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大人の事情1 「なにがあっても驚かないで」



 ノックの音に振り向くと、開けっ放しだったドアからななちゃんセンセがひょっこり顔を突き出した。


「ぃよ~っす、やってるかね諸君! ……って、あらやだ休憩中? どうりで静かだと思ったわ」


「おや、菜々子先生」


 天野は話を切り上げて、ななちゃんに向かい会釈する。オレはホッとして首を傾げた。


「ななちゃん、どうしたの?」


「ほら、明日からお盆休みじゃない。その前に一回顔出しておこうと思ってね」


 ななちゃんは部屋の中にオレ達二人だけなのを確認すると、後ろ手でドアを閉めた。


「暑いから開けといてよ」


「ったくジャン、相変わらず先生に対する言葉遣いがなってないわねぇ」


「ゴメンナサイ、開けといてクダサイ」


「まぁまぁ、すぐ出て行くから」


「そうなの? もうすぐ皆戻ってくるから、ちょっと見ていけばいいのに」


 そう言うとななちゃんはキョロキョロと目を泳がせる。


「んー、と。いいわよいいわよ、見たらつい口出したくなっちゃうかもしれないし」


 なんか変だな。

 天野と顔を見合わせる。とりあえず近付いてきたななちゃんにイスを譲ると、ロングスカートの裾をさばいて座った。頭のてっぺんのお団子髪がゆさりと揺れる。


「早いモンねー、もうお盆だって。あんた達が入学してきたの、ついこの前みたいな気がするのに」


「そうだね」


「それにしてもこの部屋暑いわ~。ねぇ、練習前に校庭走ってんのウチのコ達でしょ? 他の先生方びっくりしてたわよ~、まるで運動部みたいだって」


「鞍干に練習前のアップを頼んでるんだ。てか、暑いならドア開けとけばいいのに」


「はー、名門校仕込みのアップってわけねぇ。なんにせよ熱中症には気をつけなさいよ?」


 いやだからだったらドアをさ。ツッコもうかとも思ったけど、あまりに華麗なスルーっぷりに気が削がれてしまった。

 皆に言っておくよと請け負うと、会話が途切れた。窓からドアへ吹き抜ける風がせき止められて逆巻き、机の上の台本がパラパラとめくれる。

 ななちゃんはそれを片手で押さえ、少し間を置いてから口を開く。


「ねぇ。お盆が明けたら二度目の登校日があるわよね。そこで行われるビッグイベント、覚えてる?」


 ななちゃんと向かい合うように座り直した天野は、


「劇高祭での上演順を決めることでしょうか」


「そう」


「講堂に全校生徒が集まり、各演目の代表者がクジ引きで決めるんでしたね」


 事前に通達されていたことを淀みなく答えた。


 劇高祭は三日間にわたり行われる。

 その中で各演目の上演順を決めるためのクジ引き大会で、ちょっとしたお祭りだ。

 何故わざわざそんなことをするかというと、上演日や順番によってどうしても有利不利が生じるからだ。

 金曜から日曜にかけて行われるため、初日の金曜日に当たるとどうしても一般のお客さんが少なくなる。他にも、その日二番目の上演となると、前後の演目に挟まれて、準備や片付けが慌ただしくなってしまったり。

