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役者達の課題3 「エチュード」


 苛立ちに寄る眉間のシワを隠そうともせず、空のグラスに差したストローをガジガジとかじる。すぐに先がよれ、情けない姿になった。気にせず手の中のスマホを乱暴にタップしまくる。

 対面から漂ってくる気遣わしげな空気が余計に苛立ちを煽る。気づかぬフリで、ひたすら無視を決め込んだ。

 ところが、


「えっと~……ケイちゃん?」


 おどおどと、噛みしだいたストローの先よりも情けない声がかかる。声の主、向かいに座る声の主を視線だけで一瞥する。相模だ。萎縮しきったように肩を縮め、うかがうようにこちらと時計とを交互に見ている。その怯えたような視線がますます腹立たしい。

 返事もせず画面に目を落とす。


「……なぁケイちゃん。そろそろ出ないと、映画始まるよ? やっぱり五分前には席に着いておかないと」


「…………」


「真ん中の席だからさ、遅く行くと通路側の席の人の迷惑になっちゃうし……」


「…………はぁ」


「……人と居るときは、携帯イジるの止めようよ。メールなら、せめて返す前に一言断ってから……」


「メールじゃないし。ツイッターだし」


 ようやく反抗的に返事を返すも、


「ツイッター? なら急ぎじゃないじゃないか、なにも今しなくたって……」


 控えめがちに、けれどしっかり説教をかまされ、遂にイライラが頂点に達した。


「……っあぁーもうウザい! なんなのよもーさっきからっ。折角の休みをアニキなんかと過ごさなきゃいけなくてイラついてんのに!」


 そう言うと、流石に相模もムッとしたように身を乗り出す。


「そんな言い方しなくたっていいじゃないか。来週はケイちゃんの誕生日だから、観たがってた映画のチケット取ったのに」


「そりゃドーモ! でもアタシが観たかったの『スピード・オブ・ワイルド』じゃなくて、『ボーン・トゥ・ビー・マイルド』だし。イとルとドしか合ってないじゃん、マジウケんだけどぉ」


「えっ?」


 忙しなくポケットを探り、取り出したチケットに書かれた字面を舐めるように辿る相模。


「そんなはず……何度も確認したのに。ケイちゃん、なんとかワイルドが観たいって言ってなかった?」


「言ってないし。っていうかぁ、ほんっと気が利かなくな~い? 誕生日祝いに映画ってのは、アニキにしちゃ上出来だけどぉ」


 爪を飾るネイルを弄るような仕草をしつつ、まだチケットを見て首を捻っている相模を睨む。


「でもなぁんでアニキとなのよ。ホントに気が利くアニキだったら、買ったチケット二枚とも渡して、『カレシと行っといで』ってなモンじゃない? なんでアニキとなのよ? ありえなくな~い?」


