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ヒーローはひとりぼっち後編 「有名になりたい」



 内履きで中庭に出られないオレに、鞍干の方が寄ってくる。いくら中庭が広葉樹の木陰になってるとはいえ、鞍干の額はびっしょりと汗で濡れていた。


「アップで校庭走ってたんだけど、なんせこの暑さだろ? まして午前中冷房効いた講堂にいたからそのギャップにヤラれたみたいで、何人か気分悪ぃってよぉ」


「えっ、それって熱中症? ヤバいじゃん!」


「だから何人かは保健室行って、保冷剤と経口保水液分けてもらってな。今は念のため全員休憩入れてる」


「ちょっと休んで治りゃいいけど……」


 心配になってレッスン室のある辺りの窓を見上げると、鞍干はまた鼻を鳴らす。


「甘ぇんだよ、どいつもこいつも。盆休み挟んだから弛んでんだ、健康管理も役者の仕事の内だろ」


「いや、そりゃそうなんだけど……」


 少し厳しすぎやしないか?

 鞍干にアップを任せるようになった当初から思っていたことだけど。


 普通科の授業や球技大会なんかのイベント事はだらけ放題なのに、芝居のこととなると人一倍ストイック。

 というか、必死さすら感じる。

 芝居が好きなんだろうなとは思うけど、なんかこうそれだけじゃなくて、どこか焦ってるような……そう感じるのは何故だろう。

 そんなに焦らなくても、鞍干の芝居は相変わらず安定して魅せる力があるし、声の張りも台詞(セリフ)覚えも申し分ないのに。


「汗スゴいぞ、鞍干も少し休憩したら?」


 試しに言ってみるも、


「他のヤツが休んでる間に休んでたら、他より巧くなんてなれねぇよ」


 きっぱり断られてしまった。

 でもお前他のヤツよりか巧いじゃん。

 とは、さすがに癪で言わないけど。

 ていうか、「自分自身を向上させたい」じゃなくて、「他のヤツより巧くなりたい」ってのが鞍干らしいって言うかなんて言うか。

 感心していいのか苦笑していいのか悩んでいると、


「忙しいのか?」


「え? あー、うーんと、やろうかなってことはあるけど……」


「ハッキリしねぇなぁ。アンタも一応役者目指してんだろ? シメの挨拶の声、最近落ちてきてるぜ」


「うぐっ」


「忙しさにかまけて発声とかサボってんだろ」


「サボってるってか、できる時間がないって言うか……」


「今すぐやらなきゃいけねーことがないンなら、付き合えよ」


「え、あ、お、おう」



 というワケで。


「あえいうえおあお」


「かけきくけこかこ」


 ……ンンンあれえぇ? オレなんで鞍干と並んで仲良く発声してんだろなああぁ? しかも内履きのままひょっこり外に出てまで。

 オレ三年生のトコに挨拶しに行こうとか思ってなかったっけかなぁ?

 おかしい。どうしてこうなった。

 チラリと鞍干の顔をうかがう。

 また額に汗する鞍干は真剣そのもので、なんでオレを誘ってくれたんでしょーかとか、なんでそんな必死なんでしょーかとか聞けそうな余地はない。


 相変わらずなに考えてるのかよく分からない。

 鞍干はオレ達はみ出し組を嫌っていたはずなのに。合同授業からこっち、少しは認めてくれたみたいだけど、そもそもなんであんな露骨に嫌われてたんだろう?

 他より巧くなろうとここまで一心不乱に励むのはどうして……


 必死? 一心不乱?


