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涙の行方1 「さー」



「……準備はよろしいか、ジャン君よ」


「えぇ、いつでもよろしくてよ相模クン」


「俺、夕べは徹夜したんだ……」


「あれお珍しい。やだオレ傘持ってきてないのに」


「安心したまえ、学生の本分を果たしたまでよ」


「やべーよこりゃ、傘じゃ足んねーよ、鉄板でもなきゃ死んじゃうよ」


「槍なんて降らねぇよ!」


 窓の向こうは青と橙が半々の、雲一つない綺麗な空。

 放課後、追試会場である教室に一番乗りしてしまった相模とオレは、ノートを広げつつも勉強するでもなく、いつものようにふざけあっていた。

 追試は他のクラスと合同なのでそれなりの人数が集まるはずだけど、教室の中はがらんとしている。

 そりゃそうか。

 赤点とって追試だなんて、普通あんまり周りに知られたくないもんな。他の生徒達が各演目の練習場所に行ってしまって、人目がなくなった頃を見計らって来るんだろう。ホームルームが終わるなり堂々と追試会場にやって来たオレ達には、どうやら恥の概念が足らないらしい。

 こちらをうかがう同級生達の、気の毒そうな、笑いをかみ殺したようななんとも言えない顔が、ドアの窓を滑っていく。

 微妙な表情のオンパレードになんだか可笑しくなってきて、いっそ開き直って手でも振ってやろうかなんて思えてくる。

 いやヤメた、余計な恥をかくこともない。役者が恥を捨てるのは稽古場と舞台の上だけでいいはずだ。

 そう思い直して視線を戻すと……いた。

 手ぇ振ってるヤツがいた。

 オレの隣に。

 相模はドアのガラス窓の向こうを行く女子達に、恥ずかし気な素振りも見せず白い歯だけはしっかり見せて、ひらひらと手を振っていた。そんな相模に「やーだぁー」と笑う声がする。

 ……もしかしなくてもコイツの同類だと思われたんじゃなかろうか。やーだぁーのはオレだいっ、少なくともオレにはまだやーだぁーって思える恥じらいがあるぞっ。コイツとは違うぞっ!


「なんでぇジャン、顔真っ赤」


「誰のせいだと思ってんだ!」


「誰のせいだって?」


「うるせー、もう話しかけんなっ。勉強しとけばーか!」


「バカはお互い様だバーカ」


「お前の方がばーか」


「お前だって赤点だろバーカ」


「ばかっつった方がばーか」


「ブーメランだぞバーヤ」


「オレ男だし、なるならジーヤ」


「もう一文字も合ってねぇよバーガー」


「腹減ったな」


「な」


 そうこうしているうちに、廊下を行く足音が減ってきた。

 と、ガラッとドアが開き、見慣れた顔がやって来た。オレ達に気付くなりムッと不機嫌そうな顔をしたソイツに、思わず相模とハモる。


「あ、鞍干」


 鞍干は返事もせず、オレ達から離れた席に手荒く鞄を放った。


「なんだよー、鞍干も赤点だったのか」


 オレが気安く声をかけると、相模はヤメとけよと言いたげに横目で視線を送ってくる。

 オレ達はみ出し組とは入学当初から相容れない鞍干だけど、この前中庭で話せたことで、少しは仲良くなれたんじゃないかとつい話しかけてしまった。

 鞍干の沈黙にどぎまぎしていると、ややあってその口が開く。


「演出には言ってきた」


「そっか」


 返事が返ってきたことと、天野にきちんと遅刻の連絡をしていたことにホッと胸を撫で下ろす。相模は鞍干の反応に目を瞬いていた。その驚きっぷりにちょっと気分がよくなって、更に声をかけてみる。


「鞍干、勉強してきたか? オレなんて試験範囲の後半サッパリでさー」


 試験前の「勉強した?」「してないしてないー」的なお約束のフリをしてみたけど、


「一緒にすんな」


 ……大変つれないご返答を頂戴してしまった。

 へこたれたのが顔に出てしまったらしい。相模は『なんでわざわざ自分からケガしに行ったんだ』と、呆れ半分窘め半分な顔で首を傾げた。

 ……あれぇ? 鞍干の夢とかその理由とかを聞けた時、ちょっとは分かり合えたと思ったのになぁ。分かり合うは大袈裟でも、少しくらい打ち解けられたと思ったのに。そう感じたのはどうやらオレだけだったらしい。残念。

