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裏方の矜持5 「風の音一つ」


 明けて、第一回スタリハ当日。

 帰りのホームルームが終わるが早いか、鍵を携えたななちゃんを急かし講堂へ走った。

 普段はホールへ続くエントランスから出入りするところを、今日は舞台裏側にあるスタッフ通用口から入る。裏方科生の皆は慣れているみたいだったけど、俳優科生のオレはそれだけでやたらわくわくした。


 扉を潜ると細い廊下が伸びていて、楽屋やトイレ、物置のドアが並んでいた。更に進んで角を曲がると、舞台脇の開けたスペースに辿り着く。

 打ちっぱなしのコンクリートの壁に飾り気のない配電盤。薄暗くて埃っぽくて、ひんやりとした空気が漂っている。

 この愛想の欠片もない空間のすぐ隣に、観客の視線を浴びるはずの舞台がある。今は緞帳(どんちょう)が下ろされ閉ざされているけれど、まっさらなホリゾント幕を奥に引き、リノリウムの敷かれた舞台はそれだけで特別な印象を受けた。

 仕切りひとつない二つの空間の相反する表情に、演劇好きの心が騒ぐ。表と裏、光と影、例えようは色々だけど、芝居を作るためにはどちらも欠かせない存在なんだ。


 おっと浸ってる場合じゃなかった、時間がないんだ時間がっ。我に返りインカムを取ってくる。


「まずはインカムを配るよ、打ち合わせでインカムつけることになってる人は取りに来てー」


 インカムはインターカムの略で、よく量販店でお店のスタッフさんがつけているもの

と同じだ。早い話が、離れた場所にいるスタッフ同士で会話できるトランシーバーみたいなもの。形はブルートゥースのイヤホンマイクを思い浮かべてもらえればいいと思う。

 インカムは全部で一〇セット。数が限られているので、当日の待機場所の各代表者がつけることになっている。大道具班は上手(かみて)担当の綾瀬、下手(しもて)担当の神宮寺、といった具合に。

 オレ自身も装着しつつ、傍らの天野を振り返る。


「なぁ、天野はホントにインカム要らないのか?」


 尋ねると、天野は鳥の巣頭をゆさりと揺らす。


「えぇ、『演出の仕事は緞帳が上がるまで』だと言うでしょう? 本番の幕があけてしまえば、あとは舞台監督であるジャン君の仕事です」


「うぅっ。そうやってプレッシャーかけんなよぉ」


「大丈夫ですよ。本番中はジャン君と一緒に居ますから」


「ううう……」


 鳩尾をさすり呻くと、天野はいつもの鉄仮面ながらもいくらか声を和らげた。


「そんな顔をしている場合ではありませんよ。スタッフ皆が君の指示を待っています。さぁ」


 促され顔を上げれば、目の前では数十人の頼もしい仲間達が今か今かとオレの言葉を待っていた。不慣れなオレなんかよりよっぽどこの舞台のことを知っていて、指示されなくてもテキパキ準備できるだろうに、皆は待ってくれていた。

 そうだ。気弱なこと言ってる時じゃない、こんなオレを担いで頑張ってくれてる皆のためにも、とにかくやらなくちゃ。

 痛む胃を叱咤して、腹に思い切り息を吸い込む。背筋を伸ばし、ハの字描いてるだろう眉を上げた。


「じゃあ、これからスタッフリハーサルを始めまーす!」


 自信なんて相変わらずない。相模になんて言われようとも、今現在ないもんはない。それを裏打ちしてくれるはずの経験もない、知識もない。


「昨日のミーティングで言ったとおり、現状機材は前演目が撤収し終わった時そのままの状態になっています。まずはそこから開幕直前の状態までセッティングしてみて、そのタイムを計測します!」


 でも、やるだけやってみなきゃ。

 やれるとこまでやってみなきゃ。

 こうしてスタリハまで漕ぎ着けたんじゃないか。

 頼りないオレだけど、頼れそうな舞台監督の顔を作って、夕べ何度も頭の中で繰り返したシュミレーションに沿い動くことはできる。

 なんたってオレ俳優科生のブタカンだもの。未熟なのは皆も先刻ご承知、ならせめて皆を戸惑わせないようしっかり『ブタカン』演じて見せようじゃんか。


「じゃあ、各自持ち場についてください!」


 ハイ、了解、おう、任しとき!