 すると相模はガタッと派手にテーブルを鳴らして腰を浮かす。


「なっ、か、彼氏? け、ケイちゃん彼氏できたのか? どんなヤツだ、また変な男じゃないだろうなっ?」


「はぁ? ヘンってなによ!」


「ケイちゃん男見る目ないから心配で心配で……」


「あのねぇっ」


 こちらの抗議を聞きもせず、相模は再び腰を下ろすと、わたわたとスマホを起動する。


「……どいつだ? コレか? やたらレスしてる金髪のチャラ男か? まさかこのサングラスかけたEXILEにいそうな奴じゃないだろうなっ」


「は? え、なんの話して……」


「あっ! なんださっきのツイート! 『ァニキと映画ちょーツマンナィまぢダルぃ』? それに金髪が即レスしてるじゃないか! 『そりゃダルいね★ヮラ』……ヮラ?」


「え、ちょっ! なんで……あぁっ! まさか!」


 叫んで、負けないくらいの速さでスマホを繰る。


「……アイコンも設定してないし反応もないし、誰かの読み専アカかなぁと思ってたフォロワーがいたけど……まさかコレ、アニキなのっ?」


 それには答えず、相模は目を三角にしながら画面を見ている。


「ちょぉっと信じらんない、なにしてくれてんのぉ!」


「心配なんだよ、ケイちゃん変な男にばかり引っかかるから!」


「子供扱いしないでよ! ってかこっそり妹のフォロワーになってるとかマジキモいんですけどっ。ってかストーカーじゃん? あーもーキモいキモいキモいっ!」


 鞄をひっ掴み、中の細々した物を投げつける。


「いたっ! やめ……! 兄が妹の心配してなにが悪いんだ。妹を守るのは兄の義務だっ」


「そんなんいらねーしっ! ホンットキモいっ、マジなんなの!」


「義務でもあり権利でもある!」


「黙れキモアニキ!」


 投げたタオルが相模の顔面を見事に覆った時、三河の手の中でアラームが鳴った。その瞬間互いのつり上がった目をふっと下ろし、


「悪い悪い、メモ帳の角当たった?」


「んーん、それよか今のタオルで窒息しかけた」


「ウソつけっ」


 現実の『相模』と『ジャン』に戻る。

 そう、多分お察しの通り。相模とオレとで実際にエチュードを()っていたんだ。


 エチュード。

 漢字にすると『練習曲』だけど、演技の練習にもエチュードと呼ばれるものがある。

 エチュードの定義や設定、やり方やルールなんかは様々で、指導者や本、あるいは劇団単位なんかで少々異なっているようだ。けれど大体、ショートショートの即興劇を指す。

 即興劇なので台本はない。台詞も行動も、全て役者がその場その場で考えて、短い芝居を作るんだ。

 今回の設定とルールはこうだ。


・二人一組で行う。

・さっき作ったクジで二人の関係と、それぞれの性格を決める。

・互いの役はジャンケンで決める(勝った方がクジの左に書かれた役、負けた方は右)

・引いたクジは他のメンバーには見せない。

・打ち合わせ時間一分、演技時間は三分。

・場面は喫茶店。

・演技後、観ていたメンバーに二人の関係と性格を言い当ててもらえたら成功。


 短い演技時間の中でどんな(キャラ)を演じてたのか当ててもらわないといけないところは、ハードルが高いかもしれない。

 けれどクジでおおまかな性格が設定されるから、少し()りやすくなっている。

 まずは分かりやすいよう、相模の手を借りてデモンストレーションをしていたんだ。

 初めてエチュードを観た三人は、へぇとばかりに頷き合う。


「なるほどねぇ、こうやって()るんだ。面白いね」


「すごいね~! 相模君はエチュード初めてなんでしょ? よくつっかえないでできるね~!」


 手放しで褒める三河に、相模は「いやぁ」と鼻先を掻く。


「なかなか難しいなコレ。特徴的な性格だったから助かったけど、これが他の……」


「ストップストーップ! これから当ててもらうんだから言っちゃダメだって!」


 ぺろりとヒントを言ってしまいそうな相模の口を慌てて塞ぐと、三河ははーいと元気よく手を挙げる。


「ぼく分かったよ~! 二人の関係は『兄・妹』だよねっ。それから相模君は『心配症』で~、ジャン君は『ギャル』! 違う~?」


 隣で陸奥が頷く。


「僕もそう思った。最初、相模は『気弱』でジャンは『怒りっぽい』かなぁって思ったけど、後半で一気に心配症度とギャル度が増したよね」


 伊達も異議なしとばかりに頷く。三河はそうそうと笑い転げ、


「ジャン君のギャルがあんまりこってこてで、そのうち『ちょーMM』とか言い出したらどうしようかと思った~!」


「いやいやいつのギャルだよ、流石にオレそこまで歳じゃねーしっ」


「いやでも無事当ててくれてよかったぜ。とりあえずデモとしては成功だな」


 相模はホッと胸を撫で下ろす。初のエチュードなのに途中で詰まることなく三分間演じきったんだから、とりあえずどころか大成功だ。頼もしい相方を見上げ、にんまりと笑い合った。


「流れはオッケーかな? じゃあまずは、相模は今演()ったばっかだし、伊達と陸奥からいこうか」


 そう声をかけると、勢いよく立ち上がる陸奥。やる気は充分のようだ。ワンテンポ遅れて、心なしか固い表情で伊達も立ち上がる。


「よしっ、まずは『関係』のクジからだね。伊達が引く?」


「……いや。陸奥に任せる」


「分かった。それじゃあ……」


 陸奥は袋に手を差し入れ、ゴソゴソとクジを掻き回す。まるで一等の景品でも引き当てようかという念の入りようだ。


「……コレっ! ……ははぁ、ナルホドなるほど」


 陸奥はクジを広げて意味ありげに笑うと、伊達にもそっと見せた。伊達は少し眉根を寄せる。続いてそれぞれ『性格』のクジを引く。


「あっはは、コレが来ちゃった! んー、どうしよっかなぁ」


「…………」


 唇の内で、伊達が「げ」と呻くのが聞こえた。いや、聞こえてしまった。聞こえなかったらしい陸奥は、意気揚々と打ち合わせのために廊下に出て行く。伊達はうっそりと従った。

