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裏方の矜持2 「吊り図」



「えぇ? 三年生はもう吊り図拵えたって?」


 先輩に貰った吊り図を手に照明班を訪れると、葛原はありゃまーと額に手を当てた。

 照明班の皆は、窓に暗幕を引いた視聴覚室でプロジェクターをいじくっている最中だった。


「そうなんだよ。で、ウチのも欲しいんだって。悪いけど、なるはやで作ってもらえないかな?」


「仮には作ってあんだけどねぇ? でもあくまで仮なんよ。なんせ実際現場でアテてみないことにゃ、細かいトコまでは……」


 糸のように細い目を更に細くして悩む葛原に、


「そこまでキッチリしたのじゃなくていいんだ。向こうが()り終えたあと、こっちが使わない機材を撤収してくれるのに使うんだって」


 そう説明すると、フーンと尖ったアゴを撫でさする。


「だったらなにも吊り図じゃなくたって……まぁ、ジャン君に言っても詮ないことさね。さすがに今あるヤツじゃ汚いから、それなりに書き直すとしますか。明日まで待ってもらえるかい?」


「もちろん! ごめんなー、急な話で……で、今ソレなにしてんの?」


 なかなか間近で見る機会のないプロジェクターに興味津々で身を乗り出す。葛原は笑って班員に合図した。灯りが消され、暗幕が張られた室内は真っ暗になる。と、次の瞬間、


「わ……」


 黒板の前に下がっていたスクリーンに、真っ青で巨大な満月が映し出される。

 カチカチと音がして、満月は黄色い三日月に、そして赤みを帯びた半月へと次々に姿を変える。


「ホラ、天野君がカキワリ嫌いっしょ? 大道具の方で背景が動かしづらい分、アタシらの方でこうやって変化をつけようと思ってねぇ。単調にならないように」


「なるほどね」


 室内に現れた月は、見ている間に少しずつ傾いていく。黒い雲がその面を撫でて消えた。

 プロジェクターを使って夜空を表現したいとは聞いてたけど、月一つにこんなにバリエーションを用意してくれるなんて。


 考えてみれば、義経一行の旅は長い。いくつもの夜と山とを越えて行く。なのに月の形が毎回同じじゃ、月日の経過を表せない。

 特にうちの演目はカキワリもないから、照明班にはライトの色味やプロジェクターを駆使して、時間の移ろいや場面の変化を描写してもらう必要があった。

 自分の班のことだけじゃなく、他の班とのバランスを考え舞台上の空間を創造していく。

 舞台はチームプレイで作るものなんだと、今更だけど改めて感じた。


 再び灯りがつくと、皆して暗がりに慣れた目を瞬く。目許をこすりこすり、葛原はプロジェクターを軽く撫でた。


「でもコレだって、実際どのあたりに映すのがいいかやってみなくちゃ分からない。セットとのバランスや、他の照明器具との兼ね合いもあるからねぇ。だのにもう吊り図を寄越せだなんて、先輩方は随分せっかちなこって……」


 ぶつくさ零す葛原に苦笑いを返す。

 急かされるのが嫌なワケじゃなく、中途半端なモノを出したくない。そんなニュアンスが伝わってくる。飄々として感じる葛原だけど、結構こだわりが強いみたいだ。


「あちらサンに貰った吊り図見して? ……ハイハイハイ……流石だねぇ、まぁ去年も一昨年も講堂で()ってるし、勝手も分かってンだろねぇ。あ、スタリハの日取りは決まったンかい?」


