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本番間近1 「なにしてんだよ」

劇ボク更新再開いたします。

本番が始まるまでは週1更新、本番に突入後はエピローグまで一気に行く予定です。

はみ出し組にもうしばらくお付き合いいただけましたら幸いです。


「えー、もう二度リハしてるので繰り返しになる部分もありますが、最終リハの注意事項を……」


「えー、そこはっ()()『ゲネプロ』って言っとこうよブタカーン」


「……ナンデモヨロシイ」


 最後のリハーサル……いわゆるゲネプロを目前に控え、『鬼弁慶』の役者スタッフは全員一室に集まっていた。それぞれ上着を羽織ったり、ロンTを中に着込んだりしているけれど、揃いのスタッフTシャツを着て並ぶ約百名の姿は壮観だ。

 そんな皆の前に立ち、ゲネに際して説明をと思いきや初っ端から茶々を入れられてしまった。しんなりと肩を落とすオレの姿にどっと笑いが起きる。

 相変わらずイジられやす……いや、絡まれやす……いやいや、絡みやすいブタカン、オレである。

 気を取り直して咳払いを一つ。


「えー、と。今回のリハーサルは今までと違って、劇高祭最終日に上演する演目と合同で、本番当日と全く同じ流れで行います。ので、注意事項もモロモロ増えるので耳の穴かっぽじってよーく聞いといてくださーい」


 皆まだクスクス笑ってる。ぐぬぬ。

 奥歯ギリギリするオレの横で、天野がふむとアゴに手を当てる。


「皆さん、緊張を紛らわせたくなる気持ちも分かりますが、あまりブタカンを苛めないように」


 相変わらず小声でボソボソ喋る天野だけど、天野が口を開いた途端サッと皆押し黙り、背筋までもがシャキッと伸びる。

 ……これが『かりすませい』とかいうものか。

 圧倒的なそれを前にぽかん顔のオレをよそに、天野は続ける。


「いよいよ明日から劇高祭が始まります。我々の本番はいよいよ三日後……本番と同じ段取りで練習できるのはこれが最初で最後、そして練習自体もこれが最後の一回となります。気を引き締めていきましょう」


「ハイ!」


 九六の口が一糸乱れぬ動きで応じる。轟いた返事に窓ガラスが震えたような気がした。それにも動じず、「ではどうぞ」と天野はオレに引き継ぐ。オレはスケジュール表を片手に改めて説明を始めた。


「今までのリハと同じく、役者陣は仕掛かり中の舞台や袖には決して立ち入らないでください。前演目の上演中や仕掛かり・撤収中も同じくです。道具が散らばっていたり、バトンや幕の上げ下ろしをするので大変危険です。オレの方で最終安全確認が終わったら合図するので、それを待ってから入るようにしてください。

 その後でなにか危なそうなものを見つけたら、自分では決して触らず、近くのスタッフに声をかけてくださいね。この時、スタッフの背後から声をかけることはせず、必ず正面に回ってから話しかけること。後ろからは見えなくても、スタッフはインカムでのやりとりに集中していることがあるので、気付かないことがあります」


 何度も繰り返している注意事項だけど、舞台上の事故を防ぐのが仕事のブタカンとしては口を酸っぱくして言わなきゃならない。皆も耳にタコだろうけど、最後までじっと聞いていてくれた。

 我ながら長々しい説明がようやく終わったとき、部屋のドアがノックされた。次いで連絡係の生徒の顔が現れる。


「『鬼弁慶』の皆さん、控え室が空きましたのでどうぞ」


 その言葉で、皆の顔に改めて緊張が走る。もちろんオレも同じだ。


「……さぁ。ではいきましょう、皆さん」


 天野の号令に、再び威勢のいい応えが響いた。




 控え室になだれ込むや、そこは即座に戦場と化した。

 控え室は奥半分が畳敷きで、手前に大きな鏡付きの化粧台が並ぶ大部屋だ。鏡のぐるりを球型ライトが縁取っていて、あまりの眩しさに目がチカチカする。

 現在舞台でゲネ中の先輩達の荷物が、そこここに散らばっていた。余程慌てていたんだろう。あとで「ここに置いといたのがない!」とトラブルにならないよう、どかすのは最小限とどめ、うまくよけつつ自分達の荷物を広げる。

