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幕間 「ドがつく阿呆」



 それから三〇分程して、天野はガバッと起きだした。

 やたらと眠そうにしながらもいつもの調子に戻った天野は、残してきた原稿を書き上げるため帰ると腰を上げた。あんまりいつも通りだから、さっきのアレは覚えてないのかもしれない。

 五人で玄関まで見送りに出る。


「それでは、お邪魔しました」


 他人行儀に深々と頭を下げる天野に、


「また遊びに来てね、週末は皆でここに集まってるから~」


 三河がにこにこしながら手を振る。天野は不思議なものでも見るかのように、穴が開くほど三河を見つめた。


「僕ら毎週末泊まり込んでんの。着替えとか歯ブラシとか置かせてもらってね。次は天野もお泊まりセットと原稿、こっちに持ってきちゃったら?」


「そりゃいいな、天野がシナリオ書いてるとこ見てみてぇし。なんなら明日また来いよ、俺ン家じゃねぇけど」


「……食事の時は大変だけどな……よければ、また。自分の部屋でもないが……」


 三河に続いて、三人も代わる代わる声をかける。 

 オレも天野が食べそびれたプリンを渡しつつ、


「シナリオ作り大変だろうけど、ちゃんと寝ろよ? 最近またクマ酷いからさ」


 そう言うと、天野は一呼吸置いてからいつもの無表情で言った。


「では、また」


 ドアが閉まると、ぺったぺったとビーサンの足音が遠ざかっていく。

 確かな次の約束こそなかったけど、『また』と言ってもらえた。そのことにホッとしながらドアを見ていると、背中で四人が一斉に息を吐く。


「うあ~っ、もういいかな、いいかなっ? 泣いても聞こえないかなっ?」


「泣いとけ泣いとけ、あぁビビった! 俺はちょービビった!」


「酔っ払ってた時のこと忘れちゃってんのかな、ある意味よかったかもね? それにしても、なんだ。案外人恋しかったんだね」


「……そうだな……」


「うわーん! 天野君ごめんねぇ、今までとっつきにくい人だと思っててごめんねぇ~!」


 ビビる相模に泣く三河、やれやれと言いたげな陸奥と伊達、玄関があっという間に騒がしくなる。


「なんだよ、皆しっかり天野の話聞いてたんじゃん。天野が寝たあとずっとスルーしてたから、オレの方がちょっとビビったよ」


 リビングに戻りながら言うと、相模はチッチッと指を振る。


「お馬鹿さんなジャン君よ、いつ天野が起きるか分かんねぇのにこんな話ができるかい? 本人が覚えてたら確実に『やっちまった』案件だろ。酒の上での暴露なら、聞いたような聞いてないようなフリしてやんのが漢の情けってもんよ。なぁ?」


 相模に振られた伊達は小さく頷きつつも、


「炭酸だけどな……」


 と訂正する。

 そういうもんか。皆オトナだなぁ……



 片付けを済ませ、順番に風呂を借り着替てしまうと、皆疲れていたのでもう寝ようということになった。

 クーラーを切って窓を開ける。この時間になってやっといくらか風が涼しくなってきた。正直まだ蒸すけれど、一晩中クーラーをつけていると陸奥の喉がやられてしまう。

 代わりに、陸奥が買って持ち込んだ扇風機を回す。暴君な閣下でも、皆に暑い思いをさせてしまうことに引け目を感じてのことらしい。ここまで運ばされたのは伊達だけど。

 風が巡りだしたリビングの中、思い思いの場所で持ち込んだタオルケットやブランケットにくるまる。灯りを落とし、常夜灯に切り替えると、誰からともなく深い息をついた。


「……ジャンは、天野に懐かれちゃったんだねぇ」


 ややあって、二人掛けのソファの上に寝そべる陸奥が切り出した。


「懐かれた、のかなぁ?」


 薄闇の中目を凝らして陸奥の方を見やると、小さな頭が大きく頷く。


「そうでしょ。じゃなきゃなんなの。例え義経の役で三ツ石に勝てなかったとしてもさ、富樫(とがし)とか他の役にジャンを回さないで裏方に……ブタカンにしたのは、そういうことでしょ?」


 心なしか語気を強める陸奥に、相模がおいおいと口を挟む。


「そうじゃねぇだろ。ジャンの芝居の捉え方が自分と近いって、そう見込んだってことだろ。演出とブタカンは二人三脚でやってかなきゃなんねぇんだし」


「天野君口ベタさんみたいだから余計に、気の合いそうなジャン君にブタカンやって欲しかったんじゃないかな~。自分の言葉がちょっと足りなくても、ジャン君なら分かってくれそう、みたいな。

