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球技大会後編 「おっぺしちめぇ!」


 かくして、一年五組対二年三組の試合が始まった。ホイッスルが鳴り、キックオフと同時にそれぞれが走りだす。


「五組ー、頑張れーっ!」


 相模の声が飛んでくる。相模は委員の仕事があるので、試合に参加することができない。けれど、得点ボード係を務めつつ、コート内の誰よりも声を張りあげ応援してくれる。

 担任のななちゃんも、相模の横でメガホンを振り回す。


「いっけー! 年上相手だからって、怯むんじゃないわよあんた達!」


 ……その熱~い声援に応えたいのは、山々なんだけど。

 こちとら中坊に毛が生えた程度の新入生、相手は二年生。成長に個人差があるとはいえ、体格も体力も負けている。

 前半はゴールこそ割らせなかったものの、始終相手のペースに呑まれてしまった。

 ちなみに、試合は前後半それぞれ一〇分の超短縮試合だ。フルでやっていたら、全学年二一チームのトーナメント戦なんて、日が暮れたって終わらない。

 ルールも清々しいまでに大雑把で、「オフサイドなにソレ美味しいの?」状態だ。


「ふへ~、全然勝てる気がしないぃ~」


 前半が終わりエンド交代の最中、三河がよろよろしながら弱音を吐く。内心オレも同じことを考えていた。


「ドンマイどんまい! 前向きに行こうぜ!」


 相模の声援にも力なく手を振る。

 むむ、これじゃいかんっ。このままじゃ初戦敗退まっしぐらだ。


「よしっ。後半が始まったらすぐ、オレがボールを取りに行く」


「え、どうやって~?」


「捨て身でスライディングでもするさ」


 ……自信はないけど。

 なんにせよ、相模の努力に報いるためにも、このままじゃ終われない。


「……なら、自分がボールのフォローをしよう」


「じゃあ僕は、センターラインとゴールの間くらいで待機する」


「ならぼくはゴール前っ! シュート決めるぞぉ~っ!」


 伊達、陸奥、三河の三人も、即座に乗ってきてくれた。それを近くで聞いていた、一般組の沢渡(さわたり)達が声をかけてくる。


「なら、おれらはディフェンスにまわるよ」


「あぁ、ありがとう! よし、頑張ろー!」


 ここへきて、ようやくチームがまとまってきた。

 ……鞍干達数人の推薦組を除いて、だけど。


 後半開始の笛が鳴る。相手のボールから始まった。

 ボールを持った選手が、パスを出す味方を探し足を止める。

 今だ!


「だあぁっ!」


 見よう見まねでスライディングを繰りだす。こっちもズブの素人だが、相手だって素人だ。伸ばした右足がボールを捉え蹴り飛ばす。


「ナイスだ、ジャン!」


 相模の声が飛んでくる。その恥ずかしいあだ名を大声で叫ぶのは、どうかやめていただきたい……いや、気持ちは嬉しいんだけどね?

 転がったボールをすかさず伊達が拾う。ドリブルでセンターまで戻し、


「……陸奥、頼む」


 待ち受ける陸奥へパスを出す。


「はいはい、それじゃあ三河……あっ」


 ゴール前の三河にパスを出そうとして、陸奥が動きを止める。小柄な三河は、長身の相手選手にがっちりマークされていたのだ。


「む、小癪な」


 ところが、ゴール近くにいながら全くノーマークなヤツがいた。鞍干だ。


「仕方ない。行くよ、鞍干!」


 大声で呼ばわって、陸奥はボールを大きく蹴った。三河はそれを聞き、鞍干のフォローに入るべく、相手の隙をついて飛び出す。


「は、おれ?」


 鞍干は全く構えていなかったようで、突然名を呼ばれビクッと肩を揺らした。

 ……お前な、試合中だぞ。ボールくらい目で追ってろよ!

 ぐんぐんとボールが鞍干に迫る。少し高いが、ヘディングで合わせればそのままゴールが狙えそうだ。


「鞍干、そのままゴールだ!」


「え、は……」


 鞍干の目前にボールが迫る。次の瞬間なにを思ったか、ヤツはしゃがんでボールを避けた。


「ええぇっ?!」


 誰より驚いたのは、フォローに入るため、鞍干の後ろに回っていた三河だ。

 よりによって顔の前にボールが……ぶつかる!