 入れ替わり立ち代り控え室を使うんだから、片付けなかった方が悪い、と切り捨てるワケにはいかない。体育会系ほどじゃないかもしれないけど、舞台の世界にも上下関係はしっかりとある。


「荷物は他の演目と混ざらないように気をつけて、特にメイク道具とか細々したもの! 分からなくなりそうなものは本番までに名前書いといてね」


「はーい」


 オレの呼びかけに返事をしながら、衣装班の面々は畳の上に陣取ると、すぐさま自分が担当する役者に衣装を着付けていく。着付け担当の班員よりも役者の人数が多いため、役者達は声をかけられた順に着付けてもらう。

 待っている間に先にメイクやヘアセットを行う役者もいる。担当するのは小道具班の面々だ。彼女達は鏡前のイスに役者を座らせ、刷毛やドライヤーを器用に操り、首から上を仕上げていく。

 ……まったく、彼女達の万能さには舌を巻く。コスプレイヤー恐るべし。

 ド素人のオレに手伝えることはないので、インカムの調子を確かめついでに、マイクに向かって小声で呟いてみる。


「オレ、大道具班の手伝いに行ってくるね」


 すると即座に返事が返ってくる。


『オレって誰?』


 しまった。

 それもそうか、音声だけでのやりとりなんだから。


「ごめん、ブタカンです。今控え室、これから搬入口の方へ回ります」


『OK』


『了解』


 イヤホンから次々に応答の声が飛び込んでくる。

 よしよし、インカムはちゃんと使えるな。一人でうんうん頷くと、傍らの天野に目配せして、そっと控え室を後にした。


 舞台裏に巡らされた通路を通って搬入口に回ると、そこもそこで戦場だった。

 道具を運び出そうとする一演目目のスタッフと、搬入しようと入り口に殺到したうちのスタッフとが行き交って、凄まじい混雑っぷり。

 皆腕に大道具を抱えていて視界が悪いもんだから、ちょっとフラつけば互いに接触しかねない状況だった。インカムのマイクをオンにしたまま慌てて大声で呼びかける。


「ストップ、『鬼弁慶』のスタッフストーップ! 慌てなくていいから、先に先輩達を通してあげて!」


 するとどれかの大道具の陰にいるらしい神宮寺の苛立った声が、すぐそばからとインカムからとダブって聞こえる。


「時間が押してるのは相手の方だぞ。搬出は速やかに、控え室空くまでに済ますルールだろうが! なんでルールも守れねぇ相手にこっちが譲ってやんなきゃなんねぇ!」


「まぁまぁ、落ち着い……」


「なんだと! 仕方ないだろ、二演目目があんな馬鹿デカいセットを袖に置きっ放すから、邪魔で時間がかかってるんだ! おれらのせいじゃないぞ!」


 宥めるより早く、聞き咎めた先輩ががなり散らす。


「俺らのせいでもねぇでしょうよ、こっちだって搬入するモン沢山あるんだ!」


「文句なら今ってる連中に言え!」


「道を譲れ一年坊主ども!」


 あわわわわわ……!

 どの演目も大道具班には血の気の多い人が集まっているらしい。皆荷物を放って睨み合い、一触即発の空気が張り詰める。腰が引けつつも飛び出して、間に割って入る。


「ま、待った待ったー! お願いだから待ってっ! 退いて! 時間ならまだあるからっ!」


「うるせぇ!」


 味方からも相手からも異口同音に怒鳴らされ、ジャン君ちょっと泣きそうになる。

 ……いや、泣いてる場合じゃねぇ! オレはブタカンなんだから! オレが止めずに誰が止めるんだ!