 勿論寂しかったのもあるかもしれないけど、それだけでってワケじゃないよ~」


 一抱えもあるビーズクッションの上で丸くなる三河にもそう言われ、陸奥は口を尖らせる。


「それはそうだと思うんだけどさ……

 天野の気持ちも分かるよ? 地元から出てきて、ずっと独りで、初めて話しかけてくれたのがジャンでって……

 でもさ。なんかちょっと悔しいんだよ、僕は。最初に声かけたのがジャンじゃなかったら……それさえなかったら、もしかしたらジャンと一緒に舞台に立てたのかな、って」


 その言葉に、オーバーサイズのTシャツにパンツ一丁の相模が顔を上げる。


「おいおい待て待て、俺の前でそれ言っちゃうかぁ? そんならやっぱ、俺がオーディションの時に余計なこと言わなかったら、っつーことになるじゃねぇか。それにそんなん思ったって今更詮ねぇだろ」


「それなら僕だって伊達だって言ったよ。だからそうじゃなくってさ……天野のことを憎む気持ちはさらさらないんだけど、こう……なんて言ったらいいのかな」


 陸奥はもぞもぞと居心地悪そうに身じろぎする。言わんとしてることは分からなくもない。

 ていうか、オレの話なのになんでオレはこんな他人事みたいに聞いてるんだろう? 耳に入ってこないワケじゃないのに、一枚の薄い膜越しに聞いているような感覚。

 すると、それまで黙っていた伊達が仰向けのまま口を開く。


「……自分は、今にして思えば……ジャンはブタカンになってよかったんじゃないかと思う」


「えっ? 富樫や別の役をやるよりも?」


 陸奥の問いに、伊達は少し考えてから頷く。


「富樫なら、ジャンが希望していた役だからまた少し違うが……台詞(セリフ)がほぼないような役に就くよりは、と……」


「ちょっと、それ追っ手役や関守役の子達に失礼だからっ」


「……天野が、仲良くなりたいがためにジャンをブタカンにしたというのも、ブタカンを希望していながら就けなかった人達に対して失礼だと思うが……」


「うっ。それは、そうなんだけどっ……」


 上手く言えなーいっ! と喚いて、陸奥はジタバタと足をバタつかせた。三河は上体を起こし、その背をよしよしとさすりながら、いつものようにのんびりと言葉を紡ぐ。


「大丈夫、伝わってるよ~。ぼくも皆で舞台に立ちたかったもん。でもさ。ジャン君に台詞がない役なんて、勿体ないと思わない?

 だって、ホントはぼくなんかよりずっとお芝居の知識もあるし、上手だし、なにより演劇大好きなジャン君だもん。雰囲気ぴったりの役がないからって、チョイ役じゃ勿体ないよ~。

 天野君も同じように思ってブタカンに抜擢してくれたんだよ、きっと。そう考えると、ぼくは嬉しくなっちゃうんだ~。役にはつけなかったけど、天野君は天野君でジャン君のこと認めてくれてるんだなぁって。

 あの時声をかけたのがジャン君じゃなかったとしても、きっと変わらないよ」


 ねぇ、と三河が振り返ると、それが言いたかったとばかりに伊達は頷く。……随分端折ったな。苦笑いしていると、陸奥がこっちに首を巡らせる。


「……で? ジャン自身はどう思ったのさ?」


 暗がりの中視線が集まる。えーっと。


「オレ、皆に愛されてんなーって」


 陸奥が白目をむく。

 相模を見る。白目プラス鼻水も垂らしている。芸が細かい。

 伊達は無言でタオルケットを頭の上まで引き上げる。


「あ、もう皆眠くなったみたいだね~。おやすみ~」


 とどめに三河が天然バズーカでなかったことにした。

 ……ツッコミは愛だと思う。ちょっとくらいツッコんでくれたって……



 口を噤んでしばらく経つと、皆の寝息と相模のいびきが聞こえてきた。

 常夜灯でオレンジに染まった天井を見上げながら、なにを考えるでもなく、けれどなにも考えていないかと言うとそうでもなくて、言葉にできないなにかを胸やら脳やらでぐるぐるかき混ぜる。

