大人の事情2 「ここだけの話」
わずか一週間足らずの、練習のない夏休みらしい夏休み。
盆休みの間、オレ達はいつものようにバカやったり宿題と格闘したり、それぞれの実家に帰って過ごしたりと満喫した。
それが終わると二度目の登校日がやってきた。担任のななちゃんが来るまでの時間、五人でだらりだべっていると、急に教室の入り口が騒がしくなる。
「やっだ~どうしたの、その髪!」
「思い切ったわね鞍干君!」
驚き混じりの黄色い歓声。鞍干シンパの女子達のようだ。
鞍干の女子人気は相も変わらず。一部の熱狂的なシンパの子達は、鞍干を押しのけ主役についた相模に対する恨み言を、未だ聞こえよがしに囁き合っているくらいだ。
もっとも、当人の相模は毛の先ほども気にしてないけど。
なんだろなと思いドアの方を見る。一瞬そこにいるのが誰か分からなかった。鞍干のトレードマークとも言えるシルバーの髪が、真っ黒に染められていた。
「思い切ったなぁ!」
髪色一つで随分印象が変わるもんだ、あの鞍干が真面目に見える。そう小声で言い合っていると、鞍干がシンパの子達を掻き分けてこっちへ寄ってきた。
む。聞こえたか。
個人的には誉めたつもりだったのに、鞍干の眉間には小さな皺が。この前のこともあり少々身構えていると、鞍干は一息にまくし立てる。
「仕方ねぇだろ、大昔の関守が銀髪じゃおかしいだろ、役作りは役者の大事な仕事だからな」
あ、そっか。イメチェンじゃなくて、早くも役に備えて黒髪に戻してきたのか。なるほどと感心していると、鞍干はキッと伊達を睨む。
「オマエも早いとこコンタクト作れよぉ? 眼鏡天狗なんて笑えねぇぞ。コンタクトは慣れるまでに結構時間かかンだからな」
伊達は刺々しい口調の言葉を受け入れ、
「……そうだな。助言、ありがとう」
と頷く。よしとばかりに頷き返すと、鞍干はさっさと自分の席に戻っていった。
相模の後ろで三河が小首を傾げる。
「やっぱり今の、鞍干君なりのアドバイスだよね~? ……鞍干君って、イイ人なのかイジワルな人なのか分かんない~……」
相模は鞍干の背を見ながらニヤニヤ笑う。
「どっちだろうなぁ?」
「……なぁ?」
目を細める伊達の横で、陸奥はちろりと舌を出す。
「どっちだっていいよ。どっちにせよ僕はアイツ嫌い」
「また陸奥君はそんなこと言って~」
「そういう三河こそ、相模の後ろに隠れてたじゃない」
「うっ。だ、だって~……あ、ぼくも髪黒くした方がいいのかなぁ?」
そう言って三河は栗毛の髪を一筋つまんでみせる。
「いやいや、地毛はいいだろ」
相模と異口同音にツッコんだところで、ななちゃんがやって来た。
ホームルームの後、全校生徒が講堂に集められる。いつもならクラスごとに座るところだけど、今日ばかりは演目ごとに固まる。そう、例のクジ引き大会が行われるからだ。
舞台の上の机には、クジが入っているだろう大きな銀色の箱が鎮座している。誰も彼もが視線を箱に注ぎつつ、今か今かと開始の時を待っていた。
落ち着かない気持ちで座っていると、各演目の代表者が呼ばれた。
「いよいよだな!」
「ブタカン、いい順番穫ってきてよ!」
「うぅ、そんなプレッシャーかけるなよぉ……」
皆の声と期待に背中を押され、天野と共に舞台に上がる。
眩しすぎる照明に、天野は居心地が悪そうに半歩下がり、オレの背後に隠れるようにして立った。
あんなに浴びたいと思ってたライトをこんな形で受けることになるなんて。頬に浮きかけた自嘲の笑みを慌てて引っ込める。
……そうだ。そんなん考えてる場合じゃないっ。ななちゃんが言ってたあの言葉。
『クジを引くとき、なにがあっても驚かないで』
なにかってなによ?