 あぁそうか。

 その答えなら、つい今し方ななちゃんに貰ったばかりじゃないか。

 他より巧くなりたいのは、他より目に止まりたいからだ。声をかけてもらいたいからだ。いわゆる『業界の関係者』に。

 さっきは気にもとめなかったけど、天野は言ってた。


『思うまま一般組の皆さんを役に配するこ とができたのも……』


 一般組とわざわざ言ったってことは、だ。

 学校側から天野が受けていた圧力の一つは、推薦組を優先的にいい役につけろってことじゃないか。

 いい役、というか、出番も台詞も多い役の方が、当然関係者の目につきやすい。

 ならまだ入学して日も浅く、演劇に関する実績や経験の程度も知れない一般組より、実力のある推薦組を出した方が、そのお眼鏡にかなう可能性が上がる。言い換えれば学校の進路実績に繋がる。

 天野に圧力がかかっていたということは、推薦組である鞍干にも、期待という名のプレッシャーがかけられていてもおかしくない。


 主役でありながら予定に穴を開ける相模、授業で教えられた知識以上のことを学ぼうとしなかった陸奥。二人にあんなにつっかかったのは、そのせいだったのかもしれない。

 自分は学校からの期待(プレッシャー)を背負い、努力したけれど思ったような役につけず。かたや主役・準主役級の役を貰いながら、大した重圧もなくマイペースなはみ出し組。


 面白いわけ、ないよな。


 きっと学校からの重すぎる期待は、今に始まったことじゃなく入学当初からあったんだ。だからこそ推薦組の目に余る振る舞いは大目に見られてきた。

 オレ達はそれを苦々しく思ってたけど、本人達にとってはそれすらもプレッシャーだったのかもしれない。


『色々見逃してあげるから、その代わりに進路開拓シッカリよろしくね♪』


 ってことだもんなぁ……しんどいよそんなん。

 その横で、ヘタクソなのに焦りもせずワイワイ楽しんでるオレ達がいたら……うん、確実に目障りだね。嫌われて当然な気がしてきたぞ。


「……おい、声落ちてきてンぞ」


「えっ、あ、はひ」


 ギロリ睨まれ、慌てて腹筋に力を込める。オレまで汗まみれになってきた。木の葉の間からレーザービームのような日差しが射し、肌がまだら焼けしてしまいそうだ。


「わえいうえをわを、ん」


 発声が一段落すると、二人同時に深々と息を吐く。

 ただの声だしと侮るなかれ。

 口と舌とをめいっぱい大きく動かし、一音一音腹に力を込めて押し出し続けると、腹筋と表情筋にかなりクる。久しぶりに全力でやったオレは、情けないかな頬がつりそうだった。


「あだだだ……」


 痛む頬を指でマッサージしていると、鞍干は片眉を跳ね上げる。


「なんだよぉ、ホントにしばらくぶりだったのか。アンタのことだから、ちっとは陰でやってんのかと思ったぜ」


「え、それって」


 思わぬ言葉にまじまじとその顔を見つめると、鞍干は居心地が悪そうにそっぽを向く。


「実力はともかく、アンタが努力家なのは認めてンよ」


 前半! 言葉の前半!

 ジャン君喜んでいいのか悲しんでいいのかわっかんねーよ鞍干クンっ!


 ……あぁ、でもそうなんだよな、鞍干って。

 自分のことばっか考えてるのかと思いきや、芝居全体のこと考えてアップの提案したり、感情任せじゃなく客観的な評価をしてみせたり。オレをこうして誘ったのだって、ほんの気まぐれってのもあるんだろうけど、きっとそれだけじゃないんだ。


