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レッスン室の独裁者4 「重いフインキ」



 いつものごとく、血色の悪い能面のようになってしまった天野と並んで廊下を歩く。

 カニ、カニ……カニ?

 一体なにが言いたかったんだろう。

 隣を行く天野に尋ねてみようかとも思うけど、その横顔はそれを拒絶しているように見えた。

 ……もしもオレが天野の言葉を理解して返事ができていたなら、そんな顔させることもなかったのかな。感情を出したまま話してくれてたのかな。

 そんなことが、小さな痛みを持って胸を掠める。


「ジャン君、着きましたよ」


 そう、そんなアッサリさっぱりした標準語じゃなくて……って。


「え、あ、うん」


 ぼけっと考えてる内に、レッスン室の前にいた。

 中から発声練習の声が響いてくる。きっとオレ達の戻りが遅いから、鞍干がアップを伸ばして繋いでいてくれたんだろう。

 ドアを開け、


「遅くなってごめんごめん、お疲れ様でーす!」


 負けじと大きな声をかけると、鞍干以外の全員が安堵した顔で振り返る。


「遅い遅ーい! もう、発声のし過ぎで声嗄れちゃうかと思った!」


「陸奥君はハリキリ過ぎなんだよ~」


「いやでもキツかったー、ブタカン戻ってきてくれてよかったよ」


 ホッと和らいだ空気も束の間。

 オレの後ろから天野が顔を出すと、一斉に口が閉ざされる。みるみるうちに場が冷えついて、緊張感さえ張り詰める。

 ……オレのバカ!

 そうだよ、ヘコんだり復活したりしてる場合じゃなかったじゃん! 目の前の問題はコレだよ! 折角天野と二人で話せる機会だったのにーっ!

 己のアホさ加減にげんなりしていると、天野がオレの手を指差す。


「ジャン君。先程のTシャツの案、皆さんに見せたらどうですか? 私も衣装のデザイン画を配りますから」


「そ、そだな」


 その言葉を耳敏く聞きつけた三河が声をあげる。


「Tシャツってなーにっ? 衣装、もう出来たのー?」


 その明るい声音に、またざわめきが戻ってくる。


「衣装? 見たい見たい!」


「流石にまだ出来てはないよ、デザイン画だけ」


「それでも見てぇ!」


 バラバラと役者陣が集まってくる。天野は鞍干に声をかけた。


「すみませんでしたね。開始後からずっとアップを?」


「あぁ、いつ戻って来るか分かんなかったからな」


「ありがとうございました。では、各々のデザイン画を配りますので、それを見てもらいながら少し休憩にしましょう」


 歓声があがり、それぞれ天野から自分の役の衣装画を受け取ると、Tシャツのデザイン画にも目を通してなんやかんや言いながら休憩に入っていく。その顔は皆笑顔だった。

 ……あぁ、栗沢姉妹のお陰で助かった。ひとまず気まずい空気が追っ払えたぞ。

 でもこの後どうしようか。

 頭を悩ませながら、集まっているいつもの四人のところへ向かう。


「どう、それぞれの衣装のデザインは?」


 声をかけると、真っ先に三河が飛びついて来た。


「見てよジャン君! きさん太、すっごい足出てるよ~!」


「あー、うん。なんか、衣装班の腐……いや、お嬢さん方のコダワリの丈だよ」


「コダワリ? これじゃあ動いたらパンツ見えるよーどうしよ~」


 あたふたする三河の手元を見やり、


「あーマジだ。こりゃトランクス派の三河もブリーフ派の軍門に下るっきゃねぇな」


 何故か誇らしげに胸を張るボクサーブリーフ派の相模。


「え~、ブリーフ~?」


「そう。なんならボクサーじゃなくて、もっさり白ブリーフ」


「えー、ヤダよそんなの~!」


「イエーイ! ブリーフ! ブリーフ!」


「あぁもう相模うるっさい!」


 陸奥の光速の裏拳が相模の胸板に炸裂する。

 あぁ……やっぱいいなぁ、このおバカな雰囲気。

 居心地のよさにしみじみ浸っていると、


「……予定よりも時間がかかったな……ミーティングでなにか揉めたのか?」


 伊達に尋ねられ、いいやと首を振る。


「じゃあ、天野と話できたの?」


 と陸奥。

 最近オレが役者陣の皆から天野のことで相談されているのは、当然四人とも知っている。それにもいいやと首を振ると、


「じゃあなに話してたの?」


 ふむ。

 見事にオレ個人の話しかしていない。もーダメじゃんよホントにもー……

 かと言ってまだ打ち解けられてない天野に、


『役者陣に対する言い方、なんとかなんないかな』


『ちょっとキツいよ、皆へこたれまくりだよ』


 なんて、チキンなオレに言えるはずもない。


「あぁ、ごめんよー役者陣の皆……不甲斐ないブタカンで」


 独りごちてしんなりと壁にもたれ掛かると、四人は心配そうにのぞき込んでくる。


「なにさ、元気ないなぁ」


「そう思い詰めんなって、俺らに協力できることがあんならするぜ? なぁ?」


「うんうんっ、だからそんな顔しないでよジャン君~」


「…………」


 伊達も無言で頷いてくれる。

 本当は、皆の方こそ日々ダメ出しされてヘコんでるはずなのに。

 これじゃあいかんっ!