 口にした言葉はバラバラだけど、とにかく威勢のいい返事を返し、それぞれが前演目閉幕時点での待機場所に散っていく。


 オレと天野は各スタッフの動きが見やすいよう客席前列に陣取る。そこにはすでに、ニマニマと頬を緩めたななちゃんがいた。講堂内での活動は、事故防止の観点から監督教員の立ち会い必須となっているんだ。

 皆と揃いのスタッフTシャツを着たななちゃんは子供のように瞳を輝かせ、持ち場へ走るスタッフ達を見送る。そしてかすかな匂いを嗅ごうとするかのように、深く息を吸い込んだ。


「んん~っ、やっぱいいわよねぇ! このリハ独特の緊張感、本番前とはまた違うこの空気! 観てるだけで堪ンないわ!」


「ななちゃん張り切ってるねぇ」


「そりゃもうっ、今日の立ち会いずっと楽しみにしてたんだから! あっ、でも余計な口出しはモチロンしないわよ? しませんしません、しませんとも!」


 こっちがなにも言っていないのに、ななちゃんは慌てて自分の口を押さえた。

 ……これだけ芝居好きなななちゃんだもん、見てたらきっと「ここはこうした方が」とか「こうするのも手よ」とか、色々アドバイスしたくなるんだろうなぁ。それでもオレ達の思うに任せてくれるつもりなんだ。

 生徒達の……と言うより、一人の演劇人の先輩として、その後輩達の自主性を尊重してくれるななちゃんに、心の中で深々と頭を垂れた。


「でもアドバイスとかあったら聞かせて欲しいな、なにせブタカンはぺーぺーのオレなんだからさ」


 半ばおどけて肩を竦めて見せると、ななちゃんは口を覆ったままちょっと考え、「あったらね」と言いたげに二度瞬きした。

 そんなやりとりの間に、定位置に着いた皆からの合図がインカムに入ってくる。左手にマイクを、右手にストップウォッチを握って構えた。


「各班準備できたようなので、これから計測を開始します。用意……スタート!」


 自分の号令と同時にストップウォッチを起動する。時同じくして、緞帳の向こうから控え目な足音やキャスターを転がす音が聞こえてきた。後方では、本番中会場案内係を勤める衣装班の面々が、扉を開け放っていく。

 そしてかすかなモーター音がして、緞帳が半分ほど上がった。舞台後方の搬入口から運び入れた例の大岩のセットを舞台下に降ろすためだ。

 オレは天野にストップウォッチを託す。


「んじゃあ、オレも行ってくる」


「はい、よろしくどうぞ」


 その声を聞き終わるが早いか、軍手を装着し下手(しもて)の舞台下に駆けつけた。


「いいか、降ろすぞー……三、二、一!」


 神宮寺の掛け声で、四分割された大岩のパーツが一つずつ舞台下に降ろされる。そこには既にリノリウムが敷かれ準備万端。それがズレないことを確認しながら、男八人がかりで慎重に作業にあたった。

 パーツ同士を留金で固定し、舞台に咬ませるようにセッティングし終わると、神宮寺は大岩の上にひらりと飛び移る。足元を確かめるよう力強く踏みしめ、


「……よし、大丈夫だな」


 強面に満足そうな笑みを浮かべた。

 念のためもう一人のスタッフが一緒に乗り、本番で左近と右近がするように、腰かけてみたり立ってみたりして強度の確認を繰り返す。大道具班が一番力を入れたセットだけあってとても頑丈だった。

 大岩のセッティングが終わり、舞台袖に走って再び緞帳を下ろした。

 その頃になると次々とインカムに飛び込んでくる、チェックを求める声、声、声。頭の中で点検項目を整理しながら順に回っていく。袖にスタンバイされた品々は出す順にきちんと並んでいるか、動線は確保されているか、コード類は危なくないようきちんとまとめられているか……

