レッスン室の独裁者3 「かにな」
知ってるかい?
モブキャラだって立派な登場人物だ。本人は自分がモブだなんて夢にも思っちゃいない。その他大勢なんて、この世には一人もいないんだ。
知ってるかい?
舞台に登場する役も、例え台詞のない役だって、いなきゃならないからそこに居るんだ。舞台上で適当に演っていい役なんてありゃしないのさ。
……前にオレが好きな演出家さんが言っていた、モブ顔のオレには有り難すぎるお言葉が頭を巡る。
天野を前に、目を開けたままそんな回想に浸れてしまうあたり、我ながらショックを受けているらしい。
どうせならマンガみたいに白目の一つもむけたら面白いのに……なんて余所事考えてしまうのも、現実逃避ってことになるんだろうか。
きっと大して面白くもない、そう、主人公が放った超必殺技をぽかん顔で見やるモブその六くらいの平凡な表情を晒しているだろうオレに、天野は指先でペンを回しながら言う。
「勿体ない……とても勿体ないんですよね、ジャン君は。
演技は悪くありません。気付く人は気付く程度の、細かい仕草の利いた芝居。言ってみれば渋い部類の芝居……わたしは好きです。オーディションで見せた義経と富樫の芝居、今配役されているメンバーと比べても遜色はないと思いますよ」
お、なんか今オレ、誉められてる?
単純なモブキャラ心がちょっと上向きかける。が、「しかし」と続ける天野。
「ジャン君は、舞台演劇にはなにが必要だと思いますか? 人によって答えは様々でしょう。
わたしは、流行りを追い世間一般に迎合し過ぎた脚本は嫌いです。けれど観客と舞台とは一期一会、同じ演目・同じキャスト・同じスタッフであったとしても、同じ舞台は二度とできません。
たった一度、二時間程度の短い時間で、観客を魅せなければならないんです。それができなければ、こちらが芝居に込めたメッセージを受け取ってもらうことはできません。
ですからわたしは、舞台にはエンターテイメント性も必要だと考えています」
オレをその黒目の内に捉えながらも、半ば独り言のように、自分自身の考えを再確認するかのように語る天野。
天野の言葉は頷けることばかりだった。
伝えたいことがあるからと言って、頭ごなしな説教臭い台詞ばかりの舞台に、誰が心動かされるだろう。そんな芝居に付き合わされる二時間は苦痛でしかない。訴えるだけなら、スピーチで充分なんだから。
伝えたいのなら、興味を持ってもらわなきゃならない。
魅せたいのなら、なにかしらで惹きつけなきゃならない。
観る人の目を、耳を、興味を、関心を、こちらに向かせることができなきゃ始まらないんだ。
『見せる』じゃなく『観せる』、『観せる』より『魅せる』。それが舞台だ。
「三ツ石君には人目を引く容姿があります。相模君には覇気とよく通る声が、鞍干君には他を圧倒する存在感が」
そこまで言って、天野は言葉を切った。続けていたら、
『けれど、君にはそういったものがありません』
そう、話は結ばれたはずだ。
華がないっていうのはそういうことだ。
前に陸奥にも言われたことがある。
『役になりきることに関しては、僕は推薦組にだって負けてないと思うよ。素人目の感想で悪いけどさ。
なのに、こう……いまいちパッとしないのはなんでだろう?』
天野が言ったのと同じことだ。まだ演劇を学び始めて間もなかった頃なのに、まったく陸奥の勘のよさには恐れ入る。
なんて返事をしたらいいんだろう。
白んだ頭で考える。
真っ白にはなっていない。まだ考えるだけの余裕はあった。
だって分かっていたことだから。
人気のある女優さんや、華々しく主演を張る俳優さんに、モブ顔の人なんていないことくらい。
例え顔が三枚目でも、『この役はこの人でなきゃ』と思わせるような魅力を持った人しかいないってことくらい。
それでも、大きな役は演れなくても、スポットの当たらない脇役でもと望んでいた心が軋んで、頭の中にもやをかける。
例え自分で分かっていたことでも、人の口から告げられるとショックが大きい。
それも弱冠一五歳にして、既に世間に認められた鬼才・天野耕助からとなると……
ん?
ふと引っかかったそのフレーズに、逃避先の白もやから天野に視界を戻す。
「天野、今いくつ?」
脈絡のないオレの問いに、天野はやや拍子抜けしたように目を瞬く。
「……歳ですか? 六月で一六になりましたが」
「そっかぁ。じゃあオレはまだ誕生日来てないから、やっぱ一五だよなっ」
「……?」
そうだ。
なんだ。
まだオレ、一五じゃないか。
なにを悲観することがあるだろう。なにも子役になりたいワケじゃないんだ、これからじゃないか。
陸奥だけじゃない、オレだってこのゲキ高に来てようやく演劇を本格的にやれ始めたばっかなんだ。まだ始まったばかりなのに、今ダメだからって落ち込むことなんてないじゃないか。
ダメで当たり前。
もとよりダメでもともとなんだから。
今度は自然ともやが晴れて、再びその向こうから天野の顔がのぞいた。無理するワケじゃないけど、天野が気に病まないように……そもそも病むかどうかも分からないけど……相模がいつもするように、にっかり歯を見せて笑う。
「そうなんだよ、自分でもそれが課題だなーって感じてるんだ。特徴とか持ち味がなくって。ゲキ高で学んでる間に、自分なりの味の出し方を見つけたいと思ってるんだ」
天野はまたしばらくオレの顔を黙って見ていた。今度は気まずさはない。
「そうですか」
何呼吸か置いてから、天野はゆっくりと頷いた。
そうだよ。
それができなきゃ、死ぬほど勉強してゲキ高に来た意味がないじゃないか。母さんと妹に迷惑かけてまで来た甲斐もない。
予想だにしていないタイミングではあったけど、自分自身の課題がハッキリしてスッキリした。
そうだ、まずはできることから、目の前のことから一つずつだ。
それなら今やるべきことは……
あ。
そうだ忘れてた、レッスン室で皆が待ってるんだった!
「わたしが、」
「ヤバいよ天野、もうこんな時間だっ。早く戻んないと、役者陣の皆待ってるのに!」
時計を見て慌ただしく立ち上がると、天野は微妙な間を開けてから頷く。
「そう、ですね。戻りましょうか」
「のんびり頷いてる場合じゃないって。今日は全員揃ってるから、やれることたくさんあるのにっ」
机に広げた電卓やら見積書やらを急いでまとめ、ドアへ向かう。
「天野ーっ、早く早くっ!」
座ったままマイペースに片付けている天野を急かす。天野は少し動きを早めたものの、ふとその手を止めた。
「ジャン君」
「なに? 話なら道々……」
「かにな」
「へ?」
カニ? なんで今カニ?
意味が分からずその横顔を凝視する。すぐに息を飲むことになった。
普段伊達よりも表情のない天野が、くっきりと眉間にシワを寄せ、薄い唇を噛んで俯いている。
驚いて声を出せずにいると、
「かにな……めやぐだじゃ」
またぽつりと呟いた。
あれ? これってもしかして津軽弁?
初めて中庭で遭遇した時のことが脳裏を過ぎる。あの時天野は、津軽弁でまくし立てるように喋っていた。オレ達が聞き取れなくても、必死に、鬼気迫る顔で。
口調でも表情でも、感情をあらわにしたのはあの時だけだ。
なにを言われたのか分からず反応に困っていると、天野は荷物を手に立ち上がる。
「戻りましょう」
その顔からは、また一切の感情が消えていた。




