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役者達の課題4 「食ってやるんだから!」


 オレが部屋に戻ると、ややあって伊達だけが部屋に戻ってきた。


「残り時間のコールは要るか?」


 尋ねると、


「……ラストの三十秒の時だけ頼む」


 おっ。

 ってことは、そこまで止まるつもりはないってことか。陸奥の「失敗してもいい」という一言で、伊達も前向きになれたらしい。

 伊達はソファに座り、形のヨロシイ長い足を組む。それだけで様になるイケメン様がどんなオネェっぷりを披露してくれるのか。クジを先に見てしまったオレは、ニヤけそうになるのを必死で堪えた。


「よし、じゃあ行くぞー」


 恥も外聞も捨てて、オネェとチャラ男しやがれっ。

 心の中でエールを送りつつ、スタートと手を打った。同時に三河がカウントダウンタイマーを起動する。


 伊達は組んだ足を斜めにずらし、小指を立ててグラスを持った。その時点で盛大に吹き出す相模。それにぴくりと反応しかけたが、持ち直した伊達はチラチラと三河を横目で見やる。


「?」


 その意味が分からず困惑する三河。

 どうやらオレが戻った後に、二人で張り込み相手として三河を見ることにしたらしい。これで二人の視線がズレなくなる。

 そこへリビングへのドアをカフェの入り口に見立て、勢いよく陸奥が入ってきた。


「チィーッス☆ 遅くなりました~ぁ、センパ~イってかむしろパイセン、お疲れサマでぃーすっ!」


 二本の指をぴっと立て、額に当ててキメる陸奥。そのポーズも喋りもチャラさ全開、黒髪のチャラ男がいたらこんな感じだろうかと思ってしまう。

 その底抜けのハイテンションに、相模はイスから転げ落ちた。まったく忙しいヤツだ。

 そんな陸奥に対し、伊達は眉を顰める。


「あんたねぇ、どこでなにしてたのよ。ってかいきなり目立ってんじゃないわよ、座りなさい! ……ったく……で、なによその袋は」


 なにかを握っているような陸奥の右手を指すと、陸奥はそれをテーブルに置いて広げる仕草をする。


「なに言ってんスかセンパーイ、張り込みと言えばコレっしょー? じゃーん! アンパンと牛乳、買ってきましたー☆」


「ちょ、ばっ、馬鹿! このお馬鹿っ! なに大声で張り込みとか言っちゃってんのよぉ!」


「えー、センパイの方が声デカいっすよマジで。気付かれたらどーすんすか、うっわチョー焦るー」


「あんたに言われたくないわよ! ってかそんなにアンパンばっか食ってないわよ、いつの時代の刑事ドラマ? あんたいくつよ? ってかお店に持ち込みって……あぁもう、どっからツッコんだらいいのよあたしはっ!

 ……あらお姉さんすいませんねぇ、こいつホント常識なくって。えぇ、今片付けさせますもーホントにごめんなさいねぇ~ホントにもー……あ、コーヒーおかわり頂ける?」


 伊達の貴重なツッコみ、オバちゃん風のごめんなさい連呼、からの図々しさ炸裂に、堪らず三人で笑い転げる。完全にコントのノリだ。

 そこでふと間が空くと、陸奥はポケットからスマホと折り畳みミラーを取り出した。鏡を顔の前に翳し、なにやら髪を整え始める。


「今度はなにやってんのよ?」


 尖らせた声の問いに、今度はスマホを掲げて見せ、


「いやぁ、自分初の張り込みなんでぇ、記念に写メ撮ってツイートしようと思ってぇ」


 ゆるーく語尾を伸ばして答える陸奥。


「ダメに決まってんじゃないの、なに考えてんのよあんた! 『張り込みなう☆』とか打ってんじゃないわよ、警察学校でなに学んだの?」


「えーダメなんすかぁ? 困ったなぁ、もう友達に約束しちゃったんすよー、皆楽しみにしてんすよー?」


「ダメ!」


「ちぇー、なら写メだけでもぉ……ホラ、センパイも鏡、鏡! アゴんトコ髭生えてきてますよー?」


「え、ウソっ! んもー朝だけじゃなく昼休みにも剃ったのにっ!」


 その手から鏡を引ったくり、念入りにチェックを始める伊達。その隙に陸奥は隣に移動し、自撮りすべくスマホを掲げる。


「はい、チーズ☆ ……はい、オッケーでぇーす!」


 シャッターを切る瞬間、ばっちりピースをしてしまった伊達は慌ててスマホを取り上げた。小競り合いをしていると、そこで三河が残り三十秒と告げる。

 それを聞くと陸奥は三河を見て慌てて立ち上がった。


「あっ、ターゲットが出ていきますよセンパイ! 自分追うんで、センパイこれ!」


 押しつけられたそれを見て、また伊達の目がつり上がる。


「これ……って、伝票じゃないのぉ!」


「どうせ申請すれば経費で落ちるっしょー? ヨロシクでぇーす☆」


「そういう面倒なことは、下っ端のあんたがやりなさいよ! ちょっと、聞いてんの?」


 お小言をさらりと受け流し、陸奥はバタバタとドアを開け出て行ってしまった。

 一人残された伊達は、手の中の伝票と鏡を忌々しそうに見比べると、


「……ったくあいつ……この仕事ナメてんのかしら? いつか食ってやるんだから!」


 不穏な台詞を吐いて伝票を握り潰した。

 三人の背筋がぞぉっと冷たくなったところで、救済のアラームが鳴った。



 陸奥が廊下から戻ると、三河と相模は無事に二人が引いたクジを言い当てた。


「あー楽しかった!」


 演じてみた感想をそう言い切る陸奥は大物かもしれない。伊達はぐったりと疲れたようにソファに沈み込んでいる。

 途中微妙な間ができたり多少のぎこちなさはあったものの、それ以外は上手くコントのノリで()りきり、オマケにラスト三十秒でオチまで付けて見せたんだから、初回としては上出来だ。