 腹いっぱいに息を吸い込み、俳優科で鍛えた腹から大声を振り絞る。


「いいから落ち着けーっ! まず言い合うことが時間のムダ! 出入りが行き交うのは非効率! 先輩方すんませんでしたっ。ほら、いいから一旦皆退いてっ! オレも手伝うから!」


 ムダや非効率の言葉に顔を見合わせ、うちのスタッフ達は舌打ちしながらも退き始める。冷静になった先輩達も、「なんか悪ぃな」なんて言いながらそそくさと搬出を再開した。

 ……はぁ、よかった。なんとか納まってくれた。

 うちの演目単体でリハしていたときと、他の演目と合同で行うリハとでは、こんなにも勝手が違うものだなんて。

 けれど安心したのも束の間、今度はインカムから怒号が飛んでくる。


『ブタカーン、マイク入れたまま大声出さないでッ!』


『耳痛い!』


「あ、ごめん」


 咄嗟に、相手に見えもしないのに頭を下げて、そっとマイクのスイッチを切った。

 ……ホント、色々勝手が違う。

 一日の授業を全て潰して、合同リハの時間を設けてくれた学校に、この時ばかりは感謝した。


 搬出が終わるのを待って、軍手をはめた手で大道具を運ぶ。前の演目がゲネ中なので、袖内の邪魔にならないところまで。

 横目でのぞき見た舞台の上では、先輩達が熱のこもった芝居を繰り広げていた。

 燦々と降り注ぐライトを浴びて、手の込んだセットの間を闊歩する役者達。その姿は少しばかりの緊張と自信とに満ち溢れている。きちんとアイロンの当てられた衣装、セットされた髪、ホリゾント幕を染める照明――その全ては彼らを彩るための舞台装置。スタッフが拵え、準備し、段取るなにもかもは、舞台上の役者達をより一層輝かせるためにある。

 袖幕の一歩向こうは、薄暗い袖の中とはまるきり別世界だ。


 ――……あぁ、いいな。


 ふと自分の姿を見下ろす。

 手には軍手。カーゴの後ろポケットには丸めた二本挿しの台本とタイムライン表。腰に巻いた大きめのシザーバッグには、蓄光テープやハサミ、ペンやインカムの予備バッテリーなどが詰まっている。おまけにここのところ埃っぽい袖内で作業してきたため、どれも薄汚れていた。

 誰がどう見ても一人の裏方スタッフだ。

 こんなんじゃ、あの眩しい舞台に立つことなんて、できやしない。

 こんなんじゃ……――


 チクリと胸を刺す感傷を、バカなことをと頭を振って追い払う。

 ここまで来てナニ浸ってんだ。

 汚れがどうした、むしろ誇れよ、そんだけ袖の内側で頑張ってきた証じゃないか。

 そうだ、最初は頼りないブタカンだったけど、今となっては『鬼弁慶』の舞台裏のことは誰よりも把握しているつもりだ。授業中に居眠りしようが赤点とろうが、その分裏方の勉強だけはしっかりしてきたんだから。


 もう一度舞台を振り返る。

 哀しさや寂しさはもうない。

 ……見てろ、あの先輩達よりもきっとずっとうちのヤツらを輝かせてやるからなっ。

 鼻息荒くフンと息を一つ吐き、


「よーし、次はなに運ぶー?」


 そばにいた神宮寺に声をかけたときだ。

 インカムから栗沢姉か妹の切羽詰った声が聞こえた。


『こちら控え室、誰か鞍干富樫見なかった?』


 神宮寺と二人してマイクを入れる。


「こちら上手袖の神宮寺。こっちにはいないッスよ」


「同じくブタカン、どうしたの?」


 呼びかけると、彼女が首を巡らす気配がする。おそらく辺りを見回しているんだろう。


『それが控え室の中にいないの! メイクとヘアセットが終わるまでは確かにここにいたんだけど、着付けの順番までまだ時間がかかりそうって言ったあと、姿が見えなくなっちゃってぇ……!』


「トイレとかじゃなくて?」


『そう思って関守役の子に男子トイレ見てきてもらったんだけど、いなかったんだってぇ~! どぉしよぉ~ブタカーン!』


 ……なんてこった。こんな時にどこ行ったんだよ鞍干は!

