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裏方の矜持3 「それが芝居ってモン」



 換気を終えたレッスン室で、役者陣お待ちかねの衣装・小道具のお披露目が始まった。

 班員達の手で一つ一つ、一着一着丁寧に取り出され並べられるそれらに、オレも皆も驚きを隠せなかった。

 ……正直なところ、思ってたんだ。

 あんな気合い入ったキラッキラのイラストもといデザイン画書いても、実際に作るのは難しいだろうなって。なんたってオレと同じ歳の高校生が作るんだから。刀は修学旅行のお土産の木刀とかで、甲冑はガキの頃に作ったダンボールロボ装備のちょっとイイヤツくらいになるんだろうなって。

 完全に見くびってた。


「すっげえぇ! なんだコレ!」


 手渡された金剛杖を手に、相模が思わず目を剥く。無理もない。弁慶の獲物となるそれは相模の大きな身体にぴったりの、逆に言えば他の役者では持て余してしまいそうな太さと長さを備えたシロモノだった。

 一体どこで入手したのか、柄は真っ直ぐながらもところどころ盛り上がる節の凹凸がいい味醸す天然木。丹念にヤスリがけされ、重ね塗りされたニスの飴色の光沢が美しい。先端を飾る金色の輪飾りが、揺れる度シャリシャリと小気味のいい音を立てる。

 さっきの異臭騒動の発端となってしまった栗沢妹は、名誉挽回とばかりにエヘンとふんぞり返った。


「この柄の枝、いいでしょーッ? ホームセンターに売ってる木材じゃどうしても満足できなくて、山で切り出してきたのぉ★」


「や、山ぁ?」


「そうよぉ、小道具班の皆でウチのじぃサマの山に分け入ってねっ、ノコ片手に藪蚊やヒルと戦いながら、やっとのことで見つけてきたのぉ!」


 なんつーコダワリ! なんつード根性サバイバー!

 小道具班ってもっとインドアな活動してんのかと思ってたよ……


「拾いモノなら材料費タダだしぃ。あ、ちなみにその輪飾りは三百円のピアスをバラして使ったの~」


「すげぇっ、全然そんな風に見えねぇ!」


「ううっ……すまんねぇ。低予算なために苦労かけて、女の子に山へ踏み込ませるなんて!」


「ヤダヤダァ、泣かないでよブタカーン! 限られたコストや材料の中でやりくりするのもまた燃えるモノよぉ★」


 苦労のあとは微塵も見せず、キャピッとポーズをキメる小道具班の彼女達には頭が下がる。

 他の刀類は、出来のいい土産物の刀がベースなものの、柄に刺繍糸を巻き付けたり鍔に艶のあるラッカーを塗ったりと、とても元が玩具だなんて思えない仕上がりだった。

 武器を持つ役の男共はすっかり浮かれて、自分のエモノを手に子供じみたチャンバラを始める。


「壊れたらどうすんだよー。気持ちは分かる、すっげー分かるけど今は持つだけなー!」


「ンフフー、じゃあ今度は衣装の試着といきましょー☆」


 栗沢姉始め、衣装班員の子達が役者陣に衣装を手渡していく。

 まだ全員の分はできていなくて、着物から鎧まで全て揃っているのは三ツ石義経の分のみ。けれどそれもまた刮目すべき出来映えだ。

 着物袴も甲冑も本物さながら、同じ歳の彼女達の手によるものとは思えないほど。衣装班に手伝ってもらって小具足姿に整えた三ツ石は、端正な顔立ちと相まって絵巻物から飛び出してきた若武者みたいだった。これでウィッグをつけ髪を結ったなら、日本史上の中でも一、二の人気を誇る薄幸の美青年・義経を名乗っても、異を唱える者はないだろう。

 両班員の腐女……乙女達は、スマフォ片手にシャッターを切りまくる。


「三ツ石義経サマー、こっち向いてーっ!」


「ちょっと恥ずかしいんだけど……」


「目線こっちでー、刀に手をかけてー! 恥じらうカンジがまたイイヨイイヨー、ハイッいただきましたッ!」


 ここはグラビア撮影現場か。

 カメラ小僧と化した彼女達をかき分けて、栗沢姉に声をかける。


「凄いじゃんあの甲冑、なにで作ったの?」


 栗沢姉はレンズを三ツ石に向けたまま、


「んー? 土台は段ボールや発泡スチロール~」


 マジでか!