 その渦がなんなのか、明るい色なのか暗い色なのかも分からないまま、ぐるぐる、ぐるぐる。

 耳を済ますと、網戸越しに吹き込む風の音がする。高い場所だから虫の声は聞こえない。時折車が行き過ぎる音がする。高速で回る扇風機のモーター音。むっとする湿気。

 渦から目を逸らすために、感じることを指折り挙げているとどんどん眠気が遠ざかっていく。


 ……だめだこりゃ。麦茶でも貰おう。

 こっそりリビングを抜け出して、キッチンでグラスを取り出しているといびきが止んだ。すぐにのっそりと相模がやってくる。


「俺も麦茶ぁ」


 重そうなまぶたをごしごし擦りながらの要求に、すぐさまグラスを追加で出す。


「悪い悪い、起こしちゃった?」


「んにゃ、寝つけなくって」


「ウソつけ、さっきまで大いびきかいてたろ」


「ふっふっふっ。俺サマの見事な芝居に騙されたなジャン君よ」


「意味ワカンネ」


 小声でそんなやりとりをしながら、その場でちびちびと麦茶をなめる。しばらくどちらも口を開かず、カウンター越しに三人の寝息が聞こえるばかりだった。


「……んで? なんかキツいこと言われたのか?」


「へ?」


 唐突な質問に、意味が分からず相模を見やる。相変わらずズボン履いてない。履けよ。とりあえず履けよ、お前ン家かよ。

 心の中でツッコんでいると、


「レッスン室に戻って来る前、天野から役につけなかった理由聞いたんだろ? なんか厳しいこと言われたんかなーって。お前、ちょっとヘンだからよぉ」


「ヘン? オレが?」


 相模は頷いて、オレのおかしなところを挙げていく。

 天野を呼ぼうと提案したのはオレなのに、食事中数回天野に会話を振りはしたものの、その他は口数が減って陸奥と三河に任せているように見えたこと。

 さっき寝る前の会話の最中、どこか他人事のようだったこと。


「なんかモヤモヤしてんなら吐きだしちまえよ」


「んー、別に」


 答えて一口麦茶を口に含む。

 ウソだけど。

 食事中のことはともかく、さっき半分上の空だったのは相模の言う通りだ。けれどなんでそうなったのか、未だに胸の底でぐるぐるしているものがなんなのか、自分でも分からないんだから吐き出しようがない。

 それでも相模は黙っている。オレがなにか言うのを待ってるかのように。

 ちらりと横目で見やれば、特に構えているでもなく、なんの気ないような顔で見下ろしている。

 くそぅ、ナニこの身長差、見下ろすな。

 ちょっと癪に障って顔を伏せる。

 目につくはパンツ。

 ラインが入った黒いおパンツ。

 Tシャツの裾からのぞく犯罪級のチラリズム。

 当然ボクサー。

 なんだか一気に力が抜けて、些細な意地も苛立ちもどうでもよくなった。


「華がないんだって」


「鼻?」


 言うと思った。華な、と訂正してから続ける。


「お前のこと褒めてたよ、天野」


 相模には覇気とよく通る声がある。鞍干君には他を圧倒する存在感が、三ツ石君には人目を引く容姿がそれぞれあると、そう言っていた。


「オレにはそういう華がないって」


「……」


「自分でも分かってたことだからさ。それが再確認できてよかったなーって、なんか前向きになったし」


「……」


「にしてもすげーよな、相模は。あの天野に『覇気がある』なんて認められちゃったんだぜ? すげーよ!」


「……」


「なんとか言えよ」


「……おう」


「おうじゃなくてさ」


「……」


「……なんか、言えよ」


 言ってくれよ。

 こっちはさっきから喉の奥が酸っぱいんだ。

 なんかもうお前の顔が滲んでんだ。

 これ以上喋ったら声以外のなんかが出ちまいそうなんだ。

 あぁ、ほら、出ちまったじゃんか。

 目の縁から出ちまったそれを、Tシャツの肩で慌てて拭う。


「コレ違うんだって……前向きになれたのはホントで、今やらなきゃいけないことからやってかなきゃって思ったのもホントで……」


「おう」


「陸奥が未だに一緒に舞台立ちたかったって拗ねてくれたのも嬉しかったし、でも三河が言ってくれたみたいに天野が考えてくれたんなら、それも嬉しいってのもホントで……」


「おう」


 野郎が喋ってくれないから、沈黙を避けるように口を開くと、まとまらない感情の欠片がとりとめもなくボロボロ溢れる。一度堰を切ってしまうと止まらなかった。

 自分で思ってた以上にショック受けてたらしい。


「ホントだよ、あの天野と感覚が近いなんて光栄じゃんとも思うし、仲良くやっていかなきゃって……裏方班の皆もいいヤツばっかでありがたいし、ブタカンとして頑張らなきゃなって思うし」