 初めてということで多少のバタつきはあったものの、スタッフの皆が一致団結して動いてくれたので、目立ったトラブルもなく完了することができた。


「……よしっ、終わり! 天野ー、ストップウォッチ止めてー! ここまで何分だった?」


 閉じた緞帳と袖の隙間からひょこっと顔を出して呼びかける。ところが天野はオレの問いには答えず、じっと宙を見据えたまま動かない。


「おーい、天野ー?」


 再度呼びかけると、固まったままの天野から慌ててストップウォッチをひったくるななちゃん。


「ハイ、止めたわよー二一分ね! 演目間の時間の目安が三〇分で、前演目の撤収に多少持って行かれるから……もう少し縮めたいところだけど、初めてにしたら上出来じゃないかしら。ね、天野?」


 フォローしてくれたななちゃんの言葉も、天野には聞こえているのかいないのか。黒々とした目を見開いてはいるものの、どこかを見ているというワケでもなく、自分の考えに深く沈んでしまっているようだった。

 天野の沈黙に不安になったスタッフ達が、舞台裏からちらほらと顔をのぞかせる。

 マズい。講堂を使える貴重な時間を、天野の長考に費やすわけにはっ!


「あーまーのーっ! どうしたーっ、なんか気になることあるなら言えー!」


 腹の底から声を投げかけると、ようやく天野と目が合った。


「……結構見えるんですよ」


「なんだって?」


 なにが見えるって?

 よく分からないものの、なんとなく長くなりそうな気配を察して一旦緞帳を上げた。袖内で顔を見合わせていたスタッフ達がバラバラと壇上へ出てくる。

 天野はマイクを手に取り、空いた手で天パ頭を掻き乱した。


「見えるんですよ……思った以上に。大岩のセットをする際、一度幕を上げるでしょう? その時に、舞台上で作業する姿が客席からよく見えるんです」


「え? あぁ、まぁ、見えるだろうなぁ」


 だって緞帳上げちゃうんだから。準備中の舞台は当然明かりがついているし、見えてしまうのは仕方がない。

 その日の初演なら完了してから客入れすれば問題ないけど、うちはトリ。前演目から続けて観ようと席についたままのお客さんだっているはずだ。仕掛け中の舞台が観客の目に触れてしまうことは、見栄えのよくないことだとオレも思うけれど。


「……大岩のセッティングが終わり幕を下ろすまで、他のスタッフは待機……というわけにはいきませんかね?」


「え、待機っ? いやそりゃ困るねぇ」


 真っ先に声をあげたのは照明班の葛原だった。照明班は緞帳の内で作業する時間が長い。待機時間は大きなロスになる。


「そこをなんとかできませんか。手の空いている人員を回してカバーしては?」


「照明ブースや可動式スポット担当のスタッフもそれぞれ準備があるし、空いてる子なんていやしないさね。他の班だってご同様でしょ?」


 葛原の問いかけに班長達はきっぱりと頷いた。一〇〇人近くスタッフがいるとは言え、皆それぞれ自分の仕事を持っているので当然の反応だ。

 それでも天野は指先でペンを回しながら、


「なんとかなりませんかね」


「そりゃムチャだよぉ~演出ぅ、フォローしたいのはやまやまだけどぉ」


「自分達大道具班がどんなに急いでも、最低五分はかかるッス。今のギリギリの作業時間で五分はデカいッスよ」


「……しかし」


 なかなか班長達の説得に折れずにいる。

 準備段階の舞台が晒されることは、天野にとって耐え難いことなんだろう。

 天野なりの舞台にかけるこだわりであって、ワガママなんかじゃないのは分かる。けれども実際問題手立てはない、なのに天野は譲る気配がない、おまけにどんどん貴重な時間が過ぎていくわで、スタッフの間に苛立ちが広がっていくのを感じた。


「あー……あんまり見たくれいいモンじゃないし、気持ちは分かるけどさ天野。こればっかりはちょっと難しいんじゃないかな」


「…………ふむ」


 オレが班長達の側でフォローすると、天野はアゴに手を当てまた考えに耽ってしまった。

 思わず時計に目をやる。ああぁ、大事なスタリハの時間がっ! どうしたら天野は納得してくれるだろう。緞帳を開けてないと大岩のセッティングはどうしたってできないし、かと言ってその間舞台上での作業をストップするなんて時間的にできない。

