、言えば いい。


 なにか言わなきゃ。

 裏方の一人として、いや裏方全員の頑張りを間近で見てきたブタカンだからこそ、聞き捨てならねーと怒らなきゃいけないって、思うのに。

 その思いが喉元まで迫りあがって痛いくらい酸っぱいのに、言葉が、声が、出てこない。


 ショックだった。

 ヘタだと言われたことじゃない。

 あの日――中庭で鞍干と二人、少しだけ話せた時。高飛車で傲慢で鼻持ちならないヤツだけど、演技に対してはひたむきで、根っからの芝居好きなんだって知って、嬉しかったんだ。

『有名になりたい』なんて五歳児みたいな夢語ってたけどさ。

 でもそれは、事務所にゴリ押しされた下手な役者とりたくない、本気で芝居と向き合ってる奴らだけでいいモン作りたい、そんなワガママ押し通せるほどの発言力を持った役者になりたい、って……そんだけ芝居に妥協できない大バカ野郎なんだって、それも親近感を覚える類のバカ野郎なんだって分かって、すげー嬉しかったのに。

 

 それなのに鞍干にとってこの演目は、そういう大物に成り上がるための足がかりでしかなかったんだ。

 芝居なら妥協できないはずなのに、この演目では筋を曲げても我を通す。つまりこの演目は鞍干にとって『芝居』じゃなく、ただの『踏み台』だということ。踏み台は厚ければ厚いほどいい。


 だから練習前に皆でアップをしようなんて提案してくれたのか?

 あれは芝居のことを思って言ってくれたんじゃなかったのかよ。

 芝居そのもののクオリティが上がれば目につきやすくなるだろうって、そういう魂胆だったのか?


「鞍干、」


 気付けば口が動いていた。

 鞍干は振り向かない。構わない。


「お前この芝居、なんのために演じんの?」


「だぁから言ったろ、」


「誰のために演じんの?」


「……だから、……」


「今、演じてて、楽しいか?」


 次の瞬間、振り向いた鞍干に突き飛ばされた。堪らずよろめき、後ろの壁に強か背中を打ちつける。ドンッと鈍い音が響いた。


「おいお前達、いい加減に……!」


「っるせぇよ! アンタにおれのなにが分かるってんだよ!」


 ブタカンさんの怒号を遮り、ドーラン越しでも分かるほど頬を紅潮させ、鞍干が叫ぶ。


「いいよな一般組の連中は気楽で! 特にアンタらはみ出し組は、経験も実績もねぇクセに人一倍ヘラヘラしくさって。なのになのに、いつもイイトコ掻っ攫っていきやがるっ。目障りなんだよ!」


「え、それオレに言うの?」


 オレだけは一度もイイトコなんてなかったハズなんですけど?

 痛みで妙に冷静になり思わず言い返してしまうと、鞍干はますます激昂した。折角セットしてもらった髪を苛々と掻き乱し、歯を剥きだして威嚇する。


「あぁ目障りだ! おれがどんなに努力しようが、お気楽でのほほんとしてるだけのお前らの方がなんでか人目を引きやがる、支持する連中が集まりやがるっ。天野耕助も、菜々子先生も裏方の連中も!

 なんでだよ!? こっちは学校から発破かけられながら常に必死こいてるってのによぉ!」


 すると、荒れる鞍干の腕を誰かが掴んだ。大道具班の班長さんだ。大柄な彼は人好きのする笑みを浮かべた。


「よその演目がゲネ中なんだ、見て分からんか?」


 温和な口調だったが、ガタイのいい彼に見下ろされ鞍干はいくらか怯んだようだった。黙り込む鞍干に噛んで含めるように言い聞かせる。


「当然ここは立入禁止だし、騒ぐなんてもっての外だ。舞台に関わるモンなら、小学校の演劇部員だって分かってるはずのルールだぞ? 皆に支持してもらいたいんなら、まずはちゃんとルール守って、周りに迷惑かけんようにすることからじゃないか?」


 すかさずブタカンさんも寄ってきて口を添える。


「一旦こちらの手を止める。その間に出ていくんだ。これ以上ここで騒ぐというなら、監督教員の方へ報告させてもらうぞ」


 否も応もない。

 膝に額がつかんばかりに詫び倒し、ふて腐れっ面の阿呆を……もう阿呆でいいよな……通路に引きずり出した。



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