 ……いやいや、でも確かに鞍干は演劇好きだし、努力家だし、芝居がよりよくなるように練習前のアップの提案してくれたこともあったじゃんか。

 うん。なれ合うのが嫌いなだけで、悪いヤツじゃないんだよ。いつも周りにシンパの女子侍らせてるけど。


 一体誰にしてるのかと我ながら謎な弁解を展開していると、数学教師に追われるようにしてわらわらと追試生達がやって来た。

 先生の指示で、クラスごとに出席番号順で席に着く。出席番号は名前順なので、「あ」で始まる名前のオレが一番前、後ろに鞍干、その後ろに小島である相模が座った。

 用紙が配られると、早速名前を書き込む。


「……全員記名は済んだかな? じゃあ、制限時間は四五分。よぉい……始め!」


 そうだ、今はヘコんでる場合じゃない。この追試で合格ラインに達しなきゃ単位はもらえないんだ、留年なんてまっぴらだ!

 無理矢理頭を切り替えて、目の前の問題に集中することにした。




 伊達先生が根気よく教えてくれたお陰で、時間内に解答欄を全て埋めることができた。オマケに、終わってからざっと検算できる余裕まで。勿論それなりに手応えアリ。

 荷物をまとめてやって来た相模の表情からも、上々の出来だったことがうかがえた。


「マジ伊達に感謝だなぁ。無事合格点とれたらなんか奢ってやんなきゃな」


「だなぁ。でもそれなら皆に奢らなきゃだな、他の皆も試験前にそれぞれ得意科目教えてくれたじゃん」


「あちゃー、俺ら赤点とる度に破産すんなぁ!」


「赤点とらないようにするって選択肢はねーのかよっ」


 支度し終わって立ち上がると、鞍干の姿はもうなかった。オレらがだべっている間にさっさと行ってしまったらしい。

 すると相模は声を潜め、妙なことを言い出した。


「……アイツ、ホントはすげぇ頭いいんじゃねぇ?」


「誰が?」


「鞍干」


 は?