 二本のエチュードを観て火がついたらしい。三河は元気よく立ち上がる。


「ぃよーしっ、今度はぼく達の番だねっ。頑張るぞ~……って、あぁ!」


 オレに時計を渡そうとして叫ぶ。


「もうこんな時間? まずいよっ、もう支度して出ないと!」


 言われて見れば、思ったよりも時間が経っていた。


「ヤバいっ、これじゃあご飯食べるヒマないよ!」


「マジか、そういや腹減ったわー」


「じゃあ三河と相模はまた明日なっ」


 てんでに言い合って荷物をまとめ、慌ただしくドアに向かう。

 ふと気付くと、まだソファに沈んだままの伊達がいる。


「どうした?」


 近付いて尋ねると、伊達は虚ろな視線でどこかを見つめたままボソリと言った。


「……なにか、大事なものを失くした気がする……」


 あぁ~……

 なんと言っていいか。

 黙ってその肩をポンと叩いた。



        ◇  ◇  ◇



 そして午後。練習開始時間になるや、鞍干によるアップが始まった。


「おらー陸奥っ! 遅れてきてんぞ、急げー!」


「ちょ、っと……こんなの聞いてないっ」


「グズグズすんな! 走るの遅ぇなら、明日から時間前に来て先に走り込んでおけよなぁ?」


「僕は短距離型なのっ!」


 そんなやりとりが校庭から聞こえてくる。

 アップはグラウンド七週ランニングという、バリバリ体育会系のメニューから始まった。

 二時間の舞台をこなすには当然体力が必要になる。そのための体力作りというわけだ。

 日光アレルギーの陸奥は薄手の長袖パーカーを着込み、フードを被って走っている。この炎天下、ただでさえグラウンド七週はキツいのに、昼飯抜きの上にあの格好じゃ余計辛いだろう。それでも持ち前の負けん気を発揮して、小さな影は必死に集団に食らいついていく。


「っは~……大丈夫かなぁ」


 それをレッスン室の窓から見下ろしつつ溜め息を吐いた。役者じゃなくブタカンであるオレは、天野と今日の練習内容について打ち合わせ中だった。


「なぁ天野、最初からアレじゃちょっとハードじゃないか? 皆メインの練習前にバテちゃわないかな」


 そう言うと天野は日程表から顔を上げ、


「……これでバテてしまうのなら、本番の舞台などとてもこなせませんよ。本番では真夏の日差しよりも強い照明の下、衣装を着込んで動かなければならないんですから。それはジャン君の方が余程知っているでしょう?」


「う……まぁ、そうなんだけど」


 このゲキ校の講堂の舞台は、オレや相模が中学の地区大会で立っていた舞台よりもずっと本格的なものだ。照明の数も広さも段違い。そこで二時間演じきるのは並大抵のことじゃない。

 だけど……

 言葉を探すオレに、天野はふと目を細める。


「アップに関しては鞍干君に任せてあるんですから、彼にお任せしましょう。ところで今日は……」


 その細い目が微笑んでいるのか、それとも甘い考えを非難しているのかをはかりかねて戸惑うオレに、天野は今日いるメンバーを確認し練習内容を提案し始める。

 どちらにせよそう言い切られてしまっては、オレはちらちらと横目でグラウンドを気にしつつ、皆の健闘を祈るしかなかった。


 ランニングを終えて部屋に戻ってくると、筋トレにストレッチ、呼吸法、発声練習と、鞍干先導の下怒涛のアップが小一時間ほど続いた。

 そうとうキツかったらしく、終わる頃には全員真っ赤な顔をしていて、アップ終了と同時に一斉に水分補給に走った。


「っはー、こりゃキチぃな」


「ホントに~……」


 早速汗まみれになってしまったTシャツを着替えつつ、下敷きでパタパタと顔を扇ぐ相模。

 剣道で鍛えた相模、現役でバレエのレッスンを受けている三河がへばるくらいだから余程キツいんだろう。

『間違ってもバレリーナと喧嘩してはいけない』

 これはオレの父さんが残した教訓の一つだ。

 優雅な立ち振る舞いをするバレエダンサーを、細身だからと見くびってはいけない。ダンスは全身運動であり、足を高く上げる動作一つとっても相当な筋力を要する。つまりその華奢な身体は無駄のない強靭な筋肉に包まれているということだ。

 つまり人を外見で判断するなとかなんとかいう教訓だった気がするけどまぁいい。

 話が逸れた。

 ともかく、生半可じゃない強豪校のアップの厳しさに感心すると同時に、少しだけ心配になったのだった。


 ──けれど本当に厳しいのは鞍干のアップじゃなかったことを、オレ達は後々思い知ることになる。




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