 だから公平を期すためクジで決めるんだ。

 栗沢姉妹がデザイン済みのスタッフTシャツは、開演日時が決まり次第それを書き込み、発注する手はずになっている。


「それがどうかしたの?」


「いやぁ……それがね? 去年までは、一、二年生が初日と二日目、三年生が最終日って分けてクジ引きしてたのよ」


「最終日が一番盛り上がるもんね。三年生は最後の劇高祭だもん、そのくらいは優遇されて当然だよ」


 オレの言葉に天野も頷く。こと大トリとなる最終演目に当たれたら、よりいい思い出になること間違いなしだ。


「いやそれがねぇ……今年は全学年混ぜちゃおうって話なんだわ」


「え、なんで? それじゃ今年の三年生が可哀想じゃん! 誰だってトリ飾りたいよ!」


「そうだと思うのよ? 思うのよ? ホントならね。だけど、他でもない三年生達が言い出したことなのよ」


「なにその男気、下級生にも平等にチャンスをってこと? っはー、カッコいいなぁ今年の三年生は!」


 感心しきりのオレに、ななちゃんは少しだけ困ったような笑みを返す。

 おっと、ちょっとはしゃぎすぎたかな。オレ達下級生にとってはいい話だけど、三年生にとっては痛みを伴う判断だったはずだもんな。思い直して弛んだ口を引き締めた。


「でね、そのクジ引きなんだけど。大体どこも演出のコが引くんだけど、ウチは天野が引くのかしら?」


 天野は首を横に振る。


「わたしは人前に立つことが苦手ですので、ジャン君にお願いしようかと」


「え、聞いてないけど!」


「はい、今言いました」


 コイツ……

 責任重大な役目をさらっとオレに投げた鳥の巣頭をジト目で見やる。しれっとした横顔になんて言ってやろうか悩んでいると、ななちゃんはひらひらと手振った。


「まぁまぁ、舞台に上がる代表者は各演目二名ずつだから、天野も上がるだけ上がったらいいんじゃない?」


「わたしがですか」


 天野が嫌そうな空気を醸す。けれどさっきの天野に負けないほどしれっと、


「それでジャンの溜飲も下がるでしょ。ね」


 ななちゃんは言ってのけた。天野は渋々といった感じで頷く。ナイスななちゃん。こっそりと親指を立てると、ななちゃんは天野に気付かれないよう片目を瞑った。

 すると廊下の方が騒がしくなってきた。時計を見ると、もうすぐ休憩時間が終わりそうだ。ななちゃんもそれを察して席を立つ。


「あらやだ、思ったより長居しちゃったわね、お邪魔様。なにはともあれ仲良くやんなさいよ」


「うん」


 部屋を出て行くななちゃんを、二人してドアのところまで見送りに出る。入れ違いに役者陣が戻ってきた。


「あれ、ななちゃんだ~!」


「皆元気にしてる? 暑いんだから無理しないのよ~」


「はいはーい」


 軽やかに部屋へ飛び込んでくる役者陣を、ななちゃんは目を細めて見つめる。

 普段は手も口も出さないし、顔さえ出さないななちゃんは、見方によっては少し薄情に感じるかもしれない。けれど自分が受け持つこの演目の生徒を『ウチのコ』と呼んで気にかけてくれている。つかず離れずの優しさが、柔らかな眼差しに表れているような気がした。

 それにボケッと見とれながら手を振ると、ふいにななちゃんが顔を寄せてきた。

 えっ、ちょっ、ダメだよななちゃん! いくら若くて美人なおねーさんでも、ななちゃんは教師でオレは生徒で……!

 一瞬で非モテ妄想を暴走させテンパるオレの耳元で、ななちゃんは強張った声で告げる。


「クジを引くとき、なにがあっても驚かないで」


「え?」


 言うだけ言ってすぐに離れると、ななちゃんはやってくる役者陣に声をかけながら、階段を下りていってしまった。

 天野が怪訝そうに首を傾げる。


「先生は、今なんと?」


「えっと……」


 尋ねられたって、オレにも意味が分からない。

 クジ引きでなにがあっても驚くな?