「わわわわっ……わっ!」


 三河は咄嗟に手を突き出し、ボールをキャッチした。

 ピピーッとホイッスルが鳴る。


「ハンド! えーっと、場所的に……PK? あ、いやフリーキック!」


 三年生審判の自信なさげなコールと同時に、チームメイトが一斉に三河に駆け寄る。


「大丈夫か、三河!」


「怪我はない?」


 三河は近くの二年生にボールを回し、


「ごめんねー、びっくりして思わず手が出ちゃった……」


 しょぼくれる肩を、みんなで叩く。


「あれは仕方ない、三河が気にすることないよ」


「ナイスファイトだよ三河君! 気を取り直してゴールを守ろう!」


 沢渡達一般組の皆も駆け寄ってきて、それぞれ三河に声をかけてくれる。どうやらすっかり三河というあだ名が定着したようだ。

 鞍干を責めるヤツはいなかった。中学生に毛が生えた程度のオレ達でも、そこまでガキじゃない。でもなにかしら声をかけるヤツもいない。そこまで大人にもなれなかった。

 責められないことが逆に堪えたのか、鞍干は舌打ち一つして背を向けた。


「どーんまーいっ! ほれほれ、ゴール前に壁作れ、壁っ!」


「あ、そっか」


 相模の指示に我に返ると、すでに相手選手は場所取りに走っている。まずいっ!

 慌ててゴール前に並んで壁を作る。

 ……あれ? この線の中入っていいの? 動いていいの? なんて、敵も味方も正式なルールなんて分からないまま、もぞもぞと良さげなポジションを探す。

 多分、いや絶対、審判すら分かっていない。

 ……どうすんだこの状況。


「おっ、ととと」


 そんな中、相手選手に肩でぐいぐい押された。

 え、そんなに押していいの? 押し返してもいいのか、コレ? 押し返したらまたPKだかフリーキックだかなんの?

 考えている間にもぐいぐい押されて、ゴール前から退かされそうになる。

 ちょっと、いくらなんでも押しすぎじゃね?

 やり返していいのか悩んでいる間に、キッカーが足を振り上げる。

 ……このままゴールを決められたら負けがほぼ決まる。

 えぇい、押し返してしまえ!

 ぐっと足を踏ん張って、肩肘に力を入れた……その時。


「おいジャン、なにやってんだ! おっぺしちめぇ!」


 相模の怒号が耳をつんざく。


「お、おぺ?」


 よく分からんけど怒られたっぽい。やっぱ押し返しちゃだめなんだ?

 思わずコート脇の相模を振り返る。


「馬鹿っ! よそ見すんな!」


 その言葉を聞き終わらない内に、横っ面に強い衝撃を受けた。耳鳴りがして、上下左右の感覚がなくなる。


「じゃ、ジャン君っ!」


 耳鳴りの向こうで、三河が悲鳴が聞こえた。次いで、背中に強い衝撃が。

 どうやら顔面にボールを食らって倒れたらしい。目は開いているはずなのに、チカチカと白飛びしてなにも見えない。


「……っと! ……かりしな……!」


「……! だ……早く持っ……!」


 緊迫した陸奥達の声がだんだん遠くなる。

 いや、遠ざかっているのはこっちの意識か。

 落ちる感覚に抗えず目を閉じる。


「……たく……実技中足引っ張ってん………お遊びくらい役に立……」


 意識が途切れる瞬間、誰かの声が聞こえた。

 この声は……この声は……

 


       ◇  ◇  ◇



 ふと気付くと、母さんの背中があった。

 家の台所で、いつものように料理をしながら話しかけてくる。


『お前、本気なの? 演劇高校に行きたいなんて』


 ……本気だよ、勿論。他に行きたいと思える学校なんてない。


『俳優科ねぇ……どんなに売れっ子の俳優さんでも、下積み時代は苦労したって言うじゃない。そのまま売れないことだってあるでしょ?』


 その時は、バイト掛け持ちでもなんでもして、絶対に家に迷惑かけないから。


『……母さん、そういうことを聞きたいんじゃないのよ』


 じゃあなにが聞きたいんだよ?

