レッスン室の独裁者5 「大丈夫れすよ?」
「うおりゃあぁっ! アボカドマヨ貰ったあぁっ!」
「させるかっ。一番大きいアボカドは僕の!」
「ぬぅ小癪なっ。あれっ、ポテトは?」
「ぼく持ってる~」
「伊達、ケチャップ取ってー」
全員でいただきますコールをするなり、怒涛の食事会が始まった。皿が行き交いピザが飛び、テーブルの上が戦場と化す。
呆気にとられているのか、微動だにしない天野を肘でつつく。
「天野もガンガン取ってかないと食いっぱぐれるぞ」
「……凄まじいですね……」
「いっつもこうなんだよ、ごめんな」
「いえ」
そう答えつつも、伸ばされる手が腕が絡まりそうな戦場にたじろぐ天野に、
「……マルゲリータ食べるか?」
伊達が声をかける。頷くが早いか、伊達は相模が抱え込もうとしていたピザ箱を素早く取り上げ、天野の皿に一枚乗せる。
「……四種のチーズピザは? アンチョビは苦手か?」
「いえ、いただきます」
長い腕が他の腕を牽制しつつ戦利品を奪取する。黙々と目的を遂げるその姿は、さながら寡黙なアサシンのようだ。
「伊達君は口数が少ないので、てっきり大人しい人なのかと思っていました」
ようやくピザにありついた天野が言うと、伊達は口の端をかすかに上げて苦笑する。
「……大人しくしていたら、ここでは食事にありつけない……」
「そのようです」
大きく頷いて、天野は自分でも参戦し無事にポテトを獲得した。無表情な者同士、なにか通じるものがあったんだろうか。そういえば伊達も、最初の頃はこの勢いに圧されてるトコあったもんなぁ……逞しくなったなぁ。
伊達のフォローに感謝しつつ、話を振ってみる。
「なぁ、天野って一人暮らしだっけ?」
「そうです」
天野はポテトをかじりつつ言う。
「風呂なし、トイレは共用の、こことは比べものにならない部屋ですが」
お、乗ってきてくれた。
やっぱり自分からなかなか話し出さないだけで、こっちから話しかければ話してくれるんだな。
「じゃあ風呂はどうしてんの?」
「近所の銭湯へ」
「おー、『神田川』の世界だな」
横で聞いてた相模が言うと、
「いえ、残念ながら連れがいませんので」
「でも銭湯って楽しいよね~。おっきい浴槽ってテンション上がらない?」
「三河泳いじゃいそうだよね、子供みたいに」
「やだな~ちょっとだけだよ~」
「泳ぐんかいっ」
三河と陸奥も話に加わってくれ、ますます賑やかになっていく。
そこから沢山のことを聞いた。
天野の両祖父母は、青森でリンゴ農家をやっていること。
ピザに乗ったとろけたチーズは食べられるのに、固形のチーズは食べられないこと。
体脂肪率が一桁なこと。
中学時代、天野の実家でボヤ騒ぎが起きたこと。ところが二階の自室で読書に没頭していた天野は階下の騒ぎに気付かず、あまりに気配がなかったために家族も天野が部屋にいるとは思わず、消防団が来て初めてお互いに事態を把握したんだとか。
ピザ箱があらかた空になる頃、オレ達は天野のことをいくらか知ることができた。
空箱を片付け、いそいそとコンビニの袋を開ける陸奥。
「それにしても、火事になっても気付かないなんてホンット活字中毒だね。本好きが高じてシナリオライターに?」
「それもありますが……子供の頃から芝居を観るのが好きでしたから」
「へぇ、じゃあ本当は舞台の脚本が書きたいのか?」
流れに乗っかって尋ねてみると、
「はい」
「じゃあゆくゆくは、テレビの仕事より舞台の仕事がしたいんだ?」
天野は頬を掻き掻き皿に目を落とす。
「そうです……こういう話をするのは、気恥ずかしいですね」
「天野でも照れることあるんだぁ、いいじゃない別に。あ、皆コーラとジンジャエールどっちがいい?」
袋からペットボトルを取り出し陸奥が聞くと、
「俺ジンジャエール!」
「……自分も」
「オレはコーラ」
「ぼくも~」
次々に答える中、天野は小さく首を振る。
「わたしは麦茶で結構です」
「え、なんで? 炭酸嫌いなの?」
「いえ……」
天野は少し間を開けて、ぽつりと言う。
「……酔ってしまうんです。炭酸を飲むと」
「へ?」
炭酸で酔っ払う?