 スタリハ。役者を入れず、スタッフのみで行うリハーサルだ。


「うん、学校側から予定表きたよ。もともとコレ渡そうと思って来たんだ」


 コピーしてきた予定表を手渡す。もちろん神宮寺にも渡し済みだ。

 葛原達は細かく書き込まれた文字に目を凝らす。


「スタリハもゲネも上演順に回すんだねぇ。アタシらの最初のスタリハは……あれま、中間試験直前じゃないか。こりゃ大変だ」


 それにしたってさ、と葛原はぼやく。


「せっかく学校ン中に講堂があるんだから、ケチケチせずもっと使わせてくれりゃいいのにねぇ」


 葛原のグチはもっともだった。

 本番の舞台となる講堂はすぐ目の前にあるけど、使用できる日は限られていた。


 大道具の入りやハケ、照明の調整、音の響き具合なんかを確認するために行うスタッフリハーサルは、中間試験を挟んで二日。

 ゲネと呼ばれる本番同様に行うリハーサルに使えるのは三日。

 二日、三日と言ったけど、実際は授業が終わったあとで放課後に使えるだけだから、時間としてはとても少ない。

 ……かなり少ない。


「講堂使うと、光熱費ハンパないらしいからね」


「あはは、それもそうさね」


 そう言って笑い合っていると、オレの携帯が鳴った。ちょっとゴメンと断って取り出すと、衣装班班長の栗沢姉からの着信だった。

 彼女のいつもに増して高いテンションに圧倒されながら通話を終えて、葛原に向き直る。


「葛原達、今日は遅くまでいる?」


「そのつもりだよン」


「頼んでたスタッフTシャツができたって、お店から連絡来たんだってさ。駅前の店みたいだから今から取りに行ってくるよ。六時半頃には戻れると思うんだけど」


 そう言うと皆の顔がぱぁっと明るくなる。


「じゃあ戻る頃連絡するから、第三レッスン室まで取りに来てくれる?」


「モチロン!」


「楽しみにしてるね~」


「いってらっしゃい!」


 楽しそうな声に見送られて、視聴覚室を後にした。




 Tシャツの入った段ボールは二箱、それもかなりかさばるものだった。自転車の後ろからはみ出るのを無理矢理括りつけて、やっとのことで学校に戻ってきた。

 施錠まであと三〇分切ったというのに、多くの窓に明かりが灯っている。その窓の中では、どこかの演目のどこかの班が、懸命に準備をしているんだろう。中庭の方からはまだトンカチの音が聞こえてくる。

 自転車から箱を下ろして、汗だくになった腕や首を拭った。今度はコレを抱えて階段を上るのかと思うと気が重い。


「Tシャツいえど九八枚だもんなぁ」


 小声でボヤくと、同行した栗沢姉妹は制汗スプレーを服の下にズボッと突っ込んで噴射しながら、


「ごめんねぇ☆」


「でも助かったよーブタカン★」


 と笑う。

 いや、あの、男子、ここにいるんスけど。ちょっと大胆すぎやしませんか?

 モブ顔のオレは男子にカウントされませんかそうですか。

 たそがれつつ、それでも一応男子ではあるので二箱とも抱えて歩き出すと、栗沢姉妹は片方持つと言ってくれた。なんとなく意地になって丁重にお断りすると、栗沢姉はそうそうと手を叩く。