「おう」


「でも」


「でも?」


「それでもやっぱ……台詞のない役でも構わないから、お前らと舞台に立ちたかったっていうのも、同じくらいホントで……」


「……」


「今やれることからだって無理矢理前向いて、自分の欠点から目ぇ背けてないといられなかったのもホントで……」


 あぁ、そうだ。

 胸のぐるぐるの正体はこれだったんだ。

 ネガティヴな感情や感傷にフタをして、分からないフリを決め込んでなけりゃ、居ても立ってもいられなかった。望んでた場所に立つ四人に合わす顔も、ブタカンとして皆の前に立つ顔も作れなかった。


 どうして言える?

 天野はなにかしらでオレを見込んでくれたようだけど、それよりも皆みたいに舞台で映える華が欲しかったなんて。

 役にあぶれはしたものの、ブタカンなんて大層な役目をもらえたじゃないかと喜んでくれる四人に、それでも役につきたかったなんて泣き言を。

 そんな優しいヤツらだからこそ、言えなかった。言っちゃいけなかったのに。

 そればかりか、ブタカンのことを言われるたびに疎外感のような寂しさをどこかで感じてしまっていた。ブタカンとして頑張れ、見込まれたんだと言ってもらうたびに、退路を断たれたような、もう二度と役者に戻れないような、そんな切なさを。


 ひとしきりぶちまけるとあとはもう言葉にならなくて、喉からせり上がる嗚咽を必死になって押し殺す。相模はどんな顔してるだろう。とてもじゃないけど見られない。

 すると、


「遅ぇんだよ」


 その一言と共に脳天にゲンコツが降ってきた。


「いでっ」


 え、ちょ、ま。

 なんでここでゲンコツ?

 呆気にとられて見上げれば、少し不機嫌そうな顔。


「アホかお前は。いやアホだな、ドがつく阿呆だ」


「な、なんだよソレ」


 鼻白みつつも抗議すると、苛立った顔がずいと近づく。


「だから遅ぇんだよ。そんなん、昨日今日じゃなく配役発表ン時からずっと思ってたんだろ。悩んでたんだろ。改めて理由聞いたから表面化しただけで。

 だったらなんでもっと早く言わねぇ。溜め込んで溜め込んで、自分でも気付かねぇうちに挙動不審になってって、アホか」


「言えるワケねーだろ、こんな情けないこと……」


 あぁ、ホント情けない。

 また視界が滲んでくる。

 すると再び相模が右手を振り上げた。ゲンコツに備えて反射的に目を瞑る。けれど、頭に降ってきたのは拳じゃなく大きな手のひらだった。


「ドがつく阿呆のジャン君よ、よく聞け。

 考えてもみろ。俺らが役落ちしたお前を励ますためだけに、『ブタカンすごーい』なんてキャッキャウフフすると思うか?

 お前にとって都合の悪ぃ現状から目ぇ背けさせるために誉めちぎると思うか?

 残念、俺らはそんな優しくねぇ」


 いつになく真面目な顔で、相模は言う。


「キツいこと言うぞ。

 お前に華がないっつーならな、原因はその自信のなさだろうよ」


「自信……?」


「おうよ。三河も言ってたけど、お前は俺らの誰よりも芝居のことを知ってるし、上手ぇし、なにより一番好きでいる。努力もしてる。なのに誰よりも自信がねぇ。芝居に限ったことじゃなく、普段からなんにせよ自信がねぇ。

 それが演技に出ちまうんだよ。だから上手いしなりきってんのに、小さくまとまっちまう。没個性なんじゃねぇ、自分で個性殺しちまってんのさ」


 相模の左手の中のグラスが汗をかき、雫がぽたりと落ちる。


「俳優科生がブタカンに指名されんのは余程のことだろ。実際すげぇよ、俳優科生で右も左も分かんねぇのに仕事こなしてよ。あんな個性の塊みてぇな裏方班まとめてよ。

 それは立派にお前の実力だろ。

 お前が望む望まないに関わらず、誇れることじゃねぇか。いくら謙遜しぃなお前でも、自信持っていいトコだろ。自分を誇ってもバチ当たんねぇだろ。

 これをきっかけに色んな方面で自信持てるようになって、演技にもバックされりゃいいなって思うから『すげーな』『よかったな』っつってんの。ブタカンとしてすげーんだからそっちで頑張れや、っつーんじゃねぇの。ジャンと一緒に舞台に立ちてぇと思ってんのは陸奥だけじゃねぇの。お分かり?」


