ヒーローはひとりぼっち前編 「てか練習は?」
あのあと役者陣の相模達と別れ、天野とオレは裏方ミーティングに出ていた。
夏休みの間、裏方班はそれぞれバラバラに活動しているので、全員が学校に集まる登校日はミーティングにもってこいなんだ。
「上演日時が決まったから、例のスタッフTシャツは今日印刷屋さんにデザイン提出しに行ってきま~すっ。代金なんだけど、各班の集金は班長サンにお願いしていいかなぁ? 役者陣はどーするぅ?」
「あ、オレがやるよ」
「おっけぃ、任せたブタカン☆ じゃあナルハヤで栗沢姉までお願いしマース!」
「では次、大道具班の報告を……」
天野が見込んで指名しただけあって、各班長ともにすこぶる優秀、準備は着々と進んでいるようだ。
進捗状況の報告や、細部の確認事項が主だった内容なので、オレの仕事といえば議事録とも言えないおおまかなメモをとるくらいだった。
なので頭が自然とさっきの出来事に引っ張られてしまう。
ななちゃんに話を聞いたあと、廊下を歩くオレ達は小声でぽつぽつ言い交わした。
「なんだかなぁ……」
最初に口を開いたのは陸奥だった。
「僕達の演目は大トリにしてもらえたんだから勿論、他の演目もウチの……天野の演目の前に演れるワケだから、どこも損してないっちゃないんだろうけどさぁ。なぁんかスッキリしないよね。学校側に小細工されるなんてさ」
「だね~……一一月には三年生の進路大体決まってるはずなのに、それでも『もしスカウトされたら』って思うんだね。なんか、すごいね」
某テーマパークのショーキャストという明確な夢がある三河には、どこでもいいからお声がかかればという願望が理解できない風だった。
オレはあることを思い出して伊達を見上げた。伊達も同じことを考えていたらしく目が合った。
一学期が始まってすぐ行われた球技大会でのことだ。実行委員で走り回っていた相模と、日差しを避けてブルーシートの下に潜り込んでいた陸奥は聞いていなかったけど、あの時ななちゃんに聞いた話。
『なにせ開校したばっかりだから、絶賛試験運用中っていうか……進路先のパイプが乏しいのは否めないのよねぇ』
それを補うべく行われたのが、今回の八百長ってわけだ。学校は学校なりに躍起になってるんだろう。
それにここは県立校。
県の予算を投じて、中学で必修とされていない演劇という芸術科目に特化した高校を作り、しかも校内にあんなご大層な講堂まで拵えてしまったんだから、実績を積もうと焦っているのは学校だけじゃないのかもしれない。
まさかあの時聞いたななちゃんのボヤきが、今更目に見える形になって現れるとは。
なんだか見てはいけない大人の事情に首突っ込んでしまったようで、げんなりと気が重くなる。
ななちゃんの言葉じゃないけどさ。高校の文化祭なんだぜ? 自由に、平等に、ただ芝居にだけ打ち込ませてくれたって……
すると相模が大口開けて笑う。
「まぁまぁ、んなこと今更言ったって栓ねぇよ。天野も言ってたろ?