 どうしたら……

 途方に暮れかけたその時、黙って手を挙げた人物がいた。

 ななちゃんだった。


「ハイ、ななちゃんっ!」


 思わず生徒を指名する教師のようにその名を呼ぶと、ななちゃんはおずおずと控えめな声を出した。


「あのぅ……ね? 余計な口出す気はないのよ? ないんだけどさ……あ、勿論スルーしてくれてもいいのよ?」


 お願い言ってー! この状況を打破できそうな意見なら頼むから聞かせてー!

 目線だけで切実に訴えると、ななちゃんはそろり舞台上方を指差した。


「あのね? 知ってるかもしれないけど……この舞台って、緞帳の後ろにもう一枚幕が常設してあるんだわ。紗幕なんだけど、使えないかなーって……」


「それだあぁ!」


 スタッフ達が一斉に叫ぶと、素早い誰かが袖の内に駆け込んだ。合図と共に皆が避けると、緞帳の半歩後ろの空間から薄手の幕が下りてくる。これが紗幕だ。

 紗幕はとても薄い幕で、舞台上のライトが煌々とついている今、客席の天野達からは幕の内にいるオレ達の姿が見えている。けれど、


「じゃあ照明落としていってー!」


 少しずつ舞台上の照明を落として、なんとか作業できる程度に暗くした。すると、


「あぁ……見えませんね」


 天野は満足そうに呟く。

 そう、紗幕は舞台上が明るいときは透過して奥が見え、暗いときには見えなくする、特殊な演出に便利な幕なのだ。


「ぼんやりとシルエットは見えますが、手許が見えてしまうほどではありません。いいですね」


「これなら舞台に咬ませる時にも邪魔にならないし、イケるッスよ!」


 大岩を舞台下に下ろす時だけは全ての幕を上げなくちゃいけないが、その後すぐ紗幕を下ろし目隠しをすることで話はまとまった。

 紗幕があることは皆知っていたけど、こういう使い方があるなんて思いもよらなかった。


「ありがとうななちゃん!」


 両手を合わせて拝み倒すと、ななちゃんは片目を瞑り笑った。



 そこからは芝居の流れに合わせ、セットの入りハケや照明の転換、効果音のタイミングなどを確認していく。


「ピンスポはこの辺りでOK?」


「誰か試しにそこ立ってみてー!」


「今のSE(効果音)、もう少し早めに出しましょうか」


「ちょっと三味線のマイクの音量大きいみたいなんだけどー」


「古木のセット、もう少し前に出せますか?」


 実際の舞台を使ってみて初めて分かることや気付くことが次々出てくる。その場で調整できることはすぐに修正し、そうでないものは一旦持ち帰って後で話し合うことにした。ともかく講堂を使える時間が少ないので、ラストシーンまでの動きをどうしても一通り確認しておきたかった。

 が。


「ふむ……この場面、少し……」


 途中でまた天野が固まってしまった。


「今度はどうしたんだよ?」


 とりあえず一辺最後まで流させてくれよ~……とは思うものの、一度なにかが気になってしまうとそれに没頭してしまう天野のタチは分かっている。

 なにかおかしなところはあるだろうかと、一旦客席に回り舞台を眺めてみた。

 場面は夜の山中。

 古木や立体的な木々のカキワリの向こうに、紫と紺のグラデーションで夜空を表すホリゾント幕。上手側にはうっすらと半月が浮かんでいる。このシーンの出だしは天狗達の歌から入るので、花道に構えた演奏班がその曲を奏で、音響ブースのSE班が風の音を流していた。


「……どっかおかしいかなぁ? 雰囲気たっぷりでいいと思うんだけど……」


 セットと月の配置のバランスもいいと思うし、照明も明るすぎず暗すぎず、不気味な夜の山の雰囲気出てると思うのに。

 皆もどこが変なのか分からず首を捻っている。さっきのこともあって、再びピリピリした空気が流れだしてしまった。

 頼むよー天野ーぉ! 気になることはサクッとスパッと言葉に出して言ってくれぇ!