「バカだな、頭いいならオレらと一緒に追試受けてるワケねーじゃん」


 ちっとも取り合わずにいると、相模はムキになって眉を寄せる。


「俺だってそんくれぇ分かるって。そもそもアイツ、授業中はずっと携帯イジッてるか寝てるかだし、ぶっちゃけ絶対ぇ馬鹿だろコイツくれぇに思ってた」


「マルっと同意」


 でもよ、と相模は食い下がる。


「お前は前の席だから気付かなかったろうけど、アイツ開始から一五分くらいで寝始めたんだぜ? 机に突っ伏して堂々と」


「マジで? 一五分であの問題終わらせたってことか!」


 先生が終わりの合図をするまで寝ていたと言うから、本当にそうらしい。いや、オレでも検算できる余裕があったくらいだから、甘めの問題ではあったんだろうけど……


「だったらなんでそもそも赤点とったりしたんだよ?」


「知らねぇよ、俺が聞きてぇよ。試験当日腹下してたとかじゃねぇの?」


「あー……」


 そういうこともあんのかな。

 あの授業態度の鞍干が頭いいだなんて、なんだか意外だけど。でもこの追試で合格しなきゃ単位落とすことになるんだから、いくら不真面目なアイツでも真剣にやるはずだし……


「演技も巧くて、顔もよくて、オマケに頭もいいだなんて……パーフェクト超人じゃないですかーやーだぁー」


「いやいやはみ出し組だって負けてねぇよ? いるだろ、歌ウマ秀才イケメンが」


 鼻息を荒くする相模の肩をポンと叩く。


「……仲間引き合いに出しても虚しいゼ相模クン。オレらもせめて赤点とらないようにするところから始めようか」


「もっともだな!」


 連れ立って教室を出ると、もう陽は落ちて電灯が煌々と白い廊下を照らしていた。長い廊下の隅から沁みだしてくる冷気に、ぶるりと首を縮こめる。

 相模はゴツい耐水仕様の腕時計に目をやった。


「俺レッスン室行くけど、ジャンはどうする? まだ時間あるし見に来るか?」


「いや、明日行くってことで天野と話ついてんだ。今日は大道具班のニス塗り手伝いに行かねーと」


「そっか、んじゃまた帰りにな」


「おー」


 互いに軽く手を挙げてその場は別れた。

 相模があんまりあっさりと、食い下がる素振りもせずに去っていったもんだから、オレは無意識のうちになんだか安心してしまっていたらしい。レッスン室の雰囲気があんな風になってしまっていたなんて思いもせず、のんきに鼻歌なんぞ歌いつつ中庭へ向かったのだった。



        □  ■  □



 そして翌日の放課後。

 無事に相模共々追試をクリアしたこともあって、いつもに増して足取りも軽くレッスン室に向かう。

 そろそろアップが終わる頃だろう。

 最初からオレがいる状態でいきなり例のシーンの練習に入ってしまうと、天野の援軍としてやって来たと構えられかねないという天野の配慮で、わざと遅れて来たんだ。

 ……オレ個人の気持ち的には、演出の相方であるブタカンなんだから天野の援軍でもいいじゃんと思わないでもないけど。天野はあくまで公正な視点で意見が欲しいということだった。

 なんつーか、ストイックだよなぁ……ブタカンは演出の思う舞台を具現化するのが仕事なのにさ。オレ一人くらい味方でいたって……

 って、一人でごちゃごちゃ考えてもしょうがないけど。


 まだ少し早いかな、もう少しブラついてから行った方がいいかな、なんて考えながら階段を登って行くと、上の方から不思議な音がした。

 バタン、ドサッと、厚みのあるクッションかなにかに、力いっぱい重いものを叩きつけるような音。

 なんだなんだと階段を駆け上がると、レッスン室の前の廊下に追っ手役の役者達がいた。

 廊下にマットを敷き詰め、次々に飛び込んでは側転やハンドスプリングをし、中にはバク宙をキメるヤツもいた。


「うっわ、すげー!」


 思わず声をあげると、皆は練習を中断してこちらに向き直った。お疲れと口々に声をかけてくれる。

 このマットどうしたのかと尋ねると、同じクラスで一般組の西松が、窓の外に見える体育館を目で示した。


「立ち回り、どうせなら派手にやろうってことになったんさ。体育館からマット借りてきて、こうして練習中ってワケ」


 説明してくれながら、うなじにへばりつく髪をちまちまと指で摘まんで払う。前に、役に合わせて伸ばしているんだと聞いたことがあった。今は伸ばしかけでまだ結うこともできず、一番煩わしい時期なんだろう。


「おぉー……三河がアクロバティックだって言ってたけど、こういうことか! もう侍ってか忍者みたいな身のこなしだな!」


「あはは、そう言われてみたらそうかも? でも、むりぐり技をぶっこんでるワケじゃないんさ。相手の攻撃を避ける時とか、やられた時なんかのここぞっ! て時に入れるワケ。

 演出が『芝居はエンターテイメントですから』どんどんやれってさー」


「なるほどね」


 オレ達が話している間に、他の追っ手役達はちょっと一息入れようということになった。

 けれど彼らを見ていると、休憩になったにも関わらず率先してずれたマットを直したり、苦手な技の練習をする姿を撮影したスマフォの動画を見合ったりと、随分熱心な様子だった。

 ……てか、スマフォの動画を練習に活用するなんて。オレにはない発想だなぁ、イマドキだなぁなんて感心しきりで眺めていると、西松はにんまり笑ってオレを手招いた。皆から少し離れたところで小声で切り出す。


「ねぇ、夏休みの頃に比べて皆随分やる気出たと思わないか?」


 ん?

 オレの目から見た追っ手役の皆は、夏休みにせっかく学校まで出張ってきても、自分が出るシーンの練習がまるでない日だってあったのに、文句一つ言わずよく頑張ってくれてたと思うけど。

 そう言うと、西松は垂れ目がちの目を細めて手を振る。


「違うんさソレは、追っ手役としてやる気があったワケじゃなくて、ホラ……分かるだろ?