 母さんの背中がふっと闇に溶ける。最後の横顔は、少し寂し気に見えた。

 次に、懐かしい制服を着た男女が数人現れる。中学の時のクラスメイトだ。


『なぁ、いつも放課後に演劇部が大声で言ってる、「あえいうえおあお~」ってなんなの? なんかの呪文?』


 その顔にはニヤニヤと嫌な笑みが貼りついている。演劇部の話を持ち出す時、彼らはいつもこうだ。

 苛立ちもあるけれど、演劇に対する理解のなさに悲しくなる。

 ……発声練習だよ。


『おぉ、ロミオ! あなたはどーしてロミオなの! ……とか言っちゃうわけ?』


 そりゃ、台本にあるなら。それはジュリエットで女性の役だけど。


『なら、台本にキスシーンがあるなら平気ですんだよね? うっわ、フシダラ~! 浮気者すぎ、そんな彼氏とか無理~!』


 オレにだって彼女選ぶ権利あるわっ。

 っていうか、お前が好きだって騒いでる俳優、こないだドラマでベッドシーンやってたけど?


『あれはドラマでしょ、ただのフリだし』


 芝居って、なにもかもフリだよ。

 ベッドシーンだけじゃない、あのキメ台詞もカッコいい告白も、優しい人柄だって全部フリだよ。お芝居なんだ。

 テレビでやるか舞台でやるかの違いだよ。


 そう言うと、一緒にするなと怒り狂う同級生と入れ替わるように、桜色のジャージ姿のななちゃんが現れる。


『そうよ、あの子達は進路開拓者として有望だってことでここに来てるの』


 そうは言っても、所詮中学までの経歴じゃないか。

 中学の演劇部で結果を残したことが、それほど大したことなのか?

 賞がなんだ、実績がどうだと言うけれど、中学の部活じゃ正直、いい指導者に恵まれるかどうかでほぼ決まる。指導できる人がいないために、演劇部のない学校だって沢山あるんだ。

 部としての成績を、個人の評価にそのまま当てはめるのは納得いかない。


『だから学校としては、三年後にそれなりの進路実績を残してくれれば文句ないってわけ』


 理屈はわかるけど、同じ授業を受ける身としては文句大アリだ。

 真面目にやって馬鹿らしくなるようなことを、生徒に強いるなよ。学校が強いてくれるなよ。


 ななちゃんの姿がゆらりと消える。

 真っ暗だ。


『……たく……実技中足引っ張ってん………お遊びくらい役に立……』


 なんだって? 誰だ、誰がしゃべってる?


『ったく……実技中足引っ張ってんだからさぁ。お遊びくらい役に立って欲しいもんだねぇ』


 この声は……この声は……そうだ、鞍干!