 それってどういうことだろう。その時になにか起こるってことか? それにしてもなんでオレにだけ言うんだろう、天野だって代表として舞台に上がるのに。


「早口で聞き取れなかったよ」


 それでもオレにだけ言ったのにはなにかしら意味があるんだろう。そう思って言葉を濁した。天野は本当かと問いたげにしていたけれど、次々に帰ってくる役者陣のざわめきに流された。


 再開した練習を見ながら、さっきななちゃんに言われたことを反芻する。

 やってきた時にどうも様子がおかしかったのは、さっきのアレを伝えようとしていたからだったんじゃないだろうか。確かにあの時のななちゃんの声は固かった。言いづらいことを口にしているみたいに。

 クジ引きの際に驚くようななにか……ななちゃんには予測の範囲内のハプニングが起こるかもしれないとして、同じく壇上に立つ天野には言わないんだから、そんな大変なことが起こるワケじゃないんだ、きっと。多分。そう思いたい。

 悶々としていると、


「ブタカーン、今天野君なんて?」


 どうやら天野が津軽弁でなにか言ったらしい。通訳を急かされて我に返る。


「え、あ? ごめん、聞き逃したっ」


「ちょっとー、しっかりしてよ」


「ごめんごめん、えーっと?」


 そんな風にして、ななちゃんの言葉はオレの頭からも押し流されていった。



 そして夕方。

 お盆休み前ということで、天野はいつもより少しだけ丁寧に締めの挨拶をする。


「皆さん疲労も溜まってきた頃かと思います。ゆっくり身体を休めてください。休み明けからは午前の練習が入る日もありますから、各自しっかりと予定を確認するよう……」


 天野の言葉に、そこここで日程表を開き出す役者陣。すると誰かが「あ」と声を出した。


「なにか?」


 天野は声の主を探して視線を配る。けれど誰もなにも言わないので、「では、終わりましょう」と締めくくった。


「お疲れ様でした」


「お疲れ様でしたーっ!」


 威勢のいい挨拶をすると、それぞれ荷物のある場所へ散っていく。練習後のレッスン室にはほんのり汗の匂いが漂っていた。


「モジャ男ー、今日はどうする? 来れそう?」


 荷物を引き揚げたいつもの四人がやってくる。陸奥の誘いに、天野は軽く肩をすぼめた。


「すみませんね、どうしてもシナリオが上がらなくて」


「お前も忙しいヤツだなぁ。ま、しょうがねぇか。また今度な」


「えぇ。ではまた」


 天野はビーサン鳴らして慌ただしく部屋を後にする。それを五人で見送っていると、突然誰かが相模の肩を掴んだ。

 鞍干だ。

 振り向いた相模をギラついた双眸で睨みつける。


「おい、こりゃどういうことだ!」


「なんだ鞍干、どうした?」


 突然怒鳴りつけられたにも関わらず、相模は案外落ち着いていた。それがますます気に障ったらしい。鞍干は相模の胸ぐらを掴み、手にした日程表を鼻先に突きだす。


「盆明けの練習のことだ! なんなんだ、この四日間の休みはよぉ」


 鞍干が言っているのは、相模がアクションスクールのワークショップに出るため、練習を休む四日間のことらしい。

 さっき「あ」って言ったのは鞍干だったのか。改めて日程表を見て、相模の休みに気付いたんだろう。

 帰りかけていた皆の視線が痛い。何事かと遠巻きにこちらをうかがっている。


「落ち着けよ鞍干、それにはちゃんと理由があるんだ」


 宥めようとするも、


「ブタカンには聞いてねぇ、オメェに聞いてんだよ!」


 と、相模から目を離さない。

 相模は襟を掴まれたまま、極力鞍干を刺激しないよう静かな声で理由を話した。けれど鞍干はさらに逆上する。


「主役なのにそれで練習休むって? ふざけンな、それでどんだけ他の役者が迷惑すると思ってんだ!」


「悪ぃ」


「悪ぃじゃねーだろ! 主役だって自覚あんのか?」


「だから、役もらうよりずっと前から決まってたことなんだよ」