 ……とは言え、どうしたもんか……

 ため息を零してる内に、休憩時間が終わった。



「弁慶、そこは声を抑えましょう」


 練習が再開すると、早速天野の静かな檄が飛ぶ。


「抑えすぎです。講堂は広いですよ。当日はマイクを入れる予定ですが、それに頼らないくらいの気持ちでいてください」


 中断を告げる手が打ち鳴らされる度、役者達の間にピンと張る緊迫感。


「きさん太、そこは悲しむだけでしょうか。もっと別の感情もあるでしょう、もっと葛藤を」


 止められる度、今度は自分かという恐怖すら滲みだす。


「天狗達、歌間のパントが小さく煩いです。やるならやる、やらないならやらない方がいい」


 恐怖は萎縮を、焦りはミスを生み、バミッた仮の舞台がどんどん小さくなっていくようだ。


「富樫は前へ。見せ場ですよ」


「あ、天野ー……?」


「義経は下がってください」


「あま……」


「もっと。あと二歩ほど。ここで義経が目立ってはいけません」


「…………」


 横からフォローしようと試みるものの、芝居に集中している天野の耳には届かない。

 隣であたふたするオレに刺さる、役者陣からの『なんとかしてくれ』と言いたげな視線。

 ……胃がっ!

 ジャンの胃はもう限界ヨー……! いや、きっと皆の方がとっくに穴あきそうだよな。ごめん、ごめんよぉ……



 胃痛と戦いながら心中土下座状態のまま、今日も練習が終わってしまった。


「はぁ~……今日もキツかったねぇ」


「まぁそう落ち込むなって。言われてる内が花ってもんだ」


「まぁね~、でも……はぁ」


 へたり込む三河を、今日四枚目だというTシャツに着替えながら宥める相模。すると陸奥は、財布を開いていそいそとなにかを探り始めた。


「じゃあさ、今夜は元気出すために、パーッとピザでも頼んじゃわない?」


 今日は金曜日。

 週末恒例、三河の部屋でお泊まり会だ。

 夏休み中ではあるけど、泊まり込むのは今まで通り週末だけ。そう決めておかないとダラダラ入り浸ってしまいそうなので、皆で決めたルールだ。

 すると相模は大仰に額に手を当てて嘆く。


「おいおい陸奥く~ん、日本のデリバリーピザの相場をご存知ない? 俺ら全員が満腹になるくれぇの量頼んだらいくらになるとお思い? 俺ら庶民の高校生には高値の……いや高嶺の花よ? なぁジャン」