       ◇  ◇  ◇



「お前にだけは言われたくねぇわっっ!」


「うわっ、びっくりした~!」


「……………あれ?」


 今開けたらしい目を瞬く。

 白い天井が、窓から差す夕日に赤く照らされている。

 夢だったらしい。

 額にひんやりとしたなにかが当たっている。

 ぼんやりしていると、視界の端に三河の顔がおずおずと入ってきた。その目元は腫れぼったい。


「ジャン君……? あ、気がついたんだね~! 大丈夫?」


「……あれ、オレどうしたんだっけ?」


 額に手をやると、氷嚢が乗せられていた。三河は起きあがろうとするオレを両手で制す。


「サッカーの試合中、顔にボールが当たったんだよー! ゴールキックだったから、かなり勢いあるヤツ……」


 あぁ、そういえば。


「試合は? どうなったんだ?」


「勝ったよ! 実行委員会に事情を話して、相模君が入ってくれてね~。まぁ、二回戦で三年生に当たって負けちゃったけど」


「あぁ……そうだったのか」


 窓の外に目をやれば、陽も落ちかけて、薄闇が校庭の端から滲みだしてきている。

 なんにもしないで終わっちゃったんだなぁ、球技大会。なんかオレ、カッコ悪……


「倒れた時に頭打ったんだ、だから動かないでね? ぼく先生呼んでくるから! せーんせーっ、斎藤せーんせーっ!」


 くるりと踵を返すが早いか、三河は養護教諭の名を連呼しながら、カーテンの向こうへ走っていった。

 すぐにその斎藤先生がのすのすとやってくる。

 マンガの鉄板よろしく、美人でセクシーな保健室のマドンナとはいかない。斎藤先生は五人の子供を産み育てるグレイトマザーだ。

 斎藤先生はオレの顔を見るなり、おやおやと笑った。


「随分元気そうな顔してるじゃないの、よぉく眠れたみたいだねぇ」


「はぁ、ご迷惑をおかけして……」


「なんのなんの、それが私の仕事だわよ。どぉれ、ちょっと診せてね」


 ボタンがはちきれそうな白衣からペンライトを取り出すと、オレの目に翳した。眼の動きを確認して、首や頭に手を当てる。


「うん、軽い脳震盪だわね。ジャン君は自転車通学?」


「はい」


 答えてからふと気付く。


「ていうかジャン君って……」


「あぁ、もう君が運ばれて来た時大騒ぎだったのよ!

 ちびっこい子はジャン君ガージャン君ガーって三歳児みたいに泣き喚くは、ガタイのいい子は君の肩掴んでジャンジャン叫んで揺するわ……女の子みたいな美人さんはなんだか誰かにキレまくってるし、眼鏡の子は君の血を見て卒倒するし……

 もうホント、アンタらなにしに来たのってくらい大騒ぎだったわよ!」


 ……なんだか目に浮かぶようだ。先生には申し訳ないけど、あいつらがそんなに心配してくれたことが、照れくさいやら嬉しいやら。

 でも恥ずかしいから、あんまりあちこちでこのあだ名を振り蒔かないでいただきたい。


「もう平気そうなら、帰っていいわよ。ただし今日は自転車には乗らないこと。吐き気や目眩を感じたら、すぐ病院にね」


「ありがとうございました」


 斎藤先生に頭を下げて、保健室を後にする。ちょっと右頬が痛いけど、ふらつきもないし大丈夫そうだ。

 歩き出してすぐ、廊下の角の向こうから、いつもの四人が顔を出した。


「あ、ジャン君! 皆を呼んできたよー!」


「ジャン! 大丈夫か?」


「ちょっと、もう歩いて平気なの? 迎えに行くまで待ってたらいいのに!」


「……鞄、持ってきた」


 一度にしゃべるもんだから、もう誰もいない廊下が一気に騒がしくなる。


「まったく、ゴールキックを顔面でセーブするとか、いつの昭和のサッカーマンガ?」


「……そう言ってやるな。腹は減ってないか?」


「あ、そういや俺昼飯食いっぱぐれたんだ! 腹減った~!」


「あ、ぼくセサミクッキー持ってるよ」


「マジか、くれ!」


 わいわいがやがや、連れ立って昇降口に向かう。

 おーい、オレまだ一言も発してないんですけど? キミ達、本当に心配してくれてたんだよな?