「こんな迷惑かける予定があんのに、よく主役に立候補できたもんだなぁ。あぁ? キャンセルだってできんだろうに、結局はてめぇの都合だろうが!」


「ちょっと鞍干……!」


 横から噛みつこうとする陸奥を、素早く伊達が制す。今はなにを言っても火に油だと、視線だけで言い聞かせて。

 鞍干は相模から手を離すと、銀色の髪をイライラと掻き乱す。


「……チッ。こんなヤツが主役だなんてやってらンねぇぜ。これだからはみ出し組は……!」


 その言葉に相模の声が大きくなる。


「俺のことはなんとでも言ってくれて構わねぇよ、迷惑かけちまうのは事実だ。でもな。はみ出し組だなんてコイツらまでいっしょくたにすんじゃねぇ、悪ぃのは俺だけだろ」


「エラそうに述べってんじゃねーよ、主役張る覚悟もねぇクセによ! クソッ」


 吐き捨てるように言うと、鞍干はかかとで強か床を蹴りつけながら出て行った。

 固唾を飲んでなりゆきを見ていた他の役者陣も、不穏な空気に目配せしあいつつ、言葉少なに帰っていく。

 あらゆる足音が遠ざかってしまってから、いつの間にかオレの背後に引っ込んでいた三河が息をつく。


「っはあぁ~びっくりしたぁ! なんかちょっと久しぶりだね、鞍干君のあぁいうの」


 決してイチャモンだの言いがかりだのと言わないところが三河らしい。陸奥は大層ご立腹で、


「なんなのアレ。言いたいことは分かるけど、誰だって用事で休んだりとかあるじゃない。しかもその用事だって芝居関係のことなのにさ」


 ぎりり爪を噛む。それをやんわり止めつつ、伊達は黙って首を振った。オレは相模に手を合わせる。


「ごめん相模、オレが横着してシフト表形式のまま日程表配ったから……」


 相模は白い歯を見せてけろりと笑う。


「そんなん気にすんな、どの道当日になりゃ分かることなんだからよぉ。 

 ……にしてもアイツ、なんなんだろうな? やたら主役だのいい役だのにこだわってんよなぁ。夏休みの入りに陸奥につっかかった時も言ってたろ、『こんなシロートにいい役持ってかれるなんて』みたいによ」


「そうだね~。富樫だって、出番は短くても物語のキーパーソンだと思うのに~……」


 耳が肩につかんばかりに首を捻る二人に、陸奥はフンと鼻で笑ってみせる。


「鞍干にとっては、物語で重要かどうかより、出番が多い役が『いい役』なんじゃないの? 中学の時の全国大会で賞穫っただか主役だったか知らないけど、そんなオレサマがチョイ役なんて~ムキーッ! ……ってなトコじゃない?」


 まぁそんなトコなんだろうなと思う一方で、鞍干が天野にアップの提案をしていた時のことを思い出すと、なんかしっくりこない気もする。あぁやって芝居全体のことを考えられるヤツなのに。

 単純にオレらはみ出し組が嫌いなのかな……オレなんか面と向かって『アンタの()り方は好きじゃない』とか言われちゃってるし。

 それぞれに考えていると、くぎゅるるる……と、誰かの腹の虫が鳴いた。三河だった。照れ笑いして腹を撫でる。


「へへ~……お腹空いたね~」


「だな! よし、行くか!」


「今夜の夕飯なににしよっか?」


 和気あいあいと相談し始めた三人の横で、伊達は口を閉じたまま鞍干が去ったドアを見ていた。


「伊達?」


 どうしたと尋ねると、伊達は視線を固定したまま呟く。


「……鞍干は、なんのために芝居を()っているんだろうな……」


 なんのために?

 そりゃ、将来役者になりたくて、とかじゃね?

 言いかけて止めた。

 多分伊達が言ってるのは、その動機のことのようだ。

 なんのために?

 ……あれ、意外と深いぞその疑問。

 なんて返そうか悩んでいると、


「おーい、早く行こうぜ!」


 歩き出していた三人に手招かれ、急いで足を踏みだした。




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