 その言葉に、声が出なくてこっくり頷く。代わりに、オレのグラスからも雫がぽたりぽたりと落ちた。


「……オレ、馬鹿だなぁ……」


 こいつらがそんなこと言うワケないのに。

 分かってたはずなのに。

 自分自身に自信がなさすぎるあまり、好意的な言葉さえその言葉尻捉えて勝手にヘコんで。


「おう、馬鹿じゃねぇけど阿呆だよ。情けねぇ姿見せられんのもダチだろうがよ」


 伊達もブタカンになって最初の頃言ってくれたっけ。自分達が落ち込んでいたら、ジャンが空元気で頑張ろうとするからって。

 だから皆して笑顔で背中押してくれてただけだったのに。

 相模の大きな手がわしゃわしゃと髪を乱してくる。違う、撫でてくれる。


「それによ。本人のためだと思えば、キツいこと言ってやんのも本当のダチだろ。

 天野はお前にそれを言ってくれたんだろ? 本当は寂しくて仲良くしてぇのによ。だからそんな距離詰めようとか必死になんな、今更だ」


「……そっか」


 キツいこと言われるよりか言う方がキツい。

 オレは本当にどこまでアホなんだろ。


「なんか、目ぇ覚めた」


 改めて袖でゴシゴシと目許を拭う。


「なんだよ、まだ泣いてたっていいんだぜ?」


 見上げれば、悪戯っぽく笑う見慣れた顔。


「泣かねーよ」


「意地っ張り」


「うるせーよパンツマン」


「あ、ハーパン履くの忘れてたわ」


「ウソつけ、この確信犯っ」


 その脇腹に軽く肘鉄をお見舞いする。相模は大袈裟に身体を折って呻いた。


「見てろよっ。今年は裏方のことや演出のことたくさん学んで、自信つけて、来年こそ舞台に立ってやる! 二年続けてお前に主役なんかやらせてやんねーからなっ」


「おう、そうしろ」


「くそぅ、その余裕たっぷりな感じが腹立つ! もういい、寝るっ!」


 癇癪起こした陸奥みたいな台詞を吐いて、リビングに戻る。すっきりもしたし感謝もしてるけど、うだうだ泣いてしまった手前バツが悪くて。

 もそもそとタオルケットに潜り込んでいると、相模も戻ってきて横になる。すぐにまたいびきが聞こえてきた。演技だかなんだか知らないけども、これ以上はそっとしておいてくれようとする気遣いが今はありがたかった。

 ホッと息をついたのも束の間。

 向かいで寝そべる伊達と目が合った。

 目が合った。


「え、ちょ……! 今の聞いて……?」


 伊達はまたタオルを頭の上まで引き上げ、


「……おやすみ」


 とだけ呟いた。

 ちょっと待った、こんなサプライズいらない!

 気まずさにこっちもタオルに頭をうずめかけて、今更かと開き直る。開き直りついでに、このまま終わるのもなんだから話しかけてみる。


「なぁ、伊達は『かにな、めやぐだじゃ』ってなんのことか分かる?」


 眼鏡を外している伊達は怪訝そうな顔を突き出した。


「……天野に言われたのか?」


 頷いて見せると、暗い天井を仰ぎ少しの間考え込む。


「……かにな……『堪忍な』、か? めやぐは『迷惑』だろうな。

 ……『ごめんな、迷惑かけてすまない』といったところだろうか」


「……そっか」


 あの時に見た天野の苦しそうな横顔が浮かぶ。

 馬鹿だな。

 オレも馬鹿だけどアイツも馬鹿だな。

 演出は独裁者だなんて割り切った顔してたクセに、オレなんかのことで思い悩んで。

 あ。

 オレなんか、とか言っちゃうところが自信なさすぎなトコなんだろか。いやでもさ、オレだよ? オレのために、とかじゃなんかエラそうな気もするし……


 卑下と謙遜の境について考え込んでいるうちに、いつしか眠りに落ちていた。




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