 球技大会のときに、ななちゃんに推薦組のことをグチって、グチり返されたことを思い出す。

 確かオレはこう思った。


『中学の演劇部で結果を残したことが、それほど大したことなのか?』


『賞がなんだ、実績がどうだと言うけれど、中学の部活じゃ正直、いい指導者に恵まれるかどうかでほぼ決まる』


『部としての成績を、個人の評価にそのまま当てはめるのは納得いかない』


 そんな名門演劇部で、主役を勝ち取ったということがどういうことか。

 チームワークが乱れれば形にできない舞台で、受賞に漕ぎ着けたということがどういうことか。

 あの時オレが鞍干に抱いていた印象通りの……高慢でワンマン、協調性も真面目さもないような人間だったなら、そんな功績残せるはずないのに。

 推薦組憎しで、感情任せに鞍干を評価していたのはオレの方だったのかもしれない。



「なぁ、鞍干は他の誰よりも巧くなりたいんだろ? じゃあなんで同じ役者志望のオレを発声に誘ってくれたんだよ?」


 会話の糸口になればと尋ねてみると、


「は? だって今のアンタじゃ、多少練習したところでおれに適いっこねぇからさ。実力伯仲のヤツなら絶対ぇ誘わない。そもそもアンタ役者じゃねーしな」


 鞍干は意地の悪い笑みを貼りつかせる。

 ……くっそおおぉ、前言撤回! 前言撤回! チラッとでもイイヤツかもなんて思ったオレがアホの子だったっ!

 ……いやいや、落ち着くのよジャン君。これが鞍干の言い方よ、いつものことよ。オトナになるんだっ。


「はは……そうだ、今までに劇高祭でスカウトされたって人、結構いるんだってなー。鞍干も狙ってたりすんの?」


「チャンスがあるなら狙うのは当然だろ?」


「あー、そっすか……」


 相模に聞かせてやりたいよ、多分ゲキ高生としちゃこっちが普通の反応だよ。

 いやまぁ、それがアイツのいいトコロでもあるんだけど。


「っていうか、そもそも鞍干はどんな役者になりたいんだ?」


 思い切って切り込んでみると、鞍干は当然のように言う。


「有名になりたい」


 えええええぇぇぇ……


「ナニソレ」


「だぁから、有名になりてーの」


「有名になってどうすんの?」


「どうするって……」


 鞍干はぼりぼりと頭を掻いた。

 いやいや掻きたいのはオレの方だし。ナニそのふわっとした目標。

 心の中でその脇腹に全力でツッコむイメージを展開していると、鞍干はベンチに放ってあったペットボトルの水を呷った。


「おれアレ嫌いなんだよ」


 なにがよ?


「ホラ、最近やたら多くね? ドラマでも映画でも、顔がいいんだか事務所が推してんだか知らないが、ロクに表情も作れないような若い大根が主役張ったりしてるだろ。アレ」


「あぁ……」


 言われて、パッと思いつく作品が四、五本はある。

 こと脇をベテラン勢で固めた作品では、そのテの主演の人は可哀想なくらい浮く。制作側も作ってる間に気付かないワケがないのに、それでもGOを出すってことは、やっぱりオトナの事情的ななにかが……と察して、観ててますます冷めてしまう。


「それが?」


「だぁから。有名になって、そういう芝居なくしてぇの」


「ん? んん?」


「だぁから、有名になりゃ言えるだろ? 『おれを使いたきゃそういうヤツらを使うな』ってよ。ホラ、大御所のあの人やあの人みてぇに」


「あー、そういうことか」


 なんだ。

 結局は鞍干も演劇バカなんだ。

 演劇が好きで、芝居が好きで、好きで好きで堪ンないから、本当にいいものを作りたいだけなんだ。

 だから役者陣全体のベースアップを計っているし、不真面目ととられかねない態度のオレ達にイラつくし、自分自身の鍛錬も欠かさない。

 なんだ。

 どいつもこいつも根はおんなじじゃないか。


 そう思ったら自然と頬がゆるむ。にんまりと笑いかけたところで、鞍干が背を向け歩き始めた。


「……なーんてな。アンタに大事な将来のこと聞かれて、素直にベラベラしゃべるワケねーだろ、バーカ」


 ……あんですって?


「あぁ、おれこれからレッスン室戻るけど、ついてくんなよ。はみ出し組となかよしこよししてるなんざ思われちゃ堪ンねーからな。ハハッ」


 ハハッぢゃねーよ、お前は一体どこの夢の国のネズミ様だ!

 んがああぁ腹立つ! 腹立つっ!


 ……でもオレ、見つけちゃったもんね。立ち去る鞍干の耳が真っ赤になってんの。

 さっき引っ込めたにんまり笑いを改めてしたところで、オレも汗を拭き校舎の中へ駆け込んだ。



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