 ドアが閉まってから思わず漏らす。


「……だ、大丈夫かなぁ、伊達……」


「ん? なんかあったか?」


「んー……いや、伊達こういうの苦手そうだなぁって」


 相模に聞き咎められたけど、あの伊達が「げ」と呻いたことは黙っておいた。

 時計を見ていた三河は、


「三十秒経過~、あと半分だよ~」


 廊下の向こうに呼びかける。

 すると、返事の代わりにドアが細く開き、陸奥が首だけ突き出してこっちを見た。


「ねぇ、僕ら初エチュードだからさ。初回はちょっとオマケしてくんない?」


「オマケ?」


 なんのことかと三人で顔を見合わせると、


「ジャンセンセにご助言賜りたいなぁ、なんて」


 そう言いながら陸奥は視線だけでドアの向こうを振り返る。つまり、助言が必要なのは陸奥というより伊達ということだ。

 次に控える三河と相模は二つ返事で快諾した。


「よし。アドバイザー、オレっ!」


 いつも勉強を根気よく教えてくれる伊達センセに、オレなんかがアドバイスできるのはこんな時くらいなもんだ。日頃の恩を返そうと、気合いを入れて廊下に出た。

 固まったように引いたクジを見ていた伊達は、珍しくハッキリと分かるほど眉を寄せオレを見た。


「……困った」


「うん、そんな顔してる。で、二人はなんのクジ引いたんだ?」


 尋ねると、まず陸奥が『関係』のクジを開いた。書かれていたのは、『張り込み中の刑事 ベテラン・新人』という、半ばネタで挙げられたものだった。

 初っ端からコレじゃあ戸惑うのも無理はないよなぁ……


「で、二人の『性格』は?」


 続いて陸奥が開いたクジは『チャラい』。と、これまたネタで挙がったものが。

 そして伊達が差し出したクジを見て目が点になる。

『オネェ』

 言うまでもなくこれもネタで挙がったものだ。なんでこうネタモノばかり引き揃えてしまうのか……陸奥のチャラ男、伊達のオネェを想像しただけで頬がゆるゆる緩みそうになる。


「……ある意味二人とも持ってんなぁ」


「でしょ?」


 陸奥はなんとも言えない顔で笑う。

 どちらがベテランで新人なのか確認すると、オネェの伊達がベテラン、チャラい陸奥が新人だということだった。


「……どうしたらいいのか……見当もつかない」


「うーん、確かにイロモノばっかだけど、組み立て方としては普通と変わらねーよ。まず場面設定からしてみようか」


「場面? カフェでしょ?」


 首を捻る陸奥に、「それはそうなんだけど」と前置きしてから説明する。


「張り込み中ってことは、誰かを見張ってるんだよな。その誰かはどこに居るんだろう。同じカフェの中? それともカフェの向かいの建物? それによって、二人が出す声の大きさだったり、視線を向ける先が変わってくるだろ?」


 二人は宙を仰いで、それぞれのパターンを想像してみる。


「なるほどね~、確かにそれで結構動作も変わってくるね。なら、僕なら同じカフェの中を選ぶかな。その方が、チャラい僕が大きな声で騒いで上司に怒られる、なんてやりとりもできそうだし」


「お、いいじゃん」


 頷きながら、内心陸奥の勘のよさに舌を巻く。

 即興に慣れていない人が一番陥りやすい失敗は、会話も演技も途切れてしまい、演技時間いっぱいまでもたないことだ。だからお互いの言葉を引き出せそうなシチュエーションや小ネタを選択設定しておいた方がいい。

 そうアドバイスすると、陸奥は指先をくるくる回して考え込む。


「小ネタ……小ネタねぇ。張り込みの刑事さんと言えば、アンパンと牛乳だっけ。じゃあ最初、僕がそれを買ってきて持ち込んじゃうとかどうかな? それを伊達が注意して、大きい声で言い訳してそれをまた注意して、とか。それだったら伊達も()りやすいんじゃない?」


 勘がいいだけじゃなく、相手が演じやすいように考えてもいる。陸奥は案外即興劇に向いているのかもしれない。

 けれど伊達はまだ神妙な顔のままだ。


「なら、流れはそれで……それにしても、オネェなんてどうすれば……全く思い浮かばない」


 そりゃ普段の自分と一八〇度真逆と言っても差し支えないキャラだからなぁ……

 それなら。


「身近には……まぁいないかもしんないけど。テレビで観るオネェな方々の真似してみたらどうかな?」


 オレも合同授業の時にやった手法だ。情に厚い中年男性を演じるにあたって、オレの場合は名優・西田敏行さんを参考にさせてもらった。

 幸い、今はバラエティ番組を点ければどこかしらにオネェな方々を観ることができる。


「一から役を作るのが難しかったら、マツコさんでもミッツさんでも、伊達が知ってる有名人を参考にしてなりきってみるのも手だぞ?」


 慣れてきたら、自分で役を作るようにしていけばいい。

 思案気な伊達の横で、陸奥は悪戯っぽく笑う。


「それなら僕が参考にするのは、あのチャラ男さんしかいないよね」


 多分、チャラ男の代名詞とも言える眼鏡の某氏を思い浮かべているんだろう。


「あとは恥なんてどっかに放り投げること。コレ大事! ……どうかな? 少しはイメージできた?」


 尋ねると、陸奥はまだ考え込んでいる伊達の袖を引く。


「とりあえずやってみようよ。最初から全部上手くなんていかないって。失敗したっていいじゃない、ね?」


 伊達は陸奥を見下ろし、次にオレを見、短く息を吐いた。

 眉間のしわはもう消えていた。


「……行くか」




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