「んーちょっとなぁ」


 庶民派同士苦笑し合っていると、陸奥は不敵な笑みを閃かせ、


「だよねぇ。でも……コレがあれば大丈夫っ」


 一枚の紙を取り出し、高々と掲げた。


「おぉっ! それはもしや……半額クーポン!」


「ま、眩いっ。直視できないっ!」


「わぁっ、じゃあ今夜はピザだね~!」


「おっしゃあ、ピーザ! ピーザ!」


「相模うるさいっ」


 ……はぁ、やっぱ和むなぁ。

 相模なんて一番出番が多いから、誰よりもダメ出しされてんのにこの大らかさ。

 陸奥も珍しくクーポンなんか持参して、皆を励まそうと気ぃ遣ってくれたんだろうなぁ。

 あんなに落ち込んでた三河も、空元気かもしれないけど笑ってるし。

 伊達は……通常営業の無口さだけど、なんとなく目を細めているように見える。

 天野ともこんな風に打ち解けられたらいいのに……

 あ。


「なぁ、あのさ」


「ん?」


 声をかけると、四人が振り向く。


「ちょっと提案なんだけど……」



        ◇  ◇  ◇



「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 一応、断っておく。

 今無言、全部伊達なワケじゃない。

 いつものようにやってきた三河の部屋で、いつも通り二人掛けのソファに座る伊達。

 その斜向かいで、いつも通り床にどっかり胡座をかく相模。

 これまたいつも通りその隣に座るオレ。

 その横、いつもは誰も座らない一人掛けのソファには……天野がいる。


「……えっと、なんか飲み物いれてくるよ。なにがいい?」


 慣れた部屋の慣れない沈黙を破ると、相模も腰を上げる。


「あ、俺も手伝う。天野なんにする?」


 天野はぐるりと首ごと伊達に向き直り、


「伊達君は?」


「……自分は、二人と同じものでいい」


「オレ麦茶」


「俺も麦茶」


「でしたらわたしも麦茶をお願いします」


「オッケー」


 慣れない空気に似つかわしい、探り探り交わされる会話。

 勝手知ったるキッチンへ入るなり、相模が肩を叩いてきた。


「おいおーいジャンくーんっ。なんだこの重いフインキ、どぉすりゃいいんだっ」


 小声で詰め寄ってくる相模をまぁまぁと押し返す。


「いつも通りでいいんだって、天野と親睦を深めるために呼んだんだから」


「っつったってよぉ……」


 相模はそぉっと首を伸ばして、カウンター越しにリビングの様子をうかがう。いるのは天野と伊達。当然二人で盛り上がっているはずもなく、ただ見るともなしに点けたテレビの音だけが虚しく響いている。


 ……今はこんな状態だけど。

 天野と打ち解けるには、やっぱり素の自分をさらけ出すのが一番いいと思ったんだ。オレが今一番素でいられるのは、自分の部屋よりも四人と過ごすこの部屋だ。

 それに一対一だと、どうしても構えてしまう部分がある。きっと天野もそうじゃないのかな。

 なにより、楽しそうにしているところを見たことがないけど、オレ達のゆるーいバカ騒ぎに、クスッとはいかなくても苦笑いの一つくらいはしてくれるんじゃないかと思って。

 棚からグラスを出しつつそんな風に説明すると、相模はリビングをチラ見しながら言う。


「買い出しの人選間違えたんじゃねぇの? なんだって天然バズーカ三河と、相手が誰だろうとお構いなしの陸奥閣下を遣いに出したんだよ。会話のとっかかりがなんもねぇよっ」


「仕方ないだろ? 夕飯代が安く済むからデザートでも買うかって言ったら、二人して食いついてきちゃったんだから」


 スイーツ大好きちびっ子コンビは、それはそれは楽しそうにコンビニへすっ飛んで行った。


「いやでもよぉ……」


 更に言いかけて、相模は思い直したように首を振る。


「まぁ、しゃーねぇか。確かにあの稽古場の空気はなんとかしねぇとだもんな。俺らが天野とフツーに話せるようになれば、天野が皆と打ち解けるきっかけになるかもしんねぇし」


「そうそう。悪いヤツじゃないんだよ、多分。あんな言い方しかできないだけで」


「ん。『協力できることがあんならする』っつったばっかだしなぁ、いっちょ頑張ってみっか」


 ぼりぼりと頭を掻く相模を、両手を頬に添えしなを作り見上げる。


「そうこなくっちゃあ。いや~ん、相模クン頼りになるぅ~♪」


「ヤメロ気色悪ぃ」


「酷ぉ~い、相模クンのイケず~!……ま、ともかく麦茶だ」


「麦茶麦茶」


 本来の目的を思い出し、グラスを麦茶で満たした時、まるで見計らったようなタイミングで玄関の方が騒がしくなった。


「ただいまぁ~! ちょうどピザも届いたよー!」


「熱っ! ていうか凄い量っ。伊達ー、取りに来て!」


 その声を聞いて、グラスを二つ追加する。

 相模をして曰く天然バズーカと閣下が、大量のピザ箱を抱えた荷物持ちを伴いリビングに帰ってくると、さっきまでの静けさが嘘のように拭われる。


「あー暑かった! やっぱりクーラーっていいよね、文明の利器様々だよ」


「もー陸奥君ったらぁ。クーラーの前に陣取ってないで、ピザ広げるの手伝ってよ~」


「やーだ、箱熱いもん。伊達ぇ、天野ぉ、良きに計らっちゃって」


 ……閣下、早速天野をアゴで使っとる!

 ガクブルするオレをよそに、ご指名された無言コンビは否もなく応もなく、黙々とフタを開け並べていく。


「うまそーっ、この匂い堪んねぇな! で、なに買ってきたんだよ?」


 トレーにグラスを乗せて戻りながら、すぐに相模もテンション高く会話に参戦する。


「へへ~っ、ジュースも買って来ちゃった~。見たい?」


「見てぇ!」


「……菓子類はまだ開けるなよ? 先に開けると、陸奥が菓子しか食わなくなる……」


「そうなんですか?」


「そんなことないって、もー!」


 わいわいがやがや言いながら、皿やフォークもすっかり整えたところで。いつもと変わらず、相模がバチンと手を合わせ号令をかける。


「各々方、戦闘準備は宜しいかーっ?」


「おーっ!」


「戦闘準備、ですか?」


 きょとんとする天野に、


「今に分かるよ」


 と耳打ちして一緒に手を合わせる。


「いたーだきーますっ!」




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