 おれ達みたいな端役はさ、万が一本番前に名のある役の誰かが病気や怪我をしたとき、代役になる可能性がある。だから、特に推薦組で追っ手役になったヤツなんかは、いつ代役に指名されてもいいように……むしろ相模君や三ツ石君事故れ~くらいの勢いで、皆の練習を舐めるようにガン見してたワケ」


 あぁ、そういうことか。

 オレと同じように、役者を希望しながら裏方に回った俳優科生も何人かいるけど、役者陣と別行動しているから役者の演技を把握することなんてできない。だからいざという時の代役のお鉢は、ほとんど台詞のない追っ手役の彼らに回ることになる。

 当然彼ら自身もそれを分かっている。

 相模達のトラブルを祈られるのは勿論いい気はしないけど、万が一のために備えておくのは芝居にとって必要なことなんだ。


「だけど夏休み明けて相模君がアクションスクールでの動画持ってきてくれて、皆ですげーかっけーって言ってたところへ、天野耕助が一言言ったさ。

『立ち回りはこの芝居の華、魅せ場です。芝居の緩急をつけるためにも、観客の目を義経一行から奪うくらい存分に魅せてください』って。

 その言葉で皆の目の色が変わったさ。あわよくば代役って思ってたのが、『追っ手役でやってやるさー!』みたいな。

 流石は天野耕助ってカンジ。その一言で端役だーってふて腐れてた推薦組のやる気引き出しちゃったんだからさー」


 西松はオレの相槌を待つこともなく、滔々(とうとう)と語り続ける。


「そりゃさ、分かるんさ? 推薦組なのにこんな役でーって腐る気持ちはさ? でもおれみたいな一般組で、台詞なくたって天野耕助の芝居に出られるぞー! ってテンション上がってたヤツもいるんさ。そこんとこの温度差っての? どうしょうもないかなーって思ってたんだけど、ここに来てようやく一体感出てきたっていうかさー」


「うん、うん」


 笑顔で相槌を打ちながらも、そろそろ時間が気になってきた。

 西松ってこんなに喋るヤツだったんだなぁ……情報は有り難いけどそろそろ練習見に行きたいぞー……


「最初はなかなか立ち回りの練習うまくいかなかったんさ。なにせ皆初めてだし」


 すっげーどうでもいいけど語尾の「さ」が気になる!


「なかなか息が合わなくて困ってたところへ助言してくれたのが三河君! 彼もすごいね、『立ち回りもダンスと一緒、リズムだよ!』ってさぁ」


「へぇ、三河が」


「そうそう、で、トントンカッでトトトトントンみたいなカンジでー」


 ……ヤバい、コイツのトークとどまるところを知らない!

 どうしたもんかそわそわしだすと、目敏く気付いた西松はポリポリと頬を掻き、


「あーごめんごめん、つい喋りすぎた! 見に来たんだろ? 中の様子」


 視線でレッスン室を指す。


「あぁ、うん。ちょっと手が空いたから」


 そう答えると、西松はなにもかも分かってるとばかりに二度頷いた。


「大変だねージャン君も。なんとかまとまるといいんだけど……頑張ってね、期待してるさー」


 そう言って、意味あり気に垂れ目を眇める。

 えぇ……? 頑張ってって言われるような事態になってんの?

 知らずゴクリと喉が鳴った。

 そんなオレを置いて戻ろうとする西松の背中に、なんとはなしに聞いてみる。


「なぁ、西松って生まれも育ちも神奈川?」


 きょとんとした顔で振り向いた西松は、たっぷり三秒くらい考えてから吹き出した。


「あぁコレ? なんとかさー、って言っちゃうヤツ? 今は神奈川に住んでるけど、小学校まで静岡にいたんだよ。気をつけてんだけどつい出ちゃうんさー」


 また言っちゃったよと屈託なく笑いながら、今度こそ皆のところへ戻っていった。

 なんだ。話してみれば仲良くなれそうなヤツ、まだまだいるなぁ。

 ほっこり半分、部屋の中がどんな状態か不安半分。

 小さく息を吸ってから、ゆっくりとドアをノックした。







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