お客ン中にスカウト目的の人間がいようがいまいが、俺らは俺らの芝居するだけよ。だろ?」
楽観的に笑いながら、けれど真っ直ぐなその言葉に伊達が目を細める。
「……観客が大人だろうと子供だろうと、大勢でも少なくても……精一杯演ることに変わりはないからな」
「それもそうだな」
オレ個人的には、ダミーのクジすら作らずビビらせてくれた教頭に、思うところがないワケじゃないけど。
すると先頭を行く天野が、
「おめだづ、ほんにえじゃ」
振り向かないままぼそり呟く。
「本煮えじゃ?」
深刻さに欠けるオレ達の頭が煮えてんじゃねーかと呆れられたのかと思ったけど、そうじゃなかった。皆して足を早めて追いついて見れば、その青白い顔はうっすらと笑みを浮かべている。
本煮えじゃ、じゃなくて、「ほん(とう)にえ(ぇ)じゃ」か。
「えー、なになに? 天野君なんてー?」
「なんでもありませんよ。さぁ、急ぎましょう」
意味が分からず追いすがる三河を煙に巻き、天野は小走りになる。
なんとなく意味を察したオレ達四人は、こっそり笑い合ってその後を追った。
「えーっとォ……音響班は、ちょっと問題発生しちゃったんだよね……」
珍しく歯切れの悪い東海林姐さんの声で我に返る。
「問題? どうしたの?」
姐さんは隣に座る望月さんと顔を見合わせてから言う。
「本番にさ、キーボードと三味線、太鼓に鈴で生演奏するっしょ? 広くなってる下手袖ン中で演ろうと思って準備進めてたんだケド……」
「けど?」
「アタシ達の前に演る三年生の演目で、やたら大きいセットを使うらしくて、上演と上演の間の短い時間で外へ搬出するのが難しいんだってサ。だからその下手袖のスペースに置いておきたいって言うんだよ」
演奏場所どうしよう、と東海林姐さんは頭を抱える。大道具の神宮寺は眉を跳ね上げ、
「なんだそれ、聞いてねぇぞ」
「そらそうよォ、さっき上演順が決まったばっかなんだから、あとでちゃんと話回ってくるさ。アタシは仲いいセンパイがいるから先に聞いただけで」
「おいおい……こっちだって結構かさばる足場組むんだぞ、搬入の邪魔にならなきゃいいが」
「困ったのはアンタんトコだけじゃないわよ」
「お前、そういうのは早く言え」
「さっき聞いて今言ったんだから早いでしょーがっ」
「まぁまぁまぁっ、二人とも落ち着いて」
夫婦喧嘩……じゃなかった、言い合いを始めてしまった二人を身を乗り出して制すると、隣で天野がくるりとペンを回す。
「ふむ……一日に三本連続で上演しますから、他の演目との兼ね合いで色々と変更・譲歩するのは仕方のないことです。
この先他の演目との打ち合わせも行われますから、その際に各班ともしっかり前の演目からの引き継ぎを行ってください。問題が発生したら、速やかに舞台監督まで報告を」
「はい」
天野の鶴の一声で、二人の喧嘩が止んだばかりかスタッフ全員に心地よい緊張が走る。
舞台監督まで……って、そうだオレじゃん。
今までは天野の補佐として役者陣の練習に立ち会ってたけど、これからはいよいよ舞台監督本来の仕事が増えてくるんだ。
オレ達の前に演るのは三年の先輩達だから、まずはその演目の舞台監督の先輩に挨拶しに行って、できれば連絡先も交換できたらいいな……
円滑にコトを運ぶために、こうして周りとの折衝役をこなすのも舞台監督の大事な仕事だ。
「さて、演奏場所、どうしますか……」
ふむ。
舞台の見取り図を広げる。演奏ができて、道具の搬入出にも差し支えない場所は……
すると照明班班長の葛原が手を挙げた。派手な錦鯉柄のシャツを着た葛原は、糸のような細い目でニコニコと言う。
「下手側の花道を使ったらどうかなぁ? 上手の花道は芝居で使うけど、下手の花道は使わないやね?
折角の生演奏なのに隠れて演るなんて、前から勿体ないと思ってたんだよねぇ」
それを聞き、栗沢姉妹が勢いよくイスから飛び上がる。
「ソレいいっ! 確か備品庫に緋毛氈があったから借りて敷いて~」
「演奏班の皆も浴衣なんか着たらカワイイんじゃな~いっ?」
天野の頭の上に、ピコーンと灯る電球が見えた気がした。
「いいですね」
葛原と栗沢姉妹の提案が気に入ったようだ。ところが、三味線担当の望月さんが慌てて首を振る。
「ま、待って待って。花道って……お客さんから見えるってこと? お客さんの前で弾くの? 無理よそんなの、自信ないわ」
「だぁいじょぶだよむっちー、むっちー浴衣似合いそうだしィ」
「そういう問題じゃ……」
望月さんが乗り気な姐さんに抗議している間にも、
「じゃあ演奏班に手元用のライト用意しないとねぇ」
「キーボード用に延長コード借りなきゃかな?」