 他の場所に散っているスタッフ達に再度呼びかけてみるも、これといった情報は得られなかった。

 というか、そもそも普段役者陣と別行動していた上に、リハ中は遠目に見るだけのことが多い裏方スタッフ達の中には、役者の顔をしっかりと把握できていない子もいる。だからこそ役名と名前をくっつけて呼んでいるんだけど。

 ともあれ、鞍干が舞台メイクをしていようと見分けられるオレが探すしかない。

 神宮寺にあとを頼むと、大急ぎで舞台裏の通路へ駆け込む。


「……ったく! なにしてんだよ鞍干は!」


 焦りから来る苛立ちに任せ、汚れた床を蹴飛ばした。



 鞍干の姿を求め息を切らして駆けずり回っていると、下手袖にいるスタッフから連絡が入った。メイクはしているけど、どうもゲネ中の役者じゃなさそうな男子を見かけたと。

 すぐさま駆けつけると、いた。

 舞台用の濃いメイクでいつも以上に強調された目鼻立ちと、総髪に撫でつけられた髪。いつもとは随分雰囲気が違っているけど、確かに鞍干だ。

 鞍干は慌しく行き来する前演目のスタッフ達を避け、奥まった場所に仕舞われたセットの影にひっそりと佇んでいた。例の大きすぎて置きっぱなすことになったセットだろう。高さがあり入り組んだそれの間に身を潜め、じっと舞台を見つめている。


「おい鞍干、こんな所でなにしてんだよっ」


 そっと近付き小声で呼びかけると、集中していたらしい鞍干は大きく肩を揺らした。


「……ンだよ、ブタカンか」


「ンだよじゃねーよ! 衣装班がお前のこと待ってんだぞ、とっくに着付けの順番だって。ってか、オレ注意したよな? 袖には近付くなって! ホラ、早く控え室へ……」


 腕を掴んでこの場から引きずりだそうと焦るオレを、鞍干は面倒くさそうに振り払う。


「おれの番までまだまだ時間があるっつーから、ちょっとセンパイ方の芝居を見学しに来ただけだ。本番は見られないからな」


「バッカ、だからオレの話聞いてた? 袖には入っちゃいけねーの! 本番でもゲネでも! 今ここは前演目が使ってんの、搬入以外では入っちゃいけねーのっ!」


 まるで悪びれない鞍干に怒りをぶつけていると、


「おい煩いぞ。どうして部外者がここにいる?」


 背後から冷ややかな声がして飛び上がる。振り向くと、神経質そうな尖った鼻に、切れ上がった目……そう、あのおっかない前演目のブタカンさんが、オレよりも数倍不機嫌そうな顔で立っていた。

 よりによってこの人に見つかるなんてサイアクだ!


「す、すみません! すぐに連れて出ますから!」


 彼はチッと小さく舌打ちする。


「今から君らの横のセットを舞台上へ運び出す。危険だから終わるまでそこを動くな。そのあとは……」


「ハイ、すぐ出て行きますっ」


「……そうしてくれ」


 ブタカンさんが合図すると、大道具さん達がサッと駆け寄ってきて運び出す準備にかかる。その中には神宮寺と一緒にアイサツした班長さんもいた。オレに気付きにこやかに片手を上げてくれる彼に、やたらと申し訳ない気持ちでぺこり頭を下げる。

 ……くそぅ、お前のせいだぞ鞍干っ。

 恨みがましく見やると、鞍干はそんなオレにはお構いなしで、再び舞台の上の芝居に見入っている。あまりに熱心な様子で、声をかけるのを躊躇ってしまうほどだった。



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