思わず壇上をキョロキョロ見回す。各演目の代表者はどこも演出・ブタカンか、演出・主演らしいペアで、変わったところは特になさそうだけど。
すると、
「おいジャーン! ぬぁにキョドってんだ、しっかりしろぉ!」
客席から轟くような相模の野次が飛んできた。ドッと笑いが巻き起こる。ぐぬぬ、アイツあとで覚えてろっ。
すると、下手から恰幅のいい校長と、対照的に貧相なほどひょろりと痩せた教頭がやってきた。マイクに向かい、校長が笑いに包まれた客席に両手を掲げる。
「よし、よし。じゃあ皆お待ちかねのクジ引きを始めるとしよう」
宥めるような言葉に反して、会場のボルテージはますます高まる。それを掲げた手でもう一度制し、
「皆、ホームルームですでに聞いていると思うが、今年は三年生の計らいにより全学年分け隔てなく上演順を決めることになった。まずは三年生に拍手を送ろうじゃないか」
校長の呼びかけに、三年生を除く全員が万雷の拍手で応える。客席の後方に陣取る三年生達は照れているのか、もぞもぞと身じろぎして顔を見合わせあっていた。
結果を書き入れるためのホワイトボードが運び込まれ、いよいよクジ引きが始まる。
まずは三年生からクジを引いていく。代表者が教頭の差し出す銀箱に腕を入れ、選んだクジを校長に手渡す。受け取った校長が高らかに読み上げる。
「……最終日、一番目!」
その演目の三年生達が立ち上がりわっと歓声をあげる。下級生に配慮してくれたとはいえ、やっぱり最終日に演れるのは格別嬉しいんだろう。
「二日、三番目!」
次の三年生の演目は、残念ながら最終日を逃した。がっくりと肩を落とす代表者を、仲間達が拍手で慰める。
三年の次は二年。順々にクジが引かれていき、いよいよ一年の番になった。
残っているのは、初日の一番目・二日の二番目・最終日の三番目……大トリがまだ残っていた。
一年生で最初にクジを引くのはうちの演目、つまりオレだった。呼ばれて教頭の前に立つ。
……こうなったら大トリ! 是が非でも大トリ引きたいっ!
緊張とプレッシャーでカチコチになるオレに、天野がそっと耳打ちしてくる。
「……順番など、何番だろうが構いませんよ。そう固くならずに」
なら代わってくれよぉ!
口をついて出かけた情けない言葉をしまい込み、えぇいままよ! と銀箱の中に手を突っ込んだ。
腕一本がようやく入るだけの穴が開いた箱の中には、さらにビニールの袋があり、思ったより厳重になっていた。ごそごそと掻き回す指先に、一枚のクジが触れる。
コレか? コレが大トリか?
いやいや、残るクジは全部で三枚。他のかも……
…………
………………
……………………あれ?
思わず天野を振り返る。
「?」
天野は無言で首を傾げる。
ない。
ないんだよ。
どんなに箱中探しても。
クジが一枚しか入ってないんだよ!
言いかけてハッとした。
……まさか、ななちゃんが言ってたのはこのことだったのか?
愕然とするオレに、教頭が威嚇するように咳払いをする。
「……後がつかえる。早く引きたまえ」
小声で脅され、仕方なく一枚きりのクジを掴んで引き抜き、校長に渡した。
校長は小さく「おっ」と声をあげてからマイクに向かって言う。
「最終日、三番目!」
──大トリだ。
うちの演目のメンバーのみならず、客席中が大きくどよめいた。
「天野耕助の演目が大トリか!」
「やっぱ鬼才は持ってるなぁ~」
「やったな、ジャン!」
盛大な拍手も、その間に間に聞こえる喝采も、耳には入れど胸には響かない。人知れず首筋を伝い落ちる汗。決して強すぎる照明熱のせいじゃなかった。
なんだよコレ。
なんだよコレ。
一枚きりしかなかったクジが大トリ?
……これじゃあまるで八百長じゃないか。
青ざめるオレを置き去りにして、全演目の上演順が決定し、クジ引き大会は幕を下ろした。
◇ ◇ ◇
「……おい……おいジャン、ジャン!」
「んあ?」
相模の声で我に返る。
「お前、そこはアゴだぞ」
「んあ」
気付けば、箸でつまんだ唐揚げをアゴに押しつけていた。改めて口に放り込む。今度は白米をつまみあげた。
「……ジャン。お前の口はどこにある?」
「んあ? おー」
今度は伊達の声で我に返る。
右頬が米粒まみれだった。面倒なので指で集めて口にねじ込む。
登校日の全行程を終え、午後の練習に備え中庭で昼食を食べている。いつもの五人に加え、今日は天野も一緒だ。
例によってカロリーメイトだけで済まそうとしていた天野は、見咎めた相模におにぎり、オレに唐揚げをそれぞれ押しつけられ、巨大なおにぎりに苦戦しつつオレを見た。
「……クジ引きの時に、なにかありましたか」
「ぶへっ」
図星を刺され、盛大に米粒を吹き出す。我ながらホントにユルい口だ。もう恒例となってしまっているせいか、誰もツッコまない。
「え、なにさクジ引きの時って」
「どうしたの~? 大トリ引いちゃって、上級生になにか言われたりしたの?」
「え、いやその……」
どうしよう。
クジのことは、天野はともかく役者の四人には話すつもりなかったのに。言えば確実に動揺させてしまう。
とは言え、天野や伊達の十分の一ほどもポーカーフェイスを保てないオレは、挙動不審さ全開ですでに皆に心配かけてしまっている。
どうしたもんか……
「ジャンよぉ」
すると相模がオレの肩に手を置いた。
「みずくせぇな。なんか気にかかってんなら言ってくれよ、俺らに。じゃねぇとまた溜め込んでいずれ爆発しちまうぞ?」
う。
確かにこの前それで相模に情けないトコ晒したばっかだしなぁ……
顔を上げれば、皆の心配そうな視線。
オレは意を決して口を開いた。
「……あのさ。ここだけの話にして欲しいんだけど……」