「まずコンセントの位置確認しないと」
と、着々と話が固まっていく。
「では、それで宜しいですか」
望月さんが気付いた時には、既に覆せないほど話が進んでしまっていた。期待に満ちたスタッフ一同の視線を受け、彼女は観念したように小さく頷く。
「そうと決まれば、小道具班はななちゃんを捕獲して備品庫へ行ってきまーす★」
「衣装班は駅前の印刷屋さんへ☆」
「まいったな。おいお前ら、三年生に詳しい話聞きに行くぞ」
「照明班は手元用に良さげなライト、探しに行くとするかね」
「はい、では解散しましょう」
天野が解散宣言するが早いか、各班一斉に飛び出していく。
資料をまとめるオレに、天野は飲み物を買ってからレッスン室へ行くと言い置いて、部屋を後にした。
机の上にとっ散らかした図面やメモを片付けてからふと顔を上げると、ぽつんと望月さんがイスに座り込んでいるのに気付いた。
「どうしたの?」
どうしたの、とは聞いてみたものの、やっぱり突然人前で演奏することになって不安なんだろう。案の定彼女は物憂げな顔で首を振る。
「どうしたらいいの……無理よ、私が人前に立つなんて……」
思えば、望月さんは演出科生で舞台監督を志望していたくらいだから、音響班にまわされた上に観客の前で演奏することになるなんて、想定外の事態に違いない。
「大丈夫だよ、望月さん三味線歴長いし」
「無理よ、こんな冴えない私が舞台の上に、なんて……」
「冴えないって、そんなことないよ。望月さん美人だし、浴衣も似合うと思うけど」
すると望月さんは真っ赤になって俯いたかと思うと、恨めしげな目で睨んできた。
「……君って、誰にでもそういうこと簡単に言うの?」
「そういうこと?」
あら、ら、ら? オレ今とんでもねーことさらっと言った気がする!
言われた意味が分かると、こっちまで真っ赤になって全力で首を横に振りまくる。
「や、ちがっ、あのそうじゃなくて、望月さん励まそうと思ってついっていうかなんていうかその……」
「お世辞だなんて分かってるわよ。そういう台詞がさらっと言える人なのねってこと」
「言えない言えない、相模じゃあるまいしっ! 多分こんな台詞さらっと言える性格してたら、年齢イコール彼女いない歴とかなってないっ」
「ぷっ」
「あ、今ちょっと笑った? 酷いなぁ、ヘコむわー立ち直れないわー」
大袈裟に嘆いて突っ伏すと、クスクス笑いを止めないまま望月さんは立ち上がる。
「まぁいいわ。栗沢姉妹に手伝ってもらえば、なんとか見られるようにしてくれるでしょ」
「見られるようにって」
今だってそのままでも充分可愛いのに。
うかうかしてるとまたとんでもないことを口走ってしまいそうで、固く口を引き結ぶ。
そうしていると、望月さんは頬にかかる黒髪をさらりとかき上げた。
「なんだか皮肉ね。舞台に立ちたかった君が舞台監督になって、舞台監督になりたかった私がお客さんの前に出ることになるなんて」
「まったくだね」
本当に真逆だ。
そう言うと、望月さんはドアの方へ歩いていく。部屋の外へ踏み出しかけて、くるりとこちらを振り返る。
「君の分まで精々頑張るとするわ。それから……お世辞でも、ありがとう」
「だからお世辞じゃ、」
言いかけて、今度は意図せず口を噤む。
はにかんだように笑う望月さんは……超がつくほど可愛かった。
涼しげな白いスカートを翻し、望月さんは駆けていく。
……あらやだ動悸が、ジャン君歳かしら、なんて照れ隠しに独りごちて、慌てて荷物をまとめ部屋を出た。
窓からの日差しに白む廊下を歩きながら、ぶんぶんと首を振る。
「いやいや違うよ? うん、これはあれだよ、ほら、暑いからさ、うんそうそう確かに望月さん可愛いけど今はそんなこと考えてる場合じゃないし忙しいしうんそう忙しいし」
独りでぶつくさ呟きつつ首を振りたくるオレは、端から見たら間違いなく不審者。果てしなく不審者。お巡りさんこちらです、そうですわたしがヘンな男子高生です。
分かっちゃいるけど、テンパりすぎた頭がフリーズしてどうにもならない。
足早に渡り廊下にさしかかると、聞き覚えのある声がした。
あめんぼあかいなあいうえお……誰かが一人で発声練習をしている。何気なく声の方に目をやって、そこにいるはずのない人物を見つけ立ち止まる。
「あれ、鞍干? なんでこんなところに」
鞍干もオレに気付いて振り返る。
「あ? おう、ミーティング終わったかよ」
「今終わった。てか練習は? ミーティングが終わるまでアップしといてくれるはずじゃ……?」
首を捻るオレに、鞍干は黒く染めたばかりの髪をかき上げ、フンと鼻を鳴らした。