 マジでダンボールロボの進化版なのか! どこをどう進化させたらあぁなるんだ!


「なるなる~、あくまで土台だけど。ちゃんと『ぽく』カーブつけてー、しっかり塗料選んでー、ツヤ消しニス重ね塗りしてぇ、厚み持たせたいとこはUVレジンのジェルでー」


 ゆーぶいれじん? じぇる?


「金具部分は、金属の加工には限界があるから、代わりに金色の樹脂ねんどにラメ混ぜてー」


 じゅしねんど?


「レンジでチーン!」


「レンチンで甲冑できんのっ? いやごめんホント何言ってっかワカンナイ」


「流石じゃーん! って喜んで貰えるかしらん?」


「そりゃもう、流石じゃーん!」


 めいっぱい褒めちぎると、栗沢姉はようやくこちらに向き直ってにっこり笑う。その顔は職人だけが持ついぶし銀の輝きを放っていた。


「それにしてもねんどで甲冑のパーツができるなんてなぁ。オレの中じゃねんどなんて小学生の時に使った紙ねんどで止まってるけど、最近のはすげーなぁ」


「あらぁ、紙ねんどだって立派な素材よぉ?」


「紙ねんどが? 紙ねんどってアレだよ? 夏休みの工作で腕もげそうな怪獣とか鼻もげそうなゾウとか作ったアレだよ?」


「なんでもげそうなモノばっかなのよー」


 呆れ顔でツッコんで、彼女はピッと人差し指を立てた。


「だってお芝居なんだもん、本物である必要なんか全然ないじゃなーい? 材料なんてなんだっていいのよぉ。本物より舞台映えする偽物なら絶対そっちの方がいいし、むしろそんな偽物を作ってみせることこそ舞台美術ってモンじゃないかしらん。

 ほんの一時(ひととき)、お客様を素敵な夢に酔わせて騙す、それが芝居ってモンだとアテクシ思うのよぉ☆」


 独特の口調とテンションはともかく、言いたいことはよく分かる。

 舞台でオレ達がお客様にお見せするものの中に、本物なんてほとんどない。

 木々や岩はハリボテ。

 浮かぶは虚像の月。

 風の音も鳥の声もスピーカーが流すまがい物で、武士達の命を懸けた鍔迫り合いも全て予定調和の中のこと。

 ただそこにある本物は、役者スタッフの熱意のみ。それだけが虚構の空間に血を通わせる。

 役者の芝居の所作や工夫、裏方仕事のこだわりやテクニックの一つ一つは、巨大な舞台を構成する小さなパーツでしかないかもしれない。

 けれどそのどこか一つにでも血が通っていなければ、たちまちそこから芝居は壊死する。仮初めの場を満たす夢は嘘へと変わり、観客は潮が引くより無情にスッと醒めていく。


 嘘でいい。

 でも嘘のままじゃいけない。

 嘘を夢に昇華させなければいけない。


 その志を持っている仲間に恵まれたことに、改めて感謝した。

 だって中学の演劇部じゃ、こうはいかなかったから。

 文化部なら楽だろうなんて気構えの部員が多いチームじゃ、全員が同じ方を向き、少しでもいい芝居にしようと団結することができなかった。演劇好きな数人が懸命に努力しても、決して血の通った『生きた芝居』にはできなかったんだ。