「九八枚じゃないよー、一〇〇枚!」


「え? うちのスタッフ九八人だよ?」


「やっだなぁブタカン、一〇〇人だぉ!」


「んん?」


 段ボールと格闘しながら首を捻ると、二人はそっくりな顔を見合わせて悪戯っぽく微笑む。


「いるじゃなーい、あと二人! ウチの監督教員はー……?」


「ななちゃんセンセーと那須センセーだぉ!」


「え、ななちゃんはともかく那須センセも頼んでくれたの?」


 意外。

 あのセンセ、ほとんど顔見せないのに……てかオレ半分忘れてたよ。でも全く我関せずってワケじゃないことが分かってなんだか嬉しくなる。

 勢いづいて階段を上りレッスン室へ入ると、先に連絡していたお陰で室内には九五人がひしめき合っていた。


「おっ、来た来た!」


「おかえりー!」


「Tシャツ早く見たい見たーい!」


「ちょっと待ってねー、今サイズ別に出すからぁ☆」


 配るのを栗沢姉妹に任せ、一斉に押し寄せる皆の間をすり抜けて天野のもとへ向かった。

 天野はイスに座ったまま、


「おかえりなさい」


 落ち着いたモンだった。それどころか、どこか雰囲気がささくれている気がしなくもない。


「ごめんな、これじゃあ練習中断させちゃったよな」


 人、人、人で溢れた室内を見て手を合わせる。けれど天野は首を振り、


「いえ、それは構いません。待っている間、裏方の皆さんに進捗確認もできましたし」


 その指先では、いつもよりせわしなくペンが回っている。今日の役者陣の練習、うまくいかなかったんだろうか。

 視線を巡らせる。

 Tシャツを受け取るため、各サイズごとに列をなす役者陣の顔には、特にこれといった翳りもない。

 が。

 皆が嬉々として並ぶ中、オレら同様列に加わらない数人がいた。

 東海林姐さんや望月さんら音響演奏班の面々、それに伊達と陸奥だった。

 姐さんはなにやら難しい顔で伊達と陸奥に語りかけている。それに対し、陸奥が首を横に振り、伊達はそんな陸奥に首を振り……話し合いというより軽くモメているようだった。


「あぁ、あれですか」


 オレの視線の先に気付いた天野は、声を落として囁く。


「あちらは心配いりません。互いによりよくしようと折衝中なんです」


「互いに……って、誰と誰が?」


 天野の漆黒の瞳がその二人を示す。


「伊達君と陸奥君ですよ」


「あの二人が衝突してんの?」


 意外な答えに、思わずピアノのそばに立つ二人をガン見してしまう。

 こちらに背を向けている二人。言われて見れば、陸奥はしきりに身振り手振りでなにかを訴え、それに伊達が難色を示し、姐さんや演奏班の皆が宥めているように見える。


「なんであの二人が揉めてんの?」


 尋ねると、天野は大きく首をそらし、しばし天井を見つめたあとでボソリと言う。


「音楽性の違い、というやつでしょうか……」


「なんだソレ、バンドなら解散モンだよ」


「有名合唱部でソリストを張っていた二人です、それぞれ譲れないこだわりがあるんでしょう」


「えぇ~……」


 そういや、陸奥は一方的に伊達をライバル視してたんだっけ。普段仲良いから忘れてたけど、まさかここへきてその対抗心が蘇ってきて……とか、ないよなぁ?

 冷や冷やして見守るオレに、天野は「まぁ大丈夫でしょう」と軽く頷く。「あくまでよりよくするための折衝ですよ」と。

 そうだとは思うんだけど……

 それでも心配でつい見ていると、彼らの分のTシャツを手に栗沢妹が突撃していった。途端に重たさのある空気が散り、皆喜んでシャツを手に取る。

 ホッとしていると、オレ達のところには栗沢姉がやってきた。


「配り終わったよーん! ハイ、演出はSサイズ、ブタカンはMサイズだったよネッ」


「ありがと」


「わざわざすみませんね、持ってきていただいて」


 すると栗沢姉はピアノの方を見やってキイィッと呻く。


「くそぅっ、妹チャンめ! アチラにはアテクシがお届けしたかったのにッ!」


 つられて視線をそちらに戻せば、伊達にTシャツを手渡しはにかむ栗沢妹の姿が。

 ……あぁ、そゆこと。

 栗沢姉を生ぬるい目で見つめると、彼女はなにを思ったか遠い目で対抗して呟く。


「フッ……分かっているわブタカン。ドルとは遠くにあって愛でるもの。けれどたまには、本当にたまには、イケナイと知りつつお側で愛でたくなるのデス」


「いやゴメンなに言ってるか分かんない」


「そうだね、って微笑んでいただけるかしらん?」


「ソウダネ」


 リクエスト通りに生ぬるい目のまま微笑んだ。ナニコレ。

 全く動じない天野がTシャツの出来を誉めていると、早速着替えた相模と三河が駆けてきた。


「見て見てー! カッコいいねコレ~!」


「どうだよコレ? デザイン考えた人ホントすげぇな、マジかっけぇ!」


 くるくる回ってお披露目する三河と、掛け値なしに喜ぶ相模に、栗沢姉の顔がぱぁっと輝く。


「いやーん、三河きさん太きゅん超似合うー! 背中の弁慶のイラスト描いたのアタシですーっ!」


「マジで? めっちゃ上手いなぁ、プロが描いたのかと思ったぜ」


「いぎゃあぁぁ相模弁慶サマに誉められたあぁッ!」


 さっきのキイィ顔はどこへやら、相模に誉められた栗沢姉は真っ赤になってその場に崩れ落ちる。

 ……まぁ、元気出たならいいけども。

 相も変わらず冷静な天野は、床でびくんびくんしている彼女に声をかける。


「衣装の進捗はいかがです? 履き物に慣れてもらいたいので、できるだけ早めにいただきたいのですが」


 仕事の話になるや、栗沢姉は背筋を伸ばしビシッと敬礼する。


「心得てマス! 衣装班・小道具班一同、立ち回りの練習に必要かと、足まわりや刀類は優先して仕上げましたっ。お邪魔でないなら明日持ってきます☆」


「助かります」


「それと、まだ途中ですが衣装の丈合わせをしたいデス! 明日一緒に持ってくるので、時間とってもらえます?」


「勿論です。よろしくどうぞ」


 天野が応じると、栗沢姉は黄色い声をあげて衣装班の面々のところへ飛んでいった。時計を見上げ、天野は小さく息をつく。


「時間ですね。終わりましょう」


「そだな」


 なんだか今日は色々疲れた。

 やれやれなんて締めのあいさつを考えている間に、オレの頭からは天野がピリピリしていたことなどすっかり抜け落ちてしまった。




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