 ……まぁ。いっか。


「それにしても、アイツ本ッ当にムカつく! なんなのさ、あの態度!」


 陸奥がイライラと鞄を振り回す。


「アイツって? なんかあったのか?」


 ようやく話に入ると、陸奥は親指の爪を噛む。


「鞍干だよ! アイツ、自分がボール避けたせいで、危うく三河に当たるとこだったっていうのに、謝りもしないでさ。

 オマケに、倒れたジャンにほざいたあの台詞セリフ!」


 意識を失う前に聞いた、鞍干の嫌みな声が蘇る。あれ、やっぱり幻聴じゃなかったのか。思い出すと余計な苛立ちまで蘇りそうになる。

 暴れ出しそうな陸奥を、まぁまぁと三河が宥める。


「ぼくは結局当たらなかったんだからさ~。それに、ぼくがハンドしなかったらフリーキックにならなかったし、ジャン君が怪我することもなかったのに……ごめんね」


「なんで三河が謝るんだよ、オレが余所見したからだって」


 ぺこりと下げられた三河の頭を、慌てて上げさせる。

 自分だって危うく怪我するところだったのに、他人を責めるどころか、そんなことに責任感じて謝るなんて。

 三河の育ちのよさを改めて感じる。金銭的なことじゃなく、大事に育てられたんだろうなと思う。


「ジャンはなんで余所見したのさ?」


 陸奥に問われ、そういえばと思い出す。ボールが当たる直前に、相模が叫んだ聞き慣れない言葉を。


「そうだ。相模が『おっぺしちめぇ!』とかなんとか言って……あれなんだよ?」


「おぺ……?」


 相模以外の三人も、なんだそれと言いたげに相模を見やる。

 あぁっと相模が額に手を当てた。


「それアレだ! 俺の地元で、押しやっちまえってこと! ジャンが相手にガンガン押されまくってんのにやり返さねぇから、つい見てるこっちが熱くなっちまって」


「え、アレ押し返してよかったのか!」


「驚くトコそこー?! ぼく、神奈川にも方言があることにびっくりだよ!」


 確かに。


「相模よ、お前だけは大丈夫だと思ってたのに……」


 ふぅっとわざとらしくため息をつき、相模の逞しい肩に手を置く。相模は照れたように笑って、


「いやぁ、俺んトコ神奈川っつっても自然が豊かっつーか、自然しかないっつーか……他県民が思う神奈川とは大分かけ離れたトコだぜ?

 それに、俺らの爺さん婆さんが若い頃には養蚕で栄えた地域でよぉ。東北や甲信越からいっぱい女工さんが来て、地元の男衆と結婚して今も住んでんだ。

 だから、隣の婆さんは岩手出身、向かいの婆さんは新潟出身ってな具合で、色んな県の方言が飛び交ってんだよ」


「……なるほど。それで相模が住む地域一帯は、いろいろな地方の言葉が混ざっているのか……興味深いな」


 伊達は感心したように頷く。

 かつて女工としてやってきた女性達が嫁いで残り、それぞれのお國言葉を持ち寄って生活していくうちに、印象的なフレーズや他の言葉では伝えにくい微妙なニュアンスを伝える単語を、地元言葉に取り入れてきたんだろう。

 それが三世代を経て地元言葉として定着したことを考えると、なんとも感慨深い。


「その土地の言葉って、その土地の歴史や成り立ちに深く関係してるんだなぁ。普段何気なく話してるけど、凄いことだよな」


 しみじみと呟くと、相模はやたらと誇らしげに胸を張る。


「そうだよなぁ。やっぱいいよな、方言。あとは、冷たいをひゃっこい、なんても言うぜ」


「あ、それは秋田弁だね」


 秋田出身の陸奥が頷く。本当にあちこちの言葉が混ざっているようだ。

 意外と、相模の地元の言葉が一番難解かもしれない。様々な方言がミックスしている上に、三世代目である相模の世代は、それぞれの言葉の出所も知らないのだから。


「おんなじ神奈川でも、こんなに違うもんなんだな。

 おっぺしちめぇ! かぁ……逆に、押すなバカくらいに言われてんのかと思って、思わず振り返っちゃったよ」


「ホントだよなぁ……ん? てこたぁナンだ? ジャンがボール食らったの、俺のせい?」


「あ」


 一斉に歩みを止めて相模を見る。


「え、いや、なんだよその目。悪かったって、悪気はなかったんだっ!」


 陸奥が大袈裟に肩を竦め、やれやれと首を振る。


「あ~ぁ。相模、実行委員頑張ったからさ、皆でご飯でも奢ろうかって言ってたけど……取り消しだねぇ」


「だねぇ~」


 それに乗って三河もふるふると頭を振る。なんだか二人してやたら楽しそうだ。

 相模は「ご飯」と「奢り」の単語にぴくっと反応してから、がっくりと肩を落とす。


「えっ、お前らそんなこと考えてくれてたのか、マジ神だな! あーでも……ああぁ」


 喜んだらいいのか悲しんだらいいのか、その狭間で地団駄を踏む相模の様子が可笑しくて、思わず吹きだす。


「陸奥も三河も冗談だよ、ホントに実行委員お疲れさん! 今度オレにもレッドブルの一つも奢りたまえ」


「おう、奢る奢る!」


「ロング缶なー」


「うお、マジか」


 うだうだだらだらしゃべりながら、下駄箱で靴に履き替える。スウェットのままでいいや、面倒臭い。

 自転車の運転を禁止されてしまったので、相模の自転車の後ろに乗せてもらい、駅前のマックを目指す。三河の地元愛知では、極少数の人がマクドと呼ぶらしい。

 本当に、日本は小さくても広い。



 ──食べ終えて家に帰ると、斎藤先生から連絡を受けていた母さんが、玄関で仁王立ちして待っていた。

 怪我した時くらい真っ直ぐ帰ってこいと、大目玉喰らったのは言うまでもない。




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