 すると願いが届いたのか、天野はようやくマイクを口許に寄せた。


「止しましょう。風の効果音、切りましょう」


「えっ、なんで? ここト書きに『風の吹く夜』って書いてあるじゃん!」


「台詞が始まる頃にはフェードアウトさせるから、邪魔にはならないと思うんだけど?」


 驚くオレに次いで、音響ブースの担当者もマイクで呼びかける。

 すると天野は手の空いているスタッフ達に客席に下りてくるよう言って、舞台を手のひらで示した。


「見ていてください。これが現案の『音で風を表現した』舞台です」


 なんだかよく分からないけど、言われるままこの状態の舞台を記憶に焼きつける。

 すると天野は立ち上がり、ななちゃんを連れて舞台に上がった。天野の指示で風の効果音が止められる。 


「そしてこれからお見せするのが、『視覚で風を表現した』舞台です」


 天野と、天野になにか耳打ちされたななちゃんは、こちらに背を向けなにかをした後揃って上手(かみて)袖に引っ込んだ。

 すると……舞台の下手(しもて)から小さな紙くずが転がってきた。緩急のついた不規則な早さで、上手(かみて)に向かいコロコロ、コロコロ。なんだと思っていると、それに合わせて古木の枝葉が右に向かってしなり、揺れ始める。

 そう、まるで風に吹かれているかのように。


「あぁ、『視覚で風を表現』ってこういうことね演出ぅー☆」


 栗沢姉がポンと手を叩く。

 その声に二人が再び姿を現した。


「そうです。紙くずとセットの枝に糸を巻きつけ、袖から引っ張ってみました。どちらがより風を感じることができましたか?」


 天野の言葉に全員言葉を失った。

 どちらが、なんて、問われるまでもなく一目瞭然だった。

 風を表現しろと言われれば、誰だってまず風の効果音を使うことを思いつく。音源さえあれば手軽にできるだからだ。けれどその分、チープな感じになるのは否めない。だからこそ音を併用せず、さりげなく視覚のみに訴えるこの手法はとても品が良いものに映ったのだった。


 風の音一つ手を抜かない──これが鬼才・天野耕助の舞台作りか。


 誰もが問いに答えなかったが、誰しも腹は決まっていた。


「糸は見えづらいようにテグスを使う?」


「テグス……いくらくらいする? ぶっちゃけもう予算が」


「はい! おれ家に余ってる釣り糸持ってくるよ!」


「ナイス! じゃあ糸を引く係りはー……」



 この件で、スタッフ達の天野に対する信頼がより深まったようだった。意見を出し合い、協力して舞台が形になっていく。

 そしてなんとか時間内に一通りの流れを確認することができて、最後に緞帳を下ろした時にはそこここでハイタッチが交わされた。


「皆さんありがとうございました。細かい修正はミーティングで詰め、次のスタリハに備えましょう」


「はい!」


 天野の言葉に、開始時とは違って異口同音の返事が返る。

 ……あぁ、よかった。なんとかまとまった。

 ホッと胸を撫で下ろしていると、入れっぱなしだったインカムから、


「はぁ……あの風の効果音、継ぎ目がおかしくないよう頑張って繋いだんだけどなぁ……」


 SE班の子のボヤキが漏れ聞こえてきた。思わず天野から離れ、小声でマイクに語りかける。


「ホントごめん! せっかく苦労して作ってくれたのに!」


 すると聞こえてると思っていなかったのか、スピーカー越しに小さく息を飲む音がした。ややあって苦笑が漏れる。


「いやぁ適わないよ、天野耕助には。あんなん見せられたら、ねぇ? ブタカンも大変だね、お疲れ様」


 天野の補佐が大変だねと言われたら、否定しきれない自分がいる。

 でもあの時、無音の風を見せられたあの時、その発想と強い信念に魅せられてしまった自分も確かにいた。

 労いの言葉に苦笑いで応じて、そっとインカムのスイッチを切った。





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