予想外の答えにぽかんとしていると、相模がニヤリと歯を剥き出す。
「へぇ~面白ぇ。陸奥、どっちでもいいから天野に注いじまえっ」
「了解っ!」
「あ」
天野がグラスを死守するより早く、陸奥はサッと取り上げてなみなみとコーラを満たした。
「美味しいよ♪」
「飲みませんよ」
「なに? 僕のお酌じゃ不満だっての?」
例によって陸奥閣下の絶対零度の微笑みが繰り出されるも、新兵天野は屈しない。頑なにグラスに触れようとしなかった。
……ていうかなに? 今更だけどなにこの戦場? 内輪にいながら心の中でツッコんでいると、まぁまぁと三河がとりなす。
「ダメだよ~陸奥君も相模君も。アルハラって知ってる~?」
「ヴァルハラ?」
そりゃ戦死者達の館だって。ひとまず誰も死んでないから。
「でも、ホントに炭酸で酔っ払うなんてあるの?」
陸奥が医者の息子に尋ねると、伊達は黙って肩を竦めた。
「よぉし、ならいいよ。代わりに質問責めにしたげるっ。ねぇ、それじゃ天野はどっかの劇団に行きたいの? 目指してる人とかいるの? ねぇねぇ」
言いながらも、手元のプリンを配るのを忘れない。それを受け取るなり早速開けて頬張りつつ、
「中学の時は演劇部だったの~? 天野君が書いた脚本、あるなら読んでみたいなぁ~」
と三河が聞けば、
「そういや、シナリオ大賞で受賞したのも時代劇だったよな? ドラマのタナエリめっちゃ可愛かったよなぁ! 時代モノが得意なのか?」
相模もプリンを一飲みにしそうな勢いでかっこみながら身を乗り出す。名前を見ると、『ふわっとろ窯出しクリーミープリン・生クリーム増量!』とかなんとか……もうちょい味わって食べろよ、絶対コレ三〇〇円オーバーだって……
宣言通り三方から質問責めに合い、天野はそれぞれの顔を順繰りに見回していたものの、諦めたように首を振る。
「そんなに一度に聞かれても答えられませんよ。それに、こういう話は気恥ずかしいと言ったじゃないですか」
本当に嫌なのかポーズなのか分からないけど、誘ったオレとしては止めるべきだろうか。それともせっかく皆と打ち解ける機会だから黙ってた方が……?
悩んでいると、プリンを食べて元気百倍の三河が手を挙げた。
「はーいっ! じゃあ、ぼく一番聞いてみたかったこと聞いていい~? どうしてジャン君をブタカンにしたの?」
おぉう。
場に衝撃が走る。
「ちょ、おま……皆が聞きたくても聞けなかったソレをあっさり……!」
「オレだってまだ聞けてなかったのに……!」
「え? なに、ジャンまだ聞けてなかったの? トロくさっ! じゃあ今日なに話してたのさ」
うぐっ。
配役されなかった理由は聞いたけど、それでなんだか妙に前向きになっちゃって聞くの忘れたなんて言えないっ。
「……自分もずっと気になっていた。何故演出科生でもないジャンをわざわざ舞台監督に指名したのか……理由があるんだろう?」
三河が切り出してしまったなら仕方ないとばかりに、伊達も天野に問いかける。
天野はふむと小さく呟き、皿の上の食べかけのピザを見つめた。
「……ジャン君をブタカンに指名した理由、ですか……」
なんだか一番答え辛そうだ。
はっ。
オレの仲間内で囲んでこれじゃあ、なんだか吊し上げのために呼んだみたいじゃんか!
「天野、答えにくかったら無理に言わなくても……」
すかさずフォローするも、
「そうなの~? でもその理由を聞けたらジャン君、ブタカンの仕事にきっともっと打ち込めると思うんだけど~……」
天然スナイパー三河が更に天然バズーカをぶっ放す。
あわわわわ、気持ちは嬉しいけど三河ー、止まってー! 天野は孤立無援、四面楚歌状態ヨー!
「困りましたね……」
案の定、天野は表情こそ変えないものの困り果てたように顔を伏せ、グラスに手を伸ばすとゴクリと呷った。
「あ」
「それコーラ……」
無意識だったんだろう。オレ達の声に目を瞬いた後、天野の顔がみるみる赤く染まっていく。
「…………」
なにも言わない。
「お、おーい天野、大丈夫か?」
目の前でパタパタ手を振ってみる。反応がない。
「あ、あま……」
「ひゃくっ」
「へ?」
「ひゃはっ」
リンゴほっぺの天野は一つしゃっくりをしたかと思うと、喉の奥からなんとも言えない怪音を発した。
「おいおい、大丈夫かよ?」
「大丈夫れすよ?」