 報われない努力は辛い。

 けれど最初から、自分自身ですらも期待できないものに注ぎ込む情熱は、ただただ虚しい。

 それでも、好きだから注がずにはいられなかった。でも好きだから、その虚しさは途方もなく大きくて、口惜しくて。


 望んだポジションではなかったけれど、今こうしてこのチームの一員としていられることが、言葉にできないほど嬉しくて幸せで堪らなかった。


 鳴り止まぬシャッター音に我に返り、ふと不安になっておずおず尋ねてみる。


「あのぉ……でもジェルとかなんとか……そういう材料って高いんじゃ? ホントに予算内で足りた? こっそり持ち出しとかしてないよ、ね?」


 すると彼女はなに言ってんのとばかりに目を丸くし、


「ヤッダー、ブタカン最近の百均知らないのぉ? すごいのよ、ネイルアートやスイーツデコが流行ってから、ハンクラ材の品揃えスッゴいんだからぁ!」


「は、ハンクラ?」


「ハンドクラフト、手芸よ手芸。まぁ、手持ちのハギレやジェルちょこっと使ったりはしたけどぉ、どうせ使うアテのないモノだったし、そのくらいならイイデショ?」


「うー……ホントに使わない物だったんなら……」


 それにしても、そんなハギレやジェルやらをストックしてるなんて、やっぱり普段から手芸やってる子達なんだなぁ。でなきゃこの出来はありえないけど。それにしたってこのクオリティの高さは一体……

 また撮影会に没頭してしまった栗沢姉のそばを離れ、少し離れたところで静観している天野にそっと耳打ちする。


「……なぁ、あの子ら何者なの? 裏方科って服飾コースとかないよな?」


「はい? ……あぁ、話していませんでしたか」


 天野は傍らのファイルを探って二枚の紙を取り出した。班決め前に全員が天野に提出した希望表の、栗沢姉妹の分だった。

 どちらも『説明するよりこちらをご覧ください』という素っ気ない一文と共に、雑誌の切り抜きらしい写真が数点貼られている。その中身に目が点になった。


「…………えっとぉ? コレって……」


 写真の中の二人は、アニメやゲームに疎いオレでも知っている女勇者やケモミミ娘、魔法少女や戦国武将のコスチュームに身を包んでいた。いずれもむちゃくちゃハイクオリティ。

 呆気にとられるオレの横で、天野はあっさり言う。


「それはその手の雑誌に載った写真だとか。関東のイベントでは親子二代に渡り有名なコスプレイヤーだそうですよ」


 そういうことかっ、なんかすげー納得!

 ……って、ちょっと待て今なんかサラッととんでもねーこと言わなかった?


「親子? 百歩譲って母子じゃなくてっ?」


「えぇ、ご両親が出逢ったのもイベント会場だったそうで。彼女達のイベントデビューは四歳の時だそうですよ。人生色々ですね」


 ……誰かティッシュくれ。ジャン君の鼻水がとどまることを知らねーよ。どっからツッコんでいいのか分かんねーよ!

 えぇっと、つまり、だ。

 小さい頃はお母さん……あるいはお父さんの……お手製の衣装を着せられていたんだろうけど、大きくなるにつれ自前で衣装を作成するようになったと。そばにベテランの指南役がいるから、そのテクニックを存分に吸収して技術を磨き今に至ると。ついでにその課程で腐女子化も果たした、と。

 他の班員の子達も多かれ少なかれそういう趣味を嗜んでいるんだろうか……思わずカメラ小僧と化した彼女達をガン見する。いや、偏見はないよ? ないけれども、あまりにしっくり来すぎてなんかこうなんも言えない。

 いやはや、どんな趣味でも突き詰め極めれば、一角(ひとかど)の芸術に昇華するモンだ。うん。そうだとも。

 一人でうむうむ頷いていると、別の場所で着替えてきた役者陣が次々に戻ってくる。どの顔も照れくさそうに、誇らしそうに、テカテカと輝いていた。

 ……あぁ、だよなぁ、嬉しいよなぁ。しかもこんなにしっかりしたカッコいい衣装じゃ嬉しさもひとし……


「おっふぉっ!」


 突然後ろからタックルされて振り返り、言葉を失う。

 そこには見紛うことなき